#66 魔族が現れた。しかし間に合わなかった。
本来であれば、蔦なんかの動きに注視しなくちゃいけないんだろうが、そこはやはり男――いや漢。いくら魔物と分かっていようが隠そうともしないそれから目を逸らすなんて、スライムみたいな軟弱な理性しかない俺には無理な話だとは思わないかね諸君。
「童よ。その身を差し出し余の空腹を満たす栄誉を与えてやろうぞ」
「悪いけど、地位とか名誉には全く興味がないんでね。それに食われるより食う方が好きだ」
偉くなったところで仕事が増えるだけ。名誉を貰ったら行きずりの女性と濃密な一夜を過ごしたりできなくなりそう。それに攻められるより攻める方が性に合っているし、Mじゃない。
目指せ草木生活を掲げている俺としては、そんなものゴミ箱に捨てる以外の方法が思いつかない。誰かが欲しいならくれてやってもいいくらいだって訳なんで、あのビックバンは多少惜しいが〈写真〉に残して時々懐かしもう。
「愚かな。たかが童が余に勝てると思っておるのか?」
「当然だろ。お前程度のレベルで俺に勝てるなんて思われてる時点で、こっちとしては心外だ」
ミュレス達を仕留めきれてない時点で、この肉食華人の実力が大した事ないのは明らかだろう。そんなのを前にこの俺が苦戦なんてする方が難しいんじゃないか? 先制攻撃の失敗は突っ込まないでくれるとありがたい。
「ククク……獣を口にするのに飽き飽きしていた所ぞ。これほど活きのいい餌は久方ぶりなり。容易く死ねると思うでないぞ!」
瞬間。蔦だ根だと言った物が俺の視界を覆い尽くさんばかりに襲い掛かって来た。
見た感じはとんでもない物量で、普通に剣で対処してたんじゃ間に合わない。これは確かに、戦士殺しの異名がつけられるだけあるな。
まぁ。俺には関係ないけど。
「微風」
魔法一発で、本体ごとエメラルドの壁が全てを押し込み、目測で5×15メートルくらいの範囲がただの荒れ地になった。屋外で使うとこんな感じになるのか。とりあえずまだ生きてるみたいだけど、移動手段である蔦も根もかなりの量を今ので斬り裂いてるからな。すぐに動けはしないだろう。
まぁ。だからと言ってまだ勝負が決まった訳じゃない。かなりのダメージを与えたとはいえ相手は特別個体なんだ。この程度で沈んでもらっては面白くもなんともない。
おっと。どうやら魔物の追撃が止んだんのを不思議に思ってミュレス達が戻って来たみたいだ。
「君は……どうやら本当にあれは呼び寄せ石だったようだね」
「当たり前だろ。可愛い少女を救うのに全力を傾けるのがこの俺だ。そんなエリーゼたんから事情を聞いて、好感度を上げるために助けに来たぞ」
「結構ロクでもない理由で助かるんですね。そ、それよりも……ひ、1人でですか?」
「そりゃ俺達も王都まで侯爵の護衛って言う依頼の真っ最中だからな。怪我の危険のある場所に全員連れてくる訳ないだろ。それよりも無事か?」
「お主の寄越したハイポーションのおかげじゃよ。急襲を受けてほとんど割ってしもうたが、というかあれはホントにハイポーションか? 効力がワシ等の知ってる物とけた違いじゃぞ?」
「暇つぶしに少し手を加えてはある。それと、まだ終わってないからしばらくは離れておいた方がいい。巻き込まれて死にたいのなら居てもいいぞ?」
ニヤリと口の端を吊り上げながら、微風の通った跡を見せる。タンクとドワーフはワンチャン耐え切るかもしれんが、絶対じゃあない。
その光景に全員がゴクリと唾を飲み込む。
「任せていいかい?」
「居ない方がむしろ助かる」
この状況と尋常ではない速度での救助に訪れた俺の実力をある程度把握してくれたのか、すぐに立ち去ってくれたところでようやくお目覚めらしい。どれだけのダメージを与えたのか知らないけど、〈万能感知〉から伝えられる気配はあんま弱くなってない。というかせめてHPだけでも見れるようになってほしいよな。
「貴様……っ! よくも余の身体に傷をつけおったな!」
「そりゃ戦いなんだから当然だろ」
直撃を受けたにしては随分と身体だけは無事のようだ。花びらの何枚かがズタボロになっているところを見ると、咄嗟にあれで防御したって事だろう。さっきも思ったけど、魔法に対する反応速度が尋常じゃないよな。これはあれだ。魔法の的になり続けてきた連中の恨みつらみがそんなスキルを発現させたんだろう。そう思っておこう。
「余は絶対の支配者ぞ! その命に従わぬだけでなく刃向かうなど恥と知れ!」
「よく分からんが、俺は魔物じゃなくて人間だからな。そんな命令は聞くつもりはない」
