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#76 ASUKA’sキッチン2と地獄の食卓

「はぁ? お前みたいなガキが料理なんか作れんのかよ」

「舐めんなよおっさん。これでも旅人として世界中を渡り歩いてんだから野営の時に自炊くらいはするもんだろうが。とりあえずこの俺の腕を見せるって意味でもこれを食って確かめてみろや」


 取り出したのは酒場でも必須と言ってもいいフライドポテト。かと言ってこんなありふれた料理で一国一城の主たるおっさんが納得するとは到底思えないんで、追加で取り出したのトマトケチャップだ。さすがにこれであれば未体験だろう。この組み合わせは最高と言っても過言ではないからな。


「これはなんだ?」

「というか魔法鞄ストレージバック持ちなんだね。しかも時間停止付きだなんて、相当な実力者なんだね。羨ましいよ」

「旅の必需品だからな。冷めないうちにくいねぇくいねぇ」


 食べ方をいちいちレクチャーする必要はないだろうけど、こっちも少し運動したせいもあって腹が減っていたからさっと一口。ケチャップの酸味とポテトの甘さがいい感じに調和して、これは是非ともキンキンに冷えたビールが飲みたくなるところだけど、今はグッと我慢だ。


「うん……こりゃすげぇな。単純だが美味い。バレイモにこんな料理法があったなんてな」

「はい。それにこの赤いマキマトのソースにつけて食べるとより美味しいです」

「次はちょいと手の込んだ料理だ。こんな大衆酒場で出すようなモンじゃねぇが、腕前の実力差を目の当たりにするのならこれで十分だろうよ」


 こんな所で時間を食ってらんない。という訳で取り出したのは最近いい感じになって来たフランス料理の一皿。いい感じってのは、味には申し分なかったんだけど見た目があんまりだったって意味だ。西洋の料理は盛られた姿も美しく。と言う擦り込みが頭にあるんで、やっぱそれに倣ってこその完成だ。

 って訳で、〈万物創造〉で料理本を作り、それを見ながら試行錯誤した結果。どうにかこうにか今の形になったんだ。料理に身を置く人間であれば、いくら街の場末のくたびれた酒場の店長であろうと、この技術力の高さを分かってくれるだろ。


「これは……確かにうちには必要のないもんだ」

「まるで絵画みたいですね。貴族様はこういうのを食べてるのかな?」

「さぁな。それよりどうだいおっさん。俺の願いを聞き入れるか?」

「……味も申し分なし。いいだろう。今日一日はお前さんを料理長とする。せいぜい勇者様の機嫌を損ねるような失態を晒すなよ」

「大丈夫だって。俺に任せときゃ万事解決って奴よ。という訳でこっちの依頼内容だ」


 俺が理想像店員にその内容とそれを渡すと、不思議そうに首をかしげていたけどおっさん店長にしっかりやれよと言われてしまえば、雇われている存在なので頷く以外に道はない。

 という事でまずは山盛りのフライドポテトとケチャップを出して時間を稼ぐことにして厨房に侵入。冷蔵庫なんて上等な物があるはずもなく、肉は比較的収穫が見込める立地なようで新鮮な鹿肉にウサギ肉に鶏肉。果ては熊肉まで揃っているが、管理が甘いし処理も甘い。熟成具合が不均等だし腐敗を防ぐ塩加減も明らかに雑。腐ってもまた狩ってくればいいみたいな魂胆が丸見えなのが気に入らない。せっかく血抜きなんかはいい感じなのに勿体ない。


「よし。取りあえず注文を裁く。伝票見せろ」

「伝票ってのは知らんが注文書きならこれだ」


 厨房の柱にピン止めするスタイルで貼りだされているのは5つ程。ちらりと店内に目を向けると、意外にも小奇麗に清掃が行き届いていて、イスやテーブルと言った物も頑丈そうでありながら武骨な印象は薄い。

