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(7)自称フリーライターの化けの皮

この作品は、Web拍手お礼SSとして2018.04.17〜04.16に掲載後、こちらに再収載した作品です。

 大崎が偽名を名乗っていると判明してから、千尋は週が明けてもそれについて悶々と悩んでいた。


「う~ん、一応これは保管してはいるものの、ジャケットの行方は分からないままだし、第一、この怪しげな番号に連絡して良いものかどうか……。姓名詐称で、身元不明の人だって判明したものね。そんな怪しげな人に電話番号もアドレスも、知られたくはないし……」

 木曜の午後に、引き出しから名刺入れを取り出しつつ一人で考え込んでいると、店の外からクロが文字通り駆け込んで来る。


「なうっ! にゃ、にゃあっ! きしゃーっ!」

「え? びっくりした。クロ、どうしたの?」

 何やら凄い剣幕で訴えるクロに、千尋が目を丸くしていると、クロは彼女の穿いているスラックスの裾を咥え、有無を言わさず外へと引っ張って行こうとする。


「あ、ちょっと! 噛みつかないでよ! 穴が開いちゃうじゃない!」

「キシャーッ!」

「外に出ろって?」

 千尋が慌てて立ち上がると、自分の足元でクロが威嚇するように一声鳴いたと思ったら、店の外に走り出たのを見て、彼女は諦めて後に付いて歩き出した。


「一体、何なのよ……」

 愚痴を言いつつも出入り口の戸を閉めて準備中の札を出し、千尋は数歩先にいるクロに向き直った。

「にゃっ!」

「はいはい、付いて行くから」

 しかしすぐにクロが、道路の端にある電信柱の陰に走り込んで止まった為、千尋の疑念が深まる。


「何? その電信柱に何かあるの?」

 取り敢えずそこまで行ってみたものの、何の異常も認められなかった千尋は、苛立たしげにクロに声をかけた。


「ちょっと。何も無いじゃないのよ?」

「にゃっ!」

「うん? あそこになにか……、え?」

 千尋の不満たらたらの呟きを受けたクロだったが、全く気にする様子は無く、小さく鳴いて斜め前方にある家の方に向き直った。するとそこに予想外の人物の姿を認めて、激しく動揺する。


「あれは……、大崎さんよね? でもスーツ姿だし、髪型も雰囲気も、いつもと全然違うんだけど……」

 自由業的なラフな感じなど微塵も見せない、如何にも有能な営業マンのオーラを醸し出している大崎を、千尋は唖然として見やったが次の瞬間我に返り、微かに聞こえてくる彼とその家の住人らしき年配の女性との会話に聞き耳を立てた。


「それではまた来週、寄らせて貰います」

「本当に大変ね。いつもご苦労様」

 どう考えても電信柱からは身体がはみ出ており、こちらが様子を眺めていたのを大崎に気付かれると思って肝を冷やした千尋だったが、彼が自分がいる方向とは反対方向に歩き出したのを見て安堵した。しかし会話を漏れ聞いて、大崎が件の女性とは顔見知りらしいと察した千尋は、益々混乱する。


「大崎さんって、あの姿でこの辺りに来ていたの? それに今日は木曜日だから、他のエリアを回っているんじゃないの? 第一、ここまで来ていながら、どうしてよろづやに寄らないで帰るのよ? 全然、訳が分からないわ……。あ、クロ! ちょっと!」

 大崎の姿が見えなくなると同時に、思考の迷路にはまり込んでいる千尋を放置して、クロが先程大崎が玄関先で話し込んでいた家の門に向かって駆け寄った。それで千尋も慌ててその後を追い、自然に玄関の表札に目を向ける。


「横川さんか。そう言えばバタバタして、ご近所にご挨拶とか全然していなかったな。駐車場を挟んでいるから、厳密に言えば隣じゃないし」

「にゃお~ん! にゅわ~ん! なぁなあ~ご!」

「え? ちょっとクロ! あんた他人様の玄関先で、いきなり何を叫んでるのよ!?」

 そこでいきなりクロが家の中に向かって大声で鳴き始めた為、千尋は焦って止めさせようとした。しかしすぐに先程の女性が、訝しげな表情で玄関のドアを開ける。


「何? 五月蝿い猫ね。……あら? あなた、どちら様?」

 予想していた猫だけでなく若い女性まで居た事に、彼女は不思議そうに尋ねてきた。一方の千尋は、ご近所に不審者認定されたくは無かった為、必死に頭を回転させた。


「横川さん、初めまして。私は田崎千尋と申しまして、母が入院中よろづやを預かっている者です。母の入院が急な事だったものでバタバタして、ご挨拶するのをすっかり失念していましたが、店に連日子供が集まっていますので、ご近所にゴミを散らかしたり、騒音になっていないか気になりまして。皆さんにご挨拶がてら苦情があればお聞きしようかと、ご訪問させて貰いました」

