#49 パーティーとは……助け合う事と見つけたりっ!
ナガト・アンドウ
16歳 男。
紙のように薄い片刃剣『ニホントー』なる武器を自在に操る剣士。
性格は勇敢で魔物にも恐れず立ち向かい、一騎当千の活躍をして瞬く間にその武勇を国内外に広め、現在は勇者として複数の従者を引き連れて、魔王討伐のためのレベルアップと神器捜索の旅に出ている。
人智を越えたステータスと近づく相手を無残に切り刻むスキルから〈風神〉の2つ名を持つ。
――うん。十中八九あの馬鹿だ。ほんの少しだけ名を語った偽物かなんかの存在を疑ったけど、これだけ経験と情報が一致すればその心配も杞憂に終わったと言うモノだ。
「これだけか……現場に居合わせたにしては少なくないか? 随分と近しい関係っぽいくせにこりゃあ一体どういうことだ?」
今日も今日とてパーカーを着ている侯爵。このいわゆる1つの中世ヨーロッパ的な世界でソレを作るにはあまりにもシンプルすぎるし技術もどうなんだろうと思う。そもそも化学繊維なんて作れるわけがないから十中八九貰いモンだろう。本人もそう言ってたしな。
「現場に居合わせ。侯爵の力を振るい。近しい関係を利用してなおこれが限界です。なにせ召喚されて1月も経っていないのですから仕方ないでしょう?」
「まったくだな。これでもないよりはあった方がましだからね、ささやかな情報提供だとしてもこれはありがたく受け取っておくよ」
そもそもこれを少ないと感じるのは、あんな場所で勇者なんかと出会ったからに他ならない。あれがなければ、これだけでも十分に値千金の価値がある。
しかし……スキル部分だけは出会う前に知っておきたかったな。おかげでかなり痛い思いをした。〈万能耐性〉で痛みなんかをある程度我慢できるって言っても、やっぱ限度はあるみたいだからな。
ついでに弱点なんかも載ってたらなおよかったんだけど、あれは少し挑発するだけで簡単に頭に血を上らせる短気だから、その辺りは問題ないか。
「では、残すは精算だけとなりましたが、あれだけの量となると1日2日では少し時間が足りないでしょうね。出来れば余裕をもって……1週間ほど滞在していただきたのですが」
「そんなにかかるのか……どうする?」
俺としては、さっさと旅に出て気が向いた頃に報酬を受け取ればいいじゃんってスタンスだけど、一応アニーもリリィさんも仲間だからな。スタンドプレーで決めていいという事はない。名付け以外は。
あれだけは完全に俺と言う存在を完全にシャットアウトして決められる。センスがないのは自覚していたけど、ああもあからさまだとかなり悲しくなる。魂子……結構自信あったんだけどなぁ。
「ウチとしては、1週間くらいやったら別に構へんで。折角侯爵様に顔を覚えてもろたんやから、ここでいろんなモンを安ぅ仕入れしときたい思っとったし。アスカが肉料理作ってくれんのやったら生臭い魚なんて食わんで済むんやからな」
「あてもアニーちゃんに同意ですわ。混浴は逃げへんのやし、特に急ぐ旅でもないんやろ? ほんなら少しくらいのんびりしてもええと思います」
「ならしばらく滞在するか」
「申し訳ありません。なるべく最優先で清算を済ませるように手配いたしますので」
「分かった。それじゃあさっそくだけど俺はちょっと用事があるんでこれで失礼させてもらう」
「どちらに行かれるのですか?」
「ギック市。ちょっとギルマスをぶん殴ってこようと思って」
急ぐ旅でもなかったからゆっくりの旅だったけど、俺1人での全力疾走なら往復で1週間もあれば十分におつりがくる。しばらく放っておこうと思っていたけど、これはきっとあの駄神の導きだな。あのクソ野郎を死なない程度に痛めつけてやれというな。
「こ、ここからギック市までですか!? 馬車でも一月はかかる距離ですよ!」
「ユニを普通の馬と一緒にしてもらっちゃ困るな。一応魔獣だから知能も実力もそこら辺の奴に負けはしないんでな」
本気を出せばどうか知らないけど、今のところは俺が走った方が1.5倍くらいは早いんだけど、二足歩行が四足歩行に勝てるなんて露ほども思わないだろうからあえて侯爵の言葉にそれっぽい言葉を返しておく。これで後はユニに森で魔物でも狩って経験値を稼いでおいてくれなんて言っておけば、真実は闇の中という訳だ。
