#60 アンデットにはやっぱこれだね
という訳で、まずは魔法を撃ってみる事にする。
「えーっと。そこの絶壁さん。〈魔法消失〉のタイミングに合わせて〈聖砲〉を撃ち込んで。こっちも撃てる限りの魔法を撃つんで」
「数ばかり増える無能の猿如きがいちいち命令しないでくれないかしら? それと、どこを見て絶壁と言っているのか分からないけど、私にはちゃんと名前があるの。殺されたくなかったら、今度からは偉大なるエルフのリディネア様と呼びなさい。それであれば大陸に戦火を広げるしか能のない廃棄物種であるお前にも、私の名を呼ぶ事を許可してあげるわ」
「長いんで却下。じゃあ頼んだぞシリア」
「分かった。〈魔法消失〉」
「ちょ!?」
長ったらしい文句を一刀両断。それに続くであろう文句を、行動を開始する事で強引に断ち切る。
絶壁さんは何か言いたそうだったけど、さっさとシリアが魔法を撃ってしまったために、それも出来ずに叩き込めるだけの魔法を撃ち込んだ。
「……」
「駄目ね。まるで通じてないわ」
「だが完璧って訳じゃなかった。よく見てみろ」
消滅させるには至らなかったけど、頭蓋の一部にヒビが入っている。
つまり、多少なりともダメージを負ってる確固たる証拠って訳だ。取りあえず確認できたのは、〈魔法消失〉を喰らうと何がどう作用してんのか知らんが動かなくなり、その間は多少なりとも魔法に対する耐性は無くなる。
それでもあんだけの魔法を撃ち込んであの程度の傷って事は、奴は俺並の高い耐性を持っているっぽいな。〈万能耐性〉があんなえげつない物なのかと思うと、俺ってやっぱチートなんだなぁと実感する。
「また撃つ?」
「ああ。今度は物理的な攻撃を加えてみる」
という訳で、今度は魔法のタイミングに合わせて加減ナシの全力の一撃を振り抜く。
「……マジかよ」
〈身体強化〉全開の一撃だぞ? それが直撃してまさかの両断できないって信じられん。それでも一応、頭蓋の半分くらいまで刃がめり込んだ訳だがおかげで肩まで痺れてるし、たった一発でアダマンタイト製のバスタードソードが欠けちまった。しかもそんだけやって止まりもしねぇしこっちを向きもしねぇ。
とりあえず分かった事は、〈魔法消失〉が当たると約2秒間ほど動きが止まって、全体的な耐性が少し下がるというものだ。この2秒の間に何かしらの有効打を与えない限り、この死神は未来永劫シリアの命を狙い続けるだろうね。
「なんて耐性の高さなのよ……」
「嘆いてもしゃーないぞ。とりあえず次はこれを試してみるか」
「それなに?」
「アンデットに対する秘密兵器って奴だ」
ぱぱぱぱっぱぱ~エリクサー(古い方のネコ型風言い方)。
ゲームなんかではこういった相手には聖水なり回復魔法なりがダメージとなるのは常識だからな。さすがに回復魔法をかけてみろなんて言えないし、それに対する説明を絶壁美人が素直に聞き入れるとは到底思えないから、勝手に使わせてもらおう。
相手は魔法の一種だとしても、別に未来永劫手に入らない訳じゃないし。何よりゲームと同じなのかどうかを知りたいって気持ちの方が強い。
「そんなものがあるならなぜ最初から使わなかったのかしら。これだから猿種族は」
「これは滅茶苦茶貴重なモンだからあくまで最終手段なんだよ。そもそもこれを使わないと勝てないから仕方なく使うんだ。その辺を勘違いしてもらっては困るね。それでも本当に知を司るエルフなのか疑いたくなるねぇ」
やれやれと肩をすくめながらそう告げてみると、絶壁さんは苦々しそうに眉間にしわを寄せながら睨み付けて来る。
「ふ、フン! 本当に聖属性以外にアンデットに効く物があるというのなら見せてもらおうじゃないの」
そう言えば。これはあくまでゲームでの常識だし、会社によってはこの常識は通用しない。こいつはうっかりしていたな。いまさら嘘でしたなんて事になればこの絶壁さんになんて言われるか……非常にマズイけどそれを表に出すと突っ込まれる。平静を装わないと。
「ま。とりあえずやるだけやってみるとしようじゃないか。シリア」
「ん。〈魔法消失〉」
魔法がヒット。そこからおおよそで2秒ほど動かないのでその隙にエリクサーを――念のために2瓶使用。その頭蓋に向けて投げつけてやると、村全体に響き渡るんじゃないかってくらいにとんでもない大音量の断末魔が吐き出される。しかし……声帯もないのにどっから声出てるんだろうな。
まるで溶けるようにその姿を消し去った死神の後には何も残らなかった。てっきりレアドロップか何かをくれんのかなって期待したけど、まぁ魔法だから無理か。
「どうやら成功したみたいだぞ――って、何してんだお前等」
振り返ってみると、絶壁美人とシリアは耳を押さえながらその場にへたり込んでいるし、よーくと確認すると周りにいて無事そうな連中のほとんどが同じ体勢を取っている。別のポーズをしているのは俺と――半魔族の奴だけか。
「「オレサマノ〈魂狩〉ヲケストハタイシタヤツダ。シカシ、コノマホウハケシタトシテモ、コウリョクヲハッキスル」」
「それがこれって訳か」
となると、ここに居る全員が死に絶えるって事になるのか? だとするとマズイな。一番近い距離で魔法の効力を叩きつけられた2人がまだ生きてるって事は、効力自体は随分と弱体化してるっぽいけど楽観は良くないな。
「「クハハハハ! 〈魂狩〉ハカクジツナシヲトドケルキンキノマホウ。ニンゲンダロウガエルフダロウガデキヨウハズガ――」」
「ちょおおっとそこの子猿ぅ!! 今ので姫様の大切な耳が聞こえなくなったらどうするつもりだったのよ! カスが! クズが! 死んで償いなさいこの汚物が!!」
「酷い言われようだな。ってか大丈夫なのか?」
「え! 何言ってんのか全然聞こえないんだけど!」
おっかしいな。確かあの半魔族が言うにゃ、さっきの断末魔には死の効果があるって言ってたんだが、他の連中も次々に起き上がり始めたし……どうなってんだ?
