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#341 そんな装備で大丈夫か? はて? もとより何も身に着けておりませんが

「フフフ……残念でしたねアンリエット。この度は我の力必要だと仰っておられるようです」

「むぐぐ……」


 あれから。両者の脳天に拳骨を叩き落して強引に静かにさせて馬車内に引きずり込み、実力的には拮抗してる両者に対してくじ引きでの順番決めを強制した結果、丸男が当たりを引いてもの凄ぇドヤ顔をするのに対して、アンリエットが目に涙をためて今にも泣きだしそうだ。


「ほらほら。こんな事くらいで泣くなって。丸男もあんまアンリエットをいじめてやるな」

「な、泣いてないのなのっ! あんな事くらいで泣いたりしないのなのっ!」


 とか言いながら鼻をぐずぐずさせている。まぁ、見ないふりをしながら抱き寄せて頭をポンポンと叩いて落ち着かせる一方で、じっと丸男に目を向ける。


「これは申し訳ございません。まさか我もこの程度の事でアンリエットが泣き出すとは思ってもなかったもので、これからはもう少し配慮いたします」

「一番なのは喧嘩しない事なんだが?」

「いくら我が主人の命でございましても、そちらは譲る事は承服しかねます」

「あちしも譲らないのなの!」


 なにがこいつらをそうさせてるのか全く分からんが、とにかく喧嘩を止めるつもりはどちらにもないらしい。まぁ、喧嘩するほど仲がいいなんて言葉もあるし、こっちとしては俺や他人の迷惑にならない範囲でなら別に喧嘩したところで気にしないし、ユニにとってもアンリエットという読書に対するかなりの邪魔者の相手をしてくれる相手が居るというのは喜ばしい事だろうからな。

 そんな訳で、とりあえず静かにはなったものの、喧嘩の火種は消えないらしく。事あるごとにアンリエットが丸男の手から当たりくじを奪い取ろうとちょこまか動き回っているが、身長差と実力が近いと言う事もあって、第2の現場に到着するまでに奪い取る事はかなわなかった。



 ――――――――――


「さて。それでは参りましょうか」


 我が主人と別れ、1人そう呟いて現場へと赴く。

 我が主人の説明によると、ここの魔力充填はいまだ完了していないらしく前の場所と比べていくらか実力者が確認できるらしいのですが、曰く――我にかかれば誤差でしかないとの事ですので、そう身構える必要もないでしょう。


「ふむ……童の児戯と評するのは妥当と申しておきましょう」


 罠なども配置されているのですが、まるで意味をなしていませんね。毒だろうが魔法だろうが物理的な攻撃だろうが、所詮対人類しか想定していないであろう物など意に介しません。

 そんな罠と呼ぶのすら羞恥を感じてしまうような地帯を抜け、入り口であろう隠し扉を踏み抜き内部に侵入したのですが、早速1人を圧殺してしまいました。


「おや? 下に人がいらっしゃったとは思いませんでした」


 まるで抵抗がありませんでしたからね。まさかあの程度の事で死んでしまうとは思いもしませんでした。まぁ、基準が我が主人を始めとした方々ですので酷と言えるでしょうか。


「っが!? ばか……な」

「その程度で我の虚を突いたつもりなのでしょうか?」


 背後から襲い掛かって来たのは良い判断でしょうが、適当な魔物をいつでも呼び出せるように何匹か待機させている我に死角など存在しない。今もジェネラルコボルトの斬撃によって上下に分かれて物言わぬ肉の塊となりました。

 これで先兵として残っているのは、この狭い槍を携えた獣人のメスですか……これは困りましたね。


「チッ! 〈調教師(テイマー)〉か……厄介だな」


 我は魔物故、人類の美醜について判断が利きません。なので、目の前に存在するこれが我が主人が常日頃から仰っておられる綺麗で可愛い女性なのかどうか。その判断がつかないので非常に困ってしまいましたね。

 殺すのであればそう時間はかからないでしょう。立ち振る舞いから多少は腕に自信を持っているでしょうが、我が直接手を下さなくとも、今従えているジェネラルコボルトを20も呼び出せば事足りるでしょう。

 しかし。もしあの者が我が主人がおっしゃられている綺麗で可愛い女性とやらとなると、さすがに殺害を躊躇ってしまいます。罪悪感がある訳ではありません。我が主人の不興を買ってしまう可能性があるのです。


「良い提案をいたしましょう。我に抵抗する事無くこの場から逃げ出すと宣言していただけるのであれば、命を奪わずに見逃す事を約束いたしますがいかがかな?」


 目の前の〈物〉が我が主人の求める綺麗で可愛い女性なのかの判断が出来ない以上、始めからここに居なかった。そうしてしまうのがあちらにとってもこちらにとっても都合が良いでしょう。


「……なめんなよ。こちとらジェネラルコボルトくらい倒せないほど弱くないよ!」


 そう声を張り上げながら、迫るジェネラルコボルトを一突きで絶命させ、勢い劣らずこちらにまで襲い掛かりましたが、我が主人やユニ殿に比べれば虚仮にされているのかと勘違いするほどの鈍足なので、回避するのに苦労などございません。


