#82 血のにじむ検索
「ぐ……は!?」
状況を理解するのに少し時間がかかるな。何せ仰け反るようなまともなダメージを受けたのなんてこの世界に来てから初めてだからな。
鼻は……折れちゃいないが溢れるように血が出てるし、口の中も鉄の味で支配されるって事はどうやら切れたみたいだな。それと多少歯がぐらつく。HPを確認すると今の一撃で1割ほど減っているにしては随分と痛みが強いぞ。
おまけにしっかりと握っていたバスタードソードが相手の手に渡っている。一体何が起きたのか全然わからんぞ。まさか……時を止める系のスキルでも持ってんのか?
「おや? 一発で死なないなんて随分と頑丈なんだね。こんな手ごたえの人族は一体いつぶりだろうかね。久しく出会ってないかな」
「こっちもだよ。親父にもぶたれた事はないんだけどな」
「それは殴った方が怪我をするからだろう?」
まぁ期待していた訳じゃないから別にいいけどな。それにしたってなんちゅう威力だよ。〈身体強化〉と〈万能耐性〉で軽減させてもこれってなると、普通の奴であれば確かに今ので頭が吹っ飛んでるだろう。
鼻を自力で元に戻し、溜まった血を吐き出して意識を切り替える。気を抜くとまた攻撃を受ける羽目になる。我が家の不遇スキルである〈回復〉があるとはいえ、こいつは油断ならない相手だ。
「どうやら……お前を捕まえれば色々と面白そうな情報が取れそうだ」
「あはは。まだやる気なんだ。まぁ……逃げようとしたところで逃がす訳ないけどね!」
相手が突撃してきた。当然の動きだな。
こちらの攻撃ではまず死なないし、ガードすら貫通する攻撃はこちらに絶望と恐怖を与えて来る。そんな奴に出会ったが最後。死ぬ以外の選択肢は存在しないように思えるが、はいそうですかと納得して死を迎えるのはここじゃない。理想は美女の膝の上だ。
「まだヤってないのに死ぬ訳にはいかないなぁ」
「言葉の意味が理解できないね。こっちを殺すって事かな?」
「理解する必要はない。どうせお前には関係のない事だ」
とりあえず回避くらいはできる。とんでもない速度に防御を許されない攻撃は確かに厳しいが、こっちもこっちで〈身体強化〉があるから見えるし動けるし一発では死なない。瀕死になってもエリクサーがあれば無問題。できれば隠しておきたけどな。
「ふぅん。というか倒せると本気で思ってる訳?」
「それをこうやって調査してんだろ」
とりあえず魔法を全種類試してみたが、避ける素振りもないんで効果がないんだろうってのはすぐにわかる。なんで、MPはいざという時のためにとっておこう。
となると、自然と物理での攻撃しか残されていない訳なんだけど、弓も剣も槍も斧も言い換えるなら、ただ物体を叩きつけるという一点においては例外に一切含まれない。そうじゃないと効果が得られないからな。だから……まぁ……全く効果がない訳で。
「どうした? もう終わりなのかな」
仮面魔法使いの全身には試した武器のすべてが突き刺さっている。何が目的か知らないけど、そのままの姿というのは一種奇妙に見えなくもないが、こっちとしては何の感慨もない。
「これは困ったな。もうあまり手が残されていない」
「まだあるのかい。ここまでしぶとかった人族は久しぶりだよ」
「ふーん。という事は他にもいた訳か」
「ああ。勇者とかね。あれは本当に面倒くさかったなぁ」
「なるほど。それなら多少は期待してもいいかもしれないな」
「何をするか分かんないけど、無駄だと思うよ?」
勇者と戦闘をしたという事は、少なくともあれレベルを超える実力者って事だ。そして久しぶりという言葉をどう捉えるか。この判断1つで結果は大きく変わる。
まず第一に、短期の久し振りであった場合。これに関しては特に問題とは思わない。まぁ六神をぎゃふん(死語)と言わせるのが一応の主目的だから、殺されるとこっちの仕事が減るんで……大助かりじゃないか。
そして第二に、長期の久し振りであった場合。こうなるとさすがに俺の手には余るかもしれない。
時間の感覚が希薄になるほどの長い時間を過ごし、数え切れないほどの勇者と戦ってきた。そう考えると、こいつは魔族の1人なんじゃないかとの疑問が顔をのぞかせるが、尋ねたところで正直に答えるとは到底思えない。
とにかくマジヤバいって事だけはハッキリする。その方法は簡単だ。尋ねればいい。
「どのくらいの勇者を倒してきたんだ?」
「ざっと100以上は殺したかな? まぁ、そうしたところですぐに別の勇者が現れるから問題ないでしょ」
