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#51 ASUKA'Sキッチン

「これがナポリタン。次がペペロンチーノ。最後がミートソースだ」


 三種の定番パスタをそれぞれ大皿に乗せて全員の前に置く。さすがに1人前づつ分けるのは面倒なんで、小皿とフォークを用意してそれぞれ自由に食べてもらう手法を取らせてもらった。女性ならそのくらいの手間なんて手間じゃないんだけど、野郎が相手だからな。


「ごしゅじんさま。あちしもたべていいのなの?」

「今分けるから待ってろ。アニーはどうする?」

「ウチはええわ。っちゅうかその子の胃はどないなっとんや? ホンマに良く食うなぁ」

「俺に聞くな」


 大食らいのアンリエットがこの食事に参戦したんじゃ、一般人で戦闘力皆無に近い商人ギルド員達の敗北は必至だからな。ちゃんと別皿に移して提供するが、その量は大皿に盛られた8割以上。もっともっとと言うリクエストに答え続けた結果、ギルドの4人がそこそこ食える量以外の全てを要求し、ぺろりと平らげた。


「なくなっちゃったなの……」

「どうだった?」

「む~……おいしかったけど、いつものごしゅじんさまのよりおいしくないのなの」

「まぁ材料が違うからな」


 しっかし……本当によく食うよな。宿屋の飯を10人前以上食ってからまだ1時間も経ってないはずなんだけどな。おまけにまだまだ足りなそうにギルド員達の皿を見つめてるし。さすがにそれには手を出すなとは言ってるから大人しくしてる。

 そんな視線などつゆ知らずと言った感じで、ギルド員達はレシピを確認しながらキッチリ料理の精査をしている。

 

「しっかし。マキマトを使ったパスタなんて驚きやで。よぉけこないな発想が出来たもんや。ナポリタンやったか? ワシはこれが一番美味い思うで。腸詰の歯ごたえとオニオネとピーリカの甘みと苦味がマキマトの酸味と混然一体となって子供でも食えるで。これが一番やろ」

「何を仰いますかギルマス。一番はこのミートソースと言う物は驚くほど手間暇がかかっている一品です。まさかたかがパスタにここまでするとはビックリと言うのもありますが、肉の旨味が相当引き出されているおかげで、安価な肉なのに満足感が強く商品として一番なのは間違いありません」

「2人とも分かってないね。パスタの美味さと言うのは一番は麺にある。そこで行くとこのペペロンチーノと言う調理法は最適解と言える一品だ。材料費は3つの中で一番安上がりであるにもかかわらず至高と呼ぶにふさわしいこの出来栄えこそ最高と呼べる物だ」


 ま。好みってのは人それぞれだからな。どれが一番かで揉めるのは俺の感覚で言えばそう珍しい光景じゃないが、そんな言い争いに付き合ってやるほど、野郎に対してお人よしじゃない。


「気に入ってもらったようで何よりだ。だったら登録の件はこれで問題はないな?」


 ま。あの反応を見る限りだと失格なんてそんな心配はないけどな。

 全てが抜群に美味い上に材料費が格段に安い。一番高いミートソースでも銅貨2枚もあれば十分に一般家庭で振る舞えるし、これをきっかけにパスタのブレイクスルーを起こして一気にパスタ料理が前進するかもしれん。そんな料理が利益を生み出さない訳がない。


「せやな。正直言ってこんだけのモンを出してくる思わへんかったからビックリや。材料もありふれたもんやったし調理手順もそう難しいもんやなかったからのぉ。これを合格にせんかったらわしはここのギルマスを辞めなあかんようになるわ」


 ギルマスのこの一言を切っ掛けに、残りのコック連中も何も問題はないとのお墨付きをもらった。と言うかこれに難癖をつけてくるようだったらお前がこれを超えるパスタ料理を作ってみろと言う予定だったのに……。

 まぁ早めに終わるのはいい事だと、後の事はアニーに任せてさっさと帰ろうかねと立ち上がろうと下の袖を、アンリエットがクイクイと引っ張って来た。


「おなかすいたのなの」

「はぁ? さっきあんだけ食っただろうが」

「たりないのなの」

「マジかよ……」


 一応いくつか料理のストックは〈収納宮殿〉に入ってはいるけど、それをここで披露するのはいただけない。こういった情報は仲間内だけの秘密にしないと厄介と面倒が押しかけて来る未来しか待ってないからな。

