#81 どうして山を登るのかって? そこに山賊が居るからさ。
「ふぅ……そろそろ終わりにしますかね」
あれから40年――じゃなくて20時間くらいかな。忙しく山道を駆け巡り、合計で7の山賊集団を潰して回った訳だけども、これ以上は睡魔に勝てそうもないんで、ここを最後にするかと訪れたのは、一見すると何の変哲もない山小屋だけど、〈万能感知〉には中々の魔力量が検知されている。これは魔道具を使っている反応だな。それも複数。
「大物に当たったかな」
これだけの距離まで近づいて精度を上げないと分からないように魔道具による隠蔽工作まで施されてる。今までの簡単な集団と比べると念の入れようが比べ物にならないって事は、随分と古株なんじゃね? って考えてる。
つっても、所詮はチートもないような相手にそこまで警戒する必要はねぇだろ。とりあえずは突撃あるのみ。
魔法の知識が乏しいから、物理的な罠じゃない限りはそうする以外に方法がない。相手には侵入者ってバレるだろうけど、そこは電光石火の早業で制圧すれば問題ないだろう。
という訳で、仮面をつけてから発進。魔力渦巻く中に一歩足を踏み入れた瞬間。僅かに貧血みたいな立ちくらみっぽいものを感じたけどすぐに収まったんで、構わず突き進んで山小屋の扉を勢い良く蹴り破ると、中に居たのはどこからどう見ても下っ端ですと言わんばかりのオーラを発しながら酒を飲んでいたおっさんが3人だけ。他に目につくモノと言えば、地下へと続く梯子があるだけ。いやいや。そういうのは隠しとくモンだろ!
「ん~? 何だお前。こんな所に何しに来たんだ」
「プレゼントを届けに来たとだけ言っておこう。犯罪奴隷になれるという最高のモノをな!」
秒で制圧。全員を縛り上げておおよその数を聞いてみたら今までで最高の200人以上。よくもまぁそんな大所帯を食わせていけてるモンだ。方法は間違っちゃいるがその手腕は褒めてもいいかもしれんな。さすが隠蔽の魔道具を所有しているだけはある。
梯子を下りてみると、中はちゃんとした地下通路っぽい造りをしてるんで歩きやすく、速攻で移動開始。
道中にはいくつか部屋なんかもあって、中にはベッドなんかが併設されてたりするけど、酒盛りでもやっているのか1つ場所に固まっている。ちまちま縛って回る手間が省けて丁度いいかなんて考えながら隠し扉らしき壁を斬り払ってさらに奥へ。
この辺りになっても山賊連中に特に動きはない。てっきり敵襲を知らせるタイプの魔道具も併用してっかなぁと考えたけど、さすがに高く見積もりすぎか。
この世界。魔道具はダンジョンでも奥の方でしか発見されないメッチャ貴重らしいからな。隠蔽の魔道具を手にしているだけでも相当なアドバンテージとなりえる。
「じゃあこの魔力は一体何なんだ?」
ふと感じた疑問に首を傾げながらそろりそりろりと階段を下りて、木箱や柱の陰なんかに身をひそめながらようやくたどり着いたのは、大学の講堂くらいのデカい広間。そこにここを根城にしているであろう山賊がほとんど集まり、予想通り賑々しく酒盛りをしている最中であったが、ここにも奴隷として売られる予定の綺麗で可愛い女性はナシ……か。
(なんか拍子抜けだな)
ここで酷い目に合っている綺麗で可愛い女性をさっそうと俺が救助する事によって、吊り橋効果的な感じで楽して大きく好感度を稼ぐ予定だったのに、どこにも居ってどうかしてるぜ! それでも山賊かよ!
「っ!?」
さて。ここまで接近すれば十分だろうと腰を上げかけた訳だが、その一瞬前くらいに〈万能感知〉から足元に魔法反応が出た事を教えてもらったので飛び退いてみると、さっきまで俺が居た場所は有刺鉄線みたいな物が数十ほど蠢いていて非常に気色が悪い光景になっているじゃないか。
「素晴らしいじゃないか。この一撃を避けるとはまぁまぁの実力者のようだ。こんな所へ何用かな? おチビさん」
拍手をしながら山賊達の中から現れたのは、ローブを身に纏ってピエロの面をつけた男なのか女なのか分からない魔法使いだ。そして俺の存在に気付いていたという事は、隠蔽以外にも侵入者の存在を知らせる類の魔道具がどっかにあったって訳か。
「いやー。道に倒れていた木の跡を見てどんなしょうもない奴がやったのかなって思って一目顔を見に来たんだ。あれをやったのはお前等だろ?」
「そうだよ。それにしてもよくここが分かったね。情報は分からないようにしたはずだけど、どうやってここまでたどり着いたのかな?」
「ただしらみつぶしに聞いて回っただけだ。そしたらお前が居た。それだけだ」
本当は1ヶ所1ヶ所で生と死のバンジージャンプという素直になれるおまじないを何度かするだけで誰もが素直になってくれた結果なんだが、わざわざ教えてやる必要もないし、こう言った方が偶然見つけたっぽくなってカマをかけただけだとご認識させられる。
事実、ピエロを除いた連中の反応が思った通りになっているからな。
「ふーん。どうやら相当に自分の実力に自信があるようだけど、過信しすぎじゃないかな?」
魔法使いが両手を広げて見せると、全ての山賊が一斉に武器を手にして戦闘態勢に入る。
もちろん。普通の幼い少女であればこの時点で敗北は決まったような物だろう。
だがしかし! 俺は普通の幼い超絶美少女じゃない訳で……。
「〈微風〉」
