#62 信用は取り戻すのが大変
とりあえず状況を整理しよう。
俺は昨日。シリアを誘拐したと勘違いしたエルフの集団から侯爵の安全を守る為に、野郎は厳しく女性は手厚くある程度無力化させた。
しかしそのうちの1人であるリックとやらが、どーにかこーにかして半魔族になり、姫らしいシリアを殺そうと〈魂狩〉なる魔法で呼び出した死神を、今までで一番苦労させられながらも最後は俺のおかげで消し去る事が出来た。大事だからもう一度。俺のおかげで、シリアは救われた。
どう考えたって俺は連中にとって救世主だ。それを相手に犯罪者と決めつけ、あまつさえ捕縛するなんて態度に出るとは大した度胸だ。
よーく分かった。これは、ちょっと懲らしめる必要があるな。さすがに絶壁だろうと見目麗しいエルフとは言え、おじちゃんはぷんぷんだぞぉ~?
「よし分かった。それじゃあ今からエルフの森を滅ぼすから精一杯抵抗してみせろ」
「なっ!? 貴様は自分が何を言っているのか理解しているの? 偉大で他種族とは比べ物にならないほど神の寵愛を受けるのが当然のエルフを相手にそんな事をして、ただで済むと本気で思っているのかしら?」
うーん。どうやらそんな脅し文句が通じる相手じゃないとまだ分かってないらしいな。
確かにエルフの潤沢な魔力と知識に長い寿命はかなりのアドバンテージではある。そこは俺も認めるところではあるものの、だからと言って俺が媚び諂うかと言えばそうじゃない。
俺はあくまで綺麗で可愛い女性との関係を持ちたいだけであって、そいつが何者かで優劣を決めるつもりは微塵もない。我らブサメンの敵であれば、王族だろうとオカルト面にするなり殺すなりに抵抗はないが、綺麗で可愛ければ奴隷だろうと愛を語る。
つまり――単純に気に食わねぇ奴が居れば物理的に排除するってこった。
「思っているから告げてんだけど? 言っておくけど、他の集落に連絡しようなんて無駄な事は考えない方がいい。対魔王の戦力を減らすだけだからな。タイムリミットは1時間。それを過ぎたら命乞いの類は一切受け付けずに老若男女すべての例外なく殺すから、シリアを守りたければそれまでに全面降伏した方がいいぞ」
半魔族化したリックを一撃で殺した俺が言うんだ。本気で実行に移せば間違いなくそうなる。何せあの死神に全力の唐竹割りを叩きつけた結果。地面に底が見えないほど大きな大きな斬撃跡が残ってしまい、随分と迷惑をかけてしまった。まぁ、金で解決したんですでに終わった事だけどな。
「ば、馬鹿じゃないの……そんな事できる訳が」
「昨日の一戦を見て、お前等如きを相手に俺が全滅させられないと本気で思ってるのか?」
あれがエルフの全戦力じゃないのは明らかだけど、それでも手も足も出なかった半魔族となったリックを相手に、たった一太刀で勝負を決めた俺を相手に何が出来るのか。
簡単に答えるならある訳がない。だろう。
だって俺の戦闘力の圧倒的な差は目の当たりにしてるんだから。あれだけ村の被害を考えずに魔法をぶっ放して雨霰の如く矢を射ってなお、俺はかすり傷一つ負ってない。それが何を意味しているのか分からないほど馬鹿じゃないと思ってたのに……残念だ。
「主。その際にはぜひワタシにも参加させてください。昔からエルフ共はワタシを差し置いて森の覇者であると思い上がっていたのが気に入らなかったので」
「おぉそうなのか。だったら許可してやるから思う存分に食い散らかしていいぞ」
「という訳だ。我が主に逆らった罪……あの世で後悔するといい」
「じゃ。せいぜい賢い選択をするんだな」
後は本当に1時間後にエルフの集落を襲撃して、少しばかり痛い目を見てもらうとしよう。もちろん平身低頭で謝罪をするっていうなら、まぁ許してやらんでもない。