 となれば、魔法鞄(ストレージバッグ)を使うしかない。これであれば万が一気づかれたとしても十分にいい訳が利く。何せ事前にダンジョンには潜っているからな。そこの宝箱から入手したと説明すればすぐに引き下がるだろ。


「しゃーない……ちょいと厨房を借りるぞ」

「何するんや?」

「ウチのアンリエットが腹減ったと言って聞かなくてな。ちょいと料理をな」


 アンリエットの頭を撫でながら告げる。

 事実。さっき盛り付けたそこそこ量のある3種のパスタはあっという間に胃に収めておきながらグイグイ服を引っ張ってくるんだからな。


「また別の料理かいな。どれぐらい作れるんや?」

「とりあえず10人前くらいでいいだろ。後は旅の途中で食う物をついでに何品か作る予定だが、まぁショバ代として横でレシピを盗んでも文句は言わんぞ」


 昔の俺だったらレパートリーは30そこらだったけど、今や〈レシピ閲覧〉のおかげでその数は似たような物を合わせれば優に万を超える。正確な数を把握するのが面倒だからそう答えたし、それを教える義理もない。俺が提供するのはあくまでパスタ3種だけであって、他については盗めるなら盗んでみれば? ってスタンスだ。

 という訳でまずはハンバーグを作る。これであればタネさえ用意しとけば後は焼くだけと言うお手軽さに加え、アンリエットの満足度が大きい。逆に野菜系統は無の境地となって口に運んでいる。もちろん、苦手な物を食べる理由はそうしないと飯を出さないと言ってあるからだ。

 みじん切りにした玉ねぎをフライパンで炒め、半透明くらいになったら一度皿にとって冷ましている間にボウルに合いびき肉に塩コショウを入れてある程度練る。この際に手をしっかりと冷やしておかないと油が溶けだして出来上がりがジューシーにならなくなるので気を付ける。

 次に粗熱を取った玉ねぎに牛乳。生卵にパン粉をさっくりと混ぜ合わせれば肉ダネの完成。それを適当な大きさに丸めて真ん中を凹ませて割れないようにするのを忘れない。


「ごしゅじんさま。あちしもやりたいのなの。おもしろそうなの」

「それならちゃんと手を洗ってからな」

「はいなの~」


 嬉しそうに手を洗うすぐそばで、ギルマス達が遠巻きに手順の確認などをしているが、大体同時進行で事が進んでるんでどれがどれに使われるのかを把握するのは難しいだろう。だから盗んでもいいぞと言ってみたんだからな。

 そんなチラッと眺めながらも、俺は他にもワサビを利かせた海鮮丼やアニー大好き生姜焼き丼やサンド。他には汁物としてみそ汁やポタージュ。コンソメスープ等を同時に作る。


「あらいおわったのなの~」

「よし。それじゃあまずはこれをこう丸めるんだ」

「うにゅ……こうなの?」

「そうそう。アンリエットは天才だな」

「えへへ~。ごしゅじんさまにほめられたのなの」


 本音を言えば大きすぎたり形が歪だったりしてるけど、幼いアンリエットに正確さを求めてはいけない。このくらいの年齢には手伝ってくれたという事実が必要なんだ。嬉しそうに大小バラバラのハンバーグを作っているんだ。ほほえましい光景って事で、ここは褒めるのが正しい判断のはずだ。魔法使いに足を突っ込んで4年の俺に育児なんて分からんけどな。

 そんな訳であっという間に成形完了。いよいよ焼きの作業なんで、ここからは俺の領分だ。幼い? 子供? に火を使わせる訳にはいかないからな。

 という訳で、アンリエットに手伝いのお礼を告げながら焼き始めると、席をはずしていたアニーが嬉しそうな顔をして戻って来た。


「アスカ。アンタが提出した3種のレシピは商人ギルドにとって有意義なモンになる判断されたで。おかげで扉の弁償もせんで済むし、なによりランクダウンの話ものうなったわ」

