#38 夢の時間と女性の恐怖
「「「「「「いらっしゃいませ~。ようこそ『一夜の夢幻』へ」」」」」」
マリュー侯爵邸から戻り、夜を迎えると俺はすぐにこの店を訪れたが……天国があった。
歓楽街の中心地に店舗を構えるその店は、入り口にいかついおっさん共が居て随分と舐めた態度を取ってくれたが、ギルマスの紹介状を見せると態度を一変。へこへこしながら店内へ。
一歩足を踏み入れると、そこは一際豪華でありながらケバケバしさがない品のいい内装に、あらゆる種族のトップクラスの美少女と美人さんが、こんなイカ臭い34歳童貞に輝くような笑顔を向けて、あまつさえ肌が大胆露出して向こう側が透けてるように見えなくもない薄手の服で何のためらいもなく抱きついて来るなんて……最高以外の言葉が思いつかんっ!
「きゃ~っ♪ 随分と可愛いお客様ね~」
「ずるいわよエナっ! わたしだってぎゅってしたいんだから!」
「ほっぺぷにぷに~」
おおぅ……なんなんだここは。最高すぎるぜ。少しおもちゃ扱いされてる気がしないでもないけど、この程度の事はリリィさんの日常茶飯事以下だから問題はないし、人の金で飲み食いできるって事を差し引いたって何の不満もありゃしない。
そしてこれを超える桃源郷がギック市に残っているんだって思うと、俺はどうなってしまうんだろうな。心臓が未だ童貞レベルだから、もしかしたら……あまりの光景と待遇に嬉死するかもしれないな♪ そうなったらあの駄神には悪いが、他の人間を使ってぎゃふん(死語)と言わせてもらうしかなくなる。
「こほん。満足いただけているようで」
わいわいと沢山の美人さん達に囲まれながら飲酒を楽しんでいると、正面から凛とした声が向けられる。アクセルさんだ。こんな時でも鎧姿なのはどうかと思うけど、凛とした立ち姿はやはりイイ。
「おう。しかしこんな所までついて来て大丈夫なのか?」
ちらりと視線を少し下に下げると、そこには酒を水みたいにカパカパ飲む侯爵が居る。格好はさっきのパーカースカートじゃなくてこの世界基準のラフな格好――と言っても素材だけは一級品らしい。道中で似合ってますねと褒めてみたらそんな説明を聞かさ――げふげふ! 聞かせてもらった。
「構いません。アスカ殿のような人がそばにいるならどんな事が起ころうとも無事でしょうから」
「そっか。なら楽しませてもらうが、だからと言って首を縦に振ると思わないように」
あの時屋敷から帰ろうとした俺に対し、マリュー侯爵はあのクソギルマスと同じように現状の戦力では解決困難な依頼を出してきた。
何でも最近。エルグリンデの北の渓谷にダンジョンが発見されたらしい。
それ自体はこの世界ではごく自然な事らしく、あらゆる場所に年に数度のペースである日突然現れるらしく、大抵のダンジョンは魔物素材収集のために近隣の村や町で管理を行うらしいんだけども、それでも数十年に一度くらいのペースで渓谷の底や山脈の奥地と言った到達するのに難儀なダンジョンが出てきてしまい、その結果。魔物が軍勢と呼べるほどの大軍となって吐き出される――所謂スタンピードによる被害を受けて初めて発覚するなんて事例も珍しくないとの事。
今回はその瀬戸際での発見で、スタンピード自体起きては居ないものの、それを発見した冒険者パーティーの話を聞く限り、いつダンジョンの外に大量の魔物が吐き出されてもおかしくないのだそう。
俺にはこれの掃除と素材の回収を頼みたいと直々に依頼されたが、現在拒否している。
大前提に俺は冒険者ではないし、この国――ひいてはこの世界の人間でもない。わざわざ求めてもいない地位や名声を報酬として与えられた所で、やれあれをやるなこれをやるなと言われ、事あるごとに派閥の事を考えてうんたらかんたらなんて言われたくねぇし。
まぁ、言われたところで無視をする訳ですが。
しかし……こうして美乳エルフのアンナさんや露出の多い竜族のディアナさんに、頬だけどキスをしてくれた霊族のヴェラさんなんかとこうして触れ合っていると、この女性達にオーガやゴブリンなんかと言った魔物に襲われる同人誌テンプレ展開が繰り広げられるのかと考えると、ちょっとだけ見たい気がしてくるけど、それを口に出したらどれほど蔑んだ眼で見られる事かと考えるとさすがにゾッとする。
と言っても、このまま見殺しにするのも気が引けるんだよなぁ。いくら何でも一般市民を逃がす時間を稼ぐような真似をしないほど馬鹿じゃないとは思いたいが、それをやらんとも限らない。何せ俺は、綺麗で可愛い女性を引き合いに出されると弱い人間だからね。
「アスカしゃんっ!」
「うおっ!? ど、どうしたんだ突然」
