#68 厄介者である事実が判明しました
「そう言われても、あんまり知ってる事なんて無いんだ。あの辺りはBランク以上の冒険者かシルバーランク以上の商人じゃないと通行の許可が下りないからね」
「んなこたぁ知ってんだよ。でも付近の村や街を抜ける商人なんかの話を聞いたりはするだろ?」
「まぁそのくらいはね。だけど君が聞きたいような話は全くと言っていいほど聞かないね。何しろあそこは人族の中心だから、その防御力は魔族すら通さないと言われているらしいよ。特にシュエイって街は過去に魔族を退けさせた実績から鉄壁都市なんて2つ名があるくらいでね」
「ほぉほぉ」
魔族も通さないねぇ。正直魔族がどれだけ強いのかってのがいまだによく分かんないんだよな。今のところ、強さを体験したのはアレクセイだけだしな。魔法の威力はハンパなかったけど、俺相手ってなるとやっぱり見劣りする。あんなのより、リリィさんお手製の劇物の方が何百倍も恐ろしいよ。
「そして何より。王都には勇者がいるからね。たとえ魔族が来たって大丈夫だろう」
「勇者ねぇ……」
あぁ……そう言えばそんな奴もいたんだったっけ。あまりに印象がなかったからすっかり忘れてた。そう言えばあいつはちゃんとレベルアップに勤しんでいるんだろうか。あの程度の実力じゃあユニどころか今のアニーにすら負けそうな気がする。そうなれば勇者の名折れだな。ククク……。
「そう言うのはいいから危険な事柄について聞きたい。危険な魔物とか原因不明の失踪事件とか」
「王都近辺でそんな馬鹿げたことをする人間はいないさ。魔物も定期的に常備軍が狩るから弱い奴しかいないし、それらも貴族の子供連中がレベル上げのために狩るから、被害らしい被害はまず聞かないね」
「なるほど」
ってなると、王都に近づけば近づくほど護衛としての仕事の重要度は減る訳か。これはいいことを聞いたな。まぁ、浄化魔法で病気の危険を排除するような連中が、王侯貴族が住まう場所に強大な魔物をはびこらせるなんてありえないか。
「そんな訳で、王都周辺は基本的に平和で盗賊の類なんて存在しないのさ」
「ふーん。参考になった様なならなかったような感じがする。ありがとな」
大した情報は得られなかったか。まぁ相手はついさっきまでCランク冒険者だった連中だ。これだけでも十分すぎる程だと自分に言い聞かせよう。
とりあえず聞いた分には礼をという訳で、持ち帰り用の卵サンドといたずら心を刺激されてのサイダーに、ドワーフのおっさん用にブランデーを一瓶。それらを詰め込んだ木箱を手渡してやると、ミュレスは困惑したような表情をしたが、こっちには無関係なんで取りつく島も与えずにお休みと宣言して馬車に乗り込んだ。子供の身体は有無を言わさずに俺に徹夜をさせてくれ……ぐぅ。
――――――――――
翌日。いつものように癪に障る音を鳴らす目覚ましを殴りつけながら止める。
最近分かった事なんだが、エリクサー等のMP回復手段をがぶ飲みしながら〈万物創造〉や〈品質改竄〉等を行うと、MPの限界以上の物を気絶なしで創造出来るのだ。
なので、この目覚ましには〈付与〉で〈破壊不能〉をくっつけている。だから、俺が全力で殴りつけでもビクともしない。現在世界最強の敵である。防御面においてだけだけどな。
とりあえず顔を洗ってパパッと着替えを済ませ、さっさと隣の領地に入るための手続きを済ませようとコテージから馬車へと現れると、何故かユニが目の前に居て不覚にもビックリした。
「ど、どうしたんだそんな場所で」
「……」
なぜか答えない。と言うよりは答えたくないといった表現がしっくりくるな。だってメッチャばつが悪そうな顔してんだから。
これはあれだ。悪い事をした子供がそれを見られたくがないばかりに進行の邪魔をするのだ。無駄だというのに。
「邪魔だ」
「あっ!?」
