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#335 悪魔のささやきだって? これはただの戯言よ

「どうだった――と聞く必要はないみたいだね」

「ああ。実に満足させてもらったよ。出来る事ならもっと楽しませてもらいたいんだがな」

「この非常時にそんなわがままを許す訳がないに決まっとるじゃろ。我慢せい」

「へいへい」


 最後にシルルと知り合いなんだぜぇ~? みたいな事を言ったら目を爛々と輝かせてサインが欲しいとねだって来たんで、色々と約束事を取り付けるのが非常に簡単だった。今度来た時にちゃんともらっておこう。何を要求されるかちょっと怖いけどな。


「むぅ……あての時もそんくらい嬉しそうな顔をして欲しいですわ」


 そう言って抱き寄せクンカクンカしてくる。俺としてはリリィさんみたいに綺麗な女性に抱き着かれたりするのは非常に喜ばしい事だとは言え、