これからどうしようかなーなんて考えながらアンナさんの膝の上で酒を飲んでいる俺の目の前に、顔を真っ赤にして目が完全に据わって泥酔しているマリュー侯爵が酒臭い息を吐きながらグッと顔を近づけてくる。
酒に弱いのかどうか分かんないけど、これは完全に厄介なタイプの人間だとハッキリ分かる。
これ以上飲ませるのは危険だとグラスを奪おうと手を伸ばすも、お姉さんたちが面白がって次々にお酒を注いでいく。ヤバい飲み方だ。あんなペースでグラスを空にしてたらそう遠くない未来に肝臓をやっちまうぞ。
かといって、素直に止めろと言っていくような状態じゃなさそうだし、力づくってなると空気が悪くなって好感度も下がりそうだから、ここは別の人間に止めてもらおう。
「アクセルさん。あれは止めなくて大丈夫なのか?」
「いつもの事です。それに侯爵様は二日酔いにならない人なので、たまの息抜きとして見逃すようにと指示されておりますので」
「だからって飲みすぎだろ」
なんでもここには、他領――特に男の貴族との交渉を有利に進める際に頻繁に利用しているから、マリュー侯爵がここら一帯の領主でアホみたいに偉い立場の人間っていう事も分かっているらしいんだけど、本人がそう言うかしこまった空気が嫌いらしくもっと普通にと言い続けた結果がこれなのだそう。にしたってフランクすぎやしないかねってぐるりとあたりを見渡していると――
「ろうしれわらひのお願いを聞いてくれらいんれひゅか!」
顔を持たれて無理矢理正面を――侯爵見るように視界が動かされる。首からグキッって音が鳴ってちょっち痛かった。これだから絡み酒の人間は嫌なんだよな。
「なになに? アスカちゃんこの娘とどんな約束したの」
「……ぷはあっ。それは秘密らから言えないけろ、とても大事な要件れふ」
確かに。最悪の場合今すぐにでもダンジョンからスタンピードした魔物が、大挙をなしてこの街を襲撃してくるのを何とかしてくれって話をすれば、のんびりゆったり酒を飲んでなんて居られないからな。これだけ泥酔していてもその辺の分別は出来るみたいだ。
「飲みすぎだ。そんなんじゃ明日の仕事に差し障るぞ?」
「それはらいじょうぶれふ。わらひは二日酔いしないれふから」
「本当に不思議よねぇ。侯爵様はお酒に弱いくせに次の日はケロッとしてるんだから」
「でも、それで言ったらアスカちゃんも相当よ。よくそんなに飲めるわね」
「ここのお酒は美味しいからな」
もちろん〈万物創造〉で造り出した酒の方が美味しいけど、1人わびしく飲む酒と、絶世の美女たちに注がれた二級品の酒とじゃ天と地ほどの差がある。34歳童貞にとってどっちがうまいのかは言うまでもないよな。
しっかし……ここまでへべれけになってるのに二日酔いにならないってどんな体の構造してんだろうな。普通に考えて、ここまでになったら確実に次の日には地獄を見るはず。俺もそういった経験があるだけにじつに羨ましい体質――いや、スキルか。駄神のスキルタブレットにそんなモンがあったような記憶がうっすらと残ってる。
「しょんなことより! どうしたらわらひのお願いを聞いれくれるんれふか」
「うーん。どうしたらって言われてもなぁ」
正直なところ、今となっては行ってもいいと思ってる。これだけ綺麗な美女たちと一夜を(性的な意味じゃなしに)過ごせたんだから文句なんてあるはずもなし。
しかし金は本当に要らないし、魔物の素材だって今まで出会った魔物から奪って〈品質改竄〉で少しづつ作れる種類は増えているから、欲しいとは思ってないしそれを売ってお金を――ってなってもいらない。
一番欲しい物は男の身体じゃないと何の意味もない。かと言ってタダ働きをするのは嫌だ。
「そうだ。勇者の情報を貰えないか?」
「ゆーしゃですか?」
「おう。何でもマリュー侯爵は勇者をある程度知っているとアクセルさんに聞いてるし、なによりそいつの服を貰えてる時点である程度知己を得てんだろ? だったらその人物に対するある程度の情報を知ってるだろうから、そいつのパーソナルデータ――名前や外見。戦闘に関する情報を子細漏らさず貰うのを仕事の報酬に。それなら受けてもいいぞ」
別に男に戻ってから全員を張っ倒したりする予定とは言え、先に出来る事をやっておけば、後々面倒な仕事をしなくて済むからな。そのためには相手の弱点や性格。所有スキルや得手などなど……全くの未知に対して必要じゃない情報は存在しない。
なんだかこれだけのスキルがあれば無難に勝てそうな気がしないでもないけど、念には念を入れてという言葉があるからね。何事にも準備しすぎという事はないだろう。
「アスカしゃんがいいららわらひはそりぇで構いまひぇん。けろ……知ってるろは人族ゆーしゃだけれす。それれも?」