「そりゃよかった。俺もわざわざ来たかいがあった」

「ホンマ助かったわ。ところで今作っとるのは初めて見るけど、うまいんか?」

「当然。今回はおろしポン酢でさっぱり和風に仕上げるつもりだけど、時間があればじっくり手をかけたデミグラスソースなんかで食うのも俺は好きだな」


 特にお気に入りは、中にチーズをInしたものだ。アレのおかげでよりコクが増えるし、トロッとした味わいは病みつきになる。もちろんそれも焼いてあるぞ。


「また聞いた事のないモンや。そのレシピを売る気はないんか?」

「ないな。手順を観察し、その後で試行錯誤するのは自由なんで、あぁして見られてても文句は言わんようにしてる」


 元々ユニが大食らいだから、この街の滞在中にいくらか飯を作ろうと思っていたんだが、アンリエットがそれに3重くらいに輪をかけて食うから、1週間滞在する間中ずっと料理してる事になりそうだな。

 他には他種族の露店を見て回って創造可能素材を増やす事と、クソギルマスを追い込むためにあのお店に入り浸る事だ。こればっかりは譲るつもりはないし、支払う金額が増えれば増える程ストレス解消のためになる。

 そんな事をぼんやりと考えながら次々とハンバーグを作り上げる俺の横に、ドデカい人影が現れてフライパンと俺の顔を覗き込む。


「しっかしそのハンバーグ言うんか? それは何とかしてもらわんとアカンかもしれへんな」


 言ってる意味が分かんないから普通に無視してたら、見てみろと言わんばかりに顎をしゃくるので渋々視線をそっちに向けてみると、肉の焼ける匂いにつられたのか多くの利用客であろう商人達がずらりと列を作り、対応しているコック連中にあれを食わせろと詰め寄っている連中が見受けられた。


「知るか馬鹿。ここで調理の許可を出したお前が悪いんだろ。勝手に責任を擦り付けんな」


 俺はちゃんと許可を取ったし、使用のための理由も述べた。結果としてそれで騒動が起きたとしても、何とかするのは俺の役目じゃない。3種のパスタを出した時点でテメェの想像の上を行く料理が出来ると想像できなかったギルマスに責任がある。

 なので、後先考えずに許可を出したギルド側が懇切丁寧な説明で分かってもらえるように努力するしかない。じゃなければ最初から厨房を貸し出さなければよかったんだ。まぁ……こっちは正常な判断が出来ないだろう瞬間を狙ったんだけどな。


「そうも言ってられへん。レシピはいらんし金を払うから何とか融通してもらえへんやろか」

「だったらパスタを作ればいいだろ。レシピはあるし材料だって潤沢。別物だとしても新しい料理なんだからもうけは出るだろ。それでも作れって言うなら、一品に付き金貨1枚はもらう」

「き……っ!? 冗談もほどほどにしとけや小娘。そないに小さな塊程度で金貨1枚やなんてボッタくりにもほどが――」


 当然のようにそう言うと思っていたので、1つを口に放り込むのと同時に使った材料を羅列した紙を突き出せば、ものの10秒もしないうちに真実であると頭と舌で理解したようだ。

 大概の物は一般的な材料ではあるものの、肉だけは良い奴を使ってる。簡単に言えば豚とワイバーンだ。ドラゴンでも良かったかもしれんけど、贅沢を覚えさせるにはちょっと早いからな。


「なんちゅうモン使っとんねん。よぉ手に入ったもんやなぁ」


 ギルマスと言う立場上、そこそこいい材料を使った料理などをたらふく食っているだろうと思っての行動だったが、予想通りで余計な手間をかけずに済んで助かった。


「値段の理由が分かったようだな。欲しいなら先払いで譲ってやるぞ?」

「……恐ろしい女やな。こないなモンを食うために金貨ポンと出すんは伯爵以上でも食にうるさい連中だけや。さすがに食堂として出すんは儲けにならんから諦めさせてもらうで」

