#67 車? 酔いにはご注意を
「おぉ。よぉやっと戻ってきたな。首尾はどんなやったんや?」
声色自体はケロッとしているけど、まぁ何の相談もなく飛び出しちゃったからな。当然のようにハリセンアタックを喰らった。
「ああ。大した問題もなく終わったから、たぶん安心していいはずだ」
「すみませんアスカさん。我が領内の事だというのに」
「まぁまぁ。お気にしない気にしない。こっちの都合で助けたから特に報酬を強請ったりはしない。特にほしい物もないしな」
ミュレス達をリヤカーに乗せて戻ってみると、俺が飛び出した地点から一歩も動いていなかった。
どうしてなのかをユニに尋ねてみると、俺がいない間にエディーの馬鹿が何度も飛び出して行こうとするのを押しとどめる為に仕方なく止まっていたとの事。
なので、エディーの脳天に拳骨を叩き落としておいてやった。こっちも急いでいるんだから邪魔をするなと言う言葉を添えてな。
そして背後に目を向ければ、リヤカーの中はほとんど地獄絵図と言った状態になっていた。
「な、なんて速度だ。あれが人間の足の速さか?」
「う、うぷ……吐きそうです」
「だらしないのぉ。と言いたい所じゃが、ワシもさすがにキツイのぉ」
「おいおい。仮にも冒険者を名乗ってるんだろ? あの程度の事で護衛として使えなくなってたら身が持たないぞ? ほれ」
いつまでたってもドワーフのおっさん以外起き上がって来ないんで、仕方なしに実験目的で状態回復ポーションを口に突っ込んで数十秒。全員がケロッとした表情でヌルヌルと起き上がる。
「そう言われてもだね。こっちの移動は主に馬だ。しかも馬車に乗ったところで余程の事が無ければあんな速度は出さないんだ。馬がつぶれちゃうからね」
「だったら慣れておくといい。こういう時に動けないんじゃ対象を守ったりできなくなるぞ。という訳でエレレに向けて出発~」
そんな訳で、3人に加えてエディーは引き続きリヤカーの中に押し込んで、俺達はエレレの街へと急ぐことにした。そうしないとさすがに野営となってしまうので、どこかの口うるさい老執事に知られれば侯爵を野に眠らせるとは何事だと後々グチグチと言われそうなんで、これだけは夜になろうが絶対に譲る事は出来ない。
なんで、今以上の速度での移動をユニに指示し、俺は再び馬車の上を陣取って投石攻撃に勤しみ、女子3人には馬車の中ででもできる筋トレメニューを書いた紙を渡しておいたんで、今頃下では鬼気迫る表情で励んでいるだろう。だって下から「あと~キロ」とか「アスカはんに嫌われてまう」とか「騎士らしい肉体を」とか聞こえてるからな。
それにしても……行く先々で厄介後に巻き込まれるな。生まれながらに不幸体質って訳じゃないはずなのに、どうしてこうも面倒を解決しなきゃなんないんだろうね。
できれば、王都では何事もなく終わってほしいもんだ。
――――――――――
「ふぅ。何とかたどり着いたな。全員大丈夫か?」
「そう見えるんやったら、アスカは状態回復ポーションを目に使った方がええで」
「うぅ……ホンマ気持ち悪いわぁ」
「く……っ。これは普段の訓練より厳しい」
予定ではのんびりゆったりの速度で夕方ごろにたどり着く予定だったのが、かなりの強行軍での移動となってしまった。おかげでほとんどのメンバーはぐったりとしていて、中でも馬車の後ろに無理矢理括り付けたリヤカー4人組は、あのドワーフのおっさんまでもが青い顔をしていた。
「無事か?」
「さすがのわしも吐きそうじゃわい……」
「ま、まだ地面が回ってますぅ……」
「すまない。しばらくそっとしておいてくれないか?」
「まぁ。街に着いた以上は別にどう過ごしてもらっても問題ないからな」
エレレの街はマリュー侯爵が治める領地最西端で、この先にある村に行くには手続きが必要になるらしく、夕方までにここに来たかったのに……何かしらの詫びは欲しいところだ。主にエリーゼたんに何かしてもらう方向で。
そんな訳で、ミュレス達と別れた俺達はこの街にある宿へと向かった。
やはり街と言うだけあってその設備はなかなかに充実しているし、何より街の周囲を深い堀で囲んでいるおかげで防備がシッカリしている。侯爵護衛の観点で言えば申し分がない。
そして店舗も充実している。宿屋だけでなくて食堂・武器・防具・道具・雑貨・ギルド等々。ギック市には及ばないものの、領と領との境目という事もあって痒い所に手が届く感じだ。もちろん夜も遅いんでほとんど閉まってるけどな。
「アスカぁ……もう限界や。早ぅ飯作ってくれやぁ」
「あてもお腹ぺこぺこや。せやけどあんまカロリー高いモンは使わんで欲しいんやけど」
「ワタシは沢山走ったので肉たっぷりのメニューを希望します」
「あちしもおにくなの~」
