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#89 吸血鬼があらわれた

「ふぅ……ギリギリセーフってところかな」


 アクセルさんと別れた後。数百メートルくらいはそれほど急いでませんよアピールをしていたけど、それからすぐに吸血鬼の反応が一気に加速。次々に人が死んでいくんで、かなりの速度で一気に距離を詰めて5分遅れで到着したはいいけど、そんなわずかなタイムラグの間にざっと20人以上は犠牲になっていた。

 ……まぁ。とりあえずエリクサーの効果が及ばないレベルの被害者はいないみたいなんで、近場の奴にポーションの入った普通のカバンを渡して取りあえず放っておく。必要なのはあくまでアニーとリリィさんの命だけだ。怒号や悲鳴が飛び交う現場を完全に無視する形で突き進むんだ先で、件の吸血鬼を見つけたんで、あいさつ代わりに蹴り叩き込んでやった。

 その一撃で死んでくれればよかったんだが、やはり必殺技と言えば叫ぶ! を実行に移したせいで咄嗟に飛びのいて威力を軽減させたんだろう。手ごたえが若干少なかったくせに派手に吹っ飛んだのはそれが理由だろう。


「死んでたら返事しろ~」

「で、きる訳、あれ……へんやろ」

「ツッコミを入れられる余裕があんならダイジョブだな。ほれ」


 って訳でエリクサーを飲ませる。いつも通り速攻で怪我が治っていく様に、ようやく俺がアスカである事を理解したようだな。


「エリクサーをこないな使い方する言う事はアスカやんな。なんなんその格好」

「他の連中に正体ばれたくないんでな。違和感とかあるか?」

「エリクサー使ったんやろ? ほんならある訳ないやん」

「だったらここは任せていいな?」

「あんなバケモン相手やとウチとリリィやなんもでけへんからな」


 別れ際に少々陰のある言葉を聞いてしまったが、2人には商売と知識で協力してもらってるんだ。別に戦闘が出来なかろうがどうも思わん。

 そもそも相手は吸血鬼。多少強くなったとはいえ俺の蹴りに反応する相手じゃあかなり分が悪いからな。

 そんな相手は蹴っ飛ばされた事でもう戻ってこないんじゃないかって2割くらい思っていたけど、吸血鬼としてのプライドがそうさせるのか俺を殺す気満々で殺気を叩きつけてきてる。まぁビビるほどじゃないんで特に表情を変えないまま吸血鬼の眼前に立ちはだかる。


「貴様か? わらわの顔に蹴りを入れた命知らずは」

「違うな。そいつだったらついさっき空の彼方に飛んでいったぞ。もう見えなくなったけど」


 分かり切ってる俺の嘘に対し、吸血鬼はゆっくりとした動き(実際にはとんでもない速さんだろうなぁ)で首に向かって銀の短剣を振り抜いた。

 吸血鬼のくせに銀に触って平気だなんて、やっぱりこの世界と地球とじゃあその生態に少なからず違いがあるみたいだという事が認識できたんで悠々と受け止める。


「ほぉ? わらわの一撃を受け止めるとはな。人族程度にしては中々動けるではないか」

「当然だろ。本気でもなんでもない攻撃を受け止めるくらい訳ないっての。次は本気で向かって来い。仲間やられた恨みはもう少し残ってるんでな」


 そう言って横薙ぎの斬撃を振り抜くと、吸血鬼は即座に銀短剣から手を離して後ろに向かって飛び退いた。大して強くない割には咄嗟の判断力は悪くないな。と言っても動きは遅すぎるけど。


「っぐ! 貴様ぁ……っ!」


 元々両断するつもりは微塵もなかった一撃だったけど、吸血鬼の腹部が半分以上斬れてるんでさすがに焦ったが、切断面がウジ虫が蠢くみたいな気持ちの悪い動きでその傷があっという間って程じゃないけど完治した。どうやら魔族ほどじゃないけど再生能力があるみたいだ。


「遅いな吸血鬼。その程度の実力で今の今までいきがってたのか? だとしたら随分と世間知らずに生きて来たんだな。可哀想に」


 肩をすくめながらやれやれと――それこそ挑発と分かるほどわかりやすくため息をつきながら馬鹿にした表情をするだけで、吸血鬼の表情がみるみる怒気に染まり。殺気と魔力が爆発的に増大したみたいだ。

 ちなみに。みたいだというのはあくまで〈万能感知〉から届けられる反応を見ているからであって、俺個人の能力としてはそう言った類のモノを感じ取る技術はない。何せ格闘技経験ゼロだったんだからな。


「たかだか一撃当たった程度でいきがるでないわ! 光栄に思うがいいぞ。このわらわが人族如きに本気で相手をしてやるのだからな」

「じゃあ被害が大きくなる事を見越して場所を変えるか」


 いったい何が始まるのか見ててやってもいいんだけど、いくら吹けば飛ぶような酷い集落だとしてもここは多くの怪我人がいるし、鉱山から救助者を連れてきた連中の手当てをするために必要な場所だ。

 なので、吸血鬼が何かを始めようとしているのを遮るように蹴りを叩き込む。今回はあんまり吹っ飛ばない程度。だけど体勢を崩すくらいの威力をこめた蹴りを何度も何度も連続で叩き込んでは吸血鬼をどんどんと集落から遠ざけていく。

