#37 あえて言おう……クズであると!
「いいねぇ。次は頬杖を突きながら足を組んで、見下すような目をしながら視線を頂戴」
「か、かしこまりました」
多少困惑気味なのはいまだに慣れないからであろうが、やはり騎士だからなのか一度スイッチが入ると俺の指示を忠実にこなそうと言った通りのポーズと表情をしている。サファイアの髪とアイスブルーの瞳が相まって何とも綺麗で神秘的だ。
騎士と言うくらいだからもう少しガッシリとした身体つきになるのかと思っていたけど、やっぱりそこは女性なんだろうね。筋肉質と言うよりは鞭のようにしなやかで、健康的に日に焼けた肌にわずかに残る傷跡が女戦士らしさを存分に発揮してる。
腰のくびれも過酷な運動で無駄な脂肪は一切排除されているのに、女性らしい丸みはきちんと残っているし、きゅっと引き締まったお尻もすらりと伸びた長い足も、こうして改めて眺めると相当にレベルの高い美女と言わざるを得ない。これほどの美人に気付けなかったとは……まだまだ修行が足りんな。
さて。どうしてここで俺がここまでアクセルさんの身体を的確に表現しているのかと言うと……最後のお願いとして、彼女の水着撮影会をさせてもらっているからなのだよ!
変態と罵りたくばするがいい! だが言わせてもらおう……その程度でこの俺がくじけるとでも思ったかあああああああああ!
ふぅ……ガラにもなく声を荒げてしまった。落ち着こう落ち着こう……よし。
まぁ、俺が変態なのは認めるがこれはある意味同意の上での行為だ。着替えている間は部屋を出ていたし、おさわりなんて一切していない。そりゃ聞き入れなきゃギック市に帰るかもなんて思わせてるんで脅しに近い交渉かもしれないが、彼女には自分の魅力に気付いてほしかったのさ……キリッ! あぁ恥ずかしい。以上でいい訳終わり!
「やっぱりアクセルさんは十分に綺麗だと思うぞ。彼氏とかいないのか?」
「へっ!? わ、私のような筋肉質な女とも分からないのに彼氏なんて……」
「そうか? ちゃんと着飾ればかなり魅力的になるだろうに」
すらりとしたモデル体型は、確かに女性としてのふくらみは足りないと言うしかないけど、魅力と言うのはそれだけでそれだけですべての価値が決まる訳じゃない。
この世界の総人口がどのくらいなのかは知らんけど、世の中にはアクセルさんみたいに凛とした女性が好きって男もちゃんといる。もちろん目の前の俺もそのうちの1人として存在している。
「いえいえとんでもない。こんな筋肉質ではドレスも似合いませんし、何より他の女性より身体が大きいので着れる物がありません。それに、私には侯爵の剣として魔物を退治するほうが性に合っていますから」
「勿体ない……ならば似合うドレスを用意するから着てもらおうか」
となると、ちょっとおせっかいかも知んないけど試してみる価値はあるかも――と行きたいところだったけどどうやら時間切れみたいだ。
「アスカ様……侯爵様との謁見が整いましたのでご案内いたしま……す」
扉を開けて入って来たのは執事の中でも比較て若い部類に入る青年。そこまでイケメンでもないので殺意は抱かないけど友情も芽生えない。そんな丁度平均の男だ。
部屋に入って来た瞬間、アクセルさんの肌色多めの姿に驚いたような顔をしたがすぐに持ち直したとはいえ、そこは年頃の男。好みなのかどうかは知らんが女子のあられもない姿に顔が赤いままだぞぉ? ニマニマ。
