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#33 期待ハズレもいいトコだ!

 ギック市を発ってから1週間。大した事件もハプニングもないまま、俺は相も変わらず創造した石を投げてレベルアップに邁進していた。


「アスカ。そろそろ休憩にしよう思うんやけどええか?」

「ん? もうそんな時間か。じゃあ一休みと行きますか」


 一週間もすればさすがに2人が断続的なレベルアップに根を上げる事はなくなった。それだけ経験値が必要になって来たって事なんだろうけど、やっぱポンポンとレベルが上がっていく光景はちょっとうらやましい。俺は10からちーっとも変化しないってのに。

 休憩って事で、適当に見晴らしがよくて魔物の気配が遠い場所を選ぶと、俺はすぐに〈万物創造〉の一覧を広げて道具制作に精を出し、アニーは食事の準備を始めてリリィさんはユニの拘束具を外して毛並みを整えるためにブラシ掛けをする。

 ちなみに当番は交代制だ。俺とアニーが食事当番の時はちゃんとした食事の準備をするが、手を加えるだけで何故かどんな食材も放射性物質並みに処理が困る物体を作り出してしまうリリィさんは、唯一無事に完成させる事が出来るカップ麺になる。


「アスカ。豚戦士ピーガ肉とパンくれや」

「ほいよ」


 〈収納宮殿〉から要求通りに肉とパンを取り出してアニーへと放り投げる。この中にある物には時間停止の恩恵があるので、腐らないように基本的な食材は全部この中にしまってある。用意したのは8割方が俺だが、アニー達が用意した魔物の肉なんかを含めたこの世界の食材も2割ほど詰めている。と言っても全てを合わせても容量限界の1割にも満たないのでまだまだどんとこいだ。

 ちなみに豚戦士の肉は地球基準に置き換えると薩摩の黒豚レベルのかなり美味い肉だ。

 基本的にこの世界の人間は魔物の肉を喰らう。と言うのも、動物は農耕用の牛か騎兵用の馬しか存在しないらしく、老いて働けなくなった硬くて臭い牛や馬より脂の乗った見た目最悪な魔物を食べるという結論に至ったらしい。一番最初にそれを実行に移した奴はきっと相当な変人か極限に飢えていたんだろう。


「あのタレももろてええか?」

「相変わらず好きだなぁ」

「当然や。それがあるおかげでちょいクセがあった豚戦士の臭いが完全に消えてメッチャ美味くなるんやからな。もうそれなしの生活なんて考えられへんわ」

「はいよ」


 投げ渡したのは生姜焼きのタレ。やっぱ豚肉を食う為の味付けランキング(俺の主観)でトップ5に入るだけの力を秘めているだけあるぜ。ま。ロクな調味料がないこんな世界にあったのは塩と酢と胡椒と砂糖くらいのモンだから、醤油や味噌といった未体験の味にほれ込んだんだろう。

 ちなみにリリィさんは醤油を好み、ユニはオイスターソースが気に入っている。これらが味わえるのは俺が料理当番の2日に一度だけ。アニーが当番の時は大体生姜焼きが食卓に上がる。実際今も生姜焼きサンドを作っている真っ最中だ。

 そんな姿を横目に、淡々と〈品質改竄〉で創造可能数を増やしていると、毛繕いをされていたユニがリリィさんに迷惑がかからないようにゆっくりと身体を起こしたんで〈万能感知〉を展開してみると、遠くの方に人がいるのを捉えた。どうやら魔物に追われているらしい。


「人が魔物に追われていますね。どうしますか?」

「一応様子見だな」

「助けにいかへんのですか!?」

「今すぐには行きたくない。飯が冷めるしな」

「アスカがそう言うならしばらくは大丈夫やろ。飯出来たで」

「アニーちゃんは相変わらずこれなんやね」

「確かに美味しいけど、こう頻繁だと飽きてしまいます。何か別の料理を要求します」

「食いたないんやったら自分で作ったらええやん。出来るもんならな」


 リリィさんは包丁で切るだけでも食材が別の物質に変質させる才能があり、ユニは従魔なのでそもそも料理が出来る構造ではない。それを知っているから、アニーも自由に自分の好きな料理――この場合は生姜焼きサンド一択を作り続けている。

