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#86 決してやましい気持ちはありませんでした!

 ユニに事情を説明し、侯爵には念のためにあのピエロが現れた際に使う漂白剤を入れた瓶をいくつか渡し、脅された時のためにいくつかの問答に対する答えを教えてから、門を検閲なしで飛び出す。当然のように怒号や警報代わりの笛の音が背中に聞こえて来るけど、その辺は全部侯爵に任せることにした。

 まぁ、何かあったとしても、ユニが護衛として付き従っているのであれば問題はあるまい。騎士団の大半が山賊共を対した苦労もせずに捕らえるために出払ってるし、あの街の中にはユニの脅威になるようなレベルの連中は居なかったからな。

 という訳で、何の問題もなく門を飛び出して〈万能感知〉を最大範囲まで広げて枯れ果てたらしいミスリル鉱山に向けて4割程度の力で地を蹴って飛ぶように街道を駆け抜ける。それ以上の速度を出すと脇に抱えた2人が耐えられそうにないから。


「うぎゃあああああああああああ! アスカぁ! もうちょいゆっくりでけへんのか!」

「もちろんできるぞ。だがそんな事をして、土砂で生き埋めになっているかもしれない連中に何て説明するんだ? 地面スレスレを高速で進むのが怖くて遅れましてゴメンちゃいと言って死んだ連中が納得するとでも?」

「そ、それはそうやけどおおおおおおおおお!」


 勿論。そうなった場合はエリクサーがあるから何の問題もないけど、それはあくまで最後の手段だ。むやみやたらに使って面倒事が舞い込むようであれば、そいつには悪いが死んでもらう事になる。別にためらいはない。ハッキリ言えばアクセルさん以外は赤の他人だし野郎なのだから、男に戻った後の人生において死んでたところで痛くもかゆくもない。


「到着するまでそうやって叫んでるつもりか? 少しはリリィさんを見習え」

「ぐふ……アスカはんと密着……ぐふふ」

「……ウチはああなりたない」

「うん……ゴメン。こうならないまでも大人しくしてくれるだけでいいから」


 それでも結局。アニーは地面すれすれを馬以上のスピードで駆け抜ける景色に絶叫を上げっぱなしだったし、リリィさんは表情をふにゃふにゃにとろけさせたままだったが、山が近づくにつれて次第にはっきり確認できるようになってくる土煙に嫌な予感が当たった事に対する舌打ちで、徐々に意識を切り替え始めてくれた。

 行きで3時間ほどだった道程は、その半分ほどの時間にまで短縮させてたどり着いてみると、山道の入り口とも呼べる場所には非常に小規模ながらも村と呼べる程度に体裁を整えた場所があり、そこでは突然の地震と落盤事故であろう影響のせいで人がごった返していた。行きは正規ルートを使わんかったんでこんなのがあるとは思わなかったが、あった方が自然っちゃ自然か。

 この辺りまでくるとさすがに〈万能感知〉でアクセルさんの反応を捉える事が出来てはいたが、その周囲には千人近い山賊を輸送中とは思えないほどの少数の反応しか残っていないし、どの反応も動く気配がない。落盤事故に巻き込まれたとみていいだろう。

 すぐに行動を開始という訳で、まずは情報を収集するために商人や冒険者らしき連中からひっきりなしに質問という名の怒声を浴びせ続けられている1人のおっさんに近づくと同時に、その首筋ギリギリに刃を突きつける。


「急いでるから手短に。地面の揺れが起きてからどの位の時間で土煙が上がった」

「な、なんだお前は!」

「俺は急いでいると言った。死にたくなければさっさと答えろ」

「……大体10分くらいだ」

「分かった。アニーは簡単な食事を。リリィさんはここで手当てを。俺は救助に向かう」

「1人で大丈夫なんか? ウチ等も一緒に行くで」

「また地震が起こらないとも、落盤事故が起こらないとも分からないからな。二次被害があっても俺だけならどうとでもなるんで、安全が認められるまでは1人も山に入れないように」


 俺であれば〈万能耐性〉や〈身体強化〉があるんで、万が一落盤に巻き込まれたところで自力ではい出て来ることも可能だろうし、万が一猛毒のガスなんかが噴き出しててもエリクサーをがぶ飲みするくらいの余裕もある。勿論、他人を巻き込まないようにする努力はするつもりだ。

 あくまでもつもりであって、絶対じゃない。所詮救助相手はほとんどが野郎だからな。アニー達の好感度稼ぎって利点がなければ救助に向かうなんて面倒な事はしないっての。


「ほんなら任せるわ」

「任された」


 確かこういう事故の場合。生存者が無事でいられる時間は72時間くらいだって聞いた事がある。地震が起きてすでに2時間。出来る限り早い救助が求められるんで、まずは何はなくともアクセルさんの救出からだ。彼女であれば顔見知りであるし気心の知れた仲だ。いちいち脅したり余計な手間をかけずに被害者としての情報を入手できるはずだ。

