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(1)予想外の出会い

この作品は、Web拍手お礼SSとして2017.11.17~2018.01.19に掲載後、こちらに再収載した作品です。

 十年前に両親が離婚して以来、千尋ちひろは実の母親の尚子と顔を合わせるのは、何年かに一度の程度だった。しかし小さな頃からの付き合いで、成人した今でも親しく交流している、母方の従姉妹の綾から連絡を貰った千尋は、母親の入院先に週末に顔を出した。


「千尋ちゃん、来てくれてありがとう」

 病院の正面玄関前で待ち合わせていた綾が、安堵した表情で声をかけてきた為、千尋も苦笑しつつ並んで歩き出す。


「驚いたわよ。半年ぶりに綾ちゃんから連絡を貰ったと思ったら、こんな事になっていたとはね」

「本当は、変な心配をかけないように、退院するまで知らせるつもりは無かったのよ。でも叔母さんが、どうしてもお店が気になるって言うものだから。私かお母さんが、手伝えれば良かったんだけど……」

 いかにも申し訳無さそうに口にする一つ年上の従姉に向かって、千尋は首を振った。


「そんな事、気にしなくて良いわよ。顕子伯母さんも綾ちゃんも、仕事があるんだし。古くて小さい駄菓子屋だから、いっその事この機会に閉めれば良いのに、お母さんの我が儘じゃない。どうして好き好んで、あんな大して稼ぎにもならない店をやっているんだか」

「千尋ちゃん……」

 千尋が呆れ気味に思うところを述べていると、綾が困った顔をしているのに気が付いた為、溜め息を吐いてから気持ちを切り替えた。


「分かってる。幾ら何でも、本人の前では言わないわ。第一、就職浪人中で小遣い稼ぎにバイトしている宙ぶらりんな人間が、何を言えるって言うのよ」

「…………」

 自嘲気味にそんな事を言われた綾は、返す言葉に困ったらしく、それから尚子の病室に到着するまで、微妙に気まずい沈黙が漂った。


「失礼します」

 病室のドアをノックしてから、そうお伺いを立てた綾は、千尋と頷き合ってから室内に足を踏み入れた。


「叔母さん、体調はどう? 今日は千尋ちゃんと一緒に来たの」

「ありがとう、綾ちゃん。今回は手間を取らせて、申し訳無かったわね」

 明るく声をかけた綾に礼を述べながら、尚子はコントローラーを操作し、ベッドの上半身部分をゆっくり起こした。千尋はそれを眺めながら、幾分皮肉げに声をかける。


「交通事故ですって? でも完全に、相手方に非があったみたいね。個室に入っているなんて」

「千尋、あなたにまで迷惑をかける事になって、本当にごめんなさい」

 恐縮しきりで頭を下げてきた母親に、千尋は素っ気なく答える。


「まあ、良いけど。綾ちゃんと交流があるのは、理恵さんだって知っているし。今日は綾ちゃんと会うって言っても、不審そうな顔はされなかったから」

「それなら良かったわ」

(別にそこまで別れた夫の家庭に気を遣わなくても、良い気がするけど)

 明らかにホッとした顔になった母を見て、千尋はやや強引に話を進めた。


「それで? 電話で綾ちゃんから簡単に話は聞いたけど、お母さんが退院するまでお店を開けていれば良いのよね?」

「そうなの。いつまでも閉めていると、色々困ると思って」

「別に駄菓子屋の一つや二つ閉まっていても、誰も困らないんじゃない?」

「千尋ちゃん」

「それはそうなんだけどね」

 千尋が遠慮の無い指摘をすると綾は困った顔になり、尚子が苦笑の表情になる。しかし不愉快な会話をするつもりは無かった千尋は、肩を竦めながら話を続けた。


「ちょうど良かったわよ。今現在、私は職にあぶれて、不遇を囲っている身だしね。タイミング良くバイトの契約も先週で切れたし、ボランティアのつもりでやってあげるわよ。……本当に、何てタイミングよ」

 最後は忌々しげに口の中だけで呟いた千尋だったが、尚子には娘の心情は十分に分かっていたらしく、余計な事は言わずに枕元に置いてあったノートを取り上げた。


「本当にありがとう、助かったわ。それでお店に関する事は、粗方これに書き出しておいたから、これを見ながらお願いね」

「分かったわ」

 千尋は素直にノートを受け取り、内容にざっと目を通しながら幾つかの問答を済ませた。それからは綾も加わって暫くの間雑談をしてから、千尋達は病室から引き上げた。


「じゃあ今日は、これから一緒にお店に行く?」

 病院を出ながら綾がそう申し出たが、千尋はあっさり首を振った。


「場所は覚えているから、一人で行けるわ。綾ちゃんはこのまま帰って良いから。それから、顕子伯母さんによろしくね? 事故の連絡から始まって、お母さんの入院手続きとか、全部伯母さんがしてくれたんでしょう?」

