#8 旅立ち
可能な限り全速力で廃砦まで戻ってみると、大小さまざまなクレーターが入り口のほんの数メートル先に出来ていて、念のためにと作っておいたガードレールの所に人の姿はないが悲鳴らしき声は聞こえてこない。
「あっ! お、おかえりなさい!」
そんな場所に残っていたのは、一番の年長者だったと記憶しているウサギ耳の少女1人だけ。それが今にも泣き出しそうな顔面蒼白で抱きついてきた。
こ、これが前世ではついぞ味わう事が出来なかった感触か。服の上からだって言うのにそれがそうであると分かるほど柔らかい。げに素晴らしきは女体也っ!!
「うへへ……」
「あの……あのっ!」
「はっ! そう言えば今の音だけど、なんだったんだ?」
奴隷で金もうけをしてるクソ貴族は雷属性の魔法が得意だとか聞いてるからな。これだけの事が出来るのが果たしてすごいのか凄くないのかわっかんないけど、俺が渡した物で対抗できる相手じゃないのは分かる。中に入られてしまったのなら急いで殺してやらんといかんのだけど、ガードレールが壊された様子がない。
ガキ連中ならともかく、大人が潜り込めるようなスペースもあるっちゃあるが、数日前には影も形もなかったモンがある時点で怪しいのは当たり前ってなると、何度か声掛け。返事がない=何かあったと判断するのは自然な流れで壊さない訳がないはず。となると――
(今のは……クソ貴族のじゃない?)
「と、とにかく中に! 早く!」
かなりの恐怖体験だったんだろう。一応2割解放の〈身体強化〉でステータスの底上げされてるはずの俺の身体を引きずるように砦の中の地下牢の一番下。安全のために捕まっていた場所より2階層も下まで連れて行かれ、その道中に大まかな状況を聞かせてもらった。
なんでも。あれは例の貴族の魔法じゃなく、神の鉄槌と呼ばれる天罰の一種らしい。何故なら、雷属性の魔法ってのは神の鉄槌を模倣したと言えば聞こえがいいらしいが、実態は静電気程度のちょっとした痛みを与える程度のハズレ属性らしい。
だが、そうなると何でこんな所にそんなものが落ちんだよって疑問は残るけど、おかげで子供達は泣き崩れ。年長組も半ば恐慌状態に陥って危うく散り散りになってしまいそうなところを、俺という存在を使って説得して地下に逃げてもらったらしい。
「皆っ! アスカが戻って来たわよ!」
そんな辺りで最下層に到着すると、まるで津波のように子供たちが押し寄せて来て全員が一斉に喋るんで、もはや誰が何を言っているのかが分かんない。
ちょっと刺激が強いだろうけど、聞きたい事があるんでクラッカーを数個創造して一気に使用する。
「「「っ!?」」」
乾いた破裂音に全員の声が一瞬で止まった。これでようやく話が出来る。
「さて。とりあえず被害報告だ。怪我したりした奴はいるか?」
俺の問いに、逃げる時に転んでひざを擦りむいた数人が手を上げてくれたんで水で洗い流してばんそうこうを貼り、死者はゼロとの報告を受けつつ創造した飴玉を小さい子達に優先的に配って落ち着かせていると、ルーアがおずおずと近づいてくる。
「その……騎士団の方々は?」
「大丈夫だ。隊員……でいいのか。斥候に出てた女性を捕まえて事情を話したから、すぐにでも全員保護してもらえると思うぞ」
まぁ、中に件の貴族の息のかかった兵が居ないとも限らんが、そこまで警戒してたらいつまで経ってもこいつ等を安全な場所まで送り届ける事なんてできやしねぇっての。
「ほ、本当ですかっ!?」
「ああ。さっきの神の鉄槌とやらに気付いて急ぎ足で来てくれるかもしれんぞ」
折角のフラグ回収の好機だったと思うんだけど、まさかの謎攻撃が〈万能感知〉の知らせたかった危機なんだとしたら、実質的な被害はほとんどゼロと言っていいのがどうにも気になる。
他に俺にとって危機となりえるものは……やっぱあれしかないか。
「どこに行くんですか?」
「ちょっと外の様子を見てくるだけだ」
今現在の俺にとっての最大の危機は、まず間違いなくあの魔法使いの身に何かが起きる事だ。
死んでしまうのは当然だけど、記憶喪失や失踪なんてされた日には探したり回復させたりするのに一苦労させられるから、非常に面倒くさい事態に発展してしまう。その無事を確認しなければいけない。
急いで地上まで駆け上がり、子供達の復讐や魔物に襲われないように草木にカモフラージュさせて隠しておいた鉄箱のふたを開けて中を確認してみると、確かに一番上に押し込んでおいたはずの魔法使いの姿だけが消えてなくなっていた。
慌てて〈万能感知〉で感知範囲を最大距離まで伸ばしてみても、奴の気配はどこにも引っかからない。
半径30キロのあらゆる反応を感知出来るスキルの中をこんな短時間で行き来出るなんて……あり得るのか?