いくらユニがデカくてつよかろうが、〈身体強化〉がついている俺の前じゃあ羽毛布団と大差がない。片手で持ち上げて馬車を出てみると、そこには大地に寝転がる〈不動の砲台〉の面々。
見たところ外傷はないみたいだけど、一様に気絶している。なるほど……そういう事か。
「ユニ。今日から3日は肉抜きね」
「はうあっ! そ、恐れだけは許してくださいっ! 肉が食べられないとワタシは力が出ないのです。というかこうなったのはそいつらが主の睡眠を妨げようとしたのです! それで仕方なく大人しくしてもらったのであって、決して私が悪い訳ではないのです。だからなにとぞ肉抜きだけはご勘弁を……」
「分かった分かった。とりあえず朝だけに減刑してやるからそろそろ離れろ」
「うぅ……」
ユニは運が良かった。もしここにエリーゼたんが居たら、生涯肉抜きにしていたかもしれない。
それはまぁ置いといて。とりあえず男連中の目を覚まさせてやる。男相手なんて優しくなんて言葉は俺の辞書に存在しないので蹴っ飛ばしての起床だ。
「痛っ!? も、もう少し優しく起こしてくれてもいいんじゃないかな?」
「まったくじゃ。お主の従魔のせいでワシ等はこんな目にあったんじゃからな」
「うぅ……だからぼくは止めようって言ったのに」
「元はと言えばこんな朝っぱらから人のところに押しかけてきたせいだから自業自得だろうが。それで? 何しに来たんだあんた等」
別に会う約束をしていた訳でもない。そもそも野郎なんかとそんな約束を交わすなら、相当に利益がない限りはしない。これがエリーゼたんであれば、たとえ喉が渇いたとしょうもない事を言われただけでもすぐさまありとあらゆる飲み物を手に参上する。
だがここにそのエリーゼたんは居ない。何してるん? と問えばどうやら朝がすこぶる弱いらしく、野営や護衛任務以外の時は昼ぐらいまで起動するのを待ち、緊急時は目覚まし用の薬草があるらしくそれを使うとの事。
「おおそうじゃった。あの酒は一体なんじゃ! あれほど美味くて酒精の強い酒は100年以上生きてきて飲んだことがなかったんでな。もっとないのかと聞きに来たんじゃよ」
「あるにはあるがタダでとはいかんな」
興奮しきりの様子に、何となくだがあぁなった察しがついた。
確かに、今の俺にはこの世界で飲んだ酒を基に、〈万能創造〉と〈品質改竄〉のコンボでワインにビールにウィスキー日本酒マッコリブランデーウォッカ等々。俺も酒が好きだから、あらゆる物を常時好きなだけ飲めるように〈収納宮殿〉に保管してある。少し分けるくらいの余裕は十分にあるが、それを何度もあてにさせるのは好きじゃない。金は要らないが対価はきちんと要求する。野郎相手であれば当然の権利だ。
それを聞いたドワーフのおっさんは、何も躊躇う事無く懐から金色に輝く硬貨を取り出した。
「ここに金貨が1枚ある。これで買えるだけ売ってくれんか」
「金貨1枚かぁ。ちょっと待ってろ」
確かに売るとは言ったが、これらの正式な値段って考えた事がなかったな。そもそも銅貨1枚が日本円換算でいくらなのかすら分かんないので、ここは本職の方に出てもらうのが一番手っ取り早いって訳で、パーティーリンクの通話機能を生かして2人を呼んでみた。
「ふあ……っ。何やこんな朝っぱらから」
「あふ……っ。ホンマですよぉ。あて……まだアスカはんを抱き枕に寝てたいわぁ」
確かにいつもより早い時間だけど、この世界の人間は日も上らんうちからどうやら働いてるっぽいぞ。ちらっと視線を横に向ければ、既に冒険者であろう武具を纏った連中の行き交う姿が見えるし、それに混じって俺とそんな変わらん年齢の少年少女がみすぼらしい格好で走り回ってる。あれがいわゆる一つの奴隷って奴なんでしょう。首輪みたいなのついてるし間違てねぇだろ。
おっと。話がズレたな。取りあえず、昨日くれてやったウィスキーを数種類取り出す。