どうやら用事はそれだけみたいだし、後は相手方に全部任せる事にしよう。こっちも王都に向けての色々な準備をしなきゃなんないからな。1時間くらいならそれをやってるだけで経つだろ。
「ババ様助ける」
いつの間にかシリアが俺の前に立ちふさがってそんな事をつぶやいた。相変わらず言葉少なだからな。どう助けるのかよく分かんないんだよなぁ。
そんなシリアを相手に、ユニが一歩進み出て、押し潰すような殺気を叩きつけた。
「邪魔だ小娘。食い殺されたいのか?」
「っ!? ば、ババ様助けるっ!」
膝がガクガクと震え、目にはいっぱいの涙が浮かんでいるが、勇敢にもユニを睨み返している。大した度胸だなぁ……。
「ほぉ……我が威圧に耐えるか。いかがなさいますか主」
「……そのババ様とやらを助けるってどうするつもりなんだ?」
「骨倒したの。欲しい。あれ、凄い薬」
あぁ……どうやらあれがエリクサーなんだってのを知ったのか。それで、何かしらの病にかかっているババ様とやらを助ける為に、こうしてここまでやって来たという訳か。それよりも野菜サンドを優先させたのはどうかと思うけど、まぁそう急ぐものでもないんだろう。
こっちとしては、シリアに乞われたならエリクサーを差し出す事に対して抵抗はないけれど、絶壁さんの態度を見る限りだと2つ返事でOKは出せない。ハッキリ言って、今のエルフへの好感度なんて底値を割っても気にならないレベルで嫌いだから。
「悪いけど、そのババ様を助ける事に対して俺は何のメリット――利益もないし、そうさせるにしてもそっちの態度は散々俺の神経を逆なでした。だからその提案を『現状』受けるつもりはない」
「貴様……っ!?」
「なんだ? そもそもエルフってのは優秀な種族なんだろ? だったらその優秀な頭を使って何とか治療すればいいだろうが。そんな努力もせずに今までお前等は一体何をやって来たんだ? 罰が当たったんだよ罰が。せいぜいそのババ様とやらの犠牲をもって、他種族との関係を深めようとしなかった自分達の愚かさを反省するんだな」
「まったくです。常に他種族を下に見ているのだから最後まで誇り高く死ねばいのです。わざわざ主の手を煩わせるなんて度し難い愚行でしょう。噛み殺していいですか?」
「別れの言葉くらい言わせてやれ。どうせあと1時間の命なんだからな」
「どうすればいい?」
フム。どうやらシリアは俺の言葉をきちんと理解していたみたいだ。普段は子供っぽいのに、こういう所だけは随分と察しが良いな。どこかの絶壁さんに爪の垢を煎じて飲ませてやりたいな全く。
「さすがシリアだ。どこかの誰かと違って最低限の礼儀って奴を理解している。きっとババ様とやらがちゃんと育てたんだろうな。どっかの誰かと違って」
「……」
はぁ……これだけ言っても絶壁さんは理解しないか。まぁ言葉で理解出来るくらいならとうの昔に頭を下げるくらいの事はやってるか。
「まぁそんなシリアたっての願いだから特別に教えてやろう。それは礼を尽くす事だ。俺はシリアの命を救い、ババ様の命を救えるかもしれない可能性を秘めてるんだ。それを拘束? 犯罪者? それが助けてほしい人間の態度だと思うか?」
「んーん」
「じゃあどうするべきか分かるな?」
「ん。お願いする。ババ様助けて」
「いい子だ。でもシリアが頭を下げる必要はないぞ。誰がやんのか……分かってるよなぁ?」
俺が頭を下げろと言わずも、シリアはためらいなく頭を下げた。子供だと言っても100年も生きてればその位の知恵はついてるらしい。
