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#56 再会?

 手短に野菜サンドをいくつか作ってからユニに説明された場所に向かってみると、アニーとリリィさんが疲れ果てたようにぐったりと座り込み。ユニは見知らぬ少女を背中に乗せたままへたり込んで動く気配がない。


「お待たせ――って、そいつは誰だ?」


 年のころは十代後半。月明かりを浴びるライトグリーンの長い髪が神秘的で、眠そうな碧色の半眼は怒りと困惑を宿し、子供みたいに頬を膨らませながら動こうとしないユニの毛をぐいぐいと引っ張っている。

 そんな少女が、俺の声に反応すると眠そうな目をらんらんと輝かせながら飛び降り、リリィさんには及ばないものの大きすぎず小さすぎず見事なバランスの胸を揺らしながら近づいて来ると、最後のひと伸びで速度を急に上げて持っていた包みを奪い取った。

 もちろん避けられないほどじゃなかったけど、この状況でこれを欲しているであろう相手に取られないようにするのは本末転倒なんであえて反応しないようにしておいた。


「おぉ! 野菜サンド」


 それだけをつぶやくと包みをはがしてかぶりついた。せっかく神秘的で森の妖精みたいな造りなのに、大口を開けてかぶりついてリスみたいに頬を膨らませる姿はちょっと台無しだ。とはいえ無心で食事を続けているのは好機だ。この間に事情を聞くとしますかね。


「一体なにがあったんだ?」

「おぉアスカか……何なんやあのエルフは」

「ユニはんのおかげでずーっと野菜サンド言うてるっちゅうことはわかっとたですけど、聞き慣れへん言語のせいで頭おかしなりそうでしたわ」

「まぁ知り合いっちゃ知り合いだ。この前言ってた奴隷のトコに居たエルフ――だと思う」


 野菜サンドを好むエルフと言う知り合いは確かにいるんだけど、目の前でもう最後の野菜サンドを食べ進める美少女では決してなかった。一月も経ってないんだから見間違えるはずがない。それが将来有望なレベルであればなおさらだ。


「けぷ……っ。ジュース」

「はいよ」


 ピッチャーサイズでオレンジジュースを渡してやると凄い勢いで飲んでいく。そうして満足そうにお腹をさする少女は何事もなかったかのようにユニの背に乗ると、すぐに寝息を立ててしまった。


「……やはり主もエルフ語が出来るのですね」

「まぁたしなみ程度にはな。お前も出来るらしいじゃねぇか」

「昔に書物から学びました。それよりも……いかがいたしますか?」

「確か……奴隷救出はマリュー侯爵が関わってるはずだからな。本人に話を聞けば分かんだろ。起こすとまたうるさくなりそうだからなるべくゆっくり歩いてくれ」

「分かりました」


 さすがに疲労困憊の2人と1頭を付き合わせるのも悪いんで、一度コテージに送り届けてから侯爵が宿泊する予定の宿屋の前にやって来た。

 そこは村と言う規模に建つ宿屋にしては非常に豪華で、エルグリンデで俺達が止まっていた宿に匹敵する。もちろんその宿泊費は場所柄なのでそこそこ割高なんだけど、森にある山菜や魔物の肉を使った飯が美味く、おまけに風呂もあるという事でCやBなどの上級冒険者に人気の宿らしい。

 ちなみにAとかSは難度の高い依頼を解決するために世界中放浪しているために、こんな場所にまず来ないらしい。

 中に入るとホテルのエントランスみたいな空間が広がっていて、カウンターにホテルマンがいるくらいで中は非常に清潔に保たれている。

 これがその辺の安宿だったりすると、ガラの悪い冒険者のガハハと笑う声や。汗だったり魔物の血の臭いだったりと言った物が鼻を襲うので、ここは別世界と言っていいほどマジでいい場所だ。


「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょうか」


 おおぅ……。まさにホテルマンって感じじゃないか。きっと先達の奴が仕込んだんだろう。ここまでやるのはどうかと思うけど、宿泊客にとっては相当にサービスがいいと感じるだろう。エルグリンデの宿でもここまでの事は出来ていなかった。


「この宿に泊まってるマリュー侯爵の護衛でアスカってんだけど、別に緊急じゃないんだが話したい事があるんで呼んできてもらっていいか?」

「……何か証明できるものはございますか?」

「証明? ああ。これなんてどうだ?」


 一瞬何言ってんだって思ったが、そう言えば侯爵だったんだったっけか。一応なりとも高位貴族だから、その安全を考えれば誰彼構わず案内なんてする訳ねぇか。セキュリティが杜撰な安宿と違って、やはり高級宿ってのはその辺もしっかりしてんだなぁと感心しながら侯爵のサインが入った依頼書を突き出す。