「へいへい。ってかあんだけ気持ち悪い言ってたくせに飯は食えるんだな」
「それはそれ。これはこれや」
「せや。それに美味いモンたべたら元気なりそうな気ぃしますしな」
「あちしは平気なの」
という訳で、〈レシピ閲覧〉でヘルシーメニューをいくつか確認し、いつものメニューをそれぞれ工夫した形でちゃちゃっと作る。
アニーには大豆で作った肉もどきの生姜焼きに豆腐をご飯の代用に。サラダなんかは薄味ながらもちゃんと味を感じれるようにしてある。
リリィさんには野菜たっぷりの鱈鍋を。
残った2人には大量のステーキを。
それぞれにリクエストに沿った物を食べさせてから、一応侯爵の様子を見に部屋を訪れる。もちろん事前に要望されている俺お手製のBLTサンドを手にだ。
「アスカさん。随分と早いんですね」
「あまり待たせるのもどうかと思ってな。アクセルさんのもあるんでどうです?」
「いえ。私は主人である侯爵様と共に食事をするなど畏れ多いので」
「ならしまっておくから、食べたくなったら言ってくれ」
「ええ。感謝します」
俺の〈収納宮殿〉に入れておけば、たとえ俺が死ぬ間際のよぼよぼ爺さんになっていたとしても、今日の飯は決して腐らないし温かいままだからな。
「さて。それじゃあ明日の予定についてなんだけど、出来れば今すぐにでも境界線を越える準備をしておきたいんで何とかなりません?」
時刻はすでに30時。さすがにそろそろ眠くなってきてるんで、出来るかどうかの判断を聞いて寝るか、多少我慢をするか決める予定だ。
「少し難しいですね。私がここを通るのはいつもの事なので、王都からの連絡が来ている時点ですでにこの街の長には通っていると思いますけど、この時間となると隣のユーゴ伯爵側は受けてくれないでしょうね。特にここを担当している彼は、1日の業務時間を決めてそれ以外の仕事は一切許さないんです」
「公務員かよ……」
「こうむいん?」
「ああ。こっちの話なんで。それじゃあどうにもならないんですね」
「難しいでしょう。それに2日でこの距離まで来ているとなれば急ぐ予定でもないので、明日でも十分に間に合うでしょう」
「それは……まぁ」
「ではゆっくり行きましょう。時間内であればきちんと受け付けてくれますから」
やれやれ。侯爵がこう言ってしまえば、俺達はその言葉に従う以外に術はない。
とりあえず、明日の予定を3人で打ち合わせをして馬車に戻ってみると、そこにはミュレスだけが居た。チッ……エリーゼたんは居ないのか。
「お邪魔してるよ」
「おぉ。報告は済んだのか?」
「ああ。おかげさまでBランク冒険者となれたんでそのお礼をと……」
ちらりと馬車の横に目を向けると、何やら荷物らしいのが置いてあるのが見えるので中身を確認してみると、干し肉や硬いパンと言った保存食やポーションらしき物がいくつか詰め込まれていた。
「別に気にしなくていいのに。まぁ……折角来たんだから飯でも食べて行けよ」
日本人として礼を受けた以上はそれを返すのが普通なんだろうけど、今から作るのも面倒なので、投石攻撃の片手間に作っているサンドウィッチ各種を用意してやる。ちなみに〈収納宮殿〉を見せる訳にもいかないので、魔法鞄から取り出したように見えるように細工してある。
「うわっ!? 魔法鞄を持ってるのかい?」
「ダンジョンでちょっとな。それよりも食えるか?」
「こんな上等な白パン……本当に食べていいんですか?」
「平気や。ウチらの食事はいっつもこんな感じやからな」
「アスカはんと一緒におるとそういう常識はなくなりますんや。気にせんで食べる方がええですよ」
「ごしゅじんさまのごはんはおいしいのなの」
「はぁ……そういう事は俺が言うんだけどな。まぁ、そんな訳なんで気にせず食ってくれ。他の連中の分もちゃんと用意するから、帰りに持って帰れ」
「そ、それじゃあ遠慮なく」
おずおずと言った感じでサンドウィッチにかぶりついたミュレスは、数秒だけ目を見開いて驚いた後。すぐに押し込むようにむさぼり始め、それを見ているアンリエットが食べたそうに俺に上目遣いをして来たので、特別用の一斤丸々使ったカツサンドを渡してやる。なんだかんだで甘やかしている自覚はある。
「ところでミュレス。ちょっと聞きたい事があるんだけど」
「っ!? す、すまない。つい……それで聞きたい事とは何だい?」
「王都の事だ。ちょっと用があるんで行かなきゃなんないんだけど、何か怪しい事件とか周辺に危険があるとかのそう言った情報を持っていたら教えてくれんかね」
まぁ大抵の危険は振り払う事が出来るけど、今回は侯爵が居るからな。それを守りながらって考えると、やっぱ情報はあって損という事は全くない。それがたとえ嘘なんだとしたら、俺の〈万能感知〉がキッチリ見極めてくれるからな。




