#36 アスカの建もの探訪
ゆっくりと立ち上がった俺の行動に、対面に座っていたアクセルはしばしきょとんとしたまま身動き一つしなかったのでちょうどいい。素早く肩に手を伸ばして身動きできないように拘束し、野郎相手にと考えると若干吐き気がするがずいっと顔を近づける。
「悪いが質問に答えてもらえるか?」
「私が答えられるものでしたら」
「受け取った手紙の内容について聞きたい。どのくらい確認している」
「手紙を受け取ったのは私ですが、受取人が侯爵様でありましたし、ギルドの封蝋がなされていたので危険がないと判断して直接お渡しし、横で見ていたので詳しい内容までは……」
「ならわかる部分だけでもいい」
「それでしたら……」
という訳で、話してもらった手紙の内容を大まかに説明するとこうだ。
森角狼を従えたこの世の者とは思えないほどの美貌を持った少女がギック市を治める廃棄物が欲望のままに暴走した結果、ワイバーンの群れを呼び寄せる愚行を行い、あわや大損害となってしまいそうな所を、驚くほど短時間で解決した――ってほとんど全部じゃねぇかよ。
そんな優秀な人材。当然のようにギルドへの勧誘したがにべもなく断られたが、女の子が大好きだから、それを餌にすれば簡単に落ちるからやってみるといい。
「――と言うのが、私が確認できた内容の全てです」
なるほど。思いの外ガッツリ見ていてくれたおかげで理解した。つまりあの野郎は、この俺を女の子を利用してこき使おうとの算段を裏で進めていた訳か。
確かに綺麗で可愛い女の子とお知り合いになれるのはこの上ない喜びに間違いはない。間違いはないけど、それを利用して働かせようとする奴の根性が気に入らない。折角同類寄りって事で仲良くしようと思っていたのに……どうやら相当に命が要らない馬鹿野郎だったらしいな。いい度胸してやがるぜ。
「悪いが、今からギック市のギルマスの骨と言う骨を粉々にしてくるから、侯爵への手紙はあんたが渡しておいてくれ――と言っても、聞いた内容より雑な情報だから必要ねぇか」
情報は既に開示された。であれば俺の依頼は達成されたと判断して何ら問題ないはず。ならさっさとこんな場所からおさらばしてあのクソギルマスに対して誰に喧嘩を売ったのかを骨の髄――いや、魂にまで刻み込んでやらねば気が済まん!!
「んなっ!? ちょっと待ってください! そんな事をされたら私が侯爵様に怒られてします! せめて顔を見せるくらいはしていってくれないと困ります!」
「悪いがこの怒りを鎮めるには今すぐに奴本人にぶつけないと収まらん。さらにそうした後にもう一度こっちまで戻るのも面倒臭ぇから絶対に断る! 死にたくなかったら今すぐその手を放せ」
「そこを何とかお願いします! そうだっ! アスカ殿は女性がお好きとの事ですので、私にできる事でしたらなんでもお申し付けください! たとえどのような命令であろうと完遂して見せますので何卒お願いいたします!!」
「……え? あんた、女性だったの?」
あまりにも衝撃的すぎる発言に、あれほど荒れ狂っていた怒りの炎があっという間に鎮火した。それほどまでに衝撃的だった。この俺が女性であることを見抜けぬとは……不覚也っ!
「うぐ……っ。やはりそう思われてましたか。背も高く声も低いせいかよく間違われるのですが、これでもれっきとした女です」
改めてじっと顔を見てみると、髪は細くてサラサラ。男の割には顔立ちが細めというか、世に言う男装の麗人的な感じか。声も女性としては低めだけど男としては少し高め。背はかなり高いけどよくよく見ればかなり細いな。
フム……このアクセル――いや、アクセルさんが本当に女性なんだとするならば、お願いを聞き入れてもいいな。やれやれ……こういう所がチョロイと言われるゆえんなんだろうけど、綺麗で可愛い女性は正義っ! まぁ……34歳童貞のたわごとなんで右から左に受け流し推奨。
「本当に女性だという証拠はあるのか?」
本人からの告白があったとはいえ、まだ半信半疑だ。いくら〈万能感知〉があるとはいえ、性別までは判断できない。何か女性である証拠――例えば騎士なんだから免許証的な物でも見せてくれないかなぁなんて思っての質問に対し、アクセルさんは何でもないように俺の手を取って鎧の隙間にねじ込む。
ふにゅ。とアニーより若干ながら大きな柔らかい感触に少しの間呆然としていたけど、次第に頭に血が巡っていくとそれは世の男子の夢の結晶であることを理解してすぐさま手を引いた。さすがに直接じゃないって言っても女性の胸を触るとは思ってなかったんで心臓がバクバク言ってる。
「いかがでした?」
「うん。確かに女性だね。こうも大胆な人とは思わなかったけどな。何とも思わない訳?」
必死に平静を保とうとするけど、こういう事に関して免疫がないし、何より突然の事過ぎて上手く頭が動いてくれないっていうのに、胸を触らせた当の本人は何も変わってない。まるでそれが取るに足らない日常の出来事みたいにケロッとしてる。
「男の中で暮らせば羞恥心などすぐになくなりますし、何より私に盛るのは女日照りの強い同期や先達の騎士位のものくらいですし、そう言った相手は返り討ちにしてきました。こんな大女で女性らしさのかけらもない私ですが、思いとどまってはいただけませんか?」
「いや。アクセルさんくらい綺麗な女性ならこっちから歓迎だって。今のだけでも、奴の処分はいつでもできると割り切って、もはや無用の長物と化した手紙を出すくらいの仕事はキッチリ終わらせる余裕を持てる」
という訳で椅子に寝転がる。あんまふかふかじゃないけど出て行かないよって意思表示としては十分なポーズだろう。膝枕でもして欲しいけどそんな事で願いを叶えてしまうの非常にもったいないので我慢する。
しかし……どんな願いを叶えてもらおうかねぇ。
この身体が男であれば当然願いは一択だが、女性の身体でそれはちょっとなぁ。出来ん事もないだろうがそれにのめり込んだら男に戻る気が薄くなりそうで怖いのでその選択はねぇ!