「なら今食った分はサービス――無料にしといてやるよ」

「おおきにな」


 これで余計な事を言って来る連中の排除はあのギルマスがやってくれんだろ。そこそこ服装が豪華そうな大商人らしき人間がこっちに向かって何か喋ってる気がするが完全無視。

 程なくしてここの厨房を任されている料理人達がパスタを作る為に動き始めたので、ここら辺が潮時とすべての荷物を〈収納宮殿〉に押し込む。


「さてと。それじゃあ帰ろうか」

「おなかすいたのなの! いまのがたべたいのなの!」

「宿屋に戻ったら食わせてやるから。それまではこれで我慢しろ」


 取り出したのは試作のケーキだ。

 旅の間の料理は基本的に温めるだけの連中と違って、俺はぶっ倒れてもいいからとシステムキッチンを創造してある。しかも魔道具だからいつでもどこでも蛇口をひねれば水も出るし、コンロもIHでオーブンだって使用可能な対料理兵器として最高峰の物を持っている。

 これを使ってケーキを作ろうと思った訳なんだが、菓子類は基本的に手順や量を間違えると簡単に失敗する食べ物。おまけに超絶時間がかかる。一応〈収納宮殿〉が時間停止の機能があると言っても、俺は基本的に根無し草で動き回ってまだ見ぬ美女とお知り合いになるのを優先してると、その間に生地を入れっぱなしにしてたらどうなるん?

 そう思って何度か実験した結果、マジで何の影響もなく普通にスポンジケーキが焼き上がり、作ったのが基本中の基本であるイチゴのショートケーキ。それを1ピース分に切り分けたのを3つほど。


「あまいにおいがするのなの」

「甘いお菓子だからな」


 その言葉にギルマスを始めとした面々が反応を示したが、1つ銀貨50枚と呟けば完全無視を決め込む。この世界の一般的な菓子は一番安くて銀貨1枚程度。それも大して甘くもない砂を固めただけじゃねぇのかって文句を言いたくなるほど口の水分を奪っていく悪魔の食べ物。


「おかしってなんなの? おいしいのなの?」

「どうだろうな。人によっては受け付けないモンだが、大抵の人間は頬が落ちるくらい美味いと言って食うから、アンリエットも美味いと思うんじゃないのか?」


 まぁ、床でも柱でもなんでも食うんだから大丈夫だろうと思ってそう説明し、アンリエットも嬉しそうに1ピース一口で食べた瞬間、1秒くらい固まったかと思うとすぐに残りを食べつくした。


「すっごくおいしいのなの! ごしゅじんさま。もっともーっとたべたいのなの!」

「もうない。あくまで試作で作っただけだからなそれに帰ったらハンバーグが待ってるぞ」

「はんばーぐいっぱいたべるのなの~」


 よし。意識を逸らせる事に成功した。やはり子供になっちまっただけあって欲望に忠実だな。まぁ、最初の頃から欲望に忠実ではあった気がするが、あの時は一応なりとも関西骸骨の指示を聞いてたからまだ理性的だったと思っておこう。うん。


「なぁアスカ。ウチも食いたかったんやけどもうあらへんのか?」

「今のは作んのに結構時間掛かるから今すぐってのはちょいと厳しいな」

「そうなんか? どのくらいかかるん?」

「まぁ最低2時間はもらいたいな。それに材料費もケチらずに良いモンをふんだんに使ったから値段もそれ相応って事なんだよ」


 一応低品質でも作れるんだが、当然ながら味の観点で言えば納得するにはほど遠い。なので俺が満足する味を探求した結果、品質が高くなっただけで販売する予定もないから問題ナシ。


「アンタの食に対するこだわり……時々恐ろしく感じるで。もしかして、いつも食うとる生姜焼きとかもそうなんか?」

「しゃーない。俺的にはその辺で食える料理ってのは不味すぎると感じるからな。生姜焼きだったら銅貨10枚もありゃ食えるから安心しろ。ケーキが特別高いってだけだ」


 この世界じゃ、卵1つ手に入れるだけで途轍もない苦労が伴うし、長期間の保存は不可能だからな。そう考えるとこの世界でケーキってのはちょっと先走り過ぎたかもしれんな。


「そら安心したわ。あれがそないな安値で食えるんなら何の問題もあれへん」

「ごしゅじんさまはやくかえるのなの! はんばーぐたべるのなの!」

「へいへい。って訳なんで帰るわ。じゃあな~」


 急かすアンリエットに引っ張られながら、ギルマスを始めとした連中にあいさつして商人ギルドを後にした。

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