#77 働かざるもの食うべからず。ただし悪事はNGだ!
どうやら俺の手紙を読んだみたいだし、そろそろこの身体の活動限界。つまりは眠いって事なんでお暇するとしますか。
「おっさん。折れた方の手ぇ出せ」
「あ? なんだよ急に」
用が済んだ以上、いつまでも怪我したまんまってのは都合が悪いだろうからな。突き出された手にハイポーションをぶっかけて治してやる。
「じゃ。俺はこれで」
「お前……高ぇんじゃないのか?」
「別にいいさ。タダみたいなもんだからな。ついでにこれもやるよ」
「これは……いいのか?」
「ショバ代だ。有難く取っておけ」
おっさんが困ったように紙の束に目を向ける。
これは今回作ったフライドポテトや肉団子のパスタの他に、酒場として必要かつこの村の特色に合わせた10ほどのメニューのレシピが記してある他に、それに必要な調味料の作りからから食材の管理法なんかを事細かに書いてある。材料があるのはギック市やエルグリンデで確認済みだからな。
と言っても、これらはあくまで〈レシピ閲覧〉で得た情報。つまりは他人の知恵だし、俺はMPさえあれば無限に金を生み出す事が出来るから、わざわざ料理で金もうけをする必要性がない。連中に釘をさすための場所を借りた礼としてはあんなもんで十分だろう。
「まぁ……お前さんがそう言うならありがたく受け取っておく。後は怪我まで治して貰って感謝しかねぇよ」
「ま。殴られたのはムカッと来たけど怪我させたまんまってのも悪いからな。せいぜいそのレシピが美味いと思われるように頑張れよ」
渡したレシピはそう難しいもんじゃない。肉の保存には苦言を呈したが、それ以外に関してはこの世界基準で悪くない腕前だ。
ちなみに、あり得ないのは分かっているが理想像店員はおっさんの息子なのかと問うてみたが、俺の想像通り昔おっさんが冒険者をしていた頃に拾った孤児だとの答えを貰った。DA・YO・NE。
って訳で、疑問も解決したんで酒場を後にして馬車に戻ってみると、当然ながら誰もいないしユニも眠っているんで、俺もさっさと明日に備えて眠りに入りますかとコテージの扉に手を伸ばしかけたそんな時。薄暗い闇の中から突然手が伸びてきて俺の腕に掴み掛かって来た。
「うおっ!?」
「ようやく見つけたのだ」
そこには。嘘をついて街から遠ざけたはずの自称魔族が怒り心頭と言わんばかりに頬を膨らませて眉を吊り上げていた。暗闇からの突然の手ってのは結構ビビるもんだな。用事も済んだし街中だからって〈万能感知〉をオフってたから余計にビビったぁ。
「あん時の子供か。俺に何か用か?」
「とぼけても無駄なのだ! お前がわちに嘘をついていたというのはもう分かっているのだ!」
「嘘? 嘘って何の事だ」
「あの時わちが食べたお菓子なのだ! 聞いたらそんなお菓子に心当たりはあるけどこの世界のどこにも無いってまおーが言っていたのだ!」
まぁ。魔王もこっちの世界の人間だから、要領を得なかったであろう幼女の説明から何とかシュークリームという答えに行き着いてそう教えたんだろう。それにしてもこの言葉が本物なんだとすると、こいつはそんな事が許されている相当偉い部類に入る奴って事になるけど……まぁ、ロリコン魔族の従者か何かくらいだろ。
「それは魔王が知らないだけなんじゃないか? 魔王はこの世界の全てを知っているのか?」
魔王はこっち側の人間だ。主な種族が5しかいないのに神は6。じゃあ残りの1つはってなると自然と敵側になる。そんな魔王がこの世界にどれくらい前からいるのか知らんけど、それだけの立場で俺みたいに異世界を放浪なんてできるはずがない。ましてや存在事態が悪の象徴なんだ。まともな観光は絶望的。
そんな状況でシュークリームがないなんてどうして言えるのか。そういった意味で幼女に問いかけてみると、幼女が口ごもった。どうやらそんな事は出来てないらしい。俺も出来てないんだから当然っちゃ当然だな。
「まおーは出来て日が浅いのだ。でもいろんな事を知っているのだ」
「だからこっちを疑ったって訳か。それよりどうしてお前はここに居たんだ?」
一応この街に宿屋は数軒ある。その場所に馬車は少なくとも合計で10近くは止まっている。その全てをしらみつぶしに当たってようやく見つけたとしても、そもそも俺は出会った時に村人Aと自己紹介をしている。
なのに馬車に居る。どう考えたっておかしい。だから問うた。そして返って来たのは――
「変な女に捕まったのだ。そしたらそいつからお前の――アスカの話を聞いたのだ」
やらかしてくれましたよ幼女好きが……よりにもよってなんて相手に捕まってるんだよ全く。このわちが全くかなわなかったのだとか呟いてっけど、それでも魔族を名乗る存在かよ。まぁ……あのモードになったら全力の俺でも逃げらんないからな。いかにゴミ勇者を赤子の手をひねるようにあしらってとしても、さすがに荷が重かったか。逆にあのモードのリリィさんはどんだけステータスが跳ね上がってんのか気になり始めた。