やはり答えたか。きっとそう答えれば俺が生きる事を諦めるだろうと思っての発言だろうが、こっちはこっちで二択を一択にしたかっただけなんで別に何とも思わない。しいて言うなら浅はかな考えで口を滑らせた魔法使いざまぁ――って感じだな。
「随分と長生きなんだな」
「……チッ。まだやるつもりなのかい」
「貴重な情報ありがとさん。これでますますお前から情報を奪いたくなったよ」
「出来るモンならやってみな!」
舌打ちからある程度怒っているんだろうと推測できるが、相も変わらず魔法使いの攻撃は愚直で単純な攻撃ばかり。大抵の相手が反応できずに死に。反応出来て防御したところで結局は死ぬ。勇者との戦闘ですら常に主導権を握っていたんだと分かるほどにヘボい。
だから攻撃が雑。
だから動きに無駄が多い。
ための大きなテレフォンパンチにフェイントのフェの字も知らない読みやすい動き。最初はその速さに多少なりとも驚きはしたけど、今では目をつむっても避けられそうだ。もちろんやらないけど。
「さーて。どうしたもんかな」
あえてそれを口にする。こっちの体力は無尽蔵だが、相手の体力もまた無尽蔵。とはいえ全身運動で俺に迫ろうとする動きと、余裕をもってゆったりとした最小限の動きで回避する俺とでは消耗速度にそもそも違いが生じる。
なので、動きに精彩さがないのは元からだが、多少疲労して来たのか僅かに動きが鈍くなって来たんで、今みたいな台詞を吐いてさらに攻めさせる。もちろん思い出したような反撃も忘れない。虎視眈々とその機会を手繰り寄せる為に。
そんなこんなでどれくらいの時間が経ったかなと途中で作ったストップウォッチに目を向けると、これを作ってから1時間が経過していた。そろそろ仕掛けてみてもいいかもしれないな。
「どうした? もう疲れたのか」
「く……っ! 何を馬鹿な事を!」
「でも反応が鈍いぞ。ほらほら」
少しでも攻め手を休めればこちらが攻める。ダメージで言えば全くのゼロではあろうが、一瞬の間に10近い斬撃を叩き込まれるのはそれだけでかなり鬱陶しいはずだ。
そしてそれを止める為には自分が動くしかない。相手の攻めを守りに変える為に。
そしてその時は不意に訪れた。
「っだらぁ!」
「よっと」
魔法使いの大ぶりな正拳突きに対し、あっさり回避した俺の反撃が手の一部をほんのわずかに削り取った。ほんのわずかだけどそれがいい。むしろそうじゃないと命の危険に見舞われるかも知れないんで、本当に少しだけ。
それを獲得するために今度はハンマーを取り出して魔法使いに全力で投げつける。
「ちい……っ!? まだまだ!」
「マジかよ」
吹っ飛ばすために重量に重点を置いたハンマーの一撃は、俺のこの身体より一回りほど大きい程度。そんな小柄な男か女か分からない存在を2メートル後退させるのが精いっぱいだった。これにはさすがに驚くしかない。どんな質量してんだよ!
それでも十分な距離は稼げた。おかげでともすれば見失ってしまいそうなほど小さな欠片を口で受け止めてすぐに魔法使いに向かって吐き出す。これだけで後は〈万物創造〉が十分な仕事をしてくれるはずだ。
その名も――検索。
〈万物創造〉で作るには名前と形状と情報が必要だ。そして現在、形状と情報を手に入れて後は名前だけなんだが、ここで検索の出番だ。いくつかあるカテゴリーを最近にしてみるとあら不思議。名前を知らないはずの〈流体金属〉というのがリストに加わっているではありませんか。
これは所謂裏技って奴だ。発見したのは偶然に過ぎないし、既にかなりの数の魔物素材が創造可能になってるんで使いどころなんて無いから意味ないなぁなんて思っていたが、いやはや出番というのはどこに転がっているか分からんもんだねぇ。
「フン。何をしたのか知らないけど、こんな小石が通用するとでも――」
「なるほどなるほど。お前は人でも魔族でもなくアンリエットと似た存在って感じなのか」
確かあの時はぐにゃぐにゃ金属とか言っていたはずだから、きっとこれが正解に近いかその物なんだろう。それは後で確認するとして、まずはこいつを何とかする方法だ。
「アンリエット? 何者だそいつは」
「言う必要はない。なるほどなるほど」
より詳細な検索をかければ、〈流体金属〉の原材料の表示だけはできる。そして素材が分かればあの身体をどうにかできるかも知れない。地球での知識が生きるような物があればいいんだけどな。