「へいへーい。それじゃあ着替えが終わるまで待って――」
「問題ありません」
おかしいな。目を離したのはたった数十秒くらいだったはずなんだけど、アクセルさんはいつの間にか見慣れた鎧姿に戻ってる。これだけの早業だって事を加味するともはやスキルを持っているレベルだ。滅茶苦茶無駄なスキルにしか思えないけどな。
少年執事の案内で2階に。
こっちには1階に無かった赤いじゅうたんが端から端まで敷かれていて、何とも豪華な装いだとは言ってもやっぱり1階には及ばない。
それでも豪華なのに変わりはないんで特に何も言わないまま淡々と後ろをついて行く。
「こちらです」
たどり着いたのは一番端の部屋。ここだけは他と違って妙に質素と言うか質実剛健と言うか……ハッキリ言わせてもらえば和室に近いぞ。襖だし。
「この先はアスカ様お1人でとの事です」
「はぁ……」
まぁ……〈万能感知〉の前ではこの先に5人の護衛であろう連中が待っているから特に大丈夫かよって反論はしなかった。すればとんでもない未来が待っているからな。
そんな訳でさっさと用件を済ませ、クソギルマスへの意趣返しとして莫大な額を叩きつけるために一晩中飲み食いしてやる。
襖を開けて入室し、靴を脱ごうかなと一瞬足を止めかけたが、特にそれっぽい段差やスリッパがある訳でもなかったんでそのまま歩を進めると、中はいたって普通の部屋って感じだ。イスやテーブルがあって、腰かけてる少女は優雅なティータイムと洒落込んでいた。
「ようこそおいで下さいました。わたくしはエクルレーゼ・ヴィ・マリューです」
「俺はアスカです。随分と不思議な格好してんすね。あと部屋も随分と趣が違いますな」
俺と同じ銀髪を腰まで伸ばし、透き通るような白い肌に優しさを宿したピンクの双眸に瑞々しい桃色リップが何とも可愛らしく随分と若い領主だな。代理か?
贅沢を嫌うというだけあってそのファッションはラノベや漫画・ゲームなんかで見た貴族然としたドレスなんかじゃなくて、何故かグレーのフード付きパーカーにセミロングのスカートだった。どこで手に入れたんだろう。と言うかなぜこんな格好をしているんだろう。転生・転移した同郷の人間なのか?
「見た事ない格好してますね。それが貴族の衣装ってことですか?」
「これはとある御方から譲ってもらった異世界の衣類です。色合いは地味ですが着心地が良くて楽なので、普段着として使用しています。この部屋も異世界の物を真似て10代ほど前の当主が作らせた特別な場所なのです。質素な色合いがとても落ち着いて気に入ってるんですよ」
「そうっすか」
確かに見た感じ、服自体にそれほど古さや傷みを感じないから今回呼び出された勇者の物なんだろう。大きさからすると確かにソコソコ体格は良さそうだ。既に勇者の手つきと思うと憎々しく思う反面、あの萌え袖にはグッとくる。
しかし……情報として俺がワイバーンを狩った事は知っているはず。あの時に見た一方的な戦況とアクセルさんの話を聞いた限りだと、手紙を見てまぁまぁ強いと判断してくれてると思ってる訳だけど、このいかにも普段着ですよ~って格好で出迎えるのってどうなんだ? そこまで重要と考えてないって事なのか?
俺としては仰々しい物は好きじゃないんでむしろありがたいくらいだけど、クソギルマスにそこまでの情報を開示した記憶はない。相手もそう言った事が嫌いと言うのは教えてもらってはいるが、初対面でそれってどうなんだ?
