#93 何も攻撃ばかりがダメージになる訳じゃないと知った今日この頃
「ええでっしゃろ。ほいだらばおいどんがその龍断ちを買おうでなかばってん」
「へ?」
「聞いとらんがじゃ? 今すぐに龍断ちを買うたる言ったとよ。伝説級の武器が白金貨2枚程度なら手頃思うけん嬉しいくらいじゃばってん。個人的に鑑賞するんだら問題ねーん」
という訳で魔法鞄から取り出した風を装って白金貨をギルマスに叩き付ける。
瞬間。あれだけあくどく余裕を感じるほどの笑みが、明らかに凍り付いたのを俺達はハッキリと捉えていたし、何より〈万能感知〉がワッペンの動揺を知らせてくれたからな。これでこの龍断ちというのが偽物と確定した。
「そ、それでは確かに代金を受け取りました。それでは盗難防止用の罠の解除をいたしますのでしばし別室でお待ち――」
「それやったら大丈夫やでしかし。おいどんにかかればすぐやでホンマに」
確かに結界や防衛に関する魔法の気配はあるけど、そんな物は既に経験値稼ぎの一環で造り出した封魔剣でちょいと一突きするだけであっさり壊れるし、瞬間的に襲い掛かって来た雷や氷柱や炎壁や土弾なんかは魔族の一撃と比べるまでもなくザコ威力なんて痛くもかゆくもない。
結果。非常にあっさりと龍断ちを守る全ての障害がなくなった。
「なあっ!?」
「言うたでおまっしゃろ? おいどんにかかればすぐやて。ほいだば早速いただくでおま」
もはやわかり切っているが、それでも衆目に知らせる為にはわざとらしいがやっておく必要があるって訳で、ワッペンが動き出すよりはるかに早く龍断ちを手にし、わざとよろけた風を装って自重を支える為にとそれを地面に叩きつけるように振り下ろす。
「「「な、なにいいいいいいいいいっ!」」」
きっと大部分の人間が床が砕ける音か龍断ちがへし折れる甲高い金属音を予想していたんだろうけど、実際にホール内にはパコン。と言った何とも情けない音。それと同時に刀身が中ほどから折れて床を転がり、アニーの足元で停止した。
「ぅおんやぁ? これは一体どういう事でおま。白金貨2枚で買った剣が、こないな床1つ斬れんどころか折れるんはどないなっとるんでっかやでしかし」
「これ……金属なんは表面だけで、中身は土の塊やないか!?」
「い、いや……それは」
「しかもこの金属、かなり上位の〈鑑定偽装〉が付与されとる。ちょぉ手ぇ込み過ぎと違うか?」
「これはもう立派な詐欺行為やな。まさか天下の商人ギルドのギルドマスターが堂々とこっだなことばするだなんて思いもせんかったばい。こっだらなことば、貴族さ報告せねばいけんじゃなかか?」
堂々と商品偽装とは大したタマだ。さすが真っ黒なだけあるな。しかし随分と詰めが甘い。品質60の武器の値段なんざ知らんが、白金貨2枚って買えなくもないって感じがするんだよなぁと何となしにアニーに目を向けてみると、それを正確に理解したらしく――白金貨2枚あれば4人家族の平民階級が贅沢しなけりゃ生涯食っていけるくらいの額だとパーティーチャットで説明された。
地球に照らし合わせると大体白金貨1枚2億くらいか。とんでもねぇ大金だな。
「ほんならウチ等が騎士団連れて来るわ」
「な、なにを言いがかりを……我々それが偽物だと知らずに購入したのです! そう考えればこちらも被害者と言えるはずではありませんか!!」
何も知らずにこれを客寄せの道具として武器を購入し、誰の手にも触れられないように、周囲にもそうだと言わんばかりの厳重体勢で警備していたのだから、確かに筋が通るような気がしないでもない。
しかしそうなると疑問が一つ。
「しゃーったら、どないしてアニーやん達に龍断ちを触れさせようと思ったんや? 知り合いでおま?」
「んな訳ないやろ。確かいつもみたいに商品売り飛ばしてたらギルマスが近づいて来て、運気向上に龍断ちを触らんかて言うて来たんやったな」
「せやせや。あて等はあんま興味なかったんやけど、あんまりしつこく言うてくるもんやからしゃーなしに触れたら留め具が壊れてもうて地面に落としてもうたんや」
何が目的かは知らんが、このギルマスはどうしてもアニー達に龍断ちに触れて弁償させたかったと言う訳か。それにしては随分と強引な手段だ。もっと自然に――例えば最初から自由に触れていいですよとか、これに触れると商売が上手くいくなんて触れ込みが書いてあったら、アニー達も俺を呼ぶ態度がもう少し切羽詰まったものになっていただろう。
「話を聞く限り、なまら強引でごわす。まるで最初からこれが偽物で、留め具が壊れるように細工していたと疑われても無理ないずら」
「そ、それは……」
「まぁどうでもええんやでしかし。おいどんはこれを白金貨2枚で買いしゃった。その話をここで聞いとる連中がどないな行動とるか分かったもんやないでしかし」
分かりやすく言うのであれば、テメェが詐欺商売をしてたんじゃねぇかって事をここに居る全員が世界中に言いふらすぞと脅しているんだ。
そんな事をされれば、確実にギルド本部からは調査の手が伸びるだろうし、領主であるユーゴ伯爵からも真偽を確かめる為に召集されるだろう。同じ穴の狢だとしたら、完全に尻尾切りとして犠牲になるだろう。
