その7
◇◇◇◇◇ その7
「また、どうぞ。」
元気のいいおかみさんの声に送られて3人は店を出た。
「どっちへ行こうか?。」
健一が静奈に尋ねた。
「じゃあ、国道を伊那部に戻って農道を宮川へ走ってみてください。」
「うん、わかった。」
健一はアクセルをぐいっと踏むと駐車場から走り出した。
「で、どっちへいけばいい。?」
「だから伊那部へ・・・もう、左です。」
国道沿いに点在している村の商店街を抜けると車は田んぼの中を軽快に走って行く。
「それにしても、十キロの距離を十分っていうのは驚くよ。都内だったら一時間掛かっても不思議はないからね。」
「そのかわり、十キロの間にお店が一軒もなかったりしてね。」
「そこ、左です。」
左折すると結構な上り坂であった。オートマチックミッショは一段キックダウンしてエンジン音がやかましくなる。坂を登りきると遠くに見える天竜川の流れに目をやっていた。
「こんちくしょう、あんにゃろめ。」
「どうしたんですか?。」
健一の怒鳴り声が車内に響いた。
「追い越し禁しなのに抜いていきやあがった。うわあーーー。」
「なななな、なんだ、どうしたんですか。」
キーッと東谷が運転する車は激しいフルブレーキング状態に入る。約50m前方にはさっき追い抜いて行ったばかりの赤いスポーツタイプのクーペが横転してお腹をこちらに見せていた。タイヤは完全にロックしながらもスリップして車は左にハンドルを切った。
「だめかあ。」
あきらめることなく健一はハンドルにしがみつく。
「頭を椅子につけろ。」
健一の怒鳴り声が車内に響き渡る。横転している車と平行になるほどに左へ回転して止まった。危機一髪であった。
「おい、後ろの二人大丈夫か?。」
車が完全に停止すると3人はその場を離れた。横転している車の火災を心配したのである。
「こっちはどうやら大丈夫そうだな。」
健一は二台の車の様子を眺めていたが、火災の心配はなさそうであり、静奈と涼子を路肩に下がらせてから横転している車に近づいた。運転手の二十代前半と思える青年は幸いけがが軽かったらしく、割れたフロントガラスをくぐって車から五mほど離れた場所にへたりこんでいた。
「大丈夫ですか?。」
健一が声をかけると幾分正気に戻って答えた。
「ええ、なんとか。」
「どうしたんですか?。」
「飛び出して来たたぬきを避けようと思ってちょっとブレーキをきつめにかけたら・・・このざまです。」
「でもまあ、たしたことなくて良かったですね。」
「先程はすみません。追い越したのはあなたの車ですよね。」
「そうですよ。」
「きっと思い上がった運転のバチが当たったんだ。」
そこまでいうと青年は深く息を吸い込んでがっくりと首をうなだれてしまった。
「ぴーぽーぴーぽー。」
「救急車が来たらしい。」
遠くで救急車とパトカーのサイレンが不協和音を奏でている。