とりあえず突撃だ。蔦があろうが根があろうがお構いなしの飛び出しで、一気に距離を詰めての斬撃を振り抜いたが、僅かに余裕をもって回避された。まぁ……その程度じゃ甘いんだけどな。
「うぐっ!?」
「空破斬――ってな」
どうやら物理の攻撃に対しても尋常じゃない反応速度を見せるみたいだけど、剣先から飛び出した真空の刃までは避けられなかって事は、やっぱ大した事はないな。
「馬鹿なっ!? なぜたかが童ごときが余に幾度も触れられる! 無能な人間風情が何をした!」
「別に何も? しいて言うならただ普通に剣を振っただけだ。こんな風に」
そう言ってもう一度バスタードソードを振り抜いてやると、肉食華人はまるで跳ね飛ばされたように俺から距離を取ろうとしたが、真空の刃はその速度よりはるかに早い。
なので――
「ぐうあっ!?」
斬り裂くとまではいかないまでも、十分に深手を負わせるにはなんの問題もない。むしろ一撃で死に切らないから余計に苦しむだけだ。
こっちとしてはどうせ死ぬんだからさっさと終わらせてほしいけど、今のところ有効な手段がこれだけなんでいかんともしがたい。
なので。何度も何度も同じ事を繰り返し、ようやく動けなくなるほど蔦や根を消費しきった頃には、腕は千切れ。顔は傷だらけ。胴体に至ってはいたるところが穴だらけと言う。人であれば死んでいる姿になり、緑色の液体を噴き出している。
「さて。まだ抵抗するのか? いい加減死んでくれないと戻って夕飯の準備が出来ないだろうが」
「ぐ……っ! 矮小な人族が余を愚弄するな!」
「別に馬鹿にしてないだろ。元々頭がいいと思っていないだけだ」
「それが愚弄していると言っているのだ!」
「なら馬鹿にしてるって事でいいよ。そんな訳でサヨナラ」
トドメの空破斬は、〈身体強化〉を5割ほど解放したステータスで1000以上の太刀筋を一気に叩き付ける。
速度・威力・範囲。その全てが今までのモノと比べて倍以上であるのを目の当たりにすれば、今までが手加減していたという事を知り、避ける為の蔦に根を失った状態ではまともに動ける訳もなく、ミキサーですりつぶされるように粉微塵となって後に残ったのは、ピンポン玉サイズの赤黒い球体のみだ。
「なんだありゃ?」
とりあえず手に取ってみると、まるで鼓動を刻むように内部で紫の光が明滅していてかなり禍々しい。なんかこのまま持ってるとヤバそうなんで〈収納宮殿〉にポイしておこう。ここであればこの状態で永久に変化する事はないからな。いずれしかるべき奴に調査を依頼してみようか。アレクセイとかアレクセイとかアレクセイとかに。
「さて、帰るとしますか」
という訳でミュレス達の元に向かうと、あちらも気付いたみたいですぐに駆けつけてきた。
「終わったのかい?」
「ああ。大して張り合いがなかったな」
「空恐ろしい事を言う娘っ子じゃのぉ。あの魔物はあらゆる攻撃を回避してしまうとんでもないスキルを持っとんたんじゃぞ?」
「……へぇ。そうだったんだぁ」
なるほど。道理で反応速度がいい訳だ。まぁ、〈剣技〉のおかげで空破斬なんてぶっ飛んだ技を平然と撃ち出せたし、〈微風〉もわずかながら通じてたからまったく特に気にしてなかった。
ちなみに〈鑑定〉でも持っててスキルに気付いたんか? と尋ねてみると、ドワーフがもってるらしいがそうする前に相手がわざわざ教えてくれたそうな。その名も〈完全回避〉と言うトンデモスキルらしいが、そのスキルはあくまで視認可能の攻撃的に対してしか通じず、見えにくい風魔法だったりさっきの空破斬みたいなモンにはそのスキルが及ばない以上、欠陥品だ。
「こ、これで依頼達成ですけど、どど、どうするんですか?」
「「……」」
「ん? どういう事だ?」
「ちなみに聞くが、君は冒険者かい?」
「うんにゃ。何かに縛られるのが好きじゃないんで気ままな旅人と言う感じでやってる」
少年の言葉に、ミュレスもドワーフのおっさんも眉間にしわを寄せて俯いた。
もしかして討伐したら駄目だったのかなぁと思って聞いてみたけど、それ自体は問題ないし特別報酬にギルドポイントへのプラス評価までついて来るので懐も評価も暖かくなるとの事らしいが、そんな肉食華人を討伐したのが俺である事が問題らしい。
「この場合。冒険者じゃない君が魔物を討伐した事による報酬は、誰の手にもわたらないんだ」
「ふーん。だったらそっちが討伐した事にすればいいじゃん」
「んなっ!? お主……何を言っておるのか分かっておるのか?」