「うん、凄く驚いちゃった。でも後遺症も残らないみたいで、本当に良かったわ」

「これからも面倒かけると思うけど、よろしくね。私が言う筋合いじゃないけど」

「それは心配しないで。親戚なんだから当然よ。千尋ちゃんだって新しいお母さんの手前、こっちに頻繁に連絡を取るわけにいかないでしょうしね」

 そこでお互いに微妙な笑顔で二人は別れ、千尋は母の住居兼店舗に向かった。


「八年ぶり、かな? 取り敢えず行ってみるか。迷ったら綾ちゃんにでも聞けば良いよね」

 最寄り駅から出た千尋は、そう呟きながら道を進み始めたが、その足取りにそれほど迷いは無かった。


「うん、覚えているわ。こういう住宅地が、そうそう変わる筈もないしね」

 そして歩いて十分程で、最大の記憶の拠り所に遭遇する。


「相変わらず、鬱蒼としているわね。というより、以前見た時より樹木が生長してるのは当然か」

 そこは以前林野庁の育成栽培の試験場だった所を丸々公園として公開した場所で、一部を切り開いて運動ができる広場にしたものの、池や遊歩道が整備された、かなりの規模の緑地となっていた。

 それに加え、徒歩五分圏内に小学校や病院、スーパーなどが揃っており、その周囲は住環境が良いと、根強い人気を誇っているエリアでもあった。


「よし、無事到着。ええと……、シャッターの解除はこれで、電気をつけて、レジ内にお釣りを補充。今日は良いから、金庫の場所だけ確認して……」

 癒されながら公園を突っ切り、細い道路を横切って無事に目的地に到着した千尋は、尚子から預かってきた鍵を取り出した。それからシャッターを半分開け、ドアを開けて店内に入り、ノートを捲りながら聞いた内容を思い返しつつ、開店の手順をさらってみる。


「各種伝票の書式と保管場所は確認、発注先一覧もあったし、在庫と出してある商品も一通り見たけど、賞味期限も問題なし。後は整理整頓、清掃を欠かさずに……、って。何? この最後の『猫』って項目?」

 ぶつぶつと呟きながら、ノートを抱えて広くもない店内を歩き回っていた千尋だったが、病院では意識していなかった項目が唐突に目に入ってきて困惑した。


「ええと……、『この店の一番の常連さんで、店の事を知り尽くしています。商品を傷めるような真似はしないから、店内に入って来ても放置しておいて。邪魔したりしないから』って、何よこれ?」

「にゃうっ!」

「え?」

 千尋が困惑の度合いを深めた所で、いきなり足元から猫の鳴き声がした。それに驚きながら彼女が視線を下に向けると、そこには全身真っ黒な猫がちょこんと座り込んでいた。


「……猫? いつの間に入って来たのよ。あ、ちょっと!」

 追い出そうかと考えていた千尋の横をその猫はすり抜け、店内にあった木製の椅子に飛び乗って丸まった。そして呆気に取られた千尋は、改めてノートを読み直す。


「『P.S.因みにそのクロちゃんは、公園のヌシです』って……、お母さん。わざわざ付け足す事なの?」

 精神的疲労感を覚えた千尋は、半ば八つ当たり気味にその『クロ』に近寄りながら声をかけた。


「ちょっと、そこのクロとやら」

 それにクロは反応し、不思議そうに頭を上げて見返してくる。


「今日は店の様子を見に来ただけで、開けたわけじゃないのよ。もう閉めるから、さっさとここから出て行って頂戴」

 分かる筈も無いかと思いつつ、叩き出す手段を考えながらそう口にした千尋だったが、予想外だった事にクロは「うにゅう~」と了承するように一声鳴き、あっさり椅子から飛び下りて、そのまま開いていたドアから出て行ってしまった。


「……取り敢えず、素直な猫みたいで良かったわ」

 唖然としながらそれを見送った千尋は、それからすぐに気を取り直して戸締まりをし、元通り店を閉めて帰宅した。



 その日は週末の為、普段帰宅が遅い父親の義継も顔を揃えての夕食となったが、元より寡黙な彼が話題の中心になるわけは無く、専ら後妻である理恵とその子供達の間で会話が弾んでいた。


(一応、先に話をしておかないと、後で色々揉めるかもしれないし、やっぱり言っておくか)

