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#52 スーパードクター? A

 そんなこんなで1週間。大した事件も面倒くさい事に巻き込まれる事もなく、漫画を読みながら平々凡々とした日々を過ごしていると、ようやく侯爵から素材の清算が終わったとの報告を持った使いがやって来たので、久しぶりに侯爵の屋敷へと足を運んだ。

 まぁ、何故侯爵の屋敷なんだと訊ねたら、アニーやリリィさんの侯爵領内での商売に関する免状の受け渡しの為だと言われてしまえばさすがに無碍には出来んし、2人が同行しないっちゅう選択肢もなくなる。

 ちなみに出迎えはアクセルさんだ。凛とした出で立ちが何ともお美しいので、道中もニコニコできた。リリィさんの膝の上でだけど。

 曰く。ずっとアクセルさんばっかりを目で追っててズルいから、せめて触れ合っていたいと有無を言わさず後ろから抱きしめられた。

 この一週間の間に結構な頻度で抱きしめられていたような気がしないでもないけど、こういう時のリリィさんには本当に敵わない。ステータス的には圧倒的に勝っているはずなのに……解せぬ。


「お久しぶりですねアスカさん」


 屋敷に到着するなり出迎えてくれたマリュー侯爵は少し疲れてやつれているようにも見えるが、それを隠しているっぽいので突っ込むのは止めておく事にした。それが俺のせいなのか他の仕事のせいなのか分からないからな。

 ちなみにここは普通に使われる応接間で、この時代にマッチした調度品が少しだけ下品に並べられている。貴族を相手にする以上、こういう趣味の悪い部屋があるのも仕方のない事なんだろうと理解しているが、何故今回はここなんだろうとの疑問がちょっとある。


「早速だけど全部でいくらになったのか教えてくれるか?」


 どかっと乱雑に椅子に座ると、一番偉そうな老執事や護衛の騎士達から刺すような目で見られたけど関係ないね。別に機嫌取りをするつもりはないし、敵対して来るって言うなら受けて立つまでだ。5人と少数だが、半数以上が一騎当千だ。特に俺は国1つ相手にしても勝利を収める自信がある。


「ええ。今回提供してくれた素材はどれもがランクこそ低いものの、品質に関しては文句なしとの事らしいわ。なので全部で金貨60枚との事だけど、これで問題ないかしら?」

「俺としてはいくらだっていいんだけど、アニー達的にはどうなんだ?」


 こういった商売に関しては全てアニー達に任せている。

 俺としてはいくらで売ってもいくらで買っても懐は微塵も痛まない。なので一切口出しをしない。しても適正価格なんて知らんしね。


「ウチ等も魔物素材についてはあんま明るくないからよぉ分からんので、それでええですわ」

「そう言ってもらえると嬉しいです。ではすぐに用意させますね」


 後の契約書へのハンコや署名などが残っていたけど、そういう面倒くさい書類仕事は全部アニーに任せることにした。俺も日本に居た頃は契約書をキッチリ確認していたが、損得に人一倍厳しい商人であるアニーに任せた方が確実だからな。

 程なく、満足のいく結果だったようで契約書にサインをした。


「これで契約終了だな」

「ええ。これで貴女達はここから去るのでしょうけど……どうせならお仕事を受けてくれないかしら? 報酬は弾むわよ」

「お断りだ」

「やはり即答するのね」


 まぁなんとなくそう来ると思っていたからな。何の淀みもなくあっさりと断る。

 この辺りはアニー達にも任せるつもりはない。今は男に戻る為に世界を回るのがこの世界でやらなきゃいけない事ランキング堂々の2位なのだから。1位はもちろん。その時のために沢山の美人さん達とお近づきになっておく事だ。

 ちなみに駄神のお願いは今のところは3位――と言っても、2位との間には絶望的な差が存在しているけどな。1位と2位が鼻差くらいだとすると、3位は地球から月くらいまでの距離くらいの差があると思ってくれればいい。


「当然だろ。偉い人間の持ってくる依頼ってのは面倒事って言うのが相場は決まってっからな。俺はそう言った面倒事は大嫌いでね。頼むなら他当たってくれや。こっちはこっちで忙しいんだよ」