さぁて。これで心置きなくあのギルマスをタコ殴りにしてやれると席を立った俺の手を、何故かアニーが行かさないと言わんばかりに引っ張った。
「ちょっとええか? 実は相談があんねやけど」
「今か?」
「ギルド関係の話やからここじゃアカンねんけど、これは急ぎの用事やからこの街から離れられると困んねん。残りたいっちゅうのに反対せんかったんはこれも理由の1つなんや」
「ふむ。なんで俺だ――っていうのも後で聞いた方がいいのか?」
「そうしてもらえると助かるわ」
なんだか嫌な予感がしないでもないけど、流石にパーティーメンバーの願いを嫌だと突っぱねるのは、これからも良好な関係を続けるにあたってはやっちゃいけないことだよなぁ。どうせギルマスはいつでも思う存分ぶん殴れるんだ。アニーの好感度が稼げるならとここは我慢しようか。
「ならそっちを優先するか。清算が済んだら宿屋に持って来るように伝えといてくれ」
「分かりました。ではそのように伝えておきます」
これで侯爵との話し合いは終わりだ。
侯爵は見た目20代くらいの綺麗な女性だったけど、偉い立場にいる人間とは極力関わり合いにならないようにと決めている。距離を詰められるとまたなんか手伝わされるかもしれないから、態度はそっけなく言葉遣いもあんま丁寧をしないように心掛けておかんとね。
そんな訳で、ユニとアンリエットを呼んで屋敷を後にする。道中は当然会話が始まる。内容はやっぱりアニーの用件だ。わざわざ口に出して俺を頼って来るのは相当にヤバい案件……って訳じゃないだろうけど、こっちもこっちで面倒くさそうな気がするんだよなぁ。
「で? 俺に頼みたい事って何なんだ」
「それなんやけどな。じつは……料理を作ってほしいんや」
「はぁ?」
アニーが言うには、事件の始まりはギック市の商人ギルドらしい。
俺から仕入れた商品の数々を販売しようと訪れた時の事。
少しでも俺に対する借金を返済するために、未知の素材で作られた下着や高品質のポーションなんかを売買登録しに行ったらしい。
売買登録とは何ぞや? と聞いてみると、商人ギルドでは新たな魔道具や商品に対して類似品の売買を禁止する目的で1つ1つ登録が行われているとの事。いわゆる特許的なモンか。
これがあるおかげで、苦労して作り上げた魔道具や今までにない商品の利益が保護され、偽物を作った奴に対する処罰を本人に代わって行ってくれるらしいのだが、その代償として売り上げの1~3割を維持費として持って行かれるらしい。
それに俺の高品質ポーションとサテン生地のショーツなどを登録したらしい。特にサテン生地の方に関しては女子職員の受けが非常によく、余裕があるのなら今すぐにでも売ってほしいと言われるほどだったらしい。まぁ、俺も女性がああいう下着をつけてくれるのはエロく見えるという観点からも非っ常に歓迎するぞ。自分でも穿くのはもう諦めた。この世界の下着は俺の肌に合わんからな。それなら女物であろうとそっちを着ける。
勿論下半身だけだ――と言いたいところだが、少し激しい動きをすると擦れて非常に痛いのだ。どこがとは言わんでも分かってくれ。なんでアニーと同タイプの物を付けている。リリィさんが血涙を流していたが命にかかわる事なんでと押し切った。
そんなこんなで登録も無事に終わり、後は街に着くたびに適当な数のショーツの受け渡しをするだけで、多くのお金が懐に入って来て大儲けが出来ると思っていた矢先。ギルドマスターに呼び出しを受け、その内容が冒険者ギルドの扉を壊した事に対する弁償の請求が来ていると言われ、当然のように反論したが聞き入れてもらえなかったらしい。
「ケチ臭い奴やで。あんなボロ扉の1つや2つくらいギルドの金で賄えっちゅうねん」
「ホンマホンマ。あてら低級商人からふんだくっとるはずやのに財布の紐が硬いわぁ」
そして、俺に借金がある時点でその代金を支払えるほどアニー達の懐に余裕はなく、ショーツやポーションが売れればすぐにでも支払うと言ったがこちらも聞き入れられず、キレたアニーがほんなら代金の替わりに今までに食うた事もない美味い料理のレシピを教えたるわ! と啖呵を切ってしまったらしい。
