#39 暗いトンネルを抜けるとそこは……雪国ではありませんよ
依頼のあるダンジョンは、エルグリンデから北に馬車(牽き手が馬の場合)で2日ほど向かった先に風の谷と呼ばれる渓谷にあり、そこの中腹辺りにダンジョンがあるとの事で向かっている最中で、近づくにつれて確かに風量が増してくる感じがある。
「風強いなぁ~。大丈夫か?」
「前進には問題ありませんが、毛並みが崩れるのは怒りを覚えますね」
「我慢しろ。1人で生きていくのが嫌なんだろ」
最初の頃は柔らかい風が頬を撫でるいい感じの風量だったのが、目的地に近づくにつれて今では髪が横になびいたまま落ちる事がないくらいの風圧を受けている。
それによって日頃から非常に毛並みに関して身だしなみを気にするユニはずっと苦虫を噛みしめたような顔をしているものの、従魔になりたいと懇願してきた以上はその程度の事で指示を取り消すつもりはない。
「それにしたって随分簡単な手に引っかかって依頼受けたもんやな」
「いやー面目ない。さすがは貴族と言うだけあって腹芸の1つや2つをこうもアッサリとしてくるとは思わなかったんだよ」
「そらアスカはんが抜けてるだけですわ。貴族いうんはどないして領民からお金を取って自領と仕える国を栄えさせるかを第一に生きとるんやで? あてら商人でも、油断しとったらあっという間に不利な契約交わされて痛い目に合いますよって、油断せんといてくださいね」
「これからは気を付ける。しかし本当について来てもらってよかったのか?」
事前に話しているが、これから向かうのはスタンピード寸前――もしくは既にそれが起きているダンジョンだからな。最悪の場合はすでに大量の魔物が軍勢となってエルグリンデに向かって進軍を始めているかもしれない。そうなればさすがの俺でもすべて任せろなんて言えないと思う。
だから、ついて来たくなければ別に来なくてもいいぞと忠告はしたんだが、2人は特に躊躇する事もなくついて来ると即答した。まぁ……レベルも上がったし装備も新調したんでそう簡単に死ぬ事はないだろう。
「構へんよ。ただ待っとっても面白ないしな」
「そろそろあて等も体動かさんと、いざいう時に戦えへんくなってまいそうやからね」
「ワタシは主の従魔です。どこへだろうとついて行くのが務めです」
「本音は?」
「「マンガ読み終わって暇んなった」」
うーん。俺もそうなんだが、アニー達にもスタンピードダンジョンに向かうって言うのに緊張感が全くと言っていいほどない。
侯爵の話だと、ダンジョンの魔物はさほど強くないって話だけど、それはあくまで一階層のみの話であって、全部で何階層あるのかとか魔物の強さなんかも完全に分かんない状況だっていうのに、普通にハイキングに行くみたいなのんびりとした空気が漂っている。
まぁ……俺も邪魔にしかならなそうな冒険者の同行を頑として断ったしな。とりあえず危険のない深さまでは潜ってみるとするか。
――――――――――
エルグリンデを出てそろそろ3時間。ユニの足が速いおかげで予定より早く目的地である風の谷付近までやって来た訳だけども、その頃には台風か! って言いたくなるくらいの暴風が吹き荒れてそこそこ怒鳴らないと声が届かないし、いつも使ってる高性能馬車だと幌が壊れると言って別の馬車をマリュー侯爵が用意してくれていたので一応無事ではある……お尻以外は。
「いっつつ……ようやく着いたか。こんなんでよく旅なんかやってられるな」
「全くです。いつものと比べて随分と重量を感じましたし進みも悪く非常に不愉快でした」