そうなれば、ワッペンという1人の男の人生は終わったようなものだ。信頼ある商人ギルドの看板に泥を塗っただけでなく、100人近い商人の口を塞がねばならないというほぼ不可能な仕事がこの瞬間に発生したんだ。
数日後に死体となってれば、十中八九商人ギルドが関与したと疑われるというか確信を持たれ、さらに信頼を失うだろうから、伯爵の招集に応じての護送中に魔物の襲撃に遭って『運悪く』こいつだけが食い殺されると言ったところが妥当だろう。鉱山奴隷として生きていられると何をしゃべられるか分かったもんじゃないからな。安全を考慮するなら俺はそうする。
「お、お待ちください! 龍断ちほどの高額商品を購入いただくには色々と手続きが必要でして……奥の部屋までお越しくださいませ」
「まぁ……ええでっしゃろ。せばだばアニーやん達も来たいなら寄ってくがよかばってん」
「ホンマ? せやったらお邪魔させてもらうわ」
「あてもお呼ばれしますわぁ」
なんとか時間稼ぎをと、ワッペンは俺達を別室に押し込もうと考えたようだ。ここからどんな手段を講じて来るのか。正直野郎に関わるのは反吐が出そうなほどだが、アニー達に借りを作るのは悪くない。いつか2人の耳と尻尾をもふもふさせてもらう時のカードの1つとして活用させてもらおう。
「う……っ」
「ひぎゃ……っ」
「眩し……」
案内されたのは、さっきのホールがまだ手加減していたと思えるほどの豪華絢爛ぶりで、ハッキリ言ってサングラスでもしないと視力が悪くなりそうなほどキンキラキン。眩しそうにしている2人にもすぐに手渡して何とか事なきを得る。
「それではお茶をお持ちしますのでかけて待っていてくださいませ」
「お構いなく~」
とりあえず金で装飾されたソファに深く腰を下ろすと2人も俺を挟むように腰を下ろす。
『で? 俺は一体あいつをどうすればいいんだ?』
『簡単な事や。アスカにあの男を今の地位から蹴落としてほしかったんや』
『何のために? ってか俺がやらなくてもいずれは落ちてるだろ。あんな小悪党』
どう見たってあまり大成するようなタイプの人間じゃない。今までは運が良かっただけであって、それがいつまでも続くような甘い考えをしていたせいで窮地に立たされているアホに、これ以上わざわざ手をかける必要性を全く感じない。どうせ今もロクでもない手で俺等の処分とか考えてんだろうからな。
『そうも言ってられへんのや。この男は今すぐにでも殺してやりたいほど憎い相手なんや』
『大物には見えないんだけどな。いったい何をしでかしたんだ?』
『あの男は麻薬を扱っとる。あないなモンが世間に出回る事を考えただけで反吐が出るわ!』
『お前等はあの龍断ちが麻薬と気付いて粉かけたって訳か。なんでわざわざ俺を呼んだ』
〈鑑定〉が通用しなかったんじゃない。通用したうえであれが麻薬と知り、相手に実力行使とかに出られたら困るからって俺を呼んだって訳か。既に引くに引けぬ所まで来てるからな。今頃はもしかしたら腕利き(笑)の連中をかき集めているかも。
『そんな訳やから、アスカにはいざって時に助けてほしいんや』
『俺で役に立つなら構わないが……出発まであんま時間ないぞ?』
『ほんなら遅らせたらええ。ここで麻薬を取り締まらんと後々で伯爵領や侯爵領に被害が出るんや。1日2日程度の遅れくらい許してくれるはずやろ』
今日の予定はいよいよユーゴ伯爵が鎮座する大都市であるシュエイ。そしてそれを越えれば王都圏内へと突入すると聞いた時は、一月じゃなかったっけ? との疑問を侯爵に投げかけたら、ユニの足が異常に早い事に加えて魔物の襲撃なども皆無である事が、日程の大幅な短縮につながっているらしい。
という訳で、今と同じペースであれば3日もあればついてしまうとの事。1か月の旅がたったの1週間程度に収まってしまうとは……魔物ってそんなに蔓延っていたのかと考えさせられる今日この頃である。
『じゃあユニに事情を話して侯爵に伝えてもらうとするか』
『急に呼ばれて何かと思えば……では伝えておきます』
『どこに敵の目があるか分からへん状況や。十分に注意して話してもろてええか?』
『ふむ。邪魔があればかみ砕けばいいではないか――とはいかないのだな?』
『ユニが人を殺すと俺の肩身が狭くなる。そうなると今みたいに俺が好き勝手に女性を求めての散策が出来なくなる。となるとユニは邪魔だなぁってなって追い出すかもしれんな』
『では痛めつける程度に留めておきます』
そんな訳で、ユニに今起こっている事とこれから行うかもしれなくなる事を手短に伝え、それらを侯爵やアクセルさんに伝えて護衛しろとの命を下す。
「お待たせしました」
ほどなくしてワッペンがメイドを従えて部屋に戻り、俺達がサングラスをしている事に若干首をかしげていたが特に質問される事もないまま、ついて来たメイドの手にはこれまた目に対して明らかに悪いと分かるくらいに光り輝くカップを乗せたこれまた目に痛みを与えて来る厄介なトレイがある。
さて……〈万能感知〉にゴロツキの反応はない。てっきり実力行使に出て来るもんだとばっかり思っていただけに肩透かしを食らった。はてさてどんな手を使ってくるのかね。