「「「ぎゃああああああああ!!」」」
「え?」
「ん?」
やはり多数を相手にするなら風一択。という訳でいつものように魔法を放ったわけだけども、いつもならエメラルドの壁がカタパルトで押し出されるように立ち塞がる全てをなぎ倒すはずなのに、今発動した魔法はこの前リリィさんが発動させていたのに似ている――というか一緒のモノっぽいな。
これは一体どういう事なのか。1人で考えてもらちが明かないんで、原因を知っているであろう奴に問うてみれば済む話だ。さっき「え?」って言ったしな。
「ぬっ!?」
「チッ!」
不意を突いた突進。からの斬撃を叩きつけようとしたが、どうやらこういう場合も想定していたようで、見えない結界によって惜しくも阻まれた。どんだけの枚数の結界を用意してたんだって言いたくなるほどガラスが砕けるような音が響いて滅茶苦茶うるさかった。
「馬鹿な……っ! お前は何者だ!」
「知りたけりゃ自分が名乗るんだな!」
第2撃目は惜しくも空振りとなったが、代わりにさっきの〈微風〉で戦闘不能にした山賊10数人を派手に斬り飛ばし、逃げようとする魔法使いを悠然と追いかける。そしてそれに巻き込まれる山賊達。言っておくが悪いとは微塵も思ってない。だって邪魔なんだから。
「はっ……はっ……」
「さて。残るはお前だけかな?」
魔法使いを追いかけながら時々〈微風〉を撃つ。それだけで有象無象の山賊の全滅なんて飯の準備をするより簡単に済ませられる。後はこいつから侯爵を狙いすました犯行なのかどうかを聞くだけだ。
「あの木を倒して侯爵の足止めをしたのは誰の差し金だ」
「さて何の事やら。こちらはいつも通りあの道を通る馬車を狙いやすいようにしたまでさ」
「それにしては随分とピンポイントだと思うんだがな」
休憩所からネブカに向かう道中。たった一度だけだが馬車とすれ違った。その表情には焦りや恐怖の感情は見られなかったし、何よりこの先で大木が倒れているなんて命にかかわるかもしれない情報をすれ違った俺達に伝えないはずがない。
そして現れた横倒しの大木。反対側からも一切声が聞こえなかったし、何より〈万能感知〉に山賊連中以外の反応がなかった。商隊を襲う事で生きる糧を得ているのにたった1台の馬車を選ぶなんて考えにくい。何しろ見た目だけは普通の馬車なんだからな。
しかし魔法使いはあくまでしらをきり通すらしい。まぁそれならそれでこっちにだって考えはある。口を開きたくなるとっておきで簡単な方法が。
「先に言っておく。真実を喋りたくなったら左手でどこかを3回叩け。そうすれば取りあえずは手を止めてやるから」
「ハッ! 突然何を言い出すのかと思えば。そんな事がお前に出来ると――」
「思ってるから言ってんだけど?」
さっきまでの一撃はただ手加減してやっていただけだ。それに比べてこの一撃はまだ手加減の域を出ないけど、さっきよりは十分すぎるほどの力を込めていた。だからこそ魔法使いの結界を斬り、あまつさえ本人までも両断してやった。
どさりと音を立てて倒れた仮面魔法使い。普通の人間であればこれで勝負ありと判断して剣をしまってさっさと帰ろうとするところなんだろうが、生憎と俺の〈万能感知〉にはまだまだ生きとりますよーってバッチリ教えてくれるんで、大上段から顔面に向かって剣を振り下ろすと、まるでスライムみたいに上半身が地面を這うように動いて躱し、下半身と溶け合うように融合してゆっくりと立ち上がる。
「やれやれ。これだからメスという性別は……人の話は最後まで聞くものだぞ」
「悪いな。人の話は理解できるんだが、魔物の言葉は理解出来ねぇんだよ」
スライム……って感じじゃないのかな? 言語もキッチリしてるし魔法も使ってる。まぁスライム系から人間に進化した存在がゲームの中に居たけど、あれは悪いスライムじゃないから出来た芸当であって、こいつは完全完璧に悪だ。〈万能感知〉でそうでている。
「〈火矢〉」
レーザーによる超高温によって細胞を死滅させられないかと思ったけど、発動したのは真っ白になるまで熱せられた槍数本が襲い掛かるという予想した結果とは違う光景だったが、これで何となく分かった。この仮面魔法使いが魔法に驚いたのは、威力じゃなくて使用できているという事自体ににだ。
原因は……まぁ魔道具だろう。いくら俺が〈万物創造〉でありとあらゆる物を作れてしまうとは言え、まだ使い始めて一月も経ってないんだ。そんなモンがあるなんて知りもせんかった。
いつその影響下に入ったのか……きっとあの立ち眩みがあった瞬間にそうなったんだろうが、我等が〈万能耐性〉が仕事をし、いつもより数段劣る魔法だが撃てるようにしているんだろう。考えても答えは出ないんでそう結論付ける!
「……どうやら何かしら秘密があるようだけど、その程度じゃあこの肉体を破壊するには至らない。ここで君を逃がして計画に支障が出るのも困るからね。確実に死んでもらおうか」
「出来るのか? お前みたいな三流魔法使いに」
「当然じゃないか。今まで数え切れないほど殺して来たんだからね。それに、いつ魔法使いって名乗った?」
声のトーンが明らかに冷たくなったと分かった次の瞬間には、身体が無意識にバスタードソードを構えさせ、眼前に迫る拳を受け止めようとしたが、なぜかすり抜けて俺の顔面を的確にとらえて吹っ飛ばされた。