そんな事を漠然と考えながら対面の席に座れと手で示してくれたんで素直に従う。なんかこの風景だけ切り取ると、日本びいきの外国人の家に招かれたみたいな感じがしてちょっとおかしくなるけど、油断なくこっちに殺気をぶつけてくる邪魔者の気配がすぐに現実を思い出させてくれる。分かってんのかな? 俺はワイバーンをさくっと狩れる実力者。ダダ漏れの殺気に気付かないだろうと高をくくられてんのか? それはそれでムカッと来る。
「さて。この度は我がギック市をワイバーンと無能貴族から救ってもらい感謝します。貴女のおかげで復興にかかる出費も被害者も最小限に抑える事が出来、真実を知る切っ掛けをいただきました」
「たかが男爵の汚点一つ見つけられないなんて、随分と無能なんだな」
ずっと言いたかった事だ。
ゆっくりのんびり2週間の旅だったとはいえ、人の行き来自体はそこそこ多かったし、盗賊・魔物の類もさほど確認できなかった。安全面を考慮しても偵察に部下を出すくらいは出来るはずだ。にもかかわらず手紙が届くまで知りもしなかった。無能と言わず何というか。
当然。目に見える位置にいる騎士と隠れている騎士から随分と鋭い殺気が叩きつけられるが意にも介さない。だって俺的には弱い犬が吠えているようにしか感じないからね。
「返す言葉もありません。きちんと各地に耳と目を送り込んでいたのですが、相手に買収されてしまっていたようでこちらには嘘の報告が送られていまして……」
「自分の目で確認は?」
「年に一度ほどしてます。その時もあの男は狡猾に真実を隠蔽しておりました。今後はこのような不始末を起こさないように男爵は鉱山奴隷。買収された耳と目は即時打ち首としてあります」
「俺に言われても困るな。そういうのはギック市に住んでる連中に君が直接行う事だ」
「分かっています。この不始末の解消をもって、私に対する不信感を少しでも払拭します」
……どうやら侯爵はクズって訳じゃなさそうだ。〈万能感知〉でも嘘を言ってる素振りは欠片も感じ取れないし、真っすぐ見つめてくる目は真剣だけど次来る奴もまともとは限らない。
あのクズ男爵は己が欲望に素直な奴だったが、次はそんな馬鹿以上に完璧に秘匿する貴族が宛がわれるかもしれない。そこは俺の管轄じゃないんで、ある程度まともな奴が来ることを祈るとしよう。
「そう言ってもらえるとこちらも頑張ったかいがあるってもんです。もう必要はないだろうけど、一応仕事として受けた以上は受け取ってもらいますよ」
あの飛脚が先んじて届けてしまった以上。これはもはや無用の長物となってしまったものだけども依頼は依頼だ。ちゃんと渡しておくとする。
ちなみに時間経過で新しい文字が現れたり、封にも細工があるんじゃないかって色々と考えた結果。ほぼすべての材質を〈万物創造〉で揃えて細工への対策は万全にしておいたんだけどな!
そんな文句を胸中で吐き捨てながら、近づいてきたメイドさん(巨乳)の持つトレイに乗っている金貨を2枚受け取った。
「この度の働きによるわずかながらの報酬です」
「ありがたくいただきましょう」
正直言えば、金なんていくらでも作り出せるから全く欲しいと思わないんだけど、仕事に対する報酬はきちんと受け取っておかないと、今後タダ働きを強制させられるかもしれないからな。
用事も済んだし、さっさと帰って夜まで時間を潰し、夜には紹介状を貰った店でクソギルマスが破産するくらいまで飲み食いしてやろうじゃあないかと席を立とうとしたんだが、侯爵がゆっくりと手を上げたので浮かしかけた腰をもう一回下ろす。
「質問いいかしら?」
「ワイバーンを退治したのはほとんどが俺の従魔なんで、心躍るような武勇伝は語れませんよ」
こう切り出せば、余計な事は聞いてこないだろうし、万が一聞いてきたとしてもすべては従魔がやった事なんでと面倒くさい説明を避けることができる。
事実、ワイバーン討伐の現場にいたのはユニで、俺は全てが終わった後に現れた。
その場にいた騎士連中からすれば、ワイバーンを相手に無傷で切り抜けたように見えなくもないが、結果だけを見れば最後の一匹を逃がしたようにも見えなくもない。何ともどっちつかずな光景を披露している。
これをどう取るかは個人の自由だけど、いち領主としては楽観的に考えずに石橋を叩いて渡るくらいの慎重さをもって情報を吟味してほしいね。
