#64 悪い予感(当たらないと盛り上がらない)
リンス村を発って数時間。いつものように〈万能感知〉で魔物だけを察知するように設定して超長距離の狙撃投石で旅の安全を守っていると、不意に集団の反応をキャッチした。
「うん?」
普段であれば特に気にもせずに石を投げる所だけど、その集団は時間を追うごとにその数を減らしていってる。つまりは誰かが魔物の集団を追いかけて狩っているという事だ。さすがに横殴りはマナー違反なんで設定に人を追加すると、5人ほどの存在を確認した。
こっちから近付く気はないが、一応ピンチになったら助太刀してやろう。
『よろしいのですか?』
『ああ』
唯一俺と一緒で外に居るユニが魔物の気配に気づいて〈念話〉で声をかけて来るけど、特に問題がないんでそれだけを言って淡々と石を投げ続ける。
そうしているといつの間にか魔物の集団は全滅していて、討伐したであろう集団――おそらく冒険者か何かが依頼を受けてるんだろう。俺的には時間かかりすぎだろって思うけど、まぁ普通の適正レベルの冒険者ならあんなものなのかね。
「アスカ~。アンリエットがそろそろ飯食いたい言うてるんやけどどないする?」
「じゃあ飯にするか。侯爵達にもにもそう伝えてくれ」
「分かった」
丁度見晴らしのいい丘が近くにある訳だし、何かが急に接近に対しても十分に対応できる。
そんな訳で丘を登り切った場所に馬車を止め、〈収納宮殿〉からテーブルや椅子と言った物を取り出して、それを並べるのはリリィさんの仕事で、皿を並べたりするのがアクセルさんの仕事。アニーは俺の補佐的な事をこなして、侯爵とアンリエットは待機だ。
「で? 今日は何にするつもりや」
「えーっと。このペースだとモイ村まで行けるだろうから、少ししっかり目に入れておこうと思うんだけど、なんかリクエストはあるか?」
「それやったら量を少なくしてほしいわ。最近動いてへんからお腹回りがちょい見せられへんくなって来とんねん」
アニーのそんなセリフに、リリィさんやアクセルさんまでもが自分のお腹に目を向ける。
確かに。侯爵の安全性を考えるならこのスタイルで旅をするのには絶対だけど、それだけじゃあ女性陣の体重に甚大なダメージを与えるだけで回復する手段がない。
もちろん栄養素とか総カロリーを考えて(一部必要ない)食事の量を調節しているが、そこは異世界で魔物と戦うのだからと少しは多めにしているから、動かなければ自然と体重は増えていくと言う計算なのだろう。
俺はまぁ運動しているから余分なカロリーは消費していますよ。ほぼずっと石を投げていろんな素材を創造しているんだから当然っちゃ当然だね。
「それは駄目だ。食事量を減らしてのダイエットは筋肉量が落ちるだけで正確なダイエットとは言えないからな。痩せたいのであればちゃんと食べてちゃんと動け。代わりに、この後の警戒任務は3人に任せるんで、一生懸命頑張れ」
食事当番を任されてる以上、食べないという選択肢は選ばせない。なので健康的にダイエットをするにはやはり適切な運動だ。魔物討伐がそれに該当するのかは疑問だけど、動かないでのダイエットよりは遥かにマシなはずだ。
という訳で、今日の昼食はユニとアンリエットはいつものようにカロリー無視の肉満載のメニューだけど、それ以外は一応カロリーを控えめにグルテンミートのこんにゃく米を三割ほど混ぜ込んだ肉巻きおにぎりに、ほうれん草のおひたし。豆腐の味噌汁に野菜ジュース。ちなみに俺は後者だ。
「なぁアスカ。ホンマにこれはヘルシーとかいうやつなんか?」
「栄養士じゃないから何とも言えないけど、俺のいた場所ではそう紹介されてた」
「せやけどあんま味も変わらへんよ?」
「そうなるように努力したからな」
まぁ十中八九〈料理〉スキルのおかげだろうな。いくら手間暇をかけようが普通の牛肉と畑の牛肉とじゃ物が違いすぎる。油の旨味だったりが低下するのは当然なはずなのに、この肉巻きおにぎりからはなぜかジューシーな油の味がする。スキル……半端ないな。