 どうにかそれらしい口実を千尋が口にすると、尚子とは顔見知りだった彼女は、忽ち笑顔で応じてくれた。


「それはご丁寧に。あなたが尚子さんの娘さんなのね? 以前に話を聞いた事があるわ。私は横川節子と言います。初めまして。ところで、尚子さんは大丈夫なの?」

「はい、経過は順調で、予定通り退院できそうです」

「それなら良かったわ。それにゴミとかは道路に散らかったりしていないから、大丈夫よ。気にしないで」

「そうですか、安心しました。それで……、先程こちらのお宅を訪問していた、大崎さんの事ですが……」

 そこでさり気なく一番聞きたい事を口にしてみた千尋だったが、途端に節子は困惑した顔になった。


「大崎さん? 誰の事かしら?」

「あの……、私と入れ違えにお帰りになった、スーツ姿の人の事ですが……」

「あれは時任さんよ? 大崎なんて名前じゃ無いけど?」

「ええと……、よろづやにはタウン誌と契約している、フリーライターの大崎達生と名乗っていたのですが……」

「はぁ? だってあの人は、屋根や外壁のリフォーム会社勤務の時任悠人さんよ? その名刺も貰っているし。見間違いじゃないの?」

 どうにも噛み合わない会話に、節子が眉根を寄せたのを見て、千尋は恐る恐るスマホに入っている自身と大崎のツーショット画像データを選択し、彼女に見せてみた。


「あの……、その時任さんって、この人ですか?」

「ええ、この人で間違いないけど」

「これ、大崎さんの画像なんですが……」

「…………」

 控え目に千尋が主張すると、節子が彼女とスマホの画像を交互に見ながら黙り込む。そんな微妙に気まずい沈黙の中、第三者の朗らかな声が割り込んだ。


「横川さん、こんにちは。回覧板を持って来たから、お願いしますね」

「え、ええ……」

 それで我に返った節子は、帰りかけたその女性に慌てて千尋を紹介した。


「あ、立花さん。こちらの方は尚子さんのお嬢さんで、田崎千尋さん。今尚子さんの代わりに、よろづやをやっているそうよ」

「まあ、初めまして。その角を曲がって向こうに住んでいる、立花美和と申します。尚子さんにこんな立派なお嬢さんがいらしたなんて、知らなかったわ」

「宜しくお願いします。店や出入りするお客の事で、何かご迷惑をおかけする事があったら、遠慮無く仰ってください」

「あら、迷惑なんかかけられてはいないから、心配しないで」

「それなら良かったです」

 そこで何気なく千尋の手元に視線を落とした美和は、唐突に問いを発した。


「ところであなた、佐原さんとも知り合いなの?」

「え? 佐原さんと言うのは、誰の事でしょうか?」

「だってそれは、あなたと佐原さんとの写真でしょう?」

 不思議そうにスマホを指さされて、何の事を言っているのか察した千尋と節子の顔が強張る。


「いえ、これは、自称フリーライターの大崎さんの画像ですが……」

「え? だって佐原さんは、健康食品会社勤務の方よ?」

「…………」

「あ、あの……、二人とも、どうかしたの?」

 そこで二人は顔を見合わせて黙り込み、その尋常ならざる雰囲気に美和が、一体何が拙かったのかと恐る恐る声をかけた。すると節子が、押し殺した声で言い出す。


「千尋さん、美和さん。ゆゆしき問題が発生しているみたいだわ。それについて話があるから、ちょっと上がって頂戴」

 そう促された千尋だったが、現実的な問題から丁重に断りを入れた。


「あの、申し訳ありませんが……、私は店がありますので……」

「そうだったわね。それじゃあ私達がよろづやに行くから、座る場所を四人分、確保しておいて貰えるかしら? 全員に声をかけて、できるだけ早くそちらに行くから」

「え、えぇ? それは構いませんが……」

「お願いね。美和さん。あなたは、市原さんに声をかけて。私は根岸さんを連れて行くから。十五分後に、全員でよろづやに集合よ。分かったわね!?」

「……はい」

「え、ええ……、分かったわ」

「鍵! 家の鍵を取って来なくちゃ!」

 険しい顔で念押しされた二人は、圧倒されて素直に頷き、節子はそのままの勢いで家の中に戻って行った。


