その2
◇◇◇◇◇ その2
「うーん、さすがに信州は涼しいなあ。」
中央ハイウエイを制限速度を守って走ったとしても、東京から2時間弱で信州入りすることが出来る。信州は残暑厳しい東京からすると別世界のようである。
「これが諏訪湖か、でっかいな。」
途中で寄った中央ハイウエイのサービスエリアから一望できる大きな湖に東谷健一は目を見張った。
「あと1時間かなあ、もうじきだな。」
諏訪から谷あいをすり抜けるように走りぬけると中央アルプスと南アルプスに挟まれた伊那谷に入る。伊那部ICを降りたら右折して西へ向かう。左手には大学の農学部だろうか、広い農場がある。大きな交差点を左折して南へと車を走らせる。
「田舎だけど結構良い道だなあ、農道なんだ、あははは、農耕車優先だってさ。」
牧草地を通ったかと思うと大きくカーブして谷底へ降りる。伊那部ICから20分、谷底からきつい坂を一気に駆け登ると一面田んぼののどかな田園風景が目に飛び込んで来た。ここから先が宮川村である。
「さて、宮川村の役場はと・・・・。」
送られて来た地図とナビゲーションシステムを見ながら目的地を確認する。
「信号を左折して直進・・・か。わかった、あれか。」
見通しの良い農道に一つだけ信号があった。健一はそこを左折して坂を下る。牧草地の真ん中に立派な3階建の建物がそびえていた。
健一は役場の駐車場に車を止めて、車を降りると庁舎内に入る。
「あのう、東谷といいますが・・・。」
「やあやあ、村長さんがお待ちだよ。ささ、どうぞ、どうぞ。」
受け付けの女性は名字を名乗っただけで健一の用件がわかったらしい。先頭に立って村長室に案内していく。
「こちらです。」
「やあ、お待ちしていました。宮川村村長の今井です。さあ、どうぞ。」
村長の今井は見事な銀髪の持ち主であった。なかなかのロマンスグレーで想像していた田舎のおじさんとは大分違っている。
「まあ、おかけください、遠かったでしょう。」
勧められるままに座ると先程の女性が冷たい麦茶を運んで来た。
「東谷健一と申します。」
健一と今井村長は簡単に挨拶を交わす。秘書の女性が部屋を出るのをまって、今井村長が口を開いた。
「東谷君はM機関所属だね。」
健一はずばり言われて返答をためらった。
「隠す必要はない。私もM機関OBなんだ。この部屋はレベル3の防諜対策が施されているから、外に話がもれることはないよ。」
「そうなんですか。」
「今回のことはどこまで知らされているんだね。」
「どこまでと言われても、ここに行け、という指令しか受け取っていません。」
「では、M機関で何をするのかも君はまだあまりわかっていないんだね。」
「そういうことになります。簡単な研修を受けただけですから。」
「そっか、そっか、まあそれでいい、ここに派遣されたってことはいよいよM機関員としての活躍を期待されたってことだからね。」
今井村長は一人で納得しているが、健一にはちっともわからない。健一はM機関員であり、身分は国家公務員ある。公の身分は国の外郭団体の一つであるM企画社員ということになっている。しかし、M機関とはなんなのか、実は未だによくわかっていない。
「そうそう、東谷君、君、宮川高校の数学科講師も兼任してもらうから、よろしく頼む。」
M機関長から早口にそんな話を聞いた気もするけど、ほんとにやるんだ。そりゃ、M機関員は全ての日本国内で認定されている全ての資格の上位にあるけどと内心で問答をする。
「まっ、よろしく頼む。」
今井村長がソファから立ち上がったタイミングに合わせるように村長室の扉をノックする音が聞こえた。
「失礼します。御鏡と玉川です。」
入って来たのは高校生らしい少女二人である。
「この二人は宮川高校生徒会会長と副会長だよ。学校への紹介は明日になっているが、先に紹介しておく。」
「生徒会長の御鏡静奈です。東谷先生、宮川高校へようこそ。」
「同じく副会長の玉川涼子です。よろしくお願いいたします。」
2人の少女はぺこりと頭を下げた。学校ではなくて村役場の村長室で女子生徒を紹介されたことに健一は違和感を感じたが、
「こちらこそよろしくお願いします。数学を担当する予定です。」
そういって挨拶を済ませると、数学教師に早くなりきれるように気持ちを切り替え始めた。