「これは困りましたね。因みにですが、貴女は周囲から綺麗だとか可愛いなどと言った言葉をかけられたことはございますか?」

「なんだい告白かい?」

「いえ。ただの確認作業でございます」

「ハンっ! だったら答えてやる義理はねぇな!!」


 やれやれ……交渉は決裂してしまいましたか。それでは仕方がありません。我が主人には申し訳ございませんが、たかが雌1つこの世から消えた程度で目くじらを立てるような御方ではないでしょう……と、そう信じる事にいたしましょう。


「では交渉決裂でございますので、死んでいただきます」

「出来るものなやってみな!」

「もう終わっておりますが?」

「なん……だと?」


 やはり狭い場所と言えば、〈隠形鼠(ギリー・ラット)〉が最も猛威を振るいますね。

 この魔物は1匹1匹はとても弱い魔物なのですが、数十数百規模の群れで行動しているうえに〈麻痺毒〉スキルの持ち主であるのに加えてかなりの大食漢。人間など瞬く間に骨も残らないでしょう。

 まぁ、本来は臆病な魔物ですので、あまり強者過ぎる相手となると逃げだすのですが、この程度の餌であれば食えると判断するでしょう。


「ごきげんよう。我が満足する断末魔が聞けることを楽しみにしております」

「クソがぁ!!」


 指を鳴らすと同時に、〈隠形鼠〉が一斉に雌へと群がりますが、あちらもただやられるわけにはいかないとばかりに槍を振り回しておりますが、このような狭い場所で振り回すにはあまりに長い。

 短い時間。そして敵が少数であればそれでも何とかしのげるのかもしれませんが、我にかかれば千だろうが万だろうが問題なく呼び出し続ける事が可能なので、いくら小物を頑張って死体に変えた所で、我を殺さなければ根本的ない解決には至らない。

 そんな無駄な攻防が5分ほど続いた頃でしょうかね。〈隠形鼠〉の総数が400に差し掛かった辺りでとうとう1匹の〈隠形鼠〉の牙がその肉に食らいつきました。


「しまっ!?」

「終わりですね」


 瞬間。雌の動きが目に見えて悪くなり、大きくなってしまった攻撃と攻撃の隙間を縫って次々と襲い掛かっては牙を突き立て。肉をかみちぎり。腹を満たし始める。


「クソ……っ! 止めろ! おれを食うな!」

「無駄ですよ。その程度の低能の魔物に人の言葉など通じません」


 この魔物の恐ろしい所は、〈麻痺毒〉によって痛みが緩和され動きが鈍くなるだけというところにございます。

 なまじ動く事が出来るだけに抵抗を諦めきる事が出来ない上に、痛みが少ないので最後の瞬間までその醜く生き残ろうとする様を拝む事が出来てすばらしい魔物でございます。


「わ、わかった。おれの負けだ。言う事を聞くからこいつ等を何とかしてくれ!」

「フフフ……今更命乞いでございますか。何と醜いのでしょうね。我はそういった姿を視たかったのでございます。返答は勿論謹んでお断りさせていただきます」


 己が不利を悟った途端に命乞いでございますか。何と危機管理の低い個体なのでございましょう。その言動は我の関心を著しく低下させてしまいますので、これ以上気に障る行動をされるまえに魔物の餌となっていただくとしましょうか。


「止めろ……止めろ! おれはこんな所でこんな雑魚魔物に殺されるような奴じゃ――」


 愚かですね。〈隠形鼠〉に全身を喰らわれているというのに口を開けるなど……体内からも食い破ってと誘っているようなものです。

 そして、体内を食い破られるのが激痛が生じるのでしょう。雌個体が麻痺に侵された四肢を最後の力を振り絞って暴れさせておりますが、すでに皮膚を食い。肉を食い。一部骨を食い始めているその惨状ではそれだけで指や四肢の残骸が飛び散るだけで、なんの意味もなさない。実に愚かです。

 おやおや。我を睨みつける眼力はまずまずといったところでしょう。己が実力を勘違いしたにしては随分と強い殺意が込められておりますな。


「ごぼ……!?」


 最後に腹部が異常なほど膨れ上がり、雌個体からの最後の悲鳴を契機に一気に飛び出し、辺りにはお食事時だったのでしょう。消化され切っていない食材やら、糞便なんかが飛び散りましたが、〈隠形鼠〉は雑食ですので一切の例外なく喰らいつくしてしまいます。


「つまらない悲鳴でございました。やはり弱者のそれは興味をひきませんね」


 恐らく、奥に控えている方々も我を楽しませてくれる事はないでしょうが、これは主人から与えられた命でございますのでしっかりと務めさせていただくとしましょう。

 周囲の死体も残らず喰らいつくした〈隠形鼠〉は、更なる餌を求めて奥へ奥へと突き進む。それに呼応するように魔法の炸裂音や餌に悲鳴・断末魔・助けを求める声などが奥から聞こえてきますが、やはり我が満たされることはありませんね。


「ふむ……確かにあの時の設備と似ておりますね」


 何物も無くなった最奥には、我が主人と訪れたあの場所とそう変わらない空間が広がっており、中央の魔法陣は適度に明滅を繰り返しておりますね。


「さて。後はこれを設置するのでしたね」


 何もなくなった場所に、我が主人の命令通りに神壁なるものを設置してゆきます。

 これで事態が好転するのかどうかいささか疑問でございますが、我は魔物ですので人類が滅んだとしても不都合はございませんのであしからず。

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