「どうしたのかしら?」

「さあ……」

「取り敢えず、市原さんを呼んで来ないと。また後でね」

「はい、お待ちしてます」

 そして門を出た二人は左右に分かれ、千尋はクロを従えてよろづやに戻った。


「本当に、何なのかしら?」

 そう疑問に思いながらも彼女は店の戸を開け、ガレージの方に手早く自分の分を合わせて五人分の席を用意した。



「お姉さん! レジの所に『代金はここに入れてください』って書いてあるんだけど、本当にいいの?」

 店内にいなかった千尋を探してガレージを覗き込み、尋ねてきた子供達に、千尋は座ったまま向き直り、両手を合わせながら頭を下げた。


「ごめん、今、大事な大人の話の最中なのよ。本当にトレーに代金を置いて、お菓子を持って行って良いから」

「うん、分かった」

「大丈夫みたいだね」

「おとなのはなしって?」

「さぁ……、なんだろう?」

 子供達が不思議そうに会話しながら店内に戻って行くと同時に、千尋は車座になっている人達の方に向き直った。


「ええと……、じゃあこれで、二百円だよな」

「にゃあ」

 店内では、会計カウンターの上に先程の説明書きと代金を入れるトレーがあり、その後ろにクロがお行儀良く座っていた。千尋に確認した子供達はお菓子を選ぶと、自分で計算してトレーの中に小銭を入れていく。


「じゃあ、俺はこれだけ」

「ギシャーッ!」

「うわっ! びっくりした。何だよ?」

「にゃにゃっ! にゅあっ!」

 何故か少年の一人が代金をトレーに入れた途端、クロが毛を逆立てて威嚇するような鳴き声を上げた。更に前脚で何回もトレーの横を叩きながら怒ったように叫んでいる為、周りの者達がたった今会計を済ませた友人に、胡乱げな視線を向ける。


「お前、ちゃんと必要な分、お金を入れたのか?」

「何だよ……、猫のくせに、計算できるのかよ?」

「猫相手に、小銭を誤魔化すなよ。みみっちいぞ?」

 ぶつくさ言いながらも、連れに窘められた先程の少年は不足分を追加し、小さい子供達は感心した目をクロに向けた。


「ねこさん、すごいね~」

「うん、お留守番、ちゃんとできてるね」

「うなぁ~」

 店内ではそんなほのぼのした空気が漂っていたが、ガレージでは車座になった五人が互いに自己紹介を済ませ、千尋がスマホに保存している“自称”大崎の画像を見せながら事の次第を説明すると、その場に殺伐とした空気が漂い始めた。


「それでは、今までの皆さんの話を総合すると、一見好青年のこの人物は、月曜は『生保会社フィナンシャルプランナーの赤木敏也』として市原さんと、火曜は『健康食品会社社員の佐原信介』として立花さんと、水曜は『医療福祉財団法人調査員の平塚修治』として根岸さんと、木曜は『リフォーム会社営業の時任悠人』として横川さんと、金曜は『フリーライターの大崎達生』として、私と接触していた事になりますね」

 湧き上がってくる怒りを何とか抑え込みながら、情報交換をした内容について千尋が再確認すると、他の四人から次々に怒りの声が上がった。


「本当に、ふざけているわね!」

「人を馬鹿にして! 冗談じゃないわよ!」

「善人面をしてよくもぬけぬけと、嘘八百を並べ立てたものだわ!?」

「ばあさん達はともかく、千尋ちゃんのような若い子を誑かそうとしたのは許せんな!」

 しかしこの場でただ一人の男性である市原が、憤怒の表情で口にしたこの台詞は、忽ち他の女性達の怒りを買った。


「何ですって!?」

「女でも年寄りなら、騙されても良いって言うの!?」

「あいつ以上にふざけているわね!」

「い、いや、そうは言っては……」

 口々に責められてはタジタジの市原を、千尋は控え目に窘める。


「市原さん……。発言には気を付けましょうね?」

「……すまん」

「話を戻しましょう。奴が偽名を使いまくりでこの近辺に出没していた理由ですが、今思い返すと、春先に話が無くなったというマンションの計画の事を、奴が何かにつけて毎回話題に出していたと思います。独り暮らしの母が今後も安心して暮らせるように、バリアフリーのマンションでの生活はどうか、とか」