「おい! 魔法使いはどこに行った!」
「し、知らねぇよ! 何か馬鹿デカい音が聞こえたと思った時はもういなくなってたんだ!」
「俺って……冗談は嫌いなんだよな」
「嘘じゃねぇ! 本当に煙みたいに目の前で消えちまったんだよ!」
脅しても吐かず、〈万能感知〉でも真実を言ってると表示している。ってなると、マジであの魔法使いは消えたって考えてもいいかもしれないけど、詠唱させないためにちゃんと正しい猿轡をしてたから自力脱出ってのはちょっと考えづらいし、なによりあの雷にタイミングを合わせてってのも都合が良すぎないか?
「……まさかな」
神の鉄槌なんて言われるくらいだ。あの駄神がやりやがったと考えるのは早すぎるか?
そもそも奴がそんな事をする理由が見つからないし、まだ詠唱しなくても平気な方法や所謂魔道具ってのがある可能性も捨てきれない訳じゃないからな。油断したぜ。
とりあえず〈万能感知〉が危険を知らせてくれないからもう大丈夫だろう。
って事で、鉄箱に詰め込んでおいた犯罪集団を砦の前に移動させ、騎士団の連中がやって来た時に手間じゃないように全員をひとまとめにし、あの女が俺の存在をバラさなければ誰かがやってくれたと思ってくれるだろ。
あの魔法使いが消えた以上。とにかくデカい街で奴の情報を入手しないといけない。幸いにも〈写真〉スキルのおかげで人相は脳内にバッチリ記憶済み。
あとはこれを紙に転写して世界中を探し回らないと、いつまで経っても童貞卒業が出来ない。そうしない限りは六神の邪魔なんてする気力すらわかないっての。
「そこの小僧。一体何をやっている」
おっとっと。随分と早い到着だ。常時〈万能感知〉を展開してっと頭痛くなるからオフってたけど、あの数の騎士団をここに運ぶまでもう少し時間がかかると思ってたのは考えが少し甘かったみたいだ。それに、この役立たず共が無駄に暴れるもんだからこっちが逆に時間を食ったくらいだ。
それにしても……このタイミングってのはちょっと厄介だな。見ようによっては俺がこいつらを叩きのめしたように見えなくもない。
それはまぁ事実なんだけど、周囲に隠した死体まで発見されると英雄が一転。犯罪者にジョブチェンジしちゃうのは、この世界で生きていくにあたって確実にマイナスに働くだろう。ただでさえこの顔は気に入ってるんで人相書きなんて出回ったら、男に戻っても街にすら入れなくなる恐れがあるから、ここはいっちょ変装して誤魔化せるか試してみよう。
「やぁやぁ鉄狼騎士団の諸君。こんな森の奥までご苦労様。俺は恭弥というしがない神の使いだ。どうやら今の音を聞いて来たようだが些か遅すぎやしないかな?」
顔の上半分を隠す銀仮面をつけて振り返ってみると、そこには20人ほどの騎士団員が油断なく剣や槍を構えて立っていて、その中央にさっき地図の前で誰かと会話をしていた隊長らしき中年くらいの男がいた。斥候女子も木の上に居るのが確認できた。
「神の使いだと? 子供の冗談だとしても、その名を語るのは不敬だぞ!!」
正解ではないが、まったくもって間違ってないんだがな。どうやら騎士団の連中は想像以上に敬虔な信者達ばかりらしい。俺の自己紹介が気に入らなかったらしく、何となくだが連中の眼力や雰囲気が変わった気がする。子供相手にマジになるなんて大人げないし、あいつの自宅警備員さながらの姿を見れば誰もが信仰を止めんじゃねぇかと思う今日この頃。
「まぁ神の使いなんて冗談はさておき。悪辣な貴族に反旗を翻してこんな所までやって来た君達にはこの中にいる子供の奴隷の救助をしてもらいたいんだよ。ある程度の掃除は済ませておいたが俺は非常に忙しい身でね。全員を街まで連れて行ってやるような時間的余裕がなくてな。どうせそのつもりだったんだろう? 手間が省けてよかったな」
「大層な言い方をするじゃないか。あまり大人を馬鹿にする物じゃないぞ」