でも、それじゃあ駄目だ。面白くない。それをするなら絶対に絶壁さんじゃないと俺は納得しない。と言うか姫であるらしいシリアに、猿と見下す人種相手に頭を下げさせるのは臣下として失格なので、その際には首を跳ねてやろうと思う。シリアにとって将来害となりえるだろうから。
そんな心情は一切悟らせないように、自分でも分かるくらいに温度を下げた冷たい目で絶壁さんを見つめる。さすがに俺の言っている意味が理解できないようならマジでクズ認定だな。
「……頼むわ。長老様を救うために、エリクサーを分けてもらえないかしら」
幸いにもその認定をされる事は無かったようで一安心だけど、ここまでしないと頭一つ下げられないなんて、エルフってのはやっぱり傲慢な連中が多いみたいだ。さすがラノベ・漫画のテンプレ通りだって言ってもその被害を実際に被るとこうも面倒なのかとウンザリする。
「まぁいいか。とりあえず要求は受け入れるけど、それをしてそちらは何をしてくれるんだ?」
「エルフ金貨を――」
「ああ金はいらない。全く困ってないんで別の何かで支払ってくれ」
「別の何かと突然言われても……では魔導書なんてどうかしら? さ――人族であれば上級に位置するLv3の魔法を覚えられる物を各属性分。恩賞として釣り合ってないのは重々承知だけど、それが精一杯なの」
「魔法かぁ……」
別にレベルが上がればある程度の魔法は使えるようになるし、何がどうなっているのか分かんないけど、俺の魔法は何故か初級の威力を優に超えるんで大して魅力を感じない。
とはいえ、アニーやリリィさん。はてはユニなんかに読ませたら十分な戦力アップにつながるか。ついでに好感度も稼げるし、落としどころとしてはこんなところでいいか。
「よし分かった。それで交渉成立って事にする。ありがたく思えよ」
「分かったわ。それじゃあエリクサーを頂戴」
「何言ってんだ。エルフの里まで案内しろよ」
「はぁ!? さすがにそんな事できる訳ないじゃないの! きさ――貴女みたいなバケモノじみた人間に、里の場所を知られたらどうなるか分かったものじゃないわ」
そう言われるのも無理ねぇか。ちょーっと本気を出しただけで底が見えないほど地面が抉れちまうほどの実力の持ち主だ。アレがエルフの里で炸裂すれば間違いなく里どころか森まで無くなっちまうだろうからな。
「じゃあどうする。悪いけどそっちの信頼度はゼロに等しいから、魔導書を持ってくるなんて言葉を鵜呑みに出来ないし、そもそもこっちは急いでんだよ。かと言って病人のババ様とやらをここに連れて来るのは無理だろうから、俺の背に乗ってサクッと案内するのが最善だと思うが?」
実を言えば〈万能感知〉でエルフの里の位置は大まかにではあるけど把握しているし、その周囲に何やら魔法の反応があるのも分かっている。まぁ〈万能耐性〉ゴリ押しで行こうと思えばいつでも行けるからそれらには何の意味もないんだけどね。
「それは……そうかもしれないけれど」
「別に強制するつもりはないぞ? 待つに見合う代わりを俺に預ければ、それで事足りるから」
「じゃあ待つ?」
まぁそれしかないよな。
ババ様――きっとエルフの森の長老レベルであろう重要人物の病を治そうというんだ。最初からそれを用意していれば話は別だけども、相手方は実力行使でエリクサーを奪おうとしていたんだからあるはずがない。加えて絶壁さん程度では対価として全く釣り合わない。酷い言い方かもしれないけど、十分に代えが利く存在だからと言うのが理由だ。
となると、人質となるのはやっぱりシリアって事になる。まぁ……こいつの場合は7割以上が野菜サンドを食えるから残りたいって気持ちだろうけどな。
という訳で、しばらくの間シリアを預かる事となった。