相手はどう思ってんのかねと目を向けてみると、あっちもあっちでどうやら想定外だったようで、目を見開き、口をぽっかりと開いてかなり驚いている様子がありありと伝わってくる。
「「バ、バカナ。ダレヒトリシンデイナイダト!? イッタイナニガオキタトイウノダ!」」
「さてな。撃った本人が分からんなら誰にも分からんだろ」
とりあえず全員が無事だと言うのであれば、こいつにはもう用はない。さくっと殺してさっさと侯爵の無事の確認をせんといかん。この距離で無事なんだ。あっちも十中八九無事なんだろうがコテージに入っていない限りは届いてるだろうからな。一応確認はしておこう。
「「キサマガヤッタノカ!」」
「人のせいにすんな。詠唱でも間違ってたんだろ」
いきなり人を疑うとは何て奴だ。まぁ、もしかしたらエリクサー? と思わなくもないが、確証もないし黙ってればバレないだろ。どうせすぐに殺すし。
「「キサマサエ……キサマサエイナケレバ!」」
「しつけぇっての」
軽く地を蹴って間合いを詰め、大上段からの一撃を叩きつける。
「「グ……ガアアアアアアアアア!!」」
避ける素振りすらする事無くあっさりと一刀両断。血の代わりに大量の紫色の液体が切断面から噴き出したので慌てて飛び退く。だって汚ったないから。
そのまま二つに分かれた肉体は、特に復活する気配はない。どうやら半分魔族だから本物みたいに不死に近い存在って訳じゃないみたいだ。〈万能感知〉でも反応が完全に消えてるみたいなんで、その辺は間違いないだろう。やれやれ……後は侯爵に事のあらましをざっと話せばようやく寝る事が出来そうだ。
「はいおしまい。という訳で俺はこれで帰らせてもらうから後始末よろしく~」
やる事はやった。後は侯爵に話を通して、俺と言う存在を冒険者ギルドに行かないように情報操作をしてもらうように頼んでおくためにさっさと立ち去るに限る。騒ぎが大きくなって俺って存在が表立ってくるのはこっちとしては望んでないんでね。
「野菜サンド」
「うおわっ!?」
立ち去ろうとする俺の背に、絶壁さんの手から逃れたシリアが覆いかぶさって髪の毛をぐいぐいと引っ張って来る。
JKくらいの少女が幼女にのしかかってそんな事をする姿は、一種異様な光景に見えなくもないけど、中身が100歳のお子様だって思うと納得の行動だ。
「姫様っ!? 何をなさっているのですか!」
「そやつは低能な猿ですぞ。あまり触れあうのは感心いたしません。即時離れて下され!」
「やっ! 野菜サンド!」
「いだだだだ! 分かった。分かったから離れろ! マジで抜けるから! お前等も引っ張るな!」
身体がJKくらいになっているとはいえ中身は子供。加減とかが分からないからか俺の髪が電柱とかにしがみつく勢いくらいでしっかりしがみついてるので本気で痛い上に、絶壁さんとダンディが引きはがそうとするからさらに痛い。
なので、ハゲるくらいなら満足するまで野菜サンドを食わせた方がいくらかマシだ。って訳でさっさと離れてもらいたいんだけど、当のシリアは頬を膨らませたまま首を横に振る。メッチャ可愛いなぁ。
「今すぐ」
「それは駄目だ。作る為には秘密の作業があるから見せられんからな。明日まで我慢しろ。そうすれば多少は満腹になれるだけの量を作っておいてやるぞ?」
「前に見た」
「あれは緊急時だからだ。じゃなければ使ったりしねぇよ」
〈万物創造〉はチートだ。そんな力をおいそれと大勢の前で披露するのは得策じゃない。ってか、そもそもこんな場所でシリアと再会するなんて思いもしなかったから、さほど野菜サンドの材料を創造していなかった。ウチのパーティーは全員が肉好きだからな。野菜なんて付け合わせで盛ったのくらいしか食べないんだよな。まぁ……野菜ジュースとして栄養はきちんと摂取させているけどな。
「や。いま食べたい」
「わがまま言うと2度と作らないぞ」
「なら我慢する。でもたくさん食べたい」
「へいへい。とにかく30分待て。そうすればいくらか満足のいく量を食わせてやるから」
「なら待ってる。逃げたら承知しない」
「しねぇよ。お前等もそいつが暴れ出さないようにしっかり見張っとけよ」
とりあえず納得はしてくれたみたいだ。さて。これで逃げましたなんて事になればどんな事になるのか……考えるだけで面倒臭そうだ。