 千尋が冷静に指摘すると、他の者達も深く頷いた。


「確実に、例のマンション計画を再開したい連中が、裏で糸を引いているわよね。殊勝な顔で『個人での戸建てのメンテナンスは、築年数が経てば経つ程大変です。大手が手がけたマンションなら、設備は万全ですし、維持管理もノウハウがありますが』とか、地域を回りながら寄ったついでとか言いながら、世間話に混ぜて吹き込んでいたわ」

「私は高齢者対象のアンケートに答えたり、試供品を貰うついでに『我が社は健康食品の販売が主力ですが、生活の質を高める為に、トレーナーや栄養士常勤のジムなども多角経営しています。高齢者向けのフィットネス教室も開設していますが、こちらにマンションができたら是非入りたいと上層部が希望しているんです。居住者は格安料金で利用できます』とか、景気の良い事を言っていたわね」

「私には『この近辺には意外に医療機関が少なく、私の所属団体が医療機関を設置しようと調査中です。ここにマンションができれば、是非医院を開設したいと上層部が言っているのですが』とか、神妙な顔付きで言っていたわ」

「俺の所では『土地があってもかなりの築年数である戸建てがあると、それを担保に融資できる額が少なくなる場合があります。新築マンションなら資産価値も上がって、これから病気になったりして急にお金が入り用になった時に、不安は少ないかと思いますが』とか、親切ごかして言っていたな」

「勿論、しつこく言っていたわけではなくて、立ち寄ったついでに何分か世間話のついでに話を出し、また一週間後に立ち寄って言い方を変えて勧める、と言った感じだったんですよね?」

 そう千尋が確認を入れると、四人が同時に深く頷く。


「手を変え品を変え、ご苦労様だこと。そして私達が土地を売却する気になったら、専門家に引き継ぎって事ね……。それにしても、五軒を一人で担当しているとはね。予算や人材不足なのかケチったか、はたまた私達を誘導するのには、あいつ一人で十分と侮っているのか……」

 ガレージの中には怒りを内包した千尋の低い声のみが響き、ここで一同の思いは完全に一致した。


「これは絶対に、あの若造を懲らしめないといかんな」

「全面的に賛成よ!」

「老人四人でも束になってかかれば、ボコボコにできるわよね!」

「ちょっと待ってください、根岸さん」

「あら、ごめんなさい。田崎さんもいたわね。老人四人だけじゃなかったわ。不埒者を取り押さえる要員として、期待しているわよ?」

 笑顔でそんな事を言われた千尋は、難しい顔で指摘した。


「あの、そうでは無くて……。幾ら向こうがこちらを騙そうとしていたとしても、幸いまだ実害を被る前でしたし、傷害事件とかになったら、責められるのはこちらです。寧ろ加害者となった場合、それがこちらの弱みになって、あの男の裏にいる連中に、それを楯に契約締結を迫られるかもしれません」

「そんなの冗談じゃないわ!」

「それなら泣き寝入りしろって言うの!?」

 そんな風にいきり立つ周囲を宥めながら、千尋が話を続ける。


「勿論、そんな事は言っていません。意趣返しの一つもしないと、腹の虫が治まりませんから」

「全くその通り」

「それでちょっと考えてみたんですが、奴が複数の偽名を使っていた事を利用して、奴に慰謝料を請求されるような実質的な損害を出さずに、ちょっとした嫌がらせをしてみませんか?」

 ニヤリと不敵な笑みを浮かべながら、千尋がそそのかすように言い出すと、四人は興味津々で食い付いてくる。


「あら、何をするのかしら?」

「遠慮しないで仰いなさいな」

「タイミング良く、明日は金曜日。偽名を使って接触している事を、まだ私達に気付かれていないと思っている奴が、よろづやにやって来ます。そこで待ち構えて、店内に引き入れてから……」