「いえ。既に理解していると思いますが、スレイより受けた手紙には貴女の容姿についても書かれていたのですが……その髪の色は?」
「これが本来の色なんだ。あの時は街に着く前に泥沼ですっ転んで汚れてたんだよ」
お揃いですね。なーんておちゃらけて見せてからヤバいかな……って思い始めた。
一応ギルドの封蝋がついた手紙を持参しているから即座にって訳じゃないけど、これって明らかに偽装だよな。理由もかなりお粗末で咄嗟に口から出まかせを言っていると取られてしまいかねないが、いまさら言葉を重ねたところで慌てて言い訳をしている無様な暗殺者か何かとの裁定が下る可能性が高い。
そんな訳で、表面上は平静を装い。お茶を楽しみながらどんな質問・行動をするのかと待ち構えていると、予想通りに2人の騎士が俺の首元に刃を押し当ててきた。うんうん。どうやら侯爵はギルマスの情報を完全に鵜呑みにするという事はしなかったようだ。
「大した度胸だな。事ここにいたって表情一つ変えないか」
「変える必要があるように思わなかったんでな」
向かって来る速度から、たとえ全体重をかけて突き刺そうとしてきたとしても、殺気ダダ漏れの未熟な実力に加えて品質30にも届かなそうななまくらじゃあどうにもならんだろうからな。俺に傷をつけたければ70くらいの物を用意してくれんと。
「おや。この状況で偽物である貴女に何が出来るというのですか?」
「色々出来るぞ。例えば――」
目にも留まらぬ速度で拳を振い、両方の剣を砕くとかね。
「「なっ!?」」
「はいクソ~」
敵を前に武器を破壊された程度で驚いている間に、〈収納宮殿〉からの抜刀反撃で両者の利き腕を肩まで一撃で斬り飛ばし、片割れの首根っこを掴んでもう1人に遠慮なく投げつけて2人ともを部屋の外まで吹っ飛ばす。
「さて……次行ってみよう」
「ぬうっ!?」
素早く部屋の1点に向かって中指と人差し指を突き出して〈火矢〉を放つと、死んではいないまでも足一本を消し炭にされた老人騎士が姿を現したので、素早く接近して胸を狙った蹴りを叩き込む。何で出来てるのか分からない金属が簡単にひしゃげ、吐血しながら同じように部屋の外へと吹っ飛ばす。
「ま。こんなものか。あれだけ粋がってたくせに蓋を開けてみればこんなもんか……期待外れもいい所だ。よくあんな雑魚連中に命預けられるな。俺だったら出来ねぇや」
「……」
あまりの出来事に声も出ないってか。まぁ、ちょっとやりすぎな気がしないでもないが、これだけやっておけば、俺がクソギルマスの手紙に書かれていたアスカ本人であると少しは信じてくれるだろう。その礎になってくれた功労者3人を部屋まで運び込んで、エリクサーをそれぞれ一滴飲ませてやる。
「こんなもんだな。役立たずでも死なれると犯罪者扱いになりそうだからな。俺の神のように優しい慈愛の心に感謝しろよ」
これを発見したアニーが、エリクサーは一滴だけで十分すぎる完全回復効果が発揮されるから、一瓶まるまる使ったらどうなるのかは誰にもわからないから絶対に使うなと、オレゴン村で超怒鳴られたのできっちり一滴だけだ。既に魔族に対してやってると言ったらさらに怒られそうなんで黙ってますよ?
疑わしかったんだけど、それだけでも本当に効果は抜群みたいで、斬り飛ばした腕も焼き尽くした足も一切の例外なく肉体だけは完全に回復させた。その光景にこの場に居る誰もが自分の目を疑うように俺と傷跡を交互に眺めていたが、こっちとしては堪える気なんてさらさらない。
「その実力……アスカさん本人で間違いないと判断してよろしいかしら?」
「構わんよ?」
ようやくと言った感じで侯爵が言葉をひねり出したんで、俺はそれにそっけなく答える。
とりあえず強さを示した。数人の手練れであろう騎士連中がなす術もなく圧倒された。それでありながら侯爵本人には一切手を出さない。そんな光景を目の当たりにしたなら、本物か偽物かはさておいて、機嫌を損ねないようにと気を使ってくれるだろう。
「分かったわ。試すような真似をしてごめんなさい」
「まぁ気にすんなって。じゃあ用事も終わったんで俺は帰らせてもらうわ」
手紙を渡すという用件は終わった。後はこの街で贅の限りを尽くしたどんちゃん騒ぎを開催して、クソギルマスに一生支払いきれないであろう金額を叩きつけてやったうえに指でも詰めてもらおうかと考えながら、屋敷を後にした。




