#42 ゆうしゃをやっつけた。
「おおぅ。滅茶苦茶痛い」
すぐに自分の状態を確認してみると、拳を振り抜いた方の手が肩に届くまでズタズタに斬り裂かれていて、大量の出血をしていた。HP的には2割程度の減少だけど、腕一本まるまる使い物にならなくされてその程度なら、十分軽傷と言っていいんじゃないかな。
とりあえず治療としてポーションをぶっかけてみる。全快とまではいかなかったけど十分動くんで問題は何もない。後は〈回復〉に任せる。
本当ならエリクサーを使いたかったけど、今はアスカのままだからな。実力はエルグリンデとギック市でバレてるから問題はないが、エリクサーを所持してるってのがバレるのはさすがにうざったい事になりそうだからな。全員殺してからなら気絶してたんだよの一点張りでごまかせるが、既に戦意を喪失してる少女5人に手は出したくない。
さて……問題の勇者だが、俺の一撃をまともに受けたとはいえ相当加減しておいたおかげで鎖骨が折れる程度で済んでいるはず。
これで平然と立ち上がるようなら俺と同じ自動回復系のチートを貰っていると判断できるんだが、動きが遅いし殴った個所をカバーするように起き上がったのでその線はない様だ。
「ぐ……う。随分と重い一撃だったが、テメェもそれなりに重傷を負ったな」
「そうだな。こんな痛い思いをしたのは生まれて初めてだよ。今のがお前のスキルの力か?」
ワイバーンの炎やアレクセイの自爆の時でも痛みらしい痛みはそんなになかった。それが今回に限ってはマジでのたうち回りそうになるほどの激痛が脳に届けられた。〈万能耐性〉にはちゃんと物理攻撃に対する耐性もあるはずなのに、これだけの痛みを認識させられるのはもうスキル以外に答えが見つからない。
「だとしたらなんだ? わざわざテメェのスキル教える馬鹿がいる訳ねぇだろうが」
「まぁそうだろうね。でもお前のお粗末な剣技を考えるとそんな答えにしか行き着かない」
「ほざけクソガキがぁ!」
やっぱり人族の勇者はハズレと判断していいな。
簡単に挑発に乗るし。戦略なんて考えられるほど利口な頭を持ってる訳でもなし。これはきっと、チート能力に酔いしれて単純な力押しだけで今まで何とかなってきたのが原因だろうな。勇者の能力は大体が常人を超えるステータスって言うのが漫画・アニメ・ラノベ・ゲームでの定番だからな。
後はそれだけしかないのか。
ほかにもいくつか所有しているのか。
そう言うのを知る為にはやっぱり直接剣を交えるしかない。超絶に面倒くさいけど、実力も乏しくこっちの情報をあまり入手していない今の方がより簡単により多くの情報を抜き取る事が出来る。これも六神ぎゃふん(死語)の1つだ。頑張るぞい。
「ほいっと」
まずは効果範囲だ。と言っても何回も腕を突っ込んで調べるのはこっちとしてはやりたくない。答えは滅茶苦茶痛いから以外に説明の必要はないだろう? ドMじゃないんでそう言うのはノーサンキュー。しかし! ベッドの上でなら多少の痛みは受け入れる所存であります!