「ただ女漁りしてるだけのどこが忙しいねん」

「俺にはとっては最重要なの。2人もそれを承知でついて来てんだから文句を言うな」


 何せ男に戻った際に一晩を楽しめるかどうかがかかってるんだからな。それに手を抜く事など俺の辞書にはないし、ほとんどの事より最重要事項だ。まぁ、頂点は草木転生で揺るぎようがないがね。


「せめて内容だけでも聞いたりしてくれないのかしら?」

「どうせ聞かない限り2人の免状を出さないんだろ? だったら好きに話せばいい。ちゃんと動いてる間は話を聞いてやるよ。受けはせんがね」


 当然。重要な情報は濁すだろうけど、出だしの時点であぁ……こりゃヤバいくらい面倒って臭いがプンプンした。

 まず内容は――王都までの護衛。

 たった3人でスタンピードしたダンジョンを制覇し、森角狼(ユニコーンウルフ)を馬車代わりにするぶっ飛んだ事を平然とやってのけてしまう実力は、今居る親衛隊中隊で武装するより安心だからと説明された。そん時の騎士連中の悔しそうな表情と言ったらなかったな。それが見れたのはちょっとした報酬と言える。

 もちろん、依頼はそれだけじゃないのは明らかだけど、それ以上は依頼を受けてくれると明言しなければ詳細は話さないだろうし、こっちも話してほしくもないので突っ込まない。

 それにしても王都か。いつかは都会の美少女や綺麗なお姉さんなんかと友好的な関係を築いておきたいと考えてはいたけど、それをこの依頼を受けて達成しようとするのは早計だな。

 第一、この依頼を受けなくたって王都には行けるしな。わざわざ余計な荷物を抱えて移動するより、いつも通りに食いたいモンを食い。テメェの気分にあった速度で世界を歩く方がずっと気軽。おまけに相手は貴族だ。繋がりがあると思われると多方面で厄介極まる。

 侯爵自身はそりゃあもう綺麗で可愛い女性ではあるものの、やっぱ貴族ってだけで大きく減点だよなぁ。根無し草で人生を終える予定の俺にゃ肩書は邪魔だかんなぁ。


「なにか?」

「いいやなにも」


 さて。元々時間つぶしのために話を聞いていたようなものだからな。この後は一度ギック市に戻り、ギルマスをスッキリするまで痛めつけてから金貨20枚という超高額の領収書を叩きつけ、オレゴン村でひと汗流すとしようかねと考えを巡らせながら立ち上がろうとしたが、リリィさんが素早く掴んで非常に。それはもう非常に真剣な表情で俺を真っすぐ見つめてきた。


「なんだ?」


 いつもの鼻息の荒いリリィさんも怖いが、今のリリィさんも凄ぇ迫力があるんだよなぁ。これから何を言うのかは言わずもがな。嫌な予感がする……。


「アスカはん。ここは侯爵様の依頼を受けて王都に行くんがええと思います」


 ハイ。思った通りの発言いただきました。


「王都に行くのに反対はしない。だが護衛で行くのが嫌だって言ってんだ。別にそんな事しなくたって場所知ってんだろ? 俺も都会の女性とお知り合いになりたいから、色々と用事を済ませてからなら連れてってやるから」


 別に王都に行きたくない訳じゃあない。ただ俺には色々とやる事が残ってて、それを解消しなくちゃなんないし、何より貴族が一緒にいるってのが問題なんだよ。

 こういった連中は王都に向かうため、自領の村や町に金を落としていかなきゃなんない――と言うのを見た事があるからな。基本的に森だろうと山だろうと魔物がウヨウヨ居ようと移動距離が少なくなるなら関係なしに突き進むからな。そんな事の為に遠回りさせられるのは今あるご褒美を堪能してからだ!

