#44 着せ替えアスカちゃん
「あの……リリィさん?」
「なんですか?」
「それ……どうしろっての?」
いや。聞かなくても分かる。一目見れば誰だってそれが何なのか分かる。
リリィさんが手に持っているのは、俺的にはあまり上等とは言えないが、この世界基準で考えれば相当に豪勢な素材を使って縫いあげられた一着のドレスだ。全体的に黒を基調として、首回りや袖。スカートの端にこれでもかと白いフリルがあしらわれ、背中には天使の羽でも模したのかって感じの物が縫い付けられてる。
俺は確かに罰を欲している。そしてそれを自ら進んで与えてやろうとリリィさんが名乗りを上げた。今にして思えばこの人が立候補をした時点でこういう系の罰が来ることが予測できたではないか。やっぱりリリィさんはナシでなんて言える空気じゃない。
しかしだ。目の前には、ニッコニコ笑顔でフリルがこれでもかと装飾されたいわゆるゴスロリ――この場合は甘ロリとかいうんだったっけ? まぁどっちでもいいや。とにかくそんな感じの服を手にしているって事が需要なんだ。
「決まっとりますやろ。アスカはんに来てもらいたい服です」
「だよなぁ……」
それ以外にこんな服を持ち出してきた理由がない。と言うかあの服は一体どこから取り出したんだ? 最近また装備を一新して、だぼっとしてたローブはすこそこスタイルにフィットする造りの物になったはずだってのに……不思議だ。
「アスカはんは罰が欲しいんやろ? ほんならあての願いを叶えてくれたってええやないですか。こういう格好は嫌いやろ?」
「ああ。嫌いだね」
当然だ。いくら子供の身体に作り替えてもらったとは言っても、中身は34のおっさんなんだ。何が悲しくてあんなフリフリの女物の服を着なきゃなんないんだっての。
だから服装はいつもシャツの上にジャケットを羽織って下はジーパンだし、靴なんて軍用のコンバットブーツ。髪だって女としてはかなり短くしてる。将来男に戻る予定があるのにそう言った癖に目覚めたくないからな。
「せやったら丁度ええですやん。ダンジョンの外に出るまでこの格好でいてもらいます」
「本気で言ってるのか?」
「アスカはん大好きなあてがこういう事で嘘を言うと思っとるんですか?」
だよなぁ。あれから暇さえあればしょっちゅう抱きついて来るし、俺の髪を何とか長くしようとしてくるんで、週に一度のハイペースでコッソリ切っているほどだし、風呂上りなんかにも用意しておいた着替えがスカートになっていたりなんてしょっちゅうだ。
あまりにひどい場合はさすがに文句を言ったりしているけど、それで懲りるようなリリィさんじゃない。一時はナリを潜めるけど、すぐにまたあの手のこの手で迫って来る。今回もこれ幸いと今まで黙っていたんだろう。
万が一俺が罰の件を言い出さなくても、その時はきっとリリィさんから言い出していたに違いない。いつもは俺の質問に答える役目をアニーに譲っているけど、こういう時だけは非常に頭の回転が速いというかなんというか。
これほどの相手を前に言い包められるほど弁が立たないからな。大人しく受け入れるしかない。
「はいはい。罰だもんな。着ますよ着ればいいんでしょう」
「さすがアスカはん。ほなら早速お手伝いしますよって」
自分で言いだした事だ。男に二言はないが、着た事なんてある訳がないので鼻息荒くしているリリィさんに着付けを頼むしかない訳なんだけども……ハッキリ言って怖すぎる。
「言っておくけど、変なトコ触ったらリリィさんだけパーティーから抜けてもらうんで、そのつもりで手伝ってくれよ」
「・分かっとりますよ。あてはアスカはんにこの服を着てもらいただけやから、そこまでの贅沢は『今は』言いまへんから安心しといてください。それに、裸ならいつもお風呂で見せてもろてますんで多少は我慢できますよって」
一瞬間があったぞ。あれは、俺が言わなかったら絶対にやっていたはずの間だ。まぁその時に文句を言えばすぐに止まるだろうけど、俺は攻められるより攻めたいタイプの人間だ。とりあえずリリィさんの一挙手一投足に目を光らせながら、すごいスピードで着付けが完了していく。
「なぁ……なんでピッタリなんだ?」
「当然です。あてがちゃんとアスカはんの身体に合ったモンをアスカはんのスキルで出してもろた素材で製作したんやから僅かな狂いもありまへん」
淡々と着替えが進んでいくが、スカートってのは凄く風通しがいいせいかスース―してもの凄く落ち着かない。女子高生なんかはあんな短くてよく普通に歩き回ってられるな。
物の10分程度で着替えが終わり、いつの間にか肩ぐらいまで伸びる銀のエクステがついていて、はたから見れば完全に貴族のお嬢様かって感じの出で立ちに大変身。
「っきゃああああああああああああああああ! 最っ高の美少女やあああああああああああ!!」
罰ゲームの開始と共に、リリィさんがたまたま近くでリスポーンしたゾンビですら驚きに肩を震わせるほどの絶叫を上げながら、俺を力いっぱい抱きしめ、燃える燃えると叫びたくなるほどの勢いで頬ずりをしてくる。その表情は今まで見て来た中でも最高に幸せそうだ。美少女が穴と言う穴から汁を垂れ流しにしているところはとても人に見せられない。
「リリィさん痛い」
「はっ!? あてとしたことが正気を失ぅてしもうた。それにしてもやっぱアスカはんは可愛いわぁ。どないしてあないな格好しとるんですか?」