「少々お待ちくださいませ」


 1人が奥に入っていくともう1人がきちんと表に出てきてカウンターに待機する。うむ。非常に教育が行き届いているようで余は満足じゃ。褒美を取らせようではないか。ま。相手が野郎だから心の中での称賛くらいだけどな。


「お待たせいたしました。侯爵様はただいま大浴場にいらっしゃるとの事ですが」

「そっか。んじゃここで待ってるわ」


 さすがに女湯に突撃していくほど耐性が出来た訳じゃない。別に美少女率に期待が出来ないなんて言ってる訳じゃないぞ。決して筋肉の塊みたいな女性や某女芸人に似てる一団が風呂場に向かっているのが見えたからではない。そして女子大生くらいの美少女魔法使いであろう一団が出てきたからでは決してない!

 きちんとした理由を心の中で叫び、ラウンジでカツサンドをゆっくりと食べていると、湯上りのマリュー侯爵とアクセルさんが一緒になって現れてくれたので声をかけてこっちに来てもらった。


「相変わらず美味しそうなものを食べていますね」

「あり合わせで作ったカツサンドと言う食べ物だ。こんな時間に食べると脂肪になりやすいから、覚悟があるのであればどうぞどうぞ」

「意地の悪い言い方をしますね。でも大丈夫です。私の一族の女性は太りにくい体質をしておりますので。それでは」

「私は夜の警備がございますので。それに運動は日課ですのでこの程度で重量が増すなどあり得ません」


 侯爵は少し恥ずかしそうにしながらも口元を隠しつつカツサンドを一口。表面上はなんでもないように振る舞ってはいるけど、明らかに舌にあったんだろうってのは2つ3つと手を伸ばすのを見れば一目瞭然だ。


「侯爵。この娘について聞きたい事があるんですけど」

「っ!? す、すみません。その娘とは……そのエルフですね。その娘がどうかしたのですか?」

「ギック市近くの森で奴隷商の一斉摘発があっただろ? こいつはその中の1人――だと思うんだが何分背丈が大きく違くてな。俺にはよく分からんくて色々と聞きに来たんだよ」

「なるほど。しかしそんな事があったなんてどうして知っているのですか?」


 おっとぉ? どうやら秘密裏に事を進めていたらしい。そう言えば例のクソ貴族が関わってたんだったっけか。そんな大捕り物を冒険者でもなんでもない俺が知ってるのは確かにおかしいか。ついつい口が滑ったな。


「まぁいいか。実はちょいと草原で居眠りしてたらいつの間にかその奴隷の1人として俺も捕まってたんだよ。まぁ速攻で脱出した訳だが、その際に何人かと知り合いになった1人がエルフだっただけだ」

「魔物蔓延る外で居眠りですか……アスカ殿はやはり規格外ですね」

「なるほど。報告書でも疑問に感じる程被害が無いとは思っていましたが、アスカさんが関わっていたのですか」

「ああ」

「貴女のおかげで被害も最小限にとどめる事が出来て非常に助かりました」

「まぁその辺はどうでもいいとして、問題はこいつの事だ」

「コイツ違う。シリア」


 俺の声にかぶせるように隣から声が上がる。見ればまだ眠そうに目をこすりながらシリア本人が答えながらのそのそと皿の上のサンドイッチに目を向けるも、肉が入っているのに気づいて一気に興味を失ったらしく、再び眠ってしまった。


「珍しい光景です。他種族への警戒心と猜疑心の強いエルフがこうも心を許す姿が見れるなんて。一体何をなさったのですか?」

「ちょっと色々あってね。そのシリアなんだが、これって一体どういう事ですか?」

「どういう事と申されましても……おかしいですか?」

「いやいや。この姿しか見てないからそう思えんだろうけど、一月くらい前までは10歳くらいの幼女だったんだぞ? この成長度合いはいくらなんでもおかしいでしょ」


 ちょっと前まで10歳くらいだったシリアが、ほんの一月で女子高生くらいにまで成長しているなんて、どう考えたってあり得ない。逆ウラシマ効果にしたって頭が成長してなさすぎる。簡単に言えば見た目は大人。中身は子供。って感じだ。

 俺の問いに対して、マリュー侯爵もアクセルさんも不思議そうに首を傾げた。


「アスカさんは、エルフの成長は肉体から始まる事を知らないんですか?」

「え? それが常識なの?」

「その通りです。エルフ族は100歳を迎えるころに一気に肉体が成長。それは1つの例外なく美男美女として外見・肉体がもっとも輝く形になると、そこから死ぬまで変化する事はほとんどない。この世界で生きる者であればある程度常識だと思うのですが……」