 とはいえそんな事を堂々と言うつもりはない。それで止まるのならとっくの昔に言ってるしぃ。


「アスカはんは王都がどないな所か知らんのやね。王都は特別な理由があれへん以外は伯爵以上の貴族とシルバー以上の大商人とBランク以上の冒険者以外の立ち入りを厳しく拒む敷居の高い街なんよ。商人として生きとるんやったらなら、一生に一度は足を踏み入れたい思う人族の聖域。そこに入れるかもしれへんチャンスを無駄にしとうない。せやから後生や! この依頼を受けてくれへんやろか?」

「ウチからも頼むわ。いっぺんでええから王都に足を踏み入れたいんや!」

「えーっと?」


 今の話はマジなのかといった意味合いを込めた目でもってマリュー侯爵を見つめると、そうなのですと言わんばかりの笑顔を返してくれた。まるでこれを待ってましたと言わんばかりの笑顔に、俺はまたしてもやられたという思いがこみ上げる。


「だからわざわざ呼んだってか?」

「さて? なにを言っているのか分かりませんね」


 何食わぬ顔でよく言うぜ。

 何でも王都とは、王族の血を絶やさないためだけにあるような都市らしく。全ての人間。建物。食事に至るまで、その全てが王族を王族として生きさせるために心血を注いでいるらしい。

 その中でも一番驚いたのは、街で病が発生しないようにと浄化魔法なるものが常時展開している事だ。これによって、王都で暮らす人間は1つの例外なく病気知らずらしい。

 当然、この考えは外から来る者に対しても効力を発揮する訳だが、浄化魔法に弾かれた人間は王家の命を脅かそうとしていたとその場で降格させられるらしい。ナニその罰。エグすぎるんですけど。

 まぁ、殺されないだけマシなのかと思っていたが、それが顔に出ていたのかそんな理由で降格したら貴族だろうが商人だろうが信頼を失ったと言う事で死んだも同然との回答が返って来た。

 王族の殺人未遂。確かにそんなレッテルを張られた日にゃあ、貴族だろうと商人だろうと冒険者だろうと後ろ指をさされたり、あるいは本当に刺されたりと、真っ当な生活は出来ないか。

 それに対するメリットは、商人は王族に食料を販売しているという栄誉。貴族は王の家臣として働ける名誉。冒険者は王族を魔物の脅威から救っていると言う称賛。俺からすれば1ミリも嬉しくねぇ褒美だが、この世界の連中にとってはこれ以上ない宣伝文句になり、大抵の連中は王都に行きたくて粉骨砕身しているらしい。


「っちゅうか。普通王家に商品売れ言われて首を横に触れる訳ないやろ」

「……まぁ。それもそうか」


 そう言えばここはそう言う世界だったな。まだこの世界に来て一ヶ月も経ってないからどうしても日本での常識が抜けきってないな。冷静に考えればそんな事できる訳ないか。国に喧嘩を売るなんて……並の戦力じゃ口に出来ないが俺なら問題あるまい。何せまだ全力を出していないというのに超級の魔族(笑)をぶっ倒してやったんだからな。


「アスカはんって時々おかしな考えしたりしますなぁ」

「まぁ、俺なら売らんしな」

「やっぱそう言う思うてたわぁ」


 取りあえず理由がはっきりしたけど、結果として俺の王都に対する第一印象は、遠からず王族は全員滅びるだろうなぁって感想だった。

 もちろん病原菌や細菌なんかに対して知識は大して持ち合わせてはいないだろうけど、とりあえず不潔であれば病になると言った程度の知識はあるらしい。だからといってその全てを排除するってのはちょいと納得いかんね。

 薬だって飲みすぎれば毒に変化するように、過度な滅菌は人本来の免疫力を著しく低下させる。それを何代続けて来てんのか知らないけど、いつか必ずしわ寄せはやって来るはずだ。それはこの先何百年後かも知れないし、今の世代かも知れない。この世界の歴史を知らない俺にとっては判断がつかないからな。

 とにかく。王都で暮らす連中は例外なく病気に弱いはずだ。何しろ王家を守る為に展開してんだからな。生半可な代物じゃないだろう。もしかしたらそれを理解してるからこその降格か?


