#75 ドッペル発見
「ん? どうしたどうした」
おかしいな。特に変な材料を使ったつもりは全くない。むしろ〈万物創造〉のおかげで最高級の素材を簡単に調達できるし、〈料理〉スキルのおかげで素人の腕前でも完成品は店売りの物なんて目じゃないほどの出来栄えになってくれるんで、俺としては大変満足している。
事実。これを食った我等が女性陣はかなり興奮していたからな。まぁそのあとすぐにユニとアンリエット以外はカロリーを聞いて青ざめていたけどな。
とにかく。この度くれてやったシュークリームは、この世界基準で言えばたとえ王族だろうと口にした事がないはずのスイーツである事に間違いないと言う自信があるのに、返ってきた反応はまさかの卒倒。ハッキリ言って気に入らないと言ってもいいい。これが男だったらぶん殴ってやってるところだ。まぁ、野郎に贈り物なんて反吐が出そうだからまずやらないけどな。
「……よし。帰るか」
何か知らんが動く気配もないし、魔物もあらかた倒したしゴミもどっか行った。これで万事解決って事で、さっさと街に戻って名物の山菜料理って奴を肴に酒でも飲みたい気分だ。
「待つのだあああああああああ!」
「っと。なんだよやかましいな。今度はなんだ」
「これをもっと寄越すのだ。わちはこれを気に入ったのだ」
「悪いね。それは海を越えたずっとずっと先にある国の食べ物でね。それが最後なんだよ」
「海を越えるのだ!? わかったのだ。わちは行くのだ!」
適当な嘘を本気で真に受けた自称魔族は、背中から突然に飛び出したコウモリみたいな羽をはばたかせ、あっという間に飛んで行ってしまった。と言うか、シュークリームがあるのはどっちの方角かも言ってないのに飛び出していって大丈夫なのかね。
まぁ。この世界がどれだけ広いのか知んないけど、そうそう会うような事態に陥ったりはしないだろ。そんな世界ならとっくに滅んでるだろうし、六神の世界経営を考えれば魔族一強なんて面白くもなんともないだろうからな。
「しまった」
そう言えばあのゴミに放った攻撃。魔法にしては詠唱がなかった事に対する疑問を聞くのを忘れてたな。さすがにあれだけ頭が軽そうでも自分の使う物に関してくらいは説明できるだろうと期待してたんだけど、まぁいいか。アニーに聞けば教えてくれるかも。
――――――――――
「ただいま~」
道中の魔物を回収しながらだったんでちょっと遅れた訳だけども、薄暗く見えた結界はその透明度を取り戻しており、一切阻まれる事無く街に戻ってみると、住民もここを訪れた人間も結界が壊れる前とさして変わらない日常を送っているっぽく見え、そんな中を通り抜けて馬車の前に戻ってみると、いつものメンバーに加えて侯爵と見知らぬ老人が俺の料理を食っていた。
「随分遅かったやないか。一体何してたんや?」
「ちょっと魔物を回収してた。と言うか侯爵はなんでここで飯食ってんだ?」
「アスカさんに用事があったのでこの街の代表と共に相談に来たところ、魔物の発生源に向かったと教えてくれたアニーさん達がとてもおいしそうな食事をされているのを見ていたらご一緒しますかと誘われたので……」
「なるほど。それは遅くなってスマンかった。それで用事とは?」
「それはこちらが説明させていただこう」
名乗り出たのは見知らぬ老人で、白髪に青いメッシュの入った武人っぽいいかつい顔立ちに盛り上がった筋肉は年齢を感じさせないが、その片腕は失われている。
名前はシーゲル・ショット男爵。ユーゴ伯爵からこの街の運営を任されているそこそこ優秀な人間らしい。
「で? そのシーゲルさんが俺に何の用だい」
「ああ。実は貴殿が今回の騒動を解決した人間だと聞き及んでな。まずは代表として誠に感謝する。そして出来れば討伐した魔物をこちらで買い取らせてもらいたい」
「別にいいよ。こっちで勝手に動いた結果がそうなっただけ――って訳じゃないから、俺の願いを聞いてもらっていいかね。そうしてくれれば無償――とは言わんが格安で売ってやる」
値段交渉は全てアニー任せだ。俺は自分で好きなだけ金を生み出せるから、最悪銅貨1枚でも何ら問題ないんだが、それだと相手が滅茶苦茶疑ってきて取引せんでと言われたんで、購入でならまだしも売りとなると完全におんぶにだっこだ。
「街の救世主であるお主の願いであれば是非もないが……よいのか?」
あの魔物を手に入れる事が出来ただけで、報酬としては申し分ない。むしろ使い道のない白金貨が1000枚入った袋ごとくれてやってもいいくらいだ。まぁ、本当にそんな事をしたら貨幣価値が暴落しそうなんで、5枚くらいでいいだろ。俺が直接渡すとあらぬ誤解を受けそうなんで、後で侯爵経由で渡しといてもらおう。
「金は腐るほど持ってるんで興味ないんだよ。それでさっきのお願いなんだけどな……この街を救ったのは〈解放戦線〉と言う冒険者パーティーだという事にして、俺の存在を完全に隠して欲しいんだよ。できるか?」
「〈解放戦線〉? 聞かぬパーティー名だな。しかしまぁ、他ならぬ救世主の願いだ。完全にとはいかんだろうがある程度その願いを叶える事は可能とは言えなぜだ? 街を救った英雄としての評価はいらないというのか?」