「……師匠と2人で僻地に住んでたんで随分と世事に疎いんだ」


 いい訳が苦しいのは百も承知だ。それでも深く尋ねたりしないのは俺が色々と規格外の人間だからと言うのが一つの理由なんだろう。ありがたいことだよ全く。


「とにかく。アスカさんの発言が真実だとすると、彼女の年齢が100歳ほどなのでしょう。だからこれが恐らく正常なのです」

「なるほどなぁ。しかし何でこいつがこんな所に居るんだ? どんな手を使ったんだ?」


 彼女は成長したとはいえ幼女だ。助けた場所を考えれば一人旅ってのは時間と距離を考えれば明らかに速すぎるだろ。

 こちとらオレゴン村に寄ったりエルグリンデで1週間のんびりまったりしていたとはいえ馬車で移動してたんだぞ? それも馬よりも早い速度でだ。

 この世界。普通に歩いてるだけでも道中には魔物が現れ、野営をするにも単独では一苦労。一瞬だけど見捨てたのか? とも思ったけど、人となりを考えるとその選択はしてないと思える。他の人間はどうか知らんけどな。


「奴隷として捕らえられていた少女達は全員が保護の後、騎士団の手によって安全に帰還できるように手はずを整えていましたので、彼女も数人の護衛と共にここまで戻って来たのだと思いますよ。それと馬車を手配してますから特別な手段は何もしていませんよ?」

「そうか」


 当然っちゃ当然か。

 俺の中のエルフ像は、魔法と弓が得意で長生きだってのが常識だが、すぐ横でぐ~すか寝てんのは中身がほぼ幼女だからな。強いんですよと説明されても全く信じられん。そう考えれば護衛を連れて歩くのは当たり前だし、馬車でいっぺんに運んだ方がコスト面から考えても利口なやり方か。


「ご納得いただけましたか?」

「ああ。こんな時間に長時間突き合わせて悪かったね」

「構いませんよ。入浴後に明日の予定についてアスカさんの所を訪ねようと思っていましたから。それでその娘はどうするのですか?」

「どうするって……護衛が探しに来ないようなら起こした後に森の近くに放り投げときゃいいんじゃないのか? エルフでここに居るって事は、すぐそこの森が住処なんだと思うぞ」


 まだ旅の途中というのであれば、そう遅くない内に護衛の騎士団なり冒険者なりがやって来ると思いたいが、恐らく望み薄だろう。なにせユニなんて超絶目立つ目印の側にこれまた目立つエルフがセットで居たんだ。狭い村で話に上らない訳がないんで来てるはず。

 それがないって事は高確率でそこの森がシリアの住処なんだろうと判断。であれば近くに寝かせとけばそのうち他のエルフがやってきて勝手に回収するだろ。こんな夜遅くに子供が1人で出歩いてんだ。心配した大人が探し回ってるに決まってる。何せ一度誘拐されてんだからな。それでも抜け出すってのは警備が杜撰なのかこいつが脱走のプロなのか。


「放り投げるって……さすがにそれはちょっと」

「魔物蔓延るこの夜更けに……少々人としてどうかと思います」

「大丈夫だと思うんだけどなぁ……そんなに不安なら今日はこっちで預かるよ」


 ここで再会したのも何かの縁だ。一晩くらいベッドを貸してやろうじゃないか。

 エルフの住む場所まで連れて行く事は出来るけど、マジで面倒そうだからやりたくない。他の連中みたいに餌付けが済んでる訳だから、シリア自身も断る理由はないだろ。ずっとついてこられるのは面倒だけどね。


「しかし……ここまで来ればこの森の奥にエルフ族が暮らす集落があると言うのになぜこの村に居るのでしょう」


 ふとそんな疑問を口に出した侯爵に対し、どう答えていいか一瞬迷ったが結局は一日中歩くか走るかして疲れたんじゃないですか? と無難な解答をするにとどまった。

 まぁ偶然だとは思うけど、まさかユニとかから俺の料理の匂いを嗅ぎ取って接近してきたなんて言えないもんな。確証もある訳じゃないしね。


「なるほど。私はてっきりアスカさんがこの街に来ているのを知って集落から抜け出してきたんだと思ってしまいましたよ」

「……あんまそういう事を言わないでもらえないか」

「どうしてですか?」


 侯爵の発言にものすごく嫌な予感が頭をよぎった瞬間。外で爆発が起きた。


「ほらみろ。そんなフラグを立てるからだぞ」

「ふらぐ? とはいったい何ですか?」

「こっちの話だ。とりあえず2人はユニの所まで行ってくれ」

「分かりました」


 やれやれ。出来れば馬鹿な冒険者同士の喧嘩かなんかであって欲しいんだがなぁ。

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