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#88 炎とならなくともアスカは元々無敵だ

 友と別れた俺達は、吸血鬼なる存在を追いかけ、1割程度の力で鉱山が崩れない最高速で駆け抜けていた。

 相手の動向は〈万能感知〉で一番強い反応をそれだと仮定して確認してる。そして、そいつがただならぬ気配を纏っている事も同時に理解できた。うーん。これだけの物であれば普通に気付いてもいいはずなんだけど、やっぱ武術の心得がないとこういったモンに気づくのって難しいんだな。

 一応アクセルさんにも訊ねてみたら、普通に向かう先から禍々しい気配を感じるとの返答を貰った。さすが騎士。

 ちなみにその吸血鬼は、現在複数の魔物を相手に一方的な蹂躙をしているんで足が止まっている。距離を縮めるなら今がチャンスだ。


「という訳で急ぐぞ」

「それにしても……あの男は本当に殺されたりしないのでしょうか。アスカ殿がどうやって先程の隠し事を知ったのか知りませんが、さすがに公の場で暴露されたら危険なのでは?」

「多分大丈夫だと思うぞ。まぁ、相手が開き直っちまうとこっちまで被害を受けるけど、あいつ程度なら特に脅威って感じないし、発信者を殺せばそれが真実だと認めるようなモンだと思わんか? そこまで頭が回れば質の悪い笑い話って感じに持ってくだろ」


 見ず知らずのコック風情にいきなり「おい! ハゲ副団長」なんて言われて何故知ってると返すような馬鹿じゃねぇだろう。

 勿論悪口なんで怒りを買うのは必至だが、殺される可能性は低い。別に殺人を犯したわけじゃないらしいし、旅の途中で料理番として捕らえられたとでも言っておけば死にはせんだろうし、死んだとしたって俺の知った事じゃあない。


「一応説明しておきますが、彼等はユーゴ伯爵領の貴族が従える騎士団内でも五指に入る実力を持つ優秀な騎士団の副団長なのですからね」

「なるほど。その苦労人な地位にいるから禿げてしまったって訳か。可哀そうに……」


 どこの世界でも中間管理職ってのは気苦労が絶えないんだねぇ。


「まぁ、そんな冗談は置いておくとして、今ならあのハゲに勝てるんじゃねぇの?」

「どうなのでしょう。私自身強くなっている実感はあまりないどころか、少し自信を失いそうです」

「なんで? レベルも上がって強くなってるんだろ」

「いえ……アス――ではなく恭弥殿が強いという事は理解しているのですが、やはり幼い子供に負けるというのがどうにも……」

「あぁ……それはスマンとしか言いようがない」


 この旅の間。その強さを感じてみたいとアクセルさんと何度か手合わせをした。

 最初はふらっと飛び込んで首筋寸止めの1秒で決着。

 次はもうちょい加減して5秒。

 最終的に、俺から一切攻めずにアクセルさんの剣技を受け止め、所々でアドバイスをした。<剣技>のスキルを持っているおかげか、剣術に関しては湯水のように言葉が脳内に溢れ出したので滔々と語って聞かせたんだけど、それが相当に堪えていたのか……知らんかった。


「その……」

「い、いえ! 恭弥殿の助言のおかげで、私も剣を扱うという事がどういう事なのかを少し理解してきているところです。感謝しきりです」


 必死に言い訳をするのが何とも可愛いと思ってしまうが、そこまで凹んでもないんでパパッとこの話を終わらせる。

 そして奴は、何となく強いんだくらいには認識しておこう。わざわざ俺の方が強いアピールをしたところで、百害あって一利なしだろうからな。それよりもなんとかしなきゃなんないのは吸血鬼の方だ。勝利を確実なものとするためには少しでも情報が欲しい。


「で? 吸血鬼を相手にするにあたっての対処法とかはないのか?」

「何しろ300年以上前に絶滅したと言われている存在ですので。霊族領であれば詳細な資料も入手できるでしょうが、取り寄せるにしても早くて1月はかかるかと」

「しゃーない。それなら今できる最高の準備をするしかないか」


 防具はまぁいいとして、大事なのは武器だろう。といってもある程度の物は制作済みなので、用意するのは慰め程度の十字架くらいなんで、魔法鞄ストレージバッグからさっさと聖剣を取り出してアクセルさんに渡し、俺も一本。そんな辺りで坑道から脱出。吸血鬼のいる方向へと真っすぐ突き進む。


「……あまり言いたくないんですが、これってなんですか?」

「聖剣だけど? 一瞬魔剣もいいかなぁって考えたんだけど、魔ってつくから聖剣の方がいいかなと思ってこっちを選んだんだけど……魔剣の方がよかったか?」

「いえ……もう、何でもないです」

「そ。ならいいけど」


 よく分からないが納得してくれたようで満足だ。

 魔物が足止めをしていてくれたおかげでかなりの距離が縮まった訳だけど、未だその姿は見えてこない。とりあえず人型という確認だけはとっているから見間違う事はないんだけど……それにしたって随分と派手にやらかしてるなぁ。アクセルさんなんてその惨状に顔をしかめてる。