という訳で、腰に下げている身の丈に合ったサイズの鉄製の剣を、攻撃前。攻撃中。攻撃後の3回に分けて振り抜き、謎の攻撃の発動は馬鹿の斬撃が振り抜かれた後。そして手に伝わる感覚でおおよその見当をつけてその射程が腕じゃなくて胴体から大体30~50センチくらい前方と非常に短い距離にだけ効果がある事が分かった。
「なぁ~る」
これは……どっちかって言うと攻撃じゃなくて防御よりのスキルだと思う。まぁそれも当然。
そもそも勇者だなんだと言ったって、所詮は犯罪をさほど身近に感じてこなかった日本人。余程の狂人でない限り、こんな世界で生きていくのに安全に安全を重ねない訳がない。俺だって事実安全を第一に考えて行動している――訳じゃないけど、まぁトップテンにはランクインしている。はずだ。
戦闘に際して一番の危機はいつか。勿論攻撃を躱された瞬間だろうと考える。多少なりとも剣の知識があるであろうナガトが、そこのタイミングにわざわざ出るようなスキルを選んだんだ。まず間違いないと思いたい。
もちろんすべてが俺をハメる為の策だと邪推も出来るけど、この馬鹿にそこまで頭が回るような賢さがあるとは微塵も思えん。
「どうしたどうしたぁ! さっきまでの威勢がすっかりナリを潜めてんじゃねぇか!」
相も変わらず単調な攻撃ではあるけど、まるで不可視の鎌鼬がナガトを守るように展開するから非常に厄介だが、対処する事だけを考えれば何とかするのは簡単だ。
第一に槍を使う。
今のところ、ナガトのスキルはあくまでも懐に飛び込まれた時用の最終防衛ラインでしかないのは剣をボロボロにして把握済み。つまりはその外から攻撃するのが一番手っ取り早い対処法だろう。三すくみ的にも槍は剣に強いからな。
つっても、人の目が多い所で〈万物創造〉や〈収納宮殿〉みたいにデカい手の内を晒したくない。であれば物理じゃない遠距離でちゃっちゃと痛めつけるのが手っ取り早い。
「〈火矢〉」
「うおっと!?」
反射神経は悪くないか。しかし……避けたって事はあの鎌鼬は魔法に対する防御手段にはなりえないのかもしれない。もうちょい試してみるか。
「〈水刃〉」
フリスビーを投げるようなモーションから放たれた魔法は、丸ノコをトラックタイヤにまで巨大化させて、それを数珠状につなげたものが蛇のように動いてナガトへと猛スピードで襲い掛かる。
突然の魔法に不格好な回避行動を取ったんでこれは当たるかな?
「ちい……ッ! 〈魔法消失〉」
なるほど。ナガトも魔法が使えると。俺の魔法があっさり砕け散った訳だけども、これならもっと簡単に戦闘不能に追い込めるな。
あっちのMPがどんなもんか知らないけど、こっちは1回撃つのに使うのはたったの1だ。おまけにあんまり使えない〈回復〉であっても地味にMPが回復するから、Lv1魔法だけに限定すればほぼ無尽蔵に撃ち続けられる。とりあえず今回は魔法が使えて懐に飛び込みにくいという事が分かっただけでも良しとするか。
「〈火矢〉〈火矢〉〈火矢〉〈火矢〉〈火矢〉〈火矢〉〈火矢〉〈火矢〉〈火矢〉〈火矢〉〈火矢〉〈火矢〉〈火矢〉〈火矢〉〈火矢〉〈火矢〉〈火矢〉〈火矢〉〈火矢〉〈火矢〉〈火矢〉〈火矢〉」
「く……そったれがぁ!」
ナガトも必死に〈魔法消失〉で抵抗しているけど、1回のMP消費量がデカいうえにほんの少しだけど詠唱のタイムラグが発生するんで、避けられない内の致命傷になりそうな物だけを消し飛ばしている。頭は悪いが判断が早いし、何より死を恐れてる雰囲気がない。同じ〈恐怖無効〉でも持ってんのか?
ちなみに他の5人は手助けに入らないのかちらりと目を向けてみると、皆一様に愕然とした表情を浮かべたまま動こうとしない。きっと自分達が入って魔法で撃ち抜かれる様な足手まといにはなりたくないんだろうと思う。
「〈火矢〉〈火矢〉〈火矢〉〈火矢〉〈火矢〉〈火矢〉〈火矢〉〈火矢〉〈火矢〉〈火矢〉〈火矢〉〈火矢〉〈火矢〉〈火矢〉〈火矢〉〈火矢〉〈火矢〉〈火矢〉〈火矢〉〈火矢〉〈火矢〉〈火矢〉」
「ぐあっ!?」
何発目かになる魔法が、ようやくMPのなくなったナガトの脇腹を小さく焼き貫いた。魔力欠乏症の身体で良く避けられたもんだ。後は平和的――は難しいけどさっさとここからご退場願うとしよう。いつまでも相手してっとアニー達が心配して戻って来るかもしんない。
「さて……MPの切れた足手まとい。ここで俺に殺されるか命乞いをしておめおめと逃げ帰るかの選択肢を与えてやるからさっさと選べ。遅れると前者になるぞ」
「ク、ソが……っ! 俺様が誰だか分かってんのか?」