そんなのんびりとした昼食を過ごしていると、魔物を追いかけていたであろう集団の反応が近づいてきた。と言うか目視も出来るのでアクセルさんとユニがそれぞれに軽く緊張感を走らせる。
集団はやっぱり冒険者達で、先頭を歩く茶髪を短く刈り込んだ犬耳の男はゴッツイ鎧をガシャガシャ鳴らし、その後ろに続くのは青髪ツインテールを揺らす魔法使いっぽい少女と一目で気弱いのが分かる伏し目がちのおどおどした僧侶っぽい少年(魔法使いと顔が似ているからきっと2人は双子だろう)。そのさらに後ろにはたっぷりとひげを蓄えた少年よりも小柄なドワーフのおっさんと、その背中でぐったりとしている角の生えた青年の5人がパーティーなんだろう。
「食事中にすまないんだが、傷薬かポーションを持っていたら売ってくれないか? 魔物討伐の際に前衛が怪我をしてしまったんだ」
「有り余ってるから別に無料で構わないぞ。ほら」
「これってハイポーションじゃないか!? ほ、本当にいいのかい?」
「言っただろ? 有り余ってるって。それよりも血生臭くて飯が不味くなる方が気になるんだよ」
俺はダメージを受けても〈回復〉があるから自然と治るし、アニーもリリィさんも怪我をするような場所に行かせないし、大抵はユニを護衛として連れて歩かせてる。アンリエットは金属だからそんな心配はない。ポーション類は、レベル上げとこういう時の恩を売る為に作ってるようなもんだからな。
「すまないな。それじゃあ遠慮なく使わせてもらう」
少し戸惑ってはいたけど、背負われている青年がそれなりに重傷なので、それ以上は特に踏み込んでくるような真似はせずにハイポーションを振りかけたので、目が覚めるまでしばらくベッドを貸してやる事にした。エリクサーじゃないと即効性はないって訳か。
「すまないな。ハイポーションをタダで譲ってもらっただけでなくベッドまで」
「気にするな。困った時はお互い様だからな。ところであんた達は冒険者か?」
「その通りですわ。わたくし達はエレレを拠点に活動している〈不動の砲台〉ですの」
「その名なら聞いた事あるわ。〈絶対防御〉の二つ名を持つミュレス言う〈重鎧盾士〉を中心に、魔法主体で戦うCランクの中でも上位におったはずや」
「ふーん。ならそこそこ強いって事か」
「まだまだだ。今もこうして仲間も守り切れずに怪我をさせてしまったんだからな」
「何を言っているのですか! それはミュレスさんのせいではありませんわ」
「そ、そうですよ。まさか特別個体が現れるなんて予想できるわけないじゃないですか」
特別個体か……試しに、こっそりと最大限広げた〈万能感知〉でその存在を探ってみると、ギリギリの位置に確かに一際強い魔物の反応が遠くに見える森の奥の方にあるな。これに襲われたにしては被害が少ないし、この魔物自体も動く気配がない。いや――もしかして動けないのか?
「そいつはどうしたんだ?」
「ラスティの〈炎剣〉で大きなダメージを与えはしたけど、殺すには至らなかった。勝ち目も薄いと判断し、エディーを助けて急ぎ撤退したんだ」
「おいおい。そんなのをほっといて大丈夫なのか?」
「平気じゃ。奴は自ら動けぬ種類の魔物じゃからな。今回は運悪く縄張りに入っちまったようじゃが、こちらか近づきさえせんかったら襲われる事は無かろう」
なるほどね。だから全然焦ったりしていないのか。まぁ、万が一にも侯爵に危害が及ぶようであれば問題になるので、しばらくは観察対象だ。ちょっと見に行ってみたいけど、わざわざ面倒事に首を突っ込んでいく理由もないんでほっとこうか。
「ならエレレまでいっしょに行くか? 俺達も目的地は王都だがそこは通り道だし、馬車もなけりゃ病人を連れてだと色々不都合が多いだろ?」
「それはありがたい申し出なんだが……そちら様は貴族様なんだよな?」
「ああ。ここら一帯を治めてるマリュー侯爵だ」
一瞬。正体を明かしてもいいのかなぁと考えはしたが、まぁ考えただけで特に止める事もなくさらっと正体を明かした瞬間。アニーからの強烈な一発が叩きつけられたから、やっぱ駄目だったんだと理解できた。