 それから千尋は真剣な面持ちで計画を一通り話し終え、周囲に協力を申し出た。


「そういうわけで、明日までに一人1kg位、塩を持ち寄って貰いたいのですが。重くて持ち運びが大変そうなら、私が纏めて明日の午前中に買っておきますが」

 それに他の四人は笑顔で頷き、早速行動に移る。


「任せて! 1キロと言わず、2、3キロ買ってくるから!」

「ええ、大丈夫よ」

「じゃあ今から、夕飯の買い物ついでに買って来るわ」

「よし、善は急げと言うしな。じゃあ千尋ちゃん、また明日」

「明日はお塩を持ち寄って、一時にここに集合ね」

「はい、それでは皆さん、お気をつけて」

「明日は何か、お茶菓子を持ってくるわね」

 そして賑やかに会話しながら老人達が立ち去るのを、千尋は笑顔で見送った。


「よし、そうと決まれば、こっちも準備しないとね。備品にビニールシートとかあったかな? 薄くて透明な物があれば、他の客にそれほど不審がられないと思うんだけど……。あとは、小さめのバケツとボウルの類かな?」

 千尋はそんな自問自答をしながら、ゆっくりと店内に戻って行った。



「お姉ちゃん! それならその大崎って人、詐欺師だったの!?」

 千尋が夕食時に、午後に勃発したあれこれを家族に語って聞かせると、聡美が驚愕して声を上げた。それに頷きながら、千尋が話を続ける。

「どう考えてもそうでしょうね。うっかり相手の術中に嵌まるところだったわ」

 そこで理恵も、渋面になりながら口を挟む。


「お店のご近所の方達まで騙していたなんて……。しかも日替わりで名前を変えて日参していたなんて、凄いわね。ばったり出くわして露見するとか、考えなかったのかしら?」

「そんなに頻繁に外を出歩く事はありませんし、道ですれ違っても誤魔化せる自信があったんでしょうか? 腹立たしい位の自信家ですよね」

「うそつきの、わるいひとだよね?」

「そうよ、健人。そんな大人になっちゃ駄目よ?」

「うん、ならない!」

 プンプン怒っている弟に千尋が優しく言い聞かせていると、聡美が怒りを内包した表情と口調で尋ねてくる。


「それでお姉ちゃん、どうするの? 明日は金曜日だから、その人が来るのよね? しっかり追い払わないと駄目だからね?」

「追い払うだけじゃ気が済まないわ。二度と関わり合いになるつもりは無いっていう、意思表示をするつもりよ」

 語気強く宣言した姉を見た聡美は、驚いて問い返した。


「どうやって?」

「首尾良くいったら、明日教えてあげる。奴の無様な写真も撮ってくるつもりだから、楽しみにしていて」

「わかった!」

「えぇ~、何をするのか教えてよ~」

 含みのある千尋の台詞に子供達が盛り上がる中、とても傍観できなかった理恵は、控え目に確認を入れた。


「あの……、千尋さん。色々な面で、大丈夫かしら?」

「安心してください、理恵さん。間違っても警察沙汰にはなりませんし、相手から慰謝料を請求されるような損害も出しませんから」

「そう? それなら良いけど……」

 そして理恵に若干の不安を抱かせながら、自称大崎についての話題は終了し、子供達の話題は他の事に移った。



「あの……、あなた? 千尋さんの事だけど……」

 その日も遅く帰宅した義継に、理恵が恐る恐る声をかけてみたが、夫から返ってきた台詞は素っ気ない物だった。


「あれの好きにさせておけ」

「そうは言っても、何だか自称大崎さんに、何らかの報復をするつもりみたいで。詳しい事は教えて貰えなかったけど」

「何かあっても、後からガタガタ言ってこないように、手配は済ませた。明日……、は無理かもしれんが、明後日には先方に伝わるだろう。心配いらん」

 そんな事を義継が平然と口にした為、理恵の顔が微妙に引き攣る。


「一体、何をしたんですか?」

「夕飯を出してくれ」

「……分かりました」

 淡々と要求された理恵は聞き出すのを完全に諦め、台所に向かった。


(本当に、この秘密主義は、どうにかならないものかしら)

 取り敢えず夫がここまで断言するのなら、面倒な事にはならないだろうと腹を括った理恵は、手早く準備しておいた夕飯を温め直して義継の前に並べた。



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