そんな訳で、色々と準備をする必要があるんで一度別れて俺は侯爵の元に戻る事にした。さすがに時間がかかりすぎたからな。
――――――――――
報告のためにと宿を訪れてみると、侯爵もアクセルさんもコテージの前にイスとテーブルを広げ、普通に漫画を読んでいた。一応警戒するように言ってあったんだが……なんだこのリラックスムードは。ってかあの断末魔について何か聞いて来たりしねぇのかよ。
「おーい。護衛が仕事放棄してどうするよ」
「ひゃわっ!? あ、アスカ殿……随分と遅かったのですね」
「色々あってな。それよりも馬鹿デカい断末魔が聞こえたと思ったんだが、身体に異常はないか?」
「確かに何か聞こえてきて驚いたのですが、アニーさんやリリィさんがあれはアスカさんが敵を倒しただけだろうと言っていたので、こうして待っておりました。それにしてもこの漫画という書物を読ませてもらっていましたが、とても面白い物ですね。可能であれば何冊か購入させてもらいたいのですが……」
「今忙しいからその辺の相談が後日にな」
すぐにでも野菜サンドを作らんと、遅かれ早かれ野菜ジャンキーのシリアが突撃して来そう。というか、既に数人のエルフを引き連れながらゆっくりと近づいて来てる。これは……何となくだが引きずってんだろうなと判断できる。〈魔法消去〉が使える時点で何となくそうなんじゃないかと思っていたが、シリアの実力は随分と高いらしいが、何故奴隷になったのか疑問が尽きない。
なのですぐさまキッチンを取り出して準備を始めると、いち早く反応を示したアンリエットが飛びついて来た。
「ごしゅじんさまごはんつくるのなの? あちしもたべたいのなの」
「今作ってるのは野菜しか使わん料理だぞ?」
「うにゅ……おにくたべたいのなの」
「肉かぁ……だったらから揚げなら簡単に作れるから作ってやるよ」
「ほんとうなの!? わーいなの」
ぴょんぴょん飛びながらキッチンの周りを跳ねているアンリエットを無視して下ごしらえをしてると、今度はアクセルさんが迫って来た。
「失礼。料理を始めたという事は、先程の騒ぎは解決したとみてよいのだろうか」
「ああ。そう言えば報告してなかった。何となく察してると思うけど、さっきの騒ぎは無事に解決したし、その正体はエルフ連中だったよ。本当に迷惑な連中だったぜ」
料理をしながら、騒動のいきさつや一部始終をそ1人が突然に半魔族になったせいで色々と大変だった事ら辺のみを伝えると、俺の実力を知っているからか2人にさほど驚いた様子はなかったし、ユニからは当然だろうっていうドヤ顔が見られた。
「半魔族とは何とも面妖な。聞く限りでは随分と危険な存在ですな」
「ちぃと面倒な魔法を使われたが、結果としては大した問題とはならなかったかな」
「アスカ殿が面倒と評するほどの魔法とは……もし居なかったらと思うとやはりエルフの魔法は恐ろしいものです」
「そうか? 多少虚仮にするだけですぐ挑発に乗る単細胞ばっかだったぞ?」
小馬鹿にした物言いをしてやるだけで、大抵のエルフ共の腸は煮えくり返って魔法をぶっ放してくる。
そうなってしまえば、後はそれを避けて反撃するだけの簡単なお仕事なので、エルフとは実に単純な相手。そう言う認識しか今のところないし、ああも高飛車で他種族を下に見るような態度は、女好き3段程度しかない俺の実力では許容範囲を超えている。つまり――ワンナイトラヴに持って行くのにお手上げって訳だ。
「それはアスカ殿だから言える言葉です。彼等は魔法とのその知識が豊富な上に寿命が長いおかげで一兵卒に至るまでもが達人級の腕前なのです。我々では到底敵いもしません」
「なーに。魔法さえ封じればただの動く的だ」
「平然とそう言い切れるのは、人間ではアスカさんかSランク冒険者くらいですよ。エルフ族の魔法を封じるなんて離れ業が出来るのは龍族と魔族位でしょう」
「ふーん。取りあえず危機は去ったんで、もうぐっすり寝ても大丈夫だぞ」
「わざわざありがとうございます。それでは明日の早いので先に休ませてもらいます。漫画の話はまた後日改めて」
これで仕事をしたって大義名分は得た。後はシリアに野菜サンドを作るだけか。こうなれば大奮発して豪華絢爛な野菜サンドを。食わせてやろうじゃないか。