「そりゃ災難だったな。で? 何をしに来たんだよ」
「お菓子なのだ! あの時食べたお菓子をもっと寄越すのだ!」
「だからないって言ってんだろ」
あれは久々に甘い物が食いたいなぁと思って作っただけで、アンリエットもシュークリームは大好きだからとっくにゼロ。1から作るにはどエライ時間が必要になるし、ハッキリって夜も遅い時間なんでさっさと寝たい。
「あれが食べたいのだ! あれが食べたいのだ! あれが食べたいのだああああああああ!」
「だああもうやっかましい! つーかあったとしてもタダでやる訳ないだろ! 金を払え。そうすれば明日になら用意してやろうじゃないか」
「それは大丈夫なのだ。フェルトゥナに魔族以外はお金を使うって聞いているのだ。ちゃんと持って来てるのだ」
目をキラキラと輝かせながら幼女が取り出したのは鉄貨。それが10枚ほど。目を見る限りは本気で言ってるんだよな。フェルトゥナとやらも厄介な事を――いや、なんかこの場合は面白半分でこれを渡したんじゃないかって思えて来る。
「さぁ。お菓子を寄越すのだ」
「はぁ……っ。まぁいいだろ。ただしシュークリームは明日になんないと用意できないから別のな」
「むぅ……分かったのだ。わちは大人なのだ。無理は言わないのだ」
お菓子をねだって駄々をこねてる時点で相当な子供なんだけどな。そう言っても耳に届かないところとかそれに拍車をかけているんだが、右から左に受け流すだろうからさっさと渡してさっさと帰ってもらおう。マジで眠い。
鉄貨10枚で与えられるお菓子となると……飴1つだな。
「ほいよ」
「少ないのだ! もっと寄越すのだ!」
「鉄貨だとそんなもんだ。確約は出来ないが、シュークリームが食いたきゃ銀貨くらいは持って来い」
「うぐぐ……ならもっと人を襲ってお金をひろってぐみゅ!?」
「もしそんな事をしてみろ。動けないように縛り付けてからお前の目の前でありとあらゆるお菓子をこれ見よがしに食べてやるからな」
フェルトゥナとやらが言っていたらしいな。魔族は金を使わないが、その存在を知っている。ならなぜ使わないのか。それをしなくてもいいって事だ。欲しい物があれば今言ったように人を襲えばいいという答えに行き着くから。
アレクセイも実験のために村を襲っていた訳だし、それが魔族の常識なんだろうが俺には通用しない。
世界最強を謳うつもりはないが、今のところそうなのだから仕方ないんでそれで通す。嫌なら食べなきゃいいし、襲いたければ襲えばいい。〈万能感知〉で嘘の反応はすぐに出るから誤魔化そうったってそうは問屋が卸さない。
「じゃあどうすればいいのだ! わちは人を襲う以外に方法を知らないのだ」
「それを考えるのはお前だろ。何だって俺が手伝ってやらないといけないんだよ」
「ううーっ! ずるいのだずるいのだ!」
「やかましい! 寝てる人間に迷惑だろうが! その飴すら奪い取るぞ」
俺がそう言うと速攻で口の中に放り込んだ。そしてすぐに幸せそうに表情をとろけさせた。今回食わせたのは確かオレンジ味だったな。
「すごく美味しいのだ~。やっぱりアスカはすごいのだ~」
「はいはい。分かったらさっさと帰れ。こっちはもう寝るんだから」
「じゃあわちもここで寝るのだ」
「いや帰れよ」
「帰らないのだ。そんな事をしたらアスカが居なくなるような気がするのだ」
チッ! 子供はこういう事に関しては鋭いな。
確かに。それでも少しくらいは待ってやろうとは思っていだけど、この旅はあくまで侯爵を王都まで護衛するというものであって、俺の一存でその工程を遅らせる訳にはいかないからそれほど待つつもりはなかった。と言うかむしろさっさと次の場所まで行こうと進言するつもりだったからな。
「まぁいい。だったら俺の部屋に泊まってけ」
悲しいかなそれなりにデカいベッドには、俺が3人くらい寝ても全然余裕がある。別に好きこのんで厄介事を抱え込んだつもりはないが、こっちの好きな時間に起床するには内に抱え込むしかない。どうせ帰れと言っても聞かないんだ。他の選択肢はあまり多くはない。
「中々殊勝な心構えなのだ。当然わちに相応しい部屋なのだ」
「文句を言えば菓子は無しだ」
「わちは寝られればそれで大満足なのだ~」
逃げるように扉を開けて中に入った幼女は、ベッドに飛び込むとあっという間に眠ってしまったようで、耳が痛いほど大人しくなってくれた。これなら俺もちゃんとした睡眠をとれるだろう。
しかし……本当に嵐のような奴だな。結局何しにここに来たのかも聞いてねぇ。菓子を引き合いに出せば簡単に白状するだろうから、今日はもう寝る!