 総合するなら酒場と言うよりカフェに近い感じだ。


「いい店だな」

「あたぼうよ。この店は冒険者としての財を全てつぎ込んだんだからな。悪い訳がねぇ」

「あっそ」


 そんな事を漠然と考えながら、まずは肉団子のパスタに手を付けるとしますか。

 どうやらエルグリンデで提供した新しいパスタの食べ方がここまで伝わってきているらしく、注文のほとんどがこれだった。それにしても肉団子とは……某三世の劇場版を思い出すな。あれは豚肉だろうけどこっちは最も量の手に入るらしいオーク肉が使われているのでそれに合わせる。

 まずはミンチにする。これは自前のミンサーがあるのでそれで済ませる。隣でおっさんが不思議そうな顔で眺めていたけど気にしない。

 それを片手でもできるだろうからおっさんに任せて、みじん切りにした玉ねぎを炒める。しっかりあめ色になるまで。

 次にジャガイモに似たバレイモをすりおろして、ミンチになった肉と塩・胡椒。ついでに臭み消しのナツメグをパラリとして混ぜ合わせ、粗熱が取れた玉ねぎを入れてさらに混ぜる。

 少し時間がかかりすぎている気もするが、それは事前にフライドポテトを身代わりに差し出しているんで問題ない。寧ろ芋くらいなら調理経験のない店員でもできるだろうし、片手で簡単に揚げる道具さえ拵えればおっさんにもできる。何も問題はない。

 なんで淡々と肉団子を一口サイズに千切っては油の中に放り込んでいく。その間にトマトに似たマキマトなる野菜をヘラでつぶしながらブイヨンで煮込む。この店のは俺のプライドが使う事を要さないんでこっちで用意したし、これは後できちんとレシピを記して渡す予定だ。それを守るかどうかは相手次第。そこまでは面倒見るつもりはない。

 ソースも完成。肉団子も完成。あとはパスタを茹でてそれをソースと絡め、最後に肉団子を乗せれば完成。おっさんの腕前はどうか知らんけど、俺が作った料理が不味い訳がないからな。


「ほい完成。もってけ」

「分かったよ」


 肉団子もトマトソースも十分すぎる量を作っておいた。追加で注文が入っても後はパスタ茹でてソースに絡めて肉団子をあしらう。おっさんでも十分に対処出来る。なので別の注文を次々にこなしつつ理想像店員の動向に目を向ける。


 ――――――――――


 おれさま達はギック市で違法に奴隷を売りさばいていた。貴族が後ろ盾として居たおかげで騎士団に追われる事もなく、街中でも簡単に商品の確保が出来、かなり優雅な生活を送れていた。

 しかし。ある日の仕入れの帰りに後ろ盾の貴族がヘマして捕まったと連絡が入りすぐさま逃亡。おかげで難を逃れたが、今までみたいな好き勝手出来る生活ともおさらばかぁと思っていた矢先、どっかの馬鹿が俺の腰にある剣を聖剣だと騒ぎ立てやがった。

 おかげで前と変わらねぇ生活を送れてはいたが、さすがにギック市――ってかあそこ等一帯を治めてやがる貴族の土地からは離れたほうがいいとこっちにやって来たんだが、そこで鬼のようなクソガキに出会い、強制的に合計で200以上の魔物を狩らされる羽目になった。だがそれに文句を言おうものなら恐らく全員の首が飛ぶ。もちろん物理的な意味でだ。

 だからおれさま達は必死で頑張った。それはもう村々を回ってガキを攫っているときよりも。討伐隊を返り討ちにする時よりもはるかに必死だった。そうしなけりゃマジで殺されていたからな。奴の圧はそこら辺の魔物や上位の冒険者なんかと比べ物にならないほど圧倒的だからな。

 だがそんな地獄も突然終わった。ガキが飛び出して来てあっという間に数十の魔物を薙ぎ払い、奥へと向かって行っちまったんだから。

 それでも完全な休憩とはいかず、まるでまだ終わってないぞと言わんばかりに断続的魔物が送り込まれ、結果としてビックリするくらいの速度でレベルが上がったが、あんな地獄は生涯勘弁してほしい地獄だった。