 もちろん苦し紛れみたいな反撃が時々襲い掛かっては来るけど、バランスを崩してる状態でのなんて当たったところで大した事はないだろうし、そもそも当たる訳がないんで特に気にもせずに蹴り続けて15分。ある程度距離が離れたと判断して、トドメのかかと落としでこの場所を戦闘地と定める。


「この辺りまで来れば大丈夫か。ほら。本気って奴を出してみろ」

「……」

「ん? どうした。死ぬような怪我じゃないだろ」


 吸血鬼の生態は知らないが、十分な再生能力に〈万能感知〉に目を向けながらHPの管理はちゃんとやっていたので死ぬにはまだまだかかるのを見て、間断なく攻撃を加えれば死ぬのかもしれないなという仮説を得た。


「たかが人種にここまで虚仮にされたのは勇者以来だ。しかしあの時は――」

「そう言うのいいからさっさと本気になれ。10秒以内に終わらせないと殺すぞ」


 相手は確かに美人さんだ。それだけでもお近づきになりたいって思いは当然あるとは言え、アニーとリリィさんを痛めつけた罪は重い。殺してもエリクサーがあるので、それについては美人であろうと抵抗はない。


「くっ! いいだろう。ならば吸血鬼の本気をその身に刻めぇ!」

「どっこいしょ」


 何が起きるのか。折角なんでその場に腰を下ろして小休止する事にした。ネブカまで駆け足で向かい、その足で今度は全力でまた鉱山へと斬って返してまたここまで戻って来た。たとえ肉体には毛ほども疲労感を感じてないって言っても精神的にはそこそこ参ってる。

 何せ俺は基本的に面倒くさがり。昨日からほぼ走り回っては山賊を痛めつけ。また別の場所まで走っては山賊をボコるなんて事をし続けたせいで多少神経がささくれている。ここらで少しホッとする時間が欲しかったところなんだよな。


「って待てい! なぜそこで腰を下ろす!」

「疲れたからに決まってるだろ。本来は横になって寝っ転がりたいところを、胡坐で我慢してやってんだ。ってか、そう言うのに気を取られてないでさっさとやれよ。むしろ初手を取れるまたとない好機だろ。なぜそこを指摘するんだ? お前馬鹿なのか? 殺す気がないならシルルのとこにでも逃げ帰れ。ザコ」

「く……っ! いいだろう。せいぜいわらわを楽しませるがよいわ!」


 一瞬で魔法陣を展開。ちょっとふんのぼってるから、下がりつつサンドウィッチをもぐもぐ。

 その中心に立つ吸血鬼の肉体が一回りほど巨大化。横になって麦茶をごくごく。

 蝙蝠みたいな翼が生え、牙が目に見えて巨大化。あれで噛まれたら痛そうだなと思いながらチョコレートをコリコリ。

 結果。見目麗しい姿をしていた吸血鬼はガチムチマッチョなボディビルダーみたいになって非常に残念な容姿に変わり果ててしまった。折角冷徹そうなSMの女王様って感じだったのに、これじゃあ俺に殺してくださいと言ってるようなもんだろ。ごろごろ。


「それで終わりか?」

「その通り。この姿となるのは一体いつぶりであろうな。調子に乗った勇者たち相手ですら見せた事のない姿を目にしたのだ。さんざんわらわを虚仮にしてくれた貴様には死という概念すら生ぬるい。闇魔法で永遠と終わる事のない激痛を――」

「よし。それじゃあ戦うとするか」


 とりあえず通じる武器の確認という訳で、武器としての体裁を保てる素材で作り上げたありとあらゆる剣を魔法鞄(ストレージバッグ)から取り出してその辺に放り投げる。こうしておけばいちいち取り出す手間が省けて時間の短縮につながる。


「死ね」


 まぁ……実戦において開始の合図がある訳がないのでいきなり襲い掛かって来るのは一向にかまわないんだけど、随分と遅く感じる気が――


「ぬお?」


 おや? 痛みがある。という事は何かしらの攻撃を受けた事になる訳なんだけど、その予兆が全くと言っていいほど感じられなかった。しいて言うなら吸血鬼の動きが緩慢に感じる以外の違和感はない。


「ぜぇい!」

「うは……っ」


 まただね。ゆっくりと目の前に現れたかと思えば、振りかぶってもいないのに腹をぶん殴られた衝撃(勿論痛みは少ない)が襲い掛かって来て、転びそうになるのを踏ん張ってこらえた。

 魔法か何かと考えれば説明がつくんだけど、こっちには駄神の〈万能感知〉に〈万能耐性〉があるから状態異常系は通じないはずだし、何か隠蔽工作していようと正確な位置と速度くらいは把握できるはずだ。


「ククク……どうした? 先程までの威勢が感じられぬぞ」


 なのに俺は、現在進行形で一方的に攻撃を受けている。防御する余裕はあるようで全くない。何しろその姿が確認できるとほぼ同時に別方向から襲い掛かって来るから、場馴れしてない俺にはちょいと荷が重い。今すぐ死ぬって訳じゃないけど対処法がない限りはその未来は必ずやって来る。

 俺がこの謎を解いて吸血鬼を殺すのが先か。

 それをさせずに殺されるのが先か。


「なに。少し考え事をしてたんでね。それじゃあ再開といくかね」


 どうやら今回の戦いは、今までと違って少しだけ愉しめそうでワクワクしてきたな。ようやく骨のある連中と戦えるなんてこの世界にてまだ片手で数えられる程度しかないんだからな。多少なりとも期待するのは致し方ない事だと俺は思う訳だよ。

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