#74 勇者逃亡のち献上
自分を魔族だと名乗ったのは、アンリエットと同じくらいの幼女。
紫の髪をツインテールにして、チューブトップにホットパンツ姿だけど色気もなんもないつるぺたなのが非常に残念だ。
さて。ゴミの言っていた通りに魔族が現れた訳なんだけども、果たしてあれが本当に魔族なのかどうかを調べるにはやっぱり知恵袋アニーの出番――と行きたいところだけども、さすがにここまで連れて来るのは難しいよな。本人も絶対について来たがらないだろう。
「貴様が魔族か?」
「その通りなのだ。わちは魔族の――」
「ならば死ね」
まさか直接聞くとは思わなかったし、それに対して堂々と答えたのも、あぁ……どっちも馬鹿なんだなぁって思ったし、その真偽を確かめる事もせずに一切の躊躇いなく魔法か何かをぶっ放すゴミ勇者の神経を疑う。
さっきと同じ紫色の粒子砲がゴミ勇者の口から放たれ、避けるそぶりもなかった自称魔族に直撃した訳だけども、まぁ〈万能感知〉では平然とそこに居るのがすぐにわかった。やっぱ魔族ってのは随分と頑丈なんだな。
そうとも知らないゴミ勇者は、勝ちを確信しているのか笑みを浮かべているが、煙の晴れた先で特にダメージを受けた形跡がない幼女の姿に、その表情は驚きに変わる。
「ふむ? もしかして今のがお前の全力なのだ?」
「く……っ! 今のは三割も出していない。たかが魔族如きがこのボクに勝てると思うな!」
「いいのだいいのだ。そうやってわちを楽しませるのだ♪」
ゴミ勇者が吼えると同時に槍をどこからともなく取り出すと、鋭い踏み込みから猛然とした連撃が叩き込まれるも、嬉しそうな幼女魔族はそれらを金属板が縫い付けられた手袋で難なく弾く。
その間に俺はと言うと、死体として転がる魔物の中からまだ〈万物創造〉のリストに追加していないかつ口にくわえても大丈夫そうな物だけをピックアップして淡々と追加していく。俺の目標はあくまで経験値効率厨魔物の回収であって、連中のやり取りは興味がないんで途中で退席させてもらう予定だ。
「ぐ……っ! ぜやあっ!」
「うーんつまらないのだ。もっと本気を出すのだ」
「ボクを馬鹿にするなぁ!」
再び紫の粒子砲が放たれたけど、さっきみたいにぶっとい奴と比べて色濃く見えるって事は密度に重点を置いた幼女魔族の頭部のみを狙い撃つような一撃なんだろう。威力もあがってると思いたいねぇ。
「これは強そうなのだ」
「がふあっ!?」
至近距離での攻撃に対し、嬉しそうに笑みを深めた自称魔族はためらいもなく拳を振り抜いて真正面から受け止めただけでなく、そのまま顔面を殴りつけた。ものすごい脳筋だな。
しかし。自称魔族も無事では済まなかったようで、金属片を縫い付けていた手袋がボロボロになっていて、そこから覗く皮膚が僅かに赤くなっていた。ダメージとするのはあまりにショボいが、ゴミ勇者にとっては初めてのものだ。気絶してるからそんな事に気を向ける余裕はなさそうだけどな。
「ぬふふ。悪くない攻撃だったのだ。さぁ! 次はお前なのだ!」
「いや。俺はたまたま通りかかった村人Aなんで。戦う力なんてとてもとても」
あんな脳筋幼女に目をつけられたら、面倒くさい事この上ない。なので、そういう事は世界の平和を守る為、神にチートを貰ったであろうゴミ勇者のお仕事だ。俺のチートはこの世界に来てやるために駄神が持って行ってくれと懇願しながら渡してきた物だからな。そんな事に使う暇はない。
「つまらないのだ。じゃあどうしてお前はここに居るのだ?」
「山菜摘みの最中でして。たまたま近くを歩いていただけです」
「むぅ……それじゃあ強さは期待できないのだ。ならさっきの奴を――ってどこに行ったのだ?」
「あそこですよ――って、どこ行くんだコラ!」
俺が指さす先には、翼を広げて空を飛んでいるゴミの姿。どうやら気絶したフリをしていたらしい。勇者と堂々と名乗っているクセにやる事が非常に狡い。
しかし何故か、こちらに背を向けて明らかに逃げ出そうとしているのがありありと伝わってくるんで、怒鳴りつけながら石を投げつける。チッ! 避けやがったか。