「やはり私では駄目ですか?」
「そうじゃないけど……そうだ。勇者って知ってるか?」
「ええ。魔王討伐のために六神様が我々に授けて下さる最大戦力です。3ヶ月ほど前に魔王誕生の信託が世界中に下ったらしく、召喚の儀を行うにあたって不肖ながら侯爵様の護衛としてその場に居合わせました」
よしよし。やはり侯爵っつーだけあってその場に居たようだ。ここら辺で少しくらいはあの駄神に懇願された仕事でもやっておいた方がいいだろう。ストレス解消の意味もあるがね。
「ならどんな奴だったか教えてもらおうかね」
「それであれば可能ですが……何故そのような事を?」
やっぱ疑問に感じるよなぁ。
これが筋骨隆々のマッチョメンであったなら、腕試しだなんだと脳筋的な事を口走っておけば納得させられる材料になるだろうけど、万が一そんな話が流れ流れて本人に届くのはマズイ。勇者が女好きのドクズ野郎だった場合はうっかり殺しちゃいそうだ。
「まぁ単純な興味だよ。少し俗世を離れて生活してたんで、風の噂に聞いた勇者の人となりを知りたくてね。単純な暇つぶしと思ってくれればいい」
実は……創造神に頼まれてそいつをボコって来てくれって言われてんだよ~。なーんて真実をくっちゃべった所でイカレポンチと思われればまだいい方で、最悪の場合は勇者に手をかけるとは何事かっ! なんて事になるかもしれんからな。
「なるほど。ワイバーンを討伐するほどの実力者であれば当然ですね。従者として魔王討伐にご参加されるのでしょう?」
「まぁ……その辺はね」
間違った方向に勘違いされてしまった感じだけど、強く否定したら話が聞けなくある可能性がありそうなんで、肯定も否定もしない日本人イズム全開のあいまい解答でお茶を濁す。
男なのか女のか。
年寄りなのか若いのか。
戦士系なのか魔法系なのか。
知れる事が多ければそれだけ刃を交える事になった場合は有利に働く。
そう考えれば今回の提案は非常に有意義なものとなる。お茶を濁したとも言えなくもないが、まぁ気にしないようにしよう。
「まず勇者様ですが、現在は王都で来たる魔王討伐に向けての修行をしているに居ると聞いてます」
「性別は?」
「確か男性でしたね。体格は非常に戦士向きの良い御仁でした。性格は……勇ましいと評する事も出来ますが、貴族や王族に対する礼儀作法がなっていませんでしたが、勇者様の世界には貴族がいらっしゃらないというのを聞いておりますのでそこまで問題にはなりませんでした」
何となく分かる。ある日突然異世界に勇者として召喚。強力なチートに媚び諂う大人。そんなものを目の当たりにすれば大抵の思春期のガキは思い上がって図に乗りそうなのが目に浮かぶ。それにしても野郎とはな。煽てれば調子に乗りやすいから都合がいいんだろうけど、俺としてはがっかりだ。
「年齢は?」
「あの若さでしたら……恐らくは15を越えてはいないと思います」
「名前とか分かる?」
「申し訳ありません。侯爵であれば窺っておられると思うのですが、私は護衛の際にお姿を拝見しただけですので」
「別にいいよ。となると実力なんかも分かんないか」
「いえ。勇者のお披露目はその実力を誇示するためでもありますので。本気であったかどうかは分かりませんが、一太刀で岩駝鳥を葬ったのは今でもこの目に焼き付いております。アレは実に見事な腕前でしたね」
曰く。岩駝鳥は物理防御が高く、風の魔法に非常に弱いために下級でも使えれば危険度自体はさほど高くはないらしい魔物を、勇者はたったの一太刀で葬ったらしい。
なら勇者の持っていた武器が特別だったんじゃないの? との質問には、鈍い輝きを放つ羊皮紙のように薄い片刃の反った刀身だったとの返答が。
聞く限り、その武器は十中八九日本刀だろう。その位のガキは得てして日本刀を持ちたがるもんだからな。これで勇者は日本人でほぼ決まりだな。