「問題なし。別の勇者は別の奴に聞くんで」
むしろ聞けない方が、俺にとっては都合がいい。世界美女探しの旅をするんだから、その土地その土地で各種勇者の情報を手に入れればいい。その方が一石二鳥にも三鳥にもなると俺は思う。
「……そうですか。それでは早速お仕事のお話と行きましょうか」
あれ? なんかおかしい。さっきまでふらふらのヘロヘロだったはずの侯爵が、相変わらず顔は赤いながらも口調もハッキリとして足取りもしっかりしてる……なるほど。女は生まれながらに演技者なんて格言を聞いたような聞かなかったような気がするけど、きっとそれに該当するんだろう。さすが若かろうと貴族として魑魅魍魎(ラノベ漫画知識)の中で生きてきただけはある。この場合は俺がアホすぎたし無警戒過ぎたな。次からは気をつけよう。
「ここでそんな事をしてもいいのか?」
一応これから話すのはこの街の存亡にかかる重大な案件だ。余計と言ったらこの場に居る美人さん達には失礼になるが、危機を知ってパニックになって混乱させられると騎士の観点から見ても邪魔にしかならないから、出来れば他の場所でして欲しいな。
「大丈夫よ。わたし達は最初から侯爵がどんな用事でいらっしゃるのか把握しているから」
「確か……未発見のダンジョンから魔物が沢山この街に向かって進軍してくるかもって聞いてるわ」
「大した度胸ですね。普通そんな事を聞けばパニックを起こしそうだけど」
躊躇ったのかどうか分からんけど、そんな大切な情報を夜の蝶達にバラすとは何て思い切った事をするんだと驚くばかりだ。それで〈万能感知〉にすら負の感情を悟らせずにこのバカ騒ぎが出来るなんて……やはり女性は恐ろしい。
「だって、アスカちゃんが何とかしてくれるんでしょう?」
「まぁそのつもりだけど、俺だけで何とかなるのか? 言っておくがダンジョン攻略はこの依頼が初めてだぞ? 情報をくれ」
持っている知識もラノベや漫画やゲームで得た物だから、大筋は知っているけどそれぞれによって特色があるから、この世界のダンジョンはどのタイプになるのかを知っておく必要がある。
「では簡単に説明します。大前提としてダンジョンとは魔物の一種です」
「ふーん。そのタイプね」
「何か言いました?」
「いいや。続けて続けて」
続きを聞いて行くと、ダンジョンは時々生まれる魔力溜まりから発生する魔石がコアへと変貌。それが生まれた地形を利用してダンジョンを形成し、訪れる魔物には強化の力を与えて自らを守る駒とし、侵入者の命を奪う事で自らの養分としてさらなる成長を遂げるらしいんだけど、それだとデメリットしかないんで誰も来ないのが明白なのはコアも重々承知らしく、足を運んでもらいやすいように金銀財宝や高価な魔道具を生み出すらしい。
それが第一段階。この辺りで発見されたダンジョンは、財宝を目当てにやって来る冒険者を定期的に取り込んで養分としながらも、更なる強い餌寄せ用の財宝や魔物のグレードを上げていくので、今のところは両者にとってメリット・デメリットが釣り合うらしい。
しかし。これでも人が訪れないとなると、まるで自らの存在を無視した人類に怒りを向けるようにスタンピードを引き起こすらしい。
正確な間隔は、ダンジョンを研究するような奇特な人間がほとんど居なので未だに分からないらしいけど、最短で一月最長でも1年程度じゃないかというのが、最近の研究成果として王都から送られてきたらしい。幅がありすぎて何の意味もないっつーの。
そして、今日でダンジョンが発見されて1週間だが、発見時点で既に魔物が足を踏み入れずに背を向けた事から容量が限界に迫っていると判断して、いくつかの冒険者に色を付けた報酬を餌に偵察に出したらしいんだけど、一階層も攻略できずに逃げ帰って来た連中からの情報では、足の踏み場もないほどに魔物が詰まっていたとの事。
「聞く限りだと、滅茶苦茶高難度に聞こえるんだけど?」
「もちろん他の冒険者にも頼んでいます。貴女達だけに無茶をさせるつもりはありませんが、ワイバーンを倒す事が出来るアスカさんが先陣を切って攻略をしてもらいたいのです」
「やれやれ……本当はそんな面倒な事はしたくなかったんだがな。こっちもダンジョンは体験してみたかったし、何より勇者の情報がもらえるんだからな。攻略できるかどうか知らんが受けてはやるよ」
そんな訳で、一晩中綺麗なお姉さんにお酌とふわふわのモノを押し付けられたりしながらの非常に有意義で〈写真〉の活躍が光った翌日。アニー達と相談してダンジョンに向かう事にした。
これがとんでもなく面倒でシンドイ事になるなんて思いもしないまま。