いつも使ってる馬車を使っていれば2時間もかからずに到着できる予定だったんだが、この世界の馬車は乗り心地最悪で、おまけに路面状況も過酷だからサスペンションもない足回りではどうにもなんなくて容赦なく腰と尻に襲い掛かってくるから頻繁に休憩を挟ませてもらったので、こんなに時間がかかってしまった。下に恐ろしきは技術の低さ也。アレクセイより強敵だったぜ……帰りは自前の馬車を使う! 絶対にだ。
「これが普通なんや。ウチもアスカの馬車のおかげですっかりなまってもうたわ」
「あてもです。帰りには何とかしてくれまへんか?」
「俺の為でもあるからな。謹んでお受けしよう」
という訳で、ダンジョンから200メートルの距離まで近づくと、入り口っぽい物が見えるようになったわけだけど、そこにあったのは自然って言葉を遥か彼方にブン投げたようなネオン管でWelcomeの文字がギラギラと光ってて、某ドラゴンなクエストみたいに地下へと続く階段が横に5人は並んで降りる事が出来るくらいに広く、その前に居る数匹の魔物が既にダンジョンから姿を現し、こっちに向かって進軍を始めようとしているところだった。
タイミング的にはまさにアウトって感じだけど、人命救助って考えれば紙一重のギリギリのタイミングと言ってもいいかもしれないね。
「〈火矢〉」
魔法一発で決して広いと言えない谷間を突き進む魔物を一瞬で消し炭にしてやったが、歩くのもしんどい暴風の中での一発は、ワイバーンを撃ち抜いた物と比べると大体2割くらい威力が減ってる。それでも魔物は全滅したから良しとしようと思ったがすぐに後続が出て来た。
「あかんな。あのダンジョンはもう臨界を越えとる」
「ならさっさと数を減らすか」
一応の解決法として数を減らすしかないらしい。だからこそ侯爵も多くの冒険者を投入しての物量作戦を提案してきたんだが、俺はそれを一蹴した。単純に俺1人で暴れた方が掃除が早く済むからな。仲間でも綺麗で可愛い女性でもない連中は邪魔でしかない。
「考えなしに飛び込むんは危険やと思いますけど」
「なにを惰弱な事を……主。ワタシにご命令頂ければあの程度の下等魔物如き連中を単独で殲滅してご覧に入れましょう」
ダンジョンを一目見るなり、全員からネオン管についてのツッコミはなくスタンピードに関しての意見しか出なかった。あったらあったでどうして知ってんだってってなる。2人と一匹が正反対の反応でもって俺に話しかけて来る。パッと見た感じは某ドラゴンなRPGの初期に近い感じの洞窟って感じの入り口だ。
取りあえず魔物出て来た魔物を処分しながら近づき、下に続く階段をのぞき込んでみるといるわいるわ魔物の大軍が。まるですし詰めみたいにぎゅうぎゅうになってる感じの光景が広がってた。これらの掃除と素材の回収をしながら、最奥のコアを目指さないといけない訳か……超面倒臭い。
ちょうどやる気がみなぎってるみたいだし、行ける所までユニに任せるか。
「とりあえずどのくらい深いか分からんから、飯とか必要になりそうなモンを作ってるからユニは魔物が出てこないように一階層で魔物を狩っておいてくれ。終わったら〈念話〉で知らせるか戻って来い」
「分かりました。では行ってまいります」
俺の指示に、嬉しそうに目を輝かせながらダンジョンへと突撃していった。一応〈念話〉が届くのかの確認をしてみたら大丈夫だったので、しばらく放っておこう。運動不足解消にもちょうどいいだろうしな。
「さて。とりあえず何か追加で作っとく物とかあるか?」
現在の持ち物は金貨数千枚に俺達の衣類に数々の食材に申し訳程度のポーション類。エリクサーは寝る前に一本作ってぶっ倒れるように寝てるんでいまの所15本くらい。まぁ……正直言ってエリクサーさえあればほとんどのダンジョンは攻略したも同然だからな。