 別に不味くないので俺としては普通に食うが、リリィさんとユニはどうにも厳しいみたいですがるような目を俺に向けて来る。


「主っ! この前のおいすたーそーすの炒め物を作って下さい」

「あては鰤の照り焼きが食べたいわぁ。アスカはんの持っとる魚は嫌な臭いがほとんどせぇへんからすっかり魚が好きになってもうたわ。お願いでけへんやろうか」


 俺としては生姜焼きは好きだから特に問題はない。そもそもが面倒くさがりなんで、前世ではピザを食ってた。飽きもせずに同じ照り焼きチキン味を1年365日3食全部。それでも特に飽きたりはしなかったからそういう耐性が俺とアニーにはあって、リリィさんとユニにはないんだろう。


「まぁいっか。ユニ。あそこの奴が助けが欲しいと言ったら助けてここに連れて来い。綺麗で可愛い女性だったら俺に好印象を与えるようにもてなせよ」

「……分かりました」


 普段であれば我慢しろという所だが、近場に魔物に襲われているのが女性だった場合は料理を振る舞って好感度を稼ぐのも悪くない。そう考えればあんなに重かった越しが羽が生えたようにふわりと起き上がり、戻って来るまでの間に5品ほど完成させるに至った。


 ――――――――――


「いやー助かりました。貴女達が居なかったらわたくしは今頃死んでいるところでしたよ」


 にこやかな笑顔でそう告げる男はシューノルと名乗り、エルグリンデで商人をやっているらしく、ギック市で仕入れを終えた帰りに魔物の襲撃を受けて一晩中逃げ回っていたらしい。魔物相手にとんでもない走力と体力だなぁと思うのと同時に、そこまで追いかけて来んのかよって魔物のしつこさを知った。

 ちなみにこいつは男(殺意を抱かないレベル)だったんで、2人が手を付けなかった生姜焼きサンドを食わせ、出来立てのブリ照りと豚肉とキャベツのオイスターソースは2人の胃の中に消えた。


「で? シュ―ノルさんだっけ。随分と身軽そうだけどあんたの商売って何なの?」


 商人って割には随分と肉体がマッチョだし、持ち物は肩掛けカバン一つだけ。襲われた道中に捨ててきたのかと思わなくもないが、さほど悲観的な反応がないのが少し気になったのでどんな商いをしているのか気になったのだ。


「わたくしの商売は主に手紙を運ぶ事ですね」

「まるで飛脚だな」

「おや。わたくしの商売をご存知でしたか」

「うわっ。今時飛脚やるとかあんたなかなかやな」


 何でも異世界からやって来た人間がこの商売を広めたらしく、一時期はかなりの飛脚がいたらしいけど、その過酷さから廃業者が続出。今では、武の才能がないけどバカみたいな体力と身体強化魔法くらいしか使えないわずかな魔力しかない者が、手早く店舗開店資金を貯めるためにやるくらいのものらしい。

 この世界。情報の伝達が非常に遅い。

 王都などの大規模な都市同士の連絡については過去にやって来たらしい勇者が魔道具で可能にしたらしいが、馬鹿みたいにコストがかかるらしく緊急時以外での使用はないとの事で、都市間の連絡はもっぱら馬車・鳥・飛脚に頼っているとの事。


「そんな訳でして、あまりお礼が出来ないのですよ。助けていただいたのに申し訳ない」

「まぁ気にするな。困った時はお互い様だしな」

「アスカが男相手にそないな事言うなん珍しいな。これから街一つが消し飛ぶんと違うか?」

「ホンマですねぇ。いつの間にか偽物と入れ替わったんと違いますか?」

「ふむ……気配はいつもの主ですが、確かに変ですね」

「まぁ事実だから仕方ないが、どうせ飯時で休憩時間なんだからそん位の事はしてやるって」


 単純に飯時で足を止めていたから助けただけ。これが移動中であったなら恐らく無視していたし、そもそもユニもこっちに分かるような素振りを見せなかっただろう。それに殺意を抱くほどのイケメンでもないってのもあり、単純に運が良かっただけなんだよな。


「どうやら皆さんの話を聞いていると、運が良かったみたいで助かりました。ぜひ手紙をお出しの際はお教えください。無料とはいきませんが格安で走らせていただきます」

「もう行くのか?」

「ええ。ギック市で受けた急ぎの仕事がありまして。3日以内にエルグリンデに届けろと言われているのですよ。そうでなければわざわざ魔物が蔓延る森の横断なんてしませんよ」