「あんま目立つと貴族とかに目ェつけられるだろ? そう言うのが嫌いなんだよな。第一、今回の件はあくまで俺が勝手に動いた結果こうなっただけなんで。魔物が街に入ってこないように奮戦していた〈解放戦線〉の方が、評価されるべきだと思わんか?」
他の連中から見ても、姿すら確認できない場所で発生源を潰してきたと超絶美少女が言いふらしても、多少――かなりむさい男連中で元犯罪者だとは言え筋骨隆々で一流の装備を身に着けているパーティが返り血を浴びながら五体満足で帰還した姿を見てどっちが街を救ってくれたのかは一目瞭然漬けだ。
「分かった。他ならぬ貴殿の願いだ。そういう事にするように部下に伝え、真実には緘口令を敷いておくが、確実ではない事は勘弁してもらいたい」
「その辺はしゃーないって。人の口に戸は立てられないっていうしな」
「そう言ってくれると助かるわい」
完璧を求めるんだったら、この場に居る全員を殺すしかないが面倒だ。それに、噂ってのは広がるほどに尾ひれがつく。そうなれば、万が一広がっても俺と言う存在も拡大解釈されて別の存在に様変わりしてるはずだ。
「という訳で、俺はちょっと失礼させてもらう。アニー。後は任せた」
「どこ行くんや?」
「ちょいと酒場に忘れモンがあるのを思い出してな」
うっかりしていた。あいつらにも俺の事を誰にも言うなと釘をさすのを忘れていた。
すぐにアニーに魚料理系をしまってある魔法鞄を投げ渡して連中の所まで駆けだす。〈万能感知〉で聖剣の反応を見つければ自ずと居場所はハッキリする。
場所は判を押したように分かりやすすぎる酒場。そこで飲めや歌えの大騒ぎをしていた。もちろん住民達を巻き込んで。
ここで焦りに任せてあの輪に飛び込み、口封じをしようとすれば確実に俺と言う存在が広まり、挙句。勇者様になんて事をといった悪評が広まるかもしれない。あの中には綺麗で可愛い女の子も複数居るのでそれは避けたい。
となると、宴会がお開きになるまで待てばいいかと言うとそうじゃない。何しろそこは酒場。売り物は正常な思考力を奪い、舌の滑りをよくしてしまう飲み物が主な商品なのだ。Qに対するAでいつ俺と言う存在が明るみになるか分かったもんじゃない。安全を考慮するなら今すぐにでも釘を刺さないといけないのだ。
どうすればいい……周囲にバレる事無く釘をさす方法は何かないものか。
「おいテメェ! こんな所で何油売ってやがる!」
「ん?」
どこからともなく聞こえた声に意識を引っ張り上げてみると、俺の背後でなぜか拳を押さえてうずくまっているねじり鉢巻きの禿げたおっさんが居た。
「あ、あが……」
「大丈夫かおっさん。一体何があったんだ?」
「折れた」
「そりゃ災難だったな。鉄でも殴ったのか?」
「お前の頭を殴って骨が折れたんだよ! どうしてくれんだコラ!」
「知らんよ。と言うかなんでおっさんは俺の頭殴ったんだよ。知り合いでもなんでもないだろ」
俺はただ酒場の裏手の陰からこっそり〈解放戦線〉の様子を覗いていただけだ。殴られた感触がなかったのはきっと〈万能耐性〉と集中して物事を考えていたせいだろう。
ならば邪魔だったのかと言われると、ここはゴミ捨て場にほど近い場所であって通行の妨げや食材搬入の観点から言えば何の障害たりえない。ハッキリ言って後ろからいきなり殴られるなんて事をされるような覚えは微塵もなければそう言った挨拶が日常化してるほどおっさんは知り合いでもなんでもないし。
「何でって……ん? お前ユリーカじゃないな。誰だお前」
「俺はアスカってけちな旅人だ。と言うかユリーカって何者? 可愛いのか?」
「そんな旅人がここで何やってんだよ。ここは関係者以外立ち入り禁止だ」
「そりゃスマンかった。それよりもユリーカ――」
「分かったならさっさと出てけ。いつつ……」
「おいって! ユリーカってのか可愛いのかを聞いてんだけど?」
「店長。こんな所に居たんですか。探しましたよ!」
鈴の鳴るような声に反射的に顔を向けると、そこには確かに俺と同じ銀髪で、背格好も似たような子供がいたが、きりりとした眉にわずかにしっかりとした筋肉をついているそれは、まごう事なき少年であった。
「のおおおおおおおおおおおおぅ!」
馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿なああああああああっ! あれは……あの姿は……いくらか成長してはいるが俺が、この世に降り立つために拵えた姿そのものじゃないか! 多少気弱そうな感じがしないでもないが、まさに理想像。ああなれたら今頃は何人かの女性と一夜を過ごせたんじゃないかって思える存在じゃないか!
「な、なんなんですかその女の子は」
「なんでも旅人らしい。それよりどうした?」
「あ、はい。勇者様がもっと食い物を寄越せ――って! どうしたんですかその手は!?」
「そこのガキをお前と間違えて殴っちまってな。ちょいとヘマしちまった」
「どどど、どうするんですか!? 店長が居ないと料理が出せないですよ」
「……それだ!」
「悶絶したり怒鳴ったり忙しいガキだな。何がそれだなんだ」
「俺がおっさんの代わりに料理を作ってやる。だから1つ条件を呑んでもらおう」
よく考えればこいつは俺にかなり似ている。なのでこいつをメッセンジャーに仕立てれば、わざわざ危険を冒してまで衆目の集まる場所に飛び出すような真似をしなくて済むじゃあないか。我ながらなんて名案だ。