「戦略的撤退に決まっているだろう! ボクは上級貴族でこの世界の勇者なんだ。そんなボクがこんな所で死んでいい存在じゃないんだ! どこにでもいるような下等な民である貴様と違ってな!」
「おいおい。弱きを助け強きをくじくのが勇者であるお前の仕事だろうがゴミ。仕事放棄をする気か? 降りて来いこのザコ野郎」
「うるさい黙れ! 貴様1人のためになんでこのボクが命をかけなきゃいけないんだ。むしろ貴様がこのボクを生かすためにその命をそいつに差し出して時間を稼げ!」
うわーお。先に出会った勇者(弱)も中々にクソ人間だったが、あの男も男で相当なクソ野郎だ。今のところ百発百中で勇者はカスって評価しかない。一度六神の誰かに会って、いったいどんな基準で勇者を選考しているのかをじっくり問いただしたい。
まぁそれは後で置いておくとして。こっちとしては、はいそうですかとみすみす逃がすような真似をするつもりは毛頭ない。ぎゃふん(死語)と言わせる好機でもあるんだからな。
「おい。せっかくの遊び相手が逃げちゃうぞ。いいのか?」
「はっ!? それはよくないのだ!」
俺の言葉に簡単に促された自称魔族は、フラフラと逃げる勇者に向かって両手を突き出す。それに呼応するように魔法陣が展開。
「おぉー。凄いモンだなぁ」
「〈龍の吐息〉なのだ~」
直径で5メートル程度のサイズになったそこから、数百条の光線が吐き出されて猛然と襲い掛かった。
「く……クソがぁ!」
避けられないと悟った勇者に、無駄なあがきの様な魔法陣が展開して防御でもすんのかと眺めていると、景色に飲み込まれるようにその姿が消えただけじゃなくて〈万能感知〉からすらも反応がなくなった。さっきのあれは転移系の魔法と考えていいかな。俺もいつかルー〇みたいにああいうのを使いこなせるようになりたいな。
という訳で、目的は達成したしゴミも逃げ帰った。後はじーっと俺を見つめてくる自称魔族をどうするかだな。絶対に逃がさないって感じで見つめて来るんだよな。
「さて……それじゃあ俺はこれで」
「待つのだ。もうお前でもいいからわちと戦うのだ」
「断る! そんな事をして俺に何の得もないだろうが」
「得はあるのだ。わちに一発でも当てる事が出来たら願いを叶えてやるのだ」
「どこが得だバカタレ。あったとしてもお前みたいな子供には叶えるのが無理な願いだしな」
俺が真に求めるのは男への返り咲きただ一つ。これがあるかないかで今後の人生が大きく変わるんだからな。一応アレクセイって保険はあるけど、さすがにあれだけに俺の人生のすべてを託す真似なんてできる訳がない。
リスクを抑える為にいくつもの手段を講じるのが賢い選択と言えるだろうが、だからって子供に男に戻れる方法を頼むのは無理難題以前の話だ。
「むきーっ! わちは子供じゃないのだ! もう4000年は生きてるのだ!」
「いや。どっからどう見ても子供だろ。そんなデカい事を言うのも子供っぽい」
俺とそう変わらない背丈にぺたんこな胸に幼い言動。どこをどう切り取ったって幼女以外の説明がつかないんだから仕方ないし、今の怒り方だって腕をグルグル回しながら怒鳴っているんだ。大人はこんな風に怒りをあらわにしない。
「むぐぐ……なんなのだお前は! わちは怖い魔族なのだ! 人間を滅ぼすのだ! 強いのだ!」
「はいはい。それじゃあ怖い魔族様にこちらを献上しますから黙って帰れ」
いつまでもぎゃーぎゃー騒がしいんで、とりあえず片膝をついてシュークリームを恭しく掲げるように差し出すと、先程までの怒りが一瞬で収まり、興味深そうにそれを見つめる。
「これはなんなのだ?」
「シュークリームと言う甘い甘いお菓子でございます」
「おかしなのだ!? た、食べてもいいのだ?」
「もちろん。子供なのだから遠慮なく食べればいい」
俺がニヤリと口の端を釣り上げながらそう告げてみると、自称魔族はそんな嫌味にすら気づくことなく手にすると、大きく口を開けて一気に半分くらいまでをほおばり、何故かぶっ倒れた。