「ならこれを持っていくといい。餞別だ」


 どうせ余す物だからと生姜焼きサンドをシュ―ノルに投げ渡す。


「いいのですか?」

「そっちの2人が食わんからどうせ余すだけだ。それなら誰かに食ってもらった方が食材も無駄にならない。俺は顔のいい野郎は嫌いだが、お前程度であれば街で顔を合わせた時に挨拶くらいはしてやれるぞ」

「あはは。そういう事でしたらありがたく。それではまた」


 軽い会釈をしたシュ―ノルは、こっちに気を使ってたのか50メートルくらいは普通の駆け足だったけど、そこから先は2割の〈身体強化〉をかけた俺とほぼ変わらん速度であっという間にその姿が小さくなり、砂煙を巻き上げながら小高い丘へと消えていった。


「なんちゅう速度や。あれはホンマに人なんか?」

「ワタシや主に比べれば遅いですよ」

「アスカはん等と比べるのんがおかしいんよ。あんな速度は普通の人間やったら出ないんやで?」

「じゃあスキルって事か」


 まぁ……足が早かろうが遅かろうが関係ない。別に手紙を出す相手なんて居ないし、飛脚としてのあいつの厄介になる事はないだろ。

 食事を終え、どうせ急ぐ旅でもないんでのんびりと休憩をと行きたいところだけど、2人が腕が鈍らないように魔物を狩りたいというので、丁度〈付与〉も覚えたんで新しく武具を新調する事にした。


「さて、まずはこっちの説明をするとしますかね」


 基本的なところはこの世界の常識と変わらない。鉄以上の材質で鉄・鋼・銀・金・ミスリル・ダマスカス・オリハルコン・ヒヒイロカネと金属のグレードが上がっていくにつれて付与できるスロットの上限は上がっていくけど、俺の〈付与〉はLv1なんで一つしかつけられないし、MP量を考えるとせいぜいが小上昇で精一杯。

 装備は防具が頭・体・足。武器は1つか2つ。全部で4か5のバフ・デバフの効果をつけられる。もちろん材質グレードを上げれば上げるだけMPを消費するんで、今の限界は鋼に1つ付与で1つだけ。そのあと数時間は休憩しないと次が創造できないんで、道中の魔物退治は2人に一任するしかない。幸い他のスキルは問題なく使えるから、レーダー代わりにはなれる。


「せやったらリリィの杖でええやろ」

「ホンマに?」

「アスカの感知はうち等の感覚を超えとる。聞いてから詠唱しても十分間に合うやろ」

「アニーちゃんがそう言うならあてはええよ」

「じゃあ決まりだな」


 という訳で鋼の杖を創造。選んだ〈付与〉は〈威力上昇小〉だ。あっという間に完成した訳だけど、この創造は〈万物創造〉〈品質改竄〉〈付与Lv1〉の3つを同時に使用するからビックリするくらいにMPを持っていかれる。

 なので、創造と同時に立ってるのもしんどいくらいの眩暈に襲われた。


「だ、大丈夫なんか? アスカはん」

「気にすんな。少し休めば立てるくらいには回復するから。それより威力を確認してみよう」


 ずっしりと重い頭に全身にのしかかる倦怠感。強制睡眠させられるには至らなかったけど、MPすべてとHPも7割まで持っていかれたからしばらく動けそうにないんで、少し休憩がてらに使い心地なんかも聞いておこう。


「ほな……行きます」


 新しい杖を前方に掲げると、リリィさんは風属性の中級魔法〈刃嵐ストーム・カッター〉を放った。

 ゴウ! とすさまじい風の音が聞こえると俺達の前に大きな竜巻が発生。内部では金属同士がぶつかり合うような甲高い音がひっきりなしに聞こえている。


「あれは……成功してるのか?」


 なにぶん初めて見る魔法だ。威力が上がってるのかどうかも疑わしい。なので放った張本人に問いかけてみると、すぐさま抱きついて来た。


「凄いでアスカはん! 3割くらい威力が上がっとる!」


 どうやら小でもかなりの違いが実感できるらしい。自力で同じくらいまで威力を上げるには、相当な修練を積まないといけないらしく、それはもう喜んでくれたとも。俺が窒息死しかけるくらいにはな。

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