 しかし結果として、おれさま達はこの街の住民連中にかなり感謝された。

 何故? と思わなくもないが、まぁおれさま達の返り血姿を見ればそう思うのも当然か。そうして誘われるがままに酒場になだれ込んでの宴会が始まった。

 料理自体は不味くはないしそれほど褒められたもんじゃなかったが、あんだけ無理矢理動かされてて腹が減ってりゃ、この程度の料理でも美味いと感じる。しかし肉が不味いのがいただけねぇな。この辺りは山菜を売りにしてっからか肉が塩辛かったり臭みがあったりとてんでバラバラ。ハッキリ言って携帯食の干し肉をかじった方が幾分はましだって事で、主に山菜をアテにエールを流し込む。

 それだけなら大した宴会にはならなかったが、ここで地獄から生還したおれさま達に神は褒美を寄越した。


「お待たせしました」

「「「ッ!?」」」

「ど、どうしたました?」

「い、いや……なんでもねぇよ」


 現れたのはあのクソガキ――に酷似した別のガキだ。その姿を見た時はまた地獄に落とされると思って全員の酔いが一瞬で消し飛ぶほどの恐怖が押し寄せたが、不思議そうに首をかしげて立ち去る姿にこっちも首を傾げ、納得する。


「おい」

「へい。わかってまさぁ」


 あいつからは背筋が凍るほどの覇気を感じない。

 どことなく気弱そうで戦士の匂いを感じない。

 それだけ分かれば後は十分だ。そいつには悪いがストレスの解消に充てさせてもらおう。

 そんな訳で、おれさま達は事あるごとにガキを呼び出しては乱暴に扱った。まぁあんまやりすぎると他の連中の目もあるし、なによりあの悪魔に話がいったらと考えると腕が縮こまるんで、結果としては多少のストレス解消程度で済ませた。


「こちらをどうぞ」


 そんな事を繰り返してしばらく厨房のほうが静かになったと思ったら、注文した覚えのない物を持ったガキが現れた。

 これが何かと尋ねたら、ガキはバレイモを油で揚げたものと、赤い何かはマキマトを使ったソースだと説明したが、なぜか運んできたガキ自身があんまこの料理の事を知らないみたいで説明らしい説明になっちゃいなかったが、さっきまでのと比べてはるかにうまいんで良しとしてやろう。単純なんだが妙にエールに合いやがる。


「お待たせしました。パスタです」


 次にガキが持って来たのは、最近エルグリンデから広まり始めた麺料理だ。

 今までは茹でて塩を振って食うくらいだったそれを、別次元の代物にまで跳ね上げた一品で、これを世に広めた商人ギルドの食堂で働く料理人達は一躍有名人だ。なんでんな事を知ってんのかって? 決まってんだろ。勇者として得た情報だ。

 辛味が特徴で麺の旨味がシッカリ味わえるペペロンチーノ。

 マキマトたっぷりを使ったナポリタン。

 肉を贅沢に使ったミートソース。

 この3つの発明によって、麺料理は随分と目を向けられるようになったが、まだまだ発展途上でおれさまが満足するレベルじゃなかったんだが、こいつはどうだ。匂いだけで分かる。絶対に美味くない訳がない。

 他の連中もむさぼるように口へと放り込んでいく。かく言うおれさまも武勇伝を語る事を忘れて口へと運びつつ、妙な違和感を覚えた。なぜこれだけ美味い麺料理を出せんのに、客の入りが少ないんだという違和感だ。


「勇者様。お知り合いからこれを預かっております」

「あん? 知り合いだなぁ?」


 んな事を考えていると、給仕のガキが突然おれさまに1枚の紙を渡してきた。羊皮紙じゃない。白く薄い……かなり上等な紙だ。どうしてこんなモンをこんなガキがと思いながらも中を確認した瞬間。全身からドッと汗が噴き出した。


 ――俺の事を喋れば殺す。この街を救ったのはお前等という事にするからそれに従え。


                                     厨房を見ろ。


 書かれている通りにゆっくりと目を向けると、そこにはあの悪魔が背筋が凍りつくような笑みを浮かべてこっちを見てやがった。


「頭ぁ……一体どうしたんで――」


 そして、おれさまの異常に気付いた部下連中も次々にあの悪魔を見つけては顔を白くする。

 その後、宴会は朝方まで続けられ、酒場の連中は次々と出て来る絶品料理に大いに舌鼓を打ったみたいだが、おれさま達は何も感じる事はなかった。

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