「ちなみに、侯爵はその浄化魔法がどのくらい強力か知ってるのか?」

「さすがにそれは国家機密なので教えられませんが……王都に暮らす方達は一度たりとも病気になった事がないと自慢するのを何度も聞いた事がありますね」

「なるほど。ちなみになんだがこの屋敷に医学書――で通じるか? そう言ったモンがあればあればちょいと読ましてもらいたい。最新のものであればなおよし」

「医学書ですか。生前、父が興味本位で購入した物があったはずですので別に構いませんけど……少し待っててください」


 さすがに書庫に入れてもらえはしなかったけど、俺が依頼を受けてくれるかもとあっさり受け入れてくれて、ほどなくして執事が一冊の本を手に戻って来たので早速拝見。

 その頃になると、アニーが金貨の入った袋を手に嬉しそうに笑っていたし、リリィさんと王都に行ったら何をしようかなんて話し合っている。まだ行くと決まった訳じゃないんだから大人しくしてろと釘を刺して、それを斜め読みしていく。

 すると分かって来る。この世界の医学はほとんど魔法とポーションだよりで、地球みたいな手術や適切な投薬治療なんて事をまずしないというのを。

 主に医療魔法という、回復魔法やポーションとは別に分類される特別な魔法があるらしく、一応細菌が病気の原因と言うのがあると記されていたが、まるでそんな物の存在を認めないと言わんばかりにページ数が少なく、記載されているのも最後列って……随分と不遇な扱いを受けてるなぁ。

 これで理解した。王都に足を踏み入れたが最後。本来持っている病気に対する抵抗力まで余す事無く浄化させられる恐れがある。そんな場所に行きたくないし皆を行かせたくないな。一歩王都から出れば間違いなく病気になり、最悪の場合はお陀仏か……。


「悪いが王都行きは絶対にナシだ。俺はこんな場所に行きたくない」

「なっ!? 何でそんなもんを読んだだけで王都行きをキャンセルせなあかんねん! 納得いかん!」

「せやで。折角の王都に入れる機会なんやし。そこまで頑なに拒否する理由を教えてもらわへんと、あて等も納得いきまへん!」


 そうなるよなぁ。2人にとってみれば生きてる間に行けるかどうかも分からない場所だ。俺がノーだと言った所で簡単に納得するようならこうも苦労しないか。


「まぁ納得してもらえるかどうか知らんけど、理由は単純。浄化魔法が展開してるからだ。こんな物があるせいでアニーとリリィさんが早死にするのは看過できんからな」

「意味が分かりませんね。浄化魔法はあらゆる病の原因を滅ぼすだけで人の身体には何の影響も及ぼさないものですよ? 長生きするならまだしも、短命になると確信を持っていると思えるほど言い切る理由を教えてもらっても?」


 影響を及ぼさない……か。そういう認識の人間相手に細菌だのどうのこうのと言ったところで理解する可能性は万に一つもないだろうけど、言わん限り解放してくれなさそうだし説明してやるか。


「確かに今の話を聞く限り、その威力は大したもんた。もし手術とかをするならこれ以上にない最高の環境っぽいが、健康な奴が長時間いるのはオススメしないな。俺から言わせれば病の原因の全てが悪と断じてる時点で話になんねぇよ。侯爵ほどの地位にいれば何度か王都に足を踏み入れてるだろうから経験あるかも知れんけど、王都を出た後すぐに病気にかかりやすくなるはずだからな。そんな記憶があったりしないか?」

「それは……確かにそうです。死んだ父も母も王都から帰ってくるとよく病に倒れていました。しかしそれは旅の疲れが原因だと聞いています」

「もしかして……それで納得したのか? そ・も・そ・も。たかが王都までの旅で疲れて病気になるっておかしいと思えよ。それだったら毎日肉体を限界まで追い込んでる騎士連中のほうがよっぽど疲れんだから病気になる確率は高ぇとか思わねぇ訳?」


 一応雁首揃えてぼっ立ちしてる護衛の騎士連中に労働と病気についていくつか質問したが、訓練によって筋肉痛を発症する連中は確認できたが、重病になるような奴は確認できなかった訳だが、まぁ当然っちゃ当然だわな。


「分かったか? 両親の症状を見てねぇから何とも言えんが、まず間違いなく俺の仮説が合ってるはずだ。なんで、『俺は』そんな重い病気になる為に王都に入るつもりはないが、2人は自由にしていいぞ。この仮説を聞いて行くというのなら止めはしないし、行かないって言うならここを去るだけだ」


 これを譲るつもりはない。もちろんアニー達にも行ってほしくはないけど、こんな医学書が最新版だとすると俺の言っている事を理解するのは相当に難しいはずだから無理強いはしない。危険があると分かっていてもその先にはかなりの名声が約束されているらしいからな。


 さぁ……2人の答えやいかに。

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