 2人をその場に置いてから、俺は一気に山道を駆けあがる。〈万能感知〉で危険の少ないルートを選択しながら、時折見つかる人の反応で生きている相手だけをスコップで掘り起こしてエリクサーをひと吹きしつつ、アクセルさんの元まで駆けつける。


「こりゃ凄いな」


 その下には相当ミスリルが埋まっていたんだろう。元は山道だった現場には〇京ドームほどのデカいクレーターが出来上がっており、その中にはいくつかの馬車と自力で這い出れるくらいの被害しか受けなかった運のいい連中数名が必死に救助作業をしていた。

 その中の1人に見覚えがあるんで、恭弥としてそいつのそばに降り立ちながらスコップ一発で下に埋もれていた兵士を救い出す。ここでエリクサーを使うほど俺は馬鹿じゃない。


「状況は?」

「お前はさっきの……何をしに来た」

「俺は状況はと聞いている。急がないと死者が出るぞ」

「分からん。突然山賊達を縛っていた縄がほどけ、逃亡を図っているとの報告が聞こえたので殺害許可を出して処分していたのだが、突然に地面が光輝いたかと思うと揺れ出してな」

「地面が光った?」


 やはり現場の情報ってのは侮れないな。俺としては何の変哲もない地震だとしか思ってなかったが、地面が光り輝くと聞かされればそれはもう自然現象という言葉から大きく外れていく。


「ああ。それが何なのかを確認する間もなく地に大穴が開き、我々は飲み込まれた。この時ばかりは赤の神を恨んだな」

「他に異常はなかったか?」

「ない――と言うかそんな事に気を回している余裕などなかったからな。あったとしても見逃しているだろう」

「そうか。ならそんな使い物にならなかったお前等に救助に役に立つ道具をいくつか貸してやろう」


 まるで示し合わせたかのようなタイミングとも言えなくもないが、だったらなんでこんな中途半端な事をしたのか。地震を起こせるほどの――おそらくは魔法の一種だろうとあたりをつけている。

 しかしそうなると目的は何なのか。侯爵を狙うにしては場所が離れすぎているから除外するとして、騎士団の連中を狙ったにしては運が良すぎる。俺がここで山賊共の大取物をしなければこれだけの数を一気に殺れなかった。

 そう考えると、他種族の連中がやったのか? うーん……そこまで仮説に組み込んでしまうともう迷宮入りだ。なので、これ以上考えるのは得策じゃない。今はこれが自然現象じゃなくて人為的に引き起こされた物だという事だけを頭においておけばいい。どうせ現状で答えが出ないのなら、それよりも先にやる事がある。

 という訳でスコップを人数分と、最大容量で何も入っていない魔法鞄ストレージバッグを全員に渡し、邪魔な土はそこに入れるように指示を飛ばして俺はアクセルさんの元へと真っすぐ向かい、スコップの先が触れないように掘り起こす。


「っ!? がはっ! ごはっ! こ、ここは?」

「無事か?」

「アス――恭弥殿……? 街に向かったのではなかったのか?」

「地震を察知して戻って来たんだ。きっとアクセルさんが困ってるだろうと思ってな」


 とりあえず知っている限り現状を説明しながら水を渡して口をゆすがせつつコッソリとエリクサーを吹きかけて回復させてやると、次第に意識がはっきりしてきたのか地震の恐怖に身震いを始めたんで、こういう時の対処として抱きしめるのがいいと聞いているんで優しく抱きしめて泥だらけになってるのにも構わず撫でてやる。決して絶好の好感度稼ぎのチャンスとか思ってないからな。


「落ち着け。俺が来たから絶対――ってのは自信はないが、相当な脅威からなら救ってやれる自信はある。だからゆっくりと深呼吸をしながら震えが止まるまで待ってろ」

「す、すみません……」


 俺の言葉に、アクセルさんは震えながらもゆっくり小さく呼吸を整え始める。周囲に目を向けると、少なくない数の救助者がアクセルさんと似たような状況になっている。さすがの騎士でも地面に埋められるという経験はなかったようだ。

 こっちとしてはアクセルさんを救助できただけで十分に満足なんだけど、さすがにそれではいさようならってのは色々と不都合が生じるよな。主に女性陣の好感度の面で。スコップを貸してやったって言い分はあるけど、それだけじゃあ無罪放免は虫が良すぎるか。

 まずは山賊の生き残りでも探しておいてやるとするか。

 〈万能感知〉を敵性反応に切り替えてみると、山賊と思しき反応はそこかしこから発見されるけど、それをさらに生死の有無で分類すると、確認できる範囲内のほとんどは死んでるし、生存者的な反応は動いていないのがほとんど。少数の動いている反応も魔物か何かに次々に殺されて死亡反応へと変わっていく。こんな状況でも魔物は相変わらず魔物らしい。

 そんな事に頭を巡らせていると、ようやくアクセルさんが落ち着きを取り戻したのか平静を示す反応になってくれた。

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