「ポーションに各種状態回復役はアスカがぎょうさん持っとるし、やっぱ料理やろ。生姜焼きとマグロのヅケがええわ」
「それだけやないでアニーちゃん。松明なんかの明かりも用意しとかんとアカンと聞いとります。こっから見ただけでも薄暗そうやし、絶対に灯りが必要や。松明やったらそのためにMPを使わんで済むんで長く潜る事が出来ますよって」
「なるほどなるほど」
魔物の数を考えれば、ゆったり調理なんて時間がなさそうなのは明白なんで、片手でも食える軽食がいいだろうから、おにぎり・サンドイッチ・ホットドックがいいだろう。
明かりに関してはライト付きヘルメットをいくつか用意すれば問題ないだろうって訳で、俺とアニーで食事作り。その間リリィさんには周辺の警戒と馬車の安全対策を頼む事にした。もちろん料理担当を外されて拗ねてたけど、ニッコリ笑顔でお願いね♪ と言えば鼻血を垂らしながら目を光らせてくれる。
「しっかし……ウチ等だけでダンジョン攻略なんて、あの侯爵様は何考えてんねやろね」
「ああ。その件だったら、生半可な冒険者だと足を引っ張りかねないからこっちから断りを入れておいたぞ。どうせついてこれねぇしな」
普通の馬で2日かかるんだ。足並み揃えて一緒に行こうなんて悠長な事やってたらスタンピードが起きちまう可能性もゼロじゃあない。
なので役立たずだ足手まといだと言葉と暴力で教えてやって時短を済ませ、2人のあずかり知らぬところで余計な事を終わらせておいたのだ。
「おま……っ。何ちゅうことしてくれとんねん! ウチ等しかおらんのがなんかおかしい思ぅとったらそういう事やったんか。せやったら何か。ウチ等だけであふれ出る魔物全部討伐せなあかんようになるやないか! 失敗したらどないするつもりや!!」
「まぁ落ち着け。失敗しそうになったら俺が全力で働いてやるから。それに、他の連中がいると俺のスキルは使えない。バレたら面倒だからな。酸っぱくて硬いパンと塩辛くて何の味もしない干し肉のみを食いたいと言うのなら一度街に戻るけど?」
ま。真実を暴露するなら、侯爵から提示された冒険者パーティーのリストはそこそこ高ランクで実力も折り紙付きらしいが、どいつもこいつもムカつくくらいにイケメンばかりで女性がいなかったんで、俺の心の平穏のために街の防衛でもさせとけとボロボロにした連中を突き返してやった。
アニーやリリィさんが口説かれるのはまだ我慢できるとしても、俺にその矛先が向いたらそのキモさのあまり何をするか分かったもんじゃない。まぁ普通に殺すくらいは序の口だな。
「美味い飯が食えんくなるんは嫌やけど、ウチ等は商人。何より信用を大事にしとるんや。こないに大層な依頼を失敗でもしてもうたらと考えるだけで不安でしゃーないわ」
「大丈夫だって。ユニ程度でも全く問題ないんだ。俺が参戦すればより完璧に依頼を遂行できるってもんだから大船に乗ったつもりでレベル上げに励もうじゃないか」
「それもそうやな。アスカは魔族すら殺した女やし、魔物の100や200は経験済みやもんな」
「そうそう。これもレベルアップの一環だと思って気楽にやろうぜ」
「せやな。ウチも新装備の性能を試したいと思ってたところなんや」
ここに来るまでの間に、アニーとリリィさんの装備は現状で創造出来る最高のもので揃えている。と言っても鋼相当の物に〈付与〉を張り付けただけのなんちゃって装備でしかないけど、2人に言わせるとこれを揃えるだけでも金貨が数枚は必要になるらしい。
そんな会話をしながらせっせと食材の創造を続けてMPがなくなったので、料理を淡々とこなして1時間くらいかね。十分に飯の確保も出来たしライト付きヘルメットの使い方もレクチャーできたしそろそろダンジョンに潜るかとユニに〈念話〉を飛ばすと、階下の掃除は終わっているとの事で3人でダンジョンに足を踏み入れた訳だけど、目の前に広がっていたのは見渡す限りの海。そして海に囲まれた岩柱のような小さな島に立つ俺達。
