#59 試して倒そうレッツ死神
「「クアハハハハハ! ムダヨムダヨ。オレサマノ〈魂狩〉ハソノテイドデウチヤブレハシナイ。エルフゴトキガズニノルナ」」
ここで。お前も元エルフだろうがなんてツッコミをしたらどうなるんだろうな。まぁ大抵は相手の不興を買ってヘイトがぐっと高まるんだろうな。
別にそれでも俺としては問題ないんだろうけど、問題なのは2人が俺の助けを受け入れるかどうかだろう。
こっちとしては、今すぐにでも剣でもって一刀両断する事は全く持って難しい仕事じゃない。完全に空気となっているから、今ならば不意打ちが高い確率での成功が約束されている。まぁ、そうしなくたって勝利が約束されているんだから、堂々とナイスミドルエルフのすぐそばに降り立った。
「大変そうだな。額を地面にこすりつけながら助けて下さいお願いしますって懇願するなら、特別にこの俺が手伝ってやってもいいぞ?」
あの程度の相手なら、俺1人でも十分に対処出来る。何せ従順な下僕を一方的にボコってる前例がある。それに比べれば、目の前の半魔族化したエルフなんて半と付いてるだけあって格下確実だろ。そんな相手に苦戦なんてしねぇっての。むしろあくびが出るくらいだな。
「貴様のような猿になど――」
「事態は一刻を争うんじゃないか?」
ナイスミドルエルフの攻撃は、進化? したリックに多少なりともダメージを与えているんだろうけど、魔族と比べてかなり劣るが自動回復機能が働いているためにまるで意味がない。
魔導弓はいちいちMPを込める作業が必要になるせいであまり連射が利かないものの、物理が通じにくい相手にも十分な威力が期待できる武器みたいだが、込める量がショボすぎんだよなぁ。これなら普通の矢を使った方がまだ通じる可能性があるだろ。
ちなみに。俺が撃った時はそこそこの品質で創造したのに一発で駄目になった。どうもMPを込めるって感覚がよく分かんねぇんだよな。おかげで山1つ吹き飛ばしちまったし、アニーにゲボ吐くほど怒られた。
そんな魔導弓をガトリングレベルで射る事が出来れば、さすがのリックもこっちに集中せざるを得ないだろうけど、ちょっと鬱陶しいくらいでしかないのであれば、負けるなど微塵も意識しない今なら目的を達成してからでも十分に殺す事が出来るとでも考えているかもしれない。一撃で退場させた俺がこれだけ至近距離に居ても見向きもしないのがいい証拠かもしれん。
そして、リックの魔法は確実にリディ達との距離を縮めている。〈魂狩〉の能力がはっきりしていないけど、名前とその姿を見るにダメージなんて言う生易しい方法での死を与えるような物じゃないと思うし、あれを何とかする方法はあの馬鹿勇者が使った〈魔法消失〉が確実だろうけど、この場に居る誰も使えないのか、錯乱してその答えに行き着かないのかは知らない。まぁ……期待するだけ無駄だろう。
今は俺と手を組んでリックをぶっ倒すか、敗色濃厚のエルフ戦力だけで対処するか。その回答を求めているんだ。
俺としてはこの場に居るエルフが全滅したところで、特に感情は動かない。そう言う選択をしたのはエルフ族自身であって、俺が強制した訳じゃないから。勿体ないとは思うが、エルフがこれで絶滅する訳じゃないしな。
そもそも俺は侯爵の護衛の真っ最中。その時間と危険を割いてここにやって来ているんだから、別動隊的な魔物が来たらって考えるとあんまここに留まってらんない。まぁ……多少見知った仲のシリアくらいは助けてもいいけどね。将来有望だから。
「……姫を頼む」
「りょーかい」
下等と見下す相手に頼みごとをするというのは相当に我慢ならないんだろう。噛み締めすぎて歯茎から血を流してる。地面に額をこすりつけ、文字通り血を吐くように絞り出したそんな声に、俺はため息をつきながらもリックに背を向けて飛び出し、死神の背に向かって全力の一太刀を叩きつける。そう。叩きつけたんだ。
「貴様はっ!?」
「か……った!」
ダマスカス製のバスタードソードに〈剣技〉を乗せた俺の一撃は、死神を両断する事無く1ミリも刃が通っていない。おかげで両腕が滅茶苦茶痺れた。
「……」
「チッ! やっぱ駄目か」
てっきり今のでこっちにヘイトが向くかと思ったけど、一瞥すらせずシリアを背負ったリディを追いかけてるので、試しに前面に飛び出して反撃されるのを覚悟で全力で踏み込み、屋根が崩れない最大限の力に腰の回転を加えたフルスイングをその顔面に叩き込んでみたけど、今度は手の皮がズル剥けになって血が噴き出した。めっちゃ痛かった。相手はノーダメですけど何か?