「まぁそう言わずに。とりあえずこれらの価値を見てくれ」
そう告げて次々に酒を取り出していくと、ドワーフのおっさん……面倒だからドっさんとしよう。それが喜色に目を輝かせながら夢遊病者のように近づいて来るんで、足払いをかけてすっ転ばせる。
「なにするんじゃお主は!」
「それはこっちのセリフだクソジジイ。なに人の酒を盗もうとしてんだよ」
「うぐ……っ。それは……お主の酒があまりに美味そうでつい」
「油断も隙もあったもんじゃないな。で? どんな感じなんだ」
アニーは〈鑑定〉持ちだからさして時間はかからない。なので、すでに終わっているのを横目で確認している。時間にすれば1分もかかってない。マジ便利すぎるが、何故かその表情が浮かない。リリィさんも栓を開けて匂いを確認していたりするけど、愕然とした表情を浮かべてる。
「単刀直入に言うわ。これを金貨1枚で買うなんて不可能やで」
「ホンマですね。あてもドワーフほど飲んだりせぇへんけど、どれもこれも酒精こそ強すぎるんやけど極上品。これやったら金貨5枚や言うてもポンと出す貴族はごまんと居るで」
「やはりか……何となくそうではないかと思っておったわい」
「いやいや高すぎるだろ。ここにあるのはどれも質はいいけど安酒だぞ?」
日本はなかなかの酒飲み大国だから、他の国と違って多種多様な酒が集うし、根気よく探せば質にこだわっていながらもグッと安価で飲める物もあったりする。と言うか俺はそう言うのしか飲まないんで、これらも一番高くて5000円もしない。
それがどの硬貨を使うのか知んないけど、さすがに銀貨までは届かないと踏んでいる。だから最低価格が金貨5枚なんて暴利は到底信じる事が出来ないというのに、俺の反論にアニーが怒鳴り始める。
「アホ言うなぁ! こない上等な酒は商人ギルドん中でもめったにお目にかかれへんドえらいもんなんやで!? それを安酒言うあんたの感覚がおかしいんや!」
「でもなぁ」
「でももへちまもあらへん! アスカはもう少し自分の影響力を考えて行動せぇや! あんたがなんかするたびにこっちは胃が痛ぁなるんやからな!」
「ハンセイシテマスヨ」
「アニーちゃん無駄や。アスカはんに値段の説教したところで全然理解せぇへんよ」
「まぁ、見ず知らずのワシ等に効き目のおかしいハイポーションをポンと寄越すような奴じゃからのぉ。そんなに酷いんか?」
なんか酷い評価な気がする。俺はこの世界の常識を知らないだけで、無駄だと言われるとまるで俺が価値を知らずに高級品をばらまいている成金のように聞こえるじゃないか。
しかしこんな酒が高級品か。これはいいことを聞いたな。
「とりあえず値段を知れただけで十分だ。おっさんも欲しいなら金貨1枚で3つくらい売ってやるよ。2度と手に入らんってもんでもないし、綺麗で可愛い女性ドワーフを紹介してくれるって約束してくれんならって条件付きだけどな」
「そんなことでええのか!? ワシが言うのもなんじゃが、ほんに貴重な酒じゃぞ?」
「いいんだって。それよりも、俺達はこれからユーゴ伯爵領に入る為の手続きとかがあるんで行かなきゃなんないから、帰ってくるまでに選んどいてくれればいいさ。試飲もOKだ」
そう言って全ての蓋を開け、試飲用の小さなコップを酒の分だけ用意し、更にはつまみとしてサラミやチーズなんかを準備してやる。ついでに全員分の朝食もだ。
最後に、全部飲んだら今後一切酒は売らんと脅しをかけてから、俺達は侯爵のもとへと向かう事にした。
「なんや? 随分とあくどい顔しとるやないか。何するつもりや?」
「失礼な。言っておくが『俺は』何もしないぞ」
「怪しい……うち等に迷惑がかかる様なモンと違うやろな?」
「当たり前だろぉ?」
そう。迷惑をかけるのは、俺の予想通りであれば恐らくあのジジイだ。