「うーわっ。実力で敵わないと分かると今度は権力を笠に着るのかよ。クソダサいがそこまで言うからには礼儀として一応聞いてやるよ。一体お前は何者なんだい?」
「ナガトは勇者だ! それを……それをどうして貴様みたいな小娘が圧倒できるというのだ!」
出来れば本人から言ってほしかったけど、ここまで馬鹿にされて堂々と名乗りを上げる馬鹿ではなし。少女騎士の1人。ポニテのリーダーっぽいのが自分を奮い立たせるように怒声を張り上げた。
「それはこの勇者が弱いからだろ。相手の実力を把握する事も出来ない低レベルがロクな訓練もせず、ダンジョンでの戦闘の怖さも知らないうえに集団戦闘のイロハすら叩き込まれていない。だからこいつは無様に負けたし、お前達は何の役にも立たなかった。俺からすればお前等のやってる事はお遊びだ。こういう勇者ごっこは安全安心な街の近くでやってればいい。いざという時はつよーい騎士が助けてくれるからな」
勇者を勇者と認めず。さらに騎士としてかなりの訓練を積んだであろう少女騎士達をお遊び扱い。これはかなり頭に来るのは分かっていてあえて口に出してるんだ。怒ってもらわないと困る。
「我々は王都で栄えある親衛隊をしているのだぞ……それを児戯だとぬかすか小娘ぇ!!」
「事実だろ?」
俺の『4割』の踏み込みからのパンチは、速度と相まって拳圧だけでザコい魔物は砕け散る。一応直撃コースを外してはおいたけど、吼えた武士然少女騎士の鎧に粉微塵に砕け散り、壁まで吹っ飛んだ。まぁ死なんかっただけ良しとしとくれ。
「な? この程度に反応できないだけじゃなくて踏ん張る事すら出来ないんだ。お遊びでいいだろ」
たかが拳圧で金属鎧を砕き、人を吹き飛ばし回復が必要なくらいにはダメージを与えた。そんな威力を目の当たりにして、自分達が強いなんて言える訳がない。俺からすればさっき言った通りにごっこ遊びにしか見えないんだから。
しかし。1人のぽわぽわとした少女がこの状況でくすくすと笑いながらつぶやいた。
「あらあらぁ~。直接殴らないなんてぇ~随分と優しいのねぇ~」
やはりバレるか。まぁこの俺が女性の顔を殴りつけるような勿体ない真似をする訳がないじゃないか。え? さっき腕を斬り飛ばしたって? それは、後でエリクサーを混ぜ込んだ物を渡して近づく口実と信頼回復に努めようとしていたのだよ。ぽわぽわ少女のせいでご破算になったけどね。あんな感じのクセに意外と鋭いな。要注意や!
「そりゃあそうですよ。女性は存在そのものが至宝ですから。なんでご退場願えますかね? 今なら特別なプレゼントをご用意いたしますよ」
「目的は何かしらぁ~?」
「最初に言った通りに侯爵の依頼でスタンピードを止める邪魔だからですよ。まぁ、散々邪魔されたんで、今は神器を横取りさせてもらうけどな~」
「神器は勇者にしか扱えぬ代物。それを手にして何を成す気だ」
「別に何も。しいて言うならとある人物との約束を果たすためとだけ言っておこう」
あれでもちゃんと人の形だけはしていた。なので別に間違った事は言っていないし、そもそもこんな事でぎゃふん(死語)と言わせるには無理がある。せいぜいがよくも邪魔をしおって! くらいが関の山だがそれでも駄神は喜ぶだろう姿が容易に想像できる。
という訳で、今はいくつあるか知らん神器の内の一つを確保しておいて、よりぎゃふん(死語)として有効な手段が見つかったら返してからそれでナガトを苛める。そうすればまずは人族の神はあの駄神の目論見通りになってくれるかもしれない。
もちろん主題は伏せておく。駄神に頼まれましたなんて馬鹿みたいな説明で納得――は勇者なんだから信じる可能性があるし、そこから人族の神にチクられたらやりにくくなるかもしれんからね。
別に魔王とかに売り払ったりしないという言葉を付け加える。預かる理由としては、未熟で実力不足のこんな馬鹿に神器を渡したら、ますます増長するだろう? なんてもっともらしい事を言えば、彼女達も納得した。
「いいでしょう。どのみちミミのMPが切れてしまっているから帰還せざるを得ないので」
「ならいくつかポーションを譲ってやろうじゃないか。お近づきのしるしにどうぞ」
そう言って1人2個づつポーションを投げ渡し、腕をぶった切ってしまった武士然とした少女にはエリクサーを1滴をポーションに混ぜ込んだそれを、さらに10倍ぐらいに薄めた物を渡しておく。これならば魔法でも残ってしまった傷跡くらいは跡形もな消してくれるはずだ。
「それじゃあまたどこかで~」
「ふっざけんな! テメェ等離しやがれ!」
こうして5人の少女騎士は、いまだ怒号を上げ続けるナガトを引きずるようにしながら立ち去って行った。疲れた……。