「なんと残酷な……っ!」

「しかし……血は余りまくってるよなぁ」


 大量出血するように転がっている肉片は切り刻まれ、草や木を濡らし。死体からはいまだそれがしみ出している。欲しいという割にはまるで興味がないと言わんばかりだ。


「確かに。一体どういう事なのだろう……」

「本人に聞くのが一番手っ取り早いか。とりあえずこいつに聞いてみるんで、吐きたくなかったら目を逸らしといた方がいいぞ」


 言うが早いかさっとエリクサーを吹きかける。

 その瞬間。その残骸だけでも十分すぎる程吐き気を催すに十分な光景が広がった。俺的には何にも思う事無く見ていられる耐性があるからいいけど、やっぱりアクセルさんはどこかへと走り去っていった。まぁこっちも美人の吐瀉物音は聞きたくないんで、大音量の鼻歌でお茶を濁す。


「すみません」

「だから言ったのに。とりあえず単刀直入に聞く。襲い掛かって来た奴に血は吸われたか?」


 俺の問いに対し、生き返った山賊は少しばかり困惑していたんで秘奥義・斜め45度を叩きつける事で正常に戻してから、改めて襲い掛かってきた相手が吸血鬼である事なんかを話してやるとようやく飲み込めたのか、顔面が真っ青になった。


「あ、あれが吸血鬼か……絶滅したじゃなかったのかよ」

「さっきの地揺れで復活したらしいぞ。それで? 血は吸われたのかどうかを聞いてるんだからさっさと答えろ」

「血は……舐められたと思う。だがこんなのは真実のエルダーブラッドではないとかなんとか言っていたような気がする」

「真実の血? なんだそりゃ」

「吸血鬼特有の表現でしょう。しかし、血に真実も嘘もないと思いますが」


 まぁ普通に考えればアクセルさんのいう事はもっともだろうけど、この世界より随分と進んでいる世界からやって来た俺としては、何となくだけど理由は分かっている。つまりは血液型の事を言っているんだろうと。


「取りあえず頭に入れておこう。じゃあな」


 まぁそれを言ったところでこの2人が首をかしげるのは目に見えているからな。黙っていても損が発生する訳でもないだろうからそのままにしておこう。

 ちなみにこの山賊は〈万能感知〉で真っ黒判定だったのでもう一度冥府に旅立ってもらった。これについてはアクセルさんも特に意見を挟むような真似はしてこなかったので納得しているんだろう。

 今回は新たに真実の血とやらの情報を得たんで〈万物創造〉で検索をかけてみたがなぜか検索に引っかからなかった。血液型も知ってるし、なんなら赤血球の形とかまで知識としてもているのにどうしてだ? もしかして……血じゃないのか?


「恭弥殿? どうかしましたか」

「いや……なんでもない。さっさと追いかけるか」

「その事なのですが、私はもう1人でも大丈夫なのでかまわずに吸血鬼を追いかけてもらって結構です。こちらは逃げた賊を始末しようと思います」

「ほんとうに大丈夫なのか?」

「ええ。あれが邪神の仕業ではないと理解できましたので。それとこれはお返しします」


 さっきの地震が人為的な物で、それを邪神の仕業と勘違いするほど珍しい魔法という事が確認できただけでも、アクセルさんの心情としては雲泥の差があるらしい。

 それを真に受けてこの場を離れて万が一があったらと考えると……好感度ガタ落ちは免れない。

 しかし一方で、素早く吸血鬼を追い払えば、アクセルさんを含めた全員の好感度はうなぎのぼりになるんじゃないか? そうなんだとしたら前者を選ぶ方がいいかも知れないな。うん。そうしよう。


「じゃあ甘えさせてもらうとするか」

「はい。恭弥殿であれば恐らく山道口の集落までには追いつけると思いますので、皆を助けて下さい」

「……さすがアクセルさんだ! 自分の危機より他者の命を優先するなんて。さすが騎士!」

「当然の事です。この力が吸血鬼に敵わぬ事が心苦しいですが、恭弥殿であれば必ずや討伐してくれると信じております!」

「おう任せとけ。吸血鬼の一匹や二匹すぐに消滅させてやるよ!」


 という訳で、聖剣を返してもらってから脱兎のごとく逃げ出す! だって……吸血鬼が街に向かってるなんてマジで見落としてたんだからなあああああああああ!

 焦ってる姿を見せずにある程度十分な距離を取り、改めて〈万能感知〉の設定を敵だけじゃなく人族とかも加えた状態にしてみると、確かに向かう先にはアニー達を置いてきた集落があった――というか絶賛襲撃を受けている真っ最中っぽいぞこれ!