「〈火矢〉〈水刃〉〈微風〉〈石礫〉」
魔法もいくつか叩きつけてみたけど、結果はリディと同じように死神に触れる前に霧散してしまって、傷らしい傷が与えられない。こりゃ普通の方法じゃ何ともならんな。
「なぁリディ。〈魔法消失〉を使えたりしないか?」
「猿如きに名を呼ばせる許可を与えたつもりはないけど答えてあげる。その魔法は長い歴史の中でも勇者とそれに匹敵するレベルの使い手でなければ取得する事すら難しいのよ。我等がエルフ族でも1000もいるかどうか……」
「つまりは使えないんだろ? こんな状況なんだからもっとパッと説明できないのかよ」
「別に使えないと言ってないわ。ただし、使えるのは私ではなく姫なのだけれどね」
「嘘くさ――どわっと!?」
いきなり至近距離で〈聖砲〉をぶっぱなしやがった。俺だったから避けられたけど、他の奴等だったら今頃は……どうなってたんだろう。きっとコントみたいにアフロになる程度じゃ済まないんだよなぁ。
「私の前で姫への侮辱は許しません。その物には死と言う褒美を与えます」
「今『物』って言わなかったか? 俺人間なんだけど」
「姫に対する敬意の見られない生物は全て命無き物質。それはいくら排除しても罪にならないわ。だって生きている訳じゃないんだもの。いくら知能の進化が遅い猿でも、壊れた武器やポーションの空瓶は捨てるでしょ? それと同じ事よ」
おおぅ。さらっと怖い発言がつらつらと出て来る。なんて女だ。
「まぁいいや。じゃあさっさとシリアを起こして何とかしてもら――危なっ!?」
「チッ! たまたま知恵を手に入れた猿如きが我等が姫の御名を口にするなど無礼千万! そんな魔物の糞以下の存在である貴様は断罪されなければいけないのよ!」
「今はそんな事言ってる場合じゃないだろうが!」
「私にとっては姫が何よりも優先されるのよ!」
「その姫が殺されようとしてんじゃねぇの? よくそんな単純な思考回路で知恵者とか名乗ってられんな。俺だったら恥ずかしすぎて出来ねぇな。だってアホすぎるんだからぁ!!」
危機的状況にある中にあってこんな冗談をする余裕があるのはまだ冷静な部分が残っているからだと思っていたけど全然違った。この絶壁美人は、シリアを中心に物事を考えていて、その意にそぐわない存在をためらいなく斬り捨てる狂気じみた信仰心を持っている。これはかなり厄介だ。真面目になるというちょい苦手な事をしなきゃなんない。
「とにかく。殺されたくなかったらさっさと起こして〈魔法消失〉を使わせろよ」
「姫に命令するなんて……猿がこれ以上図に乗るのであればあっちの骨より先に貴様をこの世から消し去ってあげるとしましょうか」
「そりゃ怖いなぁ。そんな事されたら2度と『野菜サンド』を食べさせられなくなっちゃうかもー」
「? いったい何を訳の分からない事を――」
「困る」
「ひ、姫様!? あ、暴れないでください!」
「野菜サンド殺す。困る」
うむ。思った通りの反応をしてくれて助かった。というかこれだけの状況で頑なに起きなかったくせに、野菜サンドの一言だけでこんなに簡単に起きるなんて……普段どんな食生活を送ってるんだろうな。それを考えるとちょっとだけ不憫だ。
「さてシリア。いま困った事に俺達は殺されそうになっている。理解できるか?」
「ん。野菜サンド。食べられなくなる」
「まぁ……大まかにはあってる。それでなんだが、あいつに〈魔法消失〉を叩きつけてみてくれ」
「ん」
「貴様……」
「リディうるさい」
「……はい」
さっすが姫。たった一言でドス黒絶壁美人が苦々しい顔をしながらも口をつぐむしかない。いくら睨まれようが俺には何の意味もなーい。はっはっは。ともすれば呪い殺せるような眼光で睨まれようと〈万能耐性〉の前にはそんなものはどこ吹く風だ。
「さて。それじゃあ頑張れ」
「ん。〈魔法消失〉」
俺の言葉を聞けば野菜サンドが食べられる。そんなパブロフの犬みたいな状態になっているシリアは、すぐさま死神に向かって魔法を放った。
「お?」
「そんな馬鹿な……っ」
それが直撃した瞬間。その動きは確かに止まりはしたけど、消滅させるには至らなかった。
「消えないなぁ」
「悪い?」
「いや。シリアが悪い訳じゃないと思う。きっと〈魔法消失〉だけじゃ足りないって事だろ」
鍵は一瞬止まったあの瞬間だと思う。きっとあの瞬間に何かをすれば、あの死神は消滅するんじゃないかな。試した事がないんで確証はないけど、今はこの情報を頼りにいろいろと試していくしかない。
「あと10回」
「ふぅむ。そうなるとあんま無駄撃ちは出来ないな」
まず一発目は見事に失敗だった訳だ。となると2回目は別のアプローチを考えなきゃいけない。
直接攻撃を叩き込むのか。
別の魔法を撃ち込むのか。
はたまた別の方法を取るか。
とにかく、何かしなければ状況は改善しないという事で色々試してみよう。