「ああいうのが好きだってのもあるし、戦闘する際にこんなんじゃ動きにくくてかなわんだろ。だからさっさと次の階層に向かおう。リスポーンのペースも大分落ち着いて来たみたいだし、そろそろ最下層に着くのかもしんないぞ」
1階層の時はぎゅうぎゅうに魔物が押し込められたワンフロアで大体5分くらいで全滅。そこに素材回収で1時間くらい。その間にリスポーンしたのは数十体。感覚で1分以内に1体のペースだ。
そしてこの第7階層は、〈時計〉で計ってみると3分くらいのペースでゾンビが現れる。スタンピードが魔物の異常発生だとするのならば、増える以上のペースで魔物を狩りまくれば自然とその量は落ち着いてくる。もし無限に魔物を生み出し続けられるのなら、この世界はとっくに魔物だけで埋め尽くされている。
そうならないのはスタンピードに限界があるからに他ならない。だから、リスポーンのペースが遅くなっているのを理由に、このダンジョンも例に漏れずに限界が近いんだろうと判断した。
そんな感じでやって来ました第8階層。
さっきまで洋館的な感じだった光景は、今度は城塞の外通路って感じで壁は武骨な石で出来ていて、足元は所々草がむしられた地面。空には夕暮れの茜色が広がっていた。
出て来る魔物は犬頭の小人――まぁいわゆるコボルトだな。それとでっかいアルマジロに赤いスライム。移動するひまわりにさ○よう鎧なんてラインナップ。ここら辺まで潜って来るとさすがに魔物の種類が増えて来るな。
「さて。早速魔法鞄の試験運用をしたいと思うんだが、どっちが俺について来る?」
これまではスタンピードさせないように魔物の数を減らす事を第一に考えて、ユニが倒した分の素材は合流してからもう一度来た道を戻って回収しつつリスポーンした魔物も殺していた。
浅い階層の頃はまだスタンピードも猛威を振るっていたからそれで良かったかもしんないけど、今となってはリスポーン速度も遅くなって来たんで、分業制は逆に時間がかかりすぎて効率が悪くなってきてる。
そこで登場するのが、さっき創造した魔法鞄だ。これをアニーかリリィさんに持たせて魔物の全滅と素材の回収を同時に行えば、攻略速度は単純に倍になる。つまりは1秒でも早く混浴をする事が出来るようになるって訳だ。
そんな訳で、せっかく作った魔法鞄の性能を確かめるため、どちらかにはユニに同行して素材回収に充てようと思っている。
本来であれば、魔物がすし詰めのダンジョンの中で別れて行動するなんて言語道断と言われかねんだろうけど、全員が普通に一撃で魔物を倒しているから、2・2に分かれて行動しても特に問題はない。一応安全を重要視して俺とユニは別々に行動する。
「ま。ウチが適任やろうな」
ため息交じりにそう宣言するアニーの視線の先では、ホクホク笑顔で俺を抱きしめているリリィさんを見ている。ま。俺が視線を外せばただならぬオーラを纏いながら睨んでいるのは容易に想像できるけどな。
という訳で、アニーに魔法鞄を渡してユニと同行させる事で決着がついた。
「それじゃあ任せたぞ」
「ご安心を。主の命である限り、アニーを守り通しましょう」
「ウチもある程度は戦えるから心配せんでもええよ」
「万が一勝てない敵に遭遇したら絶対に逃げろよ。足がなくなろうが腕がなくなろうが生きてさえいれば治してやれるからな」
念のためにエリクサーを一本だけ渡してユニたちを見送った俺とリリィさんは、反対方向へ向かって歩き出す。
「はぁ……可愛いわぁ。ホンマお人形さんみたいやわぁ」
「リリィさん。邪魔なんだけど」
ただでさえスカートがまとわりついて動きにくいっていうのに、ことあるごとにリリィさんが俺の周りをグルグル回って恵比須顔を披露しているのだ。それを避けての投石は効率的じゃないのは明らかだけど、リリィさんはリリィさんでちゃんと魔物を狩っているからそれほど強く言えない。
「大丈夫やって。アスカはんとあての2人が居れば、この階層の魔物かて楽勝に決まっとりますやん。心配性なんやから」
「油断禁物だぞ。さっきの俺の間の悪さを見ただろ?」
あの時はさすがに肝が冷えた。〈恐怖無効〉があるとはいえマジでヤバいと思ったからな。今後はもう少し考えて行動する事を心がけないと、本気でこの世とおさらばしちゃう危険がある。それは別に構わないんだけど、さすがに息子を活躍させないまま天国へ逝くのは勘弁願いたい。
「大丈夫やって。万が一同じ事ンなったらあてがちゃんと守ったるから」
「そういう事は自分の身をちゃんと守れるようになってから言ってくれ」
自信満々に胸を張るリリィさんのすぐそばに、歩き回るひまわりがリスポーン。蔦がリリィさんの体に巻きつこうとしていたので即座に抱き寄せてからの〈火矢〉で一撃で焼き尽くしてやった。
「た、助かりました」
「まったく。よそ見ばっかしてるからこういう目に合うんだよ。そうと分かったら気をつけながら進んでさっさとクリアしないとな。もう夕方って事は結構長い時間潜ってるってことなんだろ?」
俺は〈時計〉があるから正確な時間を把握しているが、常人が同じ事をするなら魔道具を必要とするところなのだけど、ことダンジョン内の空が見える階層についてはこうして空の色が変わる事で大隊の時間を把握する能力が斥候種奥には必須だとか。
「ホンマですね。こうもダンジョンに居続けると時間間隔がおかしなってくるわ」
「確かにな」
そろそろダンジョンに潜って7時間くらいか……さっきのも、平時ならリリィさんでも十分に対処できたんだろうけど、やっぱ疲れてんのかもしれないな。