「アホかお前は! なにサラッと暴露してくれてんねん!!」
「別にいいじゃねぇか。ここでこいつ等が侯爵を殺そうとしたところで、手も足も出ないって」
ここで万が一にもどこかから放たれた刺客だとしたとしても、ユニは馬具を外してるし、俺もすぐそばに居るんだ。この連中がアレクセイと同じくらい強い魔族でもない限りはどうとでもなる。まぁ、すでにそこまで強くねぇって知ってるんだけどね。
「うええっ!? こ、ここ侯爵様とご一緒するなんて畏れ多いですよぉ!」
「確かにのぉ。大きな馬車ではあるが、ワシ等みたいなもんが席を同じくする訳にいかんじゃろうて。と言うか、普通そう言う身分はキッチリ隠蔽しとくもんじゃぞ」
「それについて反省はするが、一緒が嫌なら外歩ってりゃいいだろ。侯爵としてはどうなんだ?」
現状、俺は依頼を受けた側と言う立場になるんで決定権はない。俺みたいに、国を相手にしても構わないしぶっ潰せる絶対の自信がなければ、侯爵とアクセルさんが首を横に振ればこの話はなかった事になるし、縦に振ればどれだけ嫌だろうとついて来るしかなくなる。それがこの国のルールだ。
「護衛をする者としては反対ですな。アスカ殿が居れば欠片も問題がないとはいえ、極力不安材料を排除したいので」
「私は別に構いませんよ。怪我人を放ってまで行くほど予定に遅れはでていませんので」
「って訳だ。こっちは大丈夫だぞ」
「こちらとしてはありがたい話だけど……」
侯爵からまさかのOK。あちらの反応を見る限りどうにかして断りたいんだろうけど、ロクな言い訳が思いつかないって感じの顔をしている。こっちとしても特に手助けをするつもりはないんで、昼休憩も終わりとしてササッと片づけを始める。
ちなみに怪我人の保護に関しては両者共にOKが出てる。
「そ、そうです! 侯爵様からの申し出は大変にありがちのですけれど、冒険者としてわたくし達の受けた依頼がまだ終わっていませんの。ですので、エディーさんだけを連れて行っていただけませんかしら」
「う、うむ! ワシ等も冒険者の端くれじゃからな。依頼放棄の罰金はきついんじゃよ」
「と言う事なので、申し出は大変にありがたいのですが我々はあの森へと戻ります」
ちょーっと無理があるようにも感じられたが、俺と侯爵以外はよく言った! と言わんばかりにサムズアップ。それに気づいていないのは侯爵だけで、残念そうに「それなら仕方ありませんね」といって一足先に引っ込んでくれた。
「仕事熱心だねぇ。それなら選別としてイイモノを差し上げよう」
大量の野郎が余計だけど、せっかく新しく可愛い女の子と一緒に旅ができると思って提案したのに断られるとはな。
少しツンツンした雰囲気があるけど、エルフと比べると可愛いモンだ。アニーほどじゃないが胸が少し残念だけど、十分に可愛い。是非とも猫耳をつけさせたい。
まぁそんな訳なんで、前衛の1人が倒れたとあっては殲滅力は確実に低下する。そうなれば必要になるのは当然回復だろうという事で、ポーションの詰め合わせとちょっとした救済措置を忍ばせた鞄を、気弱そうな少年に投げ渡す。顔が似てても野郎には触れたくねぇし、か弱い少女にそこそこ重い鞄を渡すのもどうかと思った故の選択である。
「ポーションがこんなに……い、いいんですか?」
「ああ。どれも大したもんじゃないから気にせず使ってくれ。というか必ず使うんだぞ?」
「随分と念を押すんだな。そんなに信用ならないかい?」
「こっちとしちゃあどうでもいいんだが、万が一お前等に死なれて、この男に人殺しなんて喚かれて手配犯とかにされたくねぇんだよ」
軽い冗談のつもりでおちゃらけての一言に、ミュレス達もそんな簡単に死にませんよなんて返してくれたんでとりあえずよかった。
言ってから気づいたけど、俺ってジョークのセンスがないな。
ついでにハムチーズサンドと冷たい水の入った水筒なんかを渡してから、俺達はミュレス達と別れてエレレの街へと向かう事にした。