「えっと……ダンジョンってどこもこんななのか? 上から見た時凄ぇ暗かったけど、これなら必要ねぇな」
「せやね。ダンジョンなんて潜った事ないんでよぉ分からんかったけど、そういえば取引した事ある冒険者から聞いた話やと、こんなんはまだまだ序の口らしいで?」
「せやったね。中には見た目普通の家やのに、足踏み入れたらドラゴンが住んどる火山地帯やったなんて言うとった人も居ります」
そいつは常識外れにもほどがあるな。やはり実際目の当たりにするとさすがダンジョンーーさすダンってところか。
奥へ向かう島とを繋ぐ吊り橋が架けられているのはすぐ見えるけど、それより先はなぜか濃い霧が視界を遮るように立ち込めていて魔物がいるかどうかの判断がつかないのは少しだけ不安に感じる。
ここで普通の冒険者なら、魔物の存在を警戒しながら進んでいくんだろうけど、ここは現在スタンピード臨界を向かえている場所なので、どこに向かおうとも魔物の巣窟である。
全滅も目的なので片っ端から突き進むだけだがまず初めにしなきゃなんない事がある。
「とりあえず……素材を拾っていくか」
ユニが食い散らかした残骸――と言う感じじゃなくて、いかにもアイテムですよと言わんばかりな感じでそこかしこに毛皮や鱗。中には皮袋に入った銅貨なんて物も置かれている。
これもダンジョンだからという理由で納得するしかないらしい。ううむ……本当に不思議だ。
そんな都合のいい感じになった素材を次々に〈収納宮殿〉の中に放り込みながら、時々リスポーンして襲い掛かって来る魔物に対しては、アニーとリリィさんが積極的に戦闘をしてくれるので、俺はせっせと素材を拾っては収納を繰り返す。
素材を拾って収納。
素材を拾って収納。
素材を拾って収納。
特に交代の声も上がらなかったんで入り口の素材を拾い終えた俺達は次の小島に向かうつり橋を渡ると、同じように大量の素材と少数の魔物が居るので同じ事を繰り返す。
ちなみに〈万能感知〉はダンジョン内では効果が発揮されないみたいで、ユニとは〈念話〉は出来るけど居場所までは把握できないので、先走って下の階層に行ったりするなよと釘を刺してある。
1階くらいなら下に降りても平気かもしれないけど、安全に配慮するならばこういった選択をするのは当然だろう。折角都合のいい馬車の牽き手なんだ。万が一失って代わりを探すのは面倒くさいからな。
「主。お待ちしておりました」
そんな訳で、適当に端から端まで歩き回って素材と2人のレベル上げを兼ねた掃除をしていると、どうやら下へ続く階層の小島へとたどり着いたみたいで、ユニが嬉しそうに尻尾を振りながら階段前で忠犬○チ公よろしくと言わんばかりに待ち構えていた。
「お疲れさん。魔物の数はどんな感じだった」
「所詮は有象無象。数ばかり揃えたところで大した事ありませんでした」
「そっか。ならこの調子で頼むぞ」
「主のご命令とあれば喜んで」
っていう訳で合流を果たしたわけだけども、マリュー侯爵に頼まれた魔物素材回収というもう1つの任務がまだ残ってるんで、引き続きこの階層の捜索を続けることにした。
ごく浅い階層だろうと、魔物を素材とした武器防具は駆け出し冒険者にとっては安価で信頼できる物として売り出される。それはやがては自領の安全につながり、国の発展につながっていく。そうすればこの国での発言力も増すので、是非ともお願いしますと念を押された。
そんな訳で一階で大量の素材をゲットした俺達は、軽い休憩をしてから第二階層へと降り立った。