 この和やかな空気に水を差しかねないとは思ったものの、父親と義母個別に話すのは二度手間だと考えた千尋は、思い切って義継に声をかけた。


「お父さん、話があるんだけど」

「何だ?」

「来週からボランティアをするつもりなの」

 千尋がそう口にした瞬間、義継が箸の動きを止めて娘を軽く睨み付ける。


「ボランティアだと? 就職活動中に、随分と余裕だな」

「あなた。そんな言い方は」

「お母さんが交通事故に巻き込まれて、あと二ヶ月は退院できないのよ。だからその間、お店を開けてくれないかと頼まれたの」

「…………」

「え?」

 慌てて取りなそうとした理恵は彼女の台詞に驚き、義継は無言で眉根を寄せた。そして千尋と睨み合う中、微妙な沈黙が漂ったが、それを甲高い声が消し去る。


「お姉ちゃんのお母さん?」

「おねえちゃん、どんなおみせ?」

 千尋が十五の時に義継が再婚した為、理恵から生まれた異母弟妹はまだ小学生と幼稚園児であり、何のわだかまりも無い表情で大好きな異母姉に尋ねてきた。千尋は、それに笑みを浮かべながら答える。


「駄菓子屋よ。そう言っても分かるかな? この辺では見かけないし」

「なんかテレビとかで、見た事はあるよ? 美味しそうな小さいお菓子が、一杯ある所だよね?」

「美味しいかどうかは、食べる人にもよるだろうけどね。今日久しぶりに見て来たけど、狭くてゴチャゴチャしてるわよ?」

「へえぇ、どんな所なんだろう……。行ってみたいなぁ」

「ぼくも!」

 興味津々で言い出した子供達を、理恵は慌てて窘めた。


「聡美、健人。千尋さんのご迷惑だから」

「そういう事だから。これまでに貯めてあるバイト代から、今まで通り生活費は出すわ。理恵さん、そういうわけですから、来週から平日は、昼食もお弁当も要らないので」

 父親が黙っている間に、必要な事は言ってしまおうと千尋が告げると、理恵は了承しながらも夫の顔色を伺った。


「え、ええ、それは構わないけど……。そういう事情なら、生活費とかも入れなくても」

「入れさせろ。千尋はもう学生ではない。仮にも社会人なら、自分の生活全般に責任を持つべきだ」

「あなた!」

 しかし義継が容赦の無い台詞を口にした為、理恵がそれを咎める声を上げたが、千尋はそれを宥めた。


「理恵さん、良いですから。住む場所と食事を提供して貰っているんですから、生活費を出すのは当然です」

「でも……」

「それじゃあ、勝手にやらせて貰います。ごちそうさまでした」

「ああ、勝手にしろ」

 そこで手早く食べ終えた千尋は、空になった食器を抱えて立ち上がり、物言いたげな理恵の視線を受けながら台所に向かった。そこで食器を流しに入れた彼女は、そのまま廊下に抜けて二階の自室に向かう。


「ムカついて思わず啖呵切っちゃった手前、しっかり払うしか無いけど……」

 高級住宅地の中にある、十分な間取りの家であるからしっかり個室が確保されているのであり、大学を卒業した以上は生活費を家に入れるのは当然だと認識していたものの、千尋は部屋に入るなり真っ先に通帳を確認して、重い溜め息を吐いた。


「今までに貯めておいた分だと、あんまり余裕は無いわね。開店時間が十三時から十八時で中途半端だし、午前中だけバイトを入れるって言うのも、移動時間や準備を考えると厳しいもの」

 そんな愚痴っぽい呟きを漏らしたものの、千尋はすぐに腹を括った。


「やっぱりここはボランティアと割り切って、お母さんが退院したらすぐにバイトを再開しつつ、就活に本腰入れよう。うん、決めた」

 千尋がそんな決意を呟いていた頃、階下のリビングでは理恵が夫にお茶を出しながら、控え目に苦言を呈していた。


「あなた。千尋さんに、あんな言い方をしなくても良いでしょう?」

「いつまでも学生気分が抜けずに、フラフラしている方が悪い」

「そうは言っても……。その尚子さんがやっている駄菓子屋って、あなたが離婚する時に渡した物でしょう?」

「お前には関係が無い事だ」

「ええ、関係は無いかもしれないけど、尚子さんと離婚した事を後悔しているんじゃない?」

「…………」

 紋切り口調で切り捨てられ、内心で腹を立てた理恵が指摘すると、義継が無言で睨み付けてくる。しかし理恵は肩を竦めながら、面と向かって言い返した。


「別にその事を責めているわけでは無いし、勿論嫌みを言っているわけでもないのよ? だけど『離婚した分、千尋をしっかり育てないと』という意欲が空回りして、あなたは彼女に対して普段からかなり言動が厳しいし、要求する内容も無駄に高くなっていると思うわ」

「普通だ」

「良いじゃないの、尚子さんのお店を手伝う位。彼女はちゃんと、これからの事は自分なりに考えている筈で」

「もう休む」

「……おやすみなさい」

 議論はもう終わりだと言う気配を醸し出しながら立ち上がった義継を見て、理恵はこれ以上何を言っても無駄だと諦め、無表情で部屋を出て行く夫を見送った。


「時々、当時の尚子さんの気持ちが分かるわね。本当に意固地なんだから」

 そして一人リビングに取り残された理恵は、湯飲み茶碗を片付けながら、呆れ気味にそんな事を呟いていた。



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