そして、一太刀で硬い魔物を殺せたのは間違いなくそれ関係のチートを授かってるだろうと判断できる。
これらを統合すると、人族の勇者は高校生くらいの男で日本刀を持ったガキって事になる。これだけじゃあ俺の方が強いか弱いかの判断は不可能だが、ゼロよりは驚くほど視野が広がった。特に得物に関しての情報は大きい。これが手に入っただけでも相手の戦術をわずかながらも予測できるめどが立つ。
「ちなみに他の種族の勇者は知ってる?」
「そこまでは……申し訳ありません」
「いいよいいよ。最後に1つだけお願いしてもいいかな?」
「なんなりと」
とあるものを見せながら俺が口にした定案に対し、男所帯で慣れていると言っていたアクセルさんも多少の恥ずかしさはあるみたいでほんのり顔を赤くしたけど、侯爵に会っていただけるならと了承してくれた。なんか脅して無理矢理させてるような気がしないでもないんで、お近づきのしるしと称したお詫びのハイポーションを差し出した。
「こんな高価な物を……良いのですか?」
「ん? 別にそれくらいだったらいくらでもどうぞ」
ハイポーションはエリクサーと違ってあんまMP食わんからな。5本や10本あげたところでどうってことはない。むしろ高価だと言うのなら好感度稼ぎに持ってこいではないか。いい情報をありがとう。
――――――――――
そんな契約から10分。到着した侯爵の屋敷は、全景を見た時にそうなんだろうと立てていた予想通り、街の中央に建っていた巨大な奴だった。
大理石の門柱に銀の格子門。見張りはアクセルさんと同じ黒い鎧をまとった歴戦の勇士って感じの連中が4人もおり、停車した馬車に1人が近づいてきたんで、身分証代わりの街の滞在証を出してアクセルさんに軽い身体検査をしてもらってからようやく門が開いた。
中の庭園は惜しげもなくレンガを敷き詰めた道が広がり、色とりどりの草花に透き通った水が滾々と湧き出す噴水が訪れる者の目を楽しませ、風が車内を抜けるたびに丹精込めて手入れされた木々の果物から届けられる芳醇な香りが運ばれてくる。さすが領主なだけあってこういう心配りは欠かさないという訳か。
「お疲れさまでした」
横に長い屋敷の扉の前。飴色でなかなか目を見張るアンティーク具合の扉の前で馬車を下りると、我が敵となりえるイケメン執事や思わず〈写真〉をパチリとしてしまったほどの綺麗で可愛いメイドさん達がずらりと列をなして、機械のように一切のズレもなく会釈をしてくれた。
なんか34の童貞にこんな事までしてもらって悪いなぁと思いつつ、アクセルさんに続いて屋敷へと足を踏み入れると、床一面は総大理石が日を浴びて光輝いていて、天井には豪華なシャンデリアがぶら下がり、壁には絵画がいくつも飾られていたり壺なんかの骨董品も置かれている。
「はぁ……さすが侯爵って言うだけあって住まいが豪華だねぇ」
「侯爵様ご本人は過度な装飾はお嫌いなのですが、他の貴族方を招くにはこのくらいしないと陰口をたたかれてしまうのです。女と言うだけで」
「それは酷いですな。女性は世の至宝。非生産的な男と違って次代に命を育める至高の存在。それを理由に見下すなど愚の骨頂っ! 是非ともそんな連中に負けないように頑張っていただきたものですな」
「は、はぁ……」
あれ? 折角擁護したはずなのに、なんか引かれてるっぽい気がする。まぁ……気のせいと思っておこう。なんたって俺なりの褒め言葉を伝えたんだからな。
その後は特に驚くような事がないままに客間に案内された。俺が地球で暮らしていた部屋よりは小さいけど、ベッドとテーブルがあるくらいで物がほとんどないせいかそれよりも広く感じられる。
どれくらい待たされるのかをアクセルさんに聞いてみると、先客次第だけど1時間ほどらしいとの事なので、俺は早速ここに来る前に提案した最後の願いをかなえるための準備を始める。