これに対し、誰よりも商機に敏感なギルドマスターが食い付き、料理の出来次第では支払いを待ってくれるとの約束を交わしたらしい。
今までは口八丁で何とか凌いで来たけどそろそろ限界との事で、今になって俺に泣きついて来たとなる訳らしい。
「そんな訳なんで、ホンマにスマンのやけどごっつ美味い料理のレシピを教えてんか?」
「別に1つや2つくらいなら構いやしないが、さすがに10とか20とか言うようだったら、ごちゃごちゃ口出ししないくらいの額を支払うぞ」
パーティーとして仲間が困っているなら助けることもやぶさかじゃないけど限度ってモンがある。俺はかなりの面倒くさがりだから、それだけの数のレシピをわざわざ書き記すなんて面倒をするくらいなら、パパッと白金貨10枚くらい叩き付ける方を選ぶ。
「その辺は大丈夫や。アスカに作ってもらうんはパスタ料理を3つやから」
「そのくらいなら――っておい。一から作らせるつもりか?」
レシピを書き記すなら〈レシピ閲覧〉があるからそこそこ簡単だけど、1から作れってなるとやっぱり苦労の度合いがグッと跳ね上がる。それで考えると確かに3つくらいがやってやれる限界だな。
「何とか頼めへんやろうか」
「まぁ一度やると言った以上はやってやるが、俺の料理に耐えられる設備なんだろうな」
「その辺は心配せんでもええ。料理も立派な商品やからな。アスカの魔導キッチンには及ばへんけど、十分に使える思うで」
「なら明日でいいな。今日はその辺見て回って食材を吟味するが、お前等はどうする?」
レシピを公開する以上、やっぱこの世界の素材と技術で作れるレベルの物を選択しなくちゃなんない。そうじゃないとこの世界で俺にしか作れない物になるし、それじゃあ一銭の価値にもならないから登録も当然できない。
なのでこの街で買えるそこそこの値段の素材で作れるパスタ料理にするしかない。その為のブラブラだが、アニーとリリィさんは商人ギルドでレシピを公開する旨を告げる為に行かなきゃならないらしく、ユニは夜通し見張りをしていてくれたんで夕食の時間までぐっすり眠るとの事。
最後に残ったアンリエットは一緒に行きたいと言っていたが、侯爵の庭で遊び回っていたからか少し眠そうにしてたんで連れ帰ってもらう事にした。
「じゃ、夜には戻るんで」
「迷惑かけてホンマにスマンなぁ」
「ほな気ぃつけて」
そうしてアニー達と別れた俺は、適当に店舗を見て回る。
全体的な印象としては、やっぱり調味料類が少ないって事だな。一応港町という事もあってか、ギック市では見なかった香辛料やハーブと言ったスパイスの類を幾つか見つける事は出来たが、パスタにそれだけってのは単純すぎるし、3種が似たような味になるのは登録の観点から見ても望ましくない。
「お? これ一つくれ」
「あいよ。鉄貨3枚だ」
見つけた野菜を手に取って早速一口。見た感じはトマトっぽかったんでナポリタンやミートソースの材料として使えんかと味見をしてみたところ、少々酸味がきついけどしっかりトマトっぽい。後は味を調えれば使えない事はない。
他にも香辛料を売ってる店で鷹の爪やニンニクを発見したんでペペロンチーノやアラビアータなんかが作れるし、別の店では牛乳と卵を見つけたがこれは少し高すぎるんで、カルボナーラは候補から外しておくか。
肉関係は魔物由来の物が豊富にあるから心配するような事にはならないし、海が近いから海鮮系……イカスミパスタなんてどうかなと思って聞いてみると、イカはクラーケンって魔物しか存在せず、そのサイズも成体で20~30メートルの巨体となり、もし討伐する事が出来たらその素材だけでもう一生遊んで暮らせるんじゃないかって大金が手に入るらしい。
そんな奴の墨となると、一皿金貨何枚だよって超高級品になるから却下。
見て回った結果。とりあえず作るパスタはペペロンチーノとナポリタンとミートソースとする事にした。これならこの世界の材料でもそこそこ美味い味の物になると判断したんで、後は材料を買い揃えてアニー達の判断を仰ぐとしよう。