「だって勿体ないんだろ。せっかくの金と栄光をみすみす手放すのって。俺はゴメンだけどアンタらはそれで飯を食ってるんだろ? 欲しいならくれてやるよ」
もちろん。この提案はこいつらがまともそうな冒険者だからしているんだ。出会った時から今までのほんの短い時間の間で、エディーの態度は若干気に入らなかったけど、無知ゆえの暴挙と許せる範囲だし、なによりエリーゼたんから大きなご褒美をいただいているんだ。それをこの程度で返せるなら是非もない。
「君はそれでいいのかい?」
「いいよ。金は適当に稼げるから興味ないし、自由が好きなんでそう言う権力に縛られんのもかたっ苦しくてな。金と名誉が欲しいってんなら勝手に名乗りを上げていいぞ。素材はバラバラになってっから――そうだそうだ。丁度いい物があるんだがちょっと〈鑑定〉してくんないか」
取り出したのはさっきの珠。後でアニーに正体を調べてもらおうと思っていたんだが、都合よくここに〈鑑定〉持ちが居るんであればさっさと調べてスッキリしたい。それに、あんまり凄すぎるもんを調べてちょって出すと理不尽に怒られるからな。
「どれ……」
ドワーフのおっさんが俺の手の中にある珠に少し顔を寄せたかと思うとすぐにギョッとした表情になって大きく飛び退いた。
「ど、どうしたんですか?」
「娘! それを今すぐ手放せ!」
「ん? 分かった」
とりあえず言われたとおりに〈収納宮殿〉にしまうと、ドワーフのおっさんは明らかにホッとした表情をした。
「一体あれは何だったんだい」
「あれは〈魔玉〉っちゅうモンでな。魔王が配下にする奴に打ち込む最悪の力じゃ」
「ちょっと待ってくれ。だったらあの肉食華人は超級の魔族だったというのか?」
「にしてはザコすぎだろ。まだワイバーンの方が手こずったぞ?」
アレクセイの時を考えれば、確かに回避の速度は目を見張るものがあったとはいえ、それ以外は本当に弱かった。あれであそこまで尊大な態度がよくとれるもんだと思ったくらいにそれはもう弱すぎた。
「……確かにあれは魔族にまではなっとらんかった。これはあくまで推測じゃが、あれは〈魔玉〉を模して作られたものではないかと思う」
「そんな事が可能なのかい?」
「数百年前に魔王討伐に参加した親父から聞いた話じゃが、それは魔王の血液から出来ておるらしいからのぉ。再現など不可能に決まっとるわいって訳で、わし等が受け取るのはそこの破片がええじゃろう。これだけの大物じゃ。破片になってるとしても証拠としては十分じゃろう。これほどの大物であればBランクに上がるには十分じゃ」
「そういうもんなんか?」
「ああ。十分な魔力を感じるからのぉ。見る奴が見ればその強大さが分かるじゃろうて。お主も感じるじゃろう?」
「まぁな」
なーんて言っては見たものの、全くもってちんぷんかんぷんでーっす。
「それじゃあ遠慮なく受け取らせてもらうよ」
そう告げると、3人はすぐに残った残骸から粉にまでなってしまったそれを袋に詰めてから森を脱出。そこからはいちいちミュレス達に歩幅を合わせるのは面倒になったので、さくっとリヤカーを創造して全員を無理矢理に乗せると、その勢いのまま走り出した。
「は、早っ!?」
「こ、小娘! もう少し速度を落とさんか!」
「お、落ちるうううう!!」
その速度は時速で40キロくらいだから大した事はないけど、凹凸の激しい街道を突き進むから揺れが激しい事激しい事。やかましいくらいの悲鳴が上がるけどガン無視で走り続けた。
――――――――――
アスカたちが立ち去ってすぐ。粉微塵となった肉食華人のそばの空間が歪み、そこから1人の女性が姿を現した。
「あらあらぁ。反応が消えちゃったと思ったら、死んじゃってたなんてぇ……ビックリだわぁ」
言葉とは裏腹に非常に間延びした口調の女性は紫のゆったりウェーブの髪を腰まで伸ばし、肌は褐色。とろんとした眠そうな目は金色に輝き、リリィを超える胸にアニーに匹敵する引き締まった腰に足は、アスカがこの場に居れば大興奮間違いなしの抜群のスタイルに加えて、ネグリジェのように薄い服しか身に着けてないかった。
そんな妖艶な女性がパチリと指を鳴らすと、肉食華人の粉塵が蠢き。女性の体内へと吸い込まれていった。
「なるほどぉ……見えない攻撃って言うのもあるのねぇ。殺された上にぃ、試作品の球を取られちゃったのは痛いけどぉ、勉強になるわぁ。この娘なら……実験に使えるかもしれないわねぇ」
そう嬉しそうに呟きながら、女性は再び歪んだ空間の中へと消えていった。