「事実だ。君達では俺に傷一つつけらないから無駄な戦闘はオススメしない。帰りもあるんだから無駄な体力と怪我はしない方がいいと忠告しようじゃないか」
「なんだと?」
「舐めんなクソガキィ!!」
俺の挑発にあっさりと乗った1人の血気盛んな青年騎士が、陸上選手並のスタートを切って突進してきたが、その程度じゃ相手の攻撃が振り下ろされるより前にカウンターを叩き込めるんで、斥候女子にやった時より強めに突き飛ばす事で、青年騎士はソコソコ幹の太かった木をへし折って茂みの奥へと消えていった。
「さて。それでは取引といこうじゃないか。君達にはこいつらを捕縛したって武功をくれてやるからさ、こっちにはマリュー侯爵領の地図をくれないか。ちょっとした手違いで地図失くしちゃって困ってんだよ。まぁ、おかげでこうした事を発見できたんだけどね」
「嫌だと言ったら?」
「簡単だ。奪い取ればいい」
俺が剣を抜くと同時におっさん隊長も背の大剣を抜こうとしたけど、それよりもこっちの刃がそのぶっとい首筋に押し付けられる方が何倍も速いけど、少し力を入れ過ぎたせいで押し倒す形になったのはご愛敬としてほしい。
「貴様っ!」
「騒ぐな! 地図を……くれてやれ」
「さすが隊長。話が早くて助かるよ。だてに歳は取ってないねぇ」
こっちに敵意はないし、殺すつもりだったのなら隊長の首はとっくの昔に胴体と分離させられるのを感じ取ってくれたんだろう。
そんな隊長の指示で、斥候女子が木から降りて来て睨み付けるような目を向けながらも丸められた羊皮紙を投げ渡してくれたんで、確認の意味も込めて騎士団達に向けるようにしながら封を切ると、ゲームみたいに表面から魔法が出てくるなんて事はなかったんで、距離を取ってから剣を収める。
「魔法書簡を知っているとは大した小僧だ」
「まぁ旅人やってるしこのくらいは常識って奴よ。それじゃあ契約成立って事で俺はこの辺で立ち去らせてもらうわ。後の処理は全部そっちに任せたよ~」
やっぱりそういう魔道具はあるみたいだ。今後もちゃんと気を付けるとして、地図を手に入れた以上はこいつらに用はない。敵の半分は俺が排除してやったから、万が一残りが戻って来たとしても何とか守り切ってもらいたい。俺の将来のハーレムのために。
――――――
「ふぅ……ん?」
森を抜ける道中、レベル上げもかねて道中の魔物を殲滅しながら、大体60キロくらいの速度で森をあっという間に駆け抜けて脱出すると、偶然にも近くに馬守をしている連中のそばに出てしまったが、連中は大量の魔物に襲われてこっちに構っていられる余裕はないっぽい。
本来ならあんなのにかかわるのは面倒くさいんだけども、騎士の中に凛々しくて美しい女性を発見してしまえばそんな気持ちは一瞬で吹き飛ぶってもんよ。
「手ぇ貸してやるよ」
「子供!?」
「見た目は子供だが腕一本で食ってるから実力はあるぞ」
「冒険者か!? 大した礼は出来んぞ」
「ちょっと願いを聞いてくれれりゃそれでいいさ。それに、こんな雑魚を相手に金をせびるほどカツカツな暮らしはしてねぇんでね」
「助かる」
交渉もアッサリと成立したんで、すぐに暴れ回る。
魔物は緑肌の子供みたいないわゆるゴブリン。それが50ほどいたが、所詮最初に出会う代表格。特に苦戦する事もなく全滅させてから、目的である願いについて説明をした後に、斥候女子にやった時みたいに額を指で押しておくのも忘れない。
「ほんじゃ頼んだぞ」
「ああ。助力に感謝する」
とりあえずの目標は地図でも大きく記されてるギック市だけど、距離を考えると徒歩で行くのは正直メンドイと感じる程遠いし、そもそも最初から行くつもりなんて無い。
「さて。とりあえず風呂でもあればいいんだけどね」
って訳で、次の目標は地図上では一番近いオレゴン村で決まりだ。