「マズったな」


 このままでは俺の信頼度や好感度はガタ落ちじゃないか! おのれ吸血鬼……友から聞いた話だと美人らしいが、これはどうやらお仕置きが必要らしいな。もちろん性的な意味じゃないぞ。そう言うのは男に戻って十分な知識とそれを悦んで受け入れるMな女性がいなければそれはただの暴力なのでやるつもりはない。やはり気持ちいい事はお互い納得の上でするのが一番だ。

 げふんげふん。話がそれたか。まぁとにかくだ。これ以上被害が出るとさすがに色々とマズイ事になる。特にアニーやリリィさんが被害を受けようモンなら、ブチ切れはしないが美人だからって大目に見れなくなる可能性がある。

 という訳で速攻ダッシュだ。


 ――――――――――


 なんやねんこいつ……頭おかしいんと違うか?


「これも違う……真実の血にはほど遠いではないか」


 訳の分からんことをつぶやきながら、そいつは1人また1人と殺す。

 兵士も商人も山賊も老人も女子供も。平等言うたら聞こえはええかも知れんが、ウチからしたらあんなんはただの虐殺や。すぐにでも止めさせんと被害が大きなる一方や。


「リリィ!」

「任して。〈剛力(シャープネス)〉〈加速(ファスト)〉」


 リリィの魔法を受けると同時に飛び出して、今まさに子供を両断しようとした女のナイフを受け止めたはええけど、なんちゅう馬鹿力や……っ。肩が外れるか思うたわ。


「獣人如きがわらわの邪魔をするか」

「当たり前やろ。目の前で商売相手殺されんのは、商人として許されへんからな」

「ククク……多少知恵の回る猫獣人如きがこのわらわを相手にすると? 片腹痛いわ」

「そうせんとアカンのやからな!」

「小賢しい。ならばまずは――」

「〈竜巻(トルネード)〉」


 リリィの詠唱と同時に女の腹を蹴っ飛ばしてその場を離脱すると、女を中心にえげつない密度の竜巻が巻き起こり、リリィがその場にへたり込んだ。相当な魔力を込めたんやろな。魔力欠乏に陥っとるが、アスカとの旅でウチもリリィも今まで生きてきて考えられへんくらいの速度でレベルが上がって強ぉなった。

 そんなリリィの全魔力を込めた一撃や。殺されへんかったとしても重症くらいは――


「フンっ!」

「っな!」


 嘘やろ……っ!? 腕振っただけやん。たったそれだけでリリィ全力の〈竜巻〉をかき消した言うんか!


「ふむ……わらわの身体に傷をつけるか。たかが獣人にしては魔力が練られているようだ」

「なんなんやアンタ……一体何モンなんや!」

「わらわは敬愛するシルル様よりメディスの名を授かった吸血鬼よ」

「き、吸血鬼やて!? 全滅したんやなかったんか」

「全滅だと? 何を馬鹿な事を。吸血鬼である我等を殺すなど魔族であろうと不可能よ。忌々しい勇者に封印されて303年。それほどシルル様をお待たせしてしまったとなると後悔の念で自害したくなるほどであるが、せめて真実の血だけでも献上せねば死んでも死に切れぬ」


んなアホな。吸血鬼言うたら何百年も前に滅んだ霊族の1種族や。しかもこいついまシルル言うた。吸血鬼唯一の生き残りで魔族になった奴がそんな名ぁやった。その部下やなんて……勝てる訳あれへん……あれへんけど。


「っだあああああ!」

「ほぉ? まだ抗うか」

「あったり前や。ウチらで勝てへんのは百も承知や。せやけど時間を稼げばあんたくらい何とかする仲間が戻って来る。それまでは死んでも他の連中に手出しさせへ――」

「アニーちゃ――がぐっ!?」


 なんや? いったい何が起きたんや? 分からへん。なんでウチ……瓦礫の中に埋まってるんや? そして……何でリリィが両腕から血ぃ流してるんや? 分からん。何もわからん。


「ほぉ? 殺すつもりで斬りつけたのだが、大層な装備を身に着けているではないか」

「そう……やろ? 全部アスカはんが作ってくれたんや。あんたみたいな相手に負けへんようにするために」

「涙ぐましいな。しかしそのような物は、わらわの前では無駄な努力でしかないわ」


 そう言って吸血鬼が腕を振るうだけで、リリィが吹き飛ぶ。何とか首を動かして確認してみると、アスカの装備のおかげで生きとるようやけど、もう動かれへんやろうな。魔力欠乏になるほどの一撃を放ってすぐまた防御魔法を使ったんや。昔のまんまやったら死んでおかしないレベルや。


「フン。獣人如きの獣臭い血など、確かめるまでもなくシルル様の求めるものではなかろう。わらわの邪魔をしたのだ。相応の苦しみを与えながら殺して――」

「〇ーパァー……稲妻ぁ……キィーック!」


 これでウチの人生も終わりかなんて思っていたところに、短髪男が吸血鬼の顔面に飛び蹴りを叩きつける瞬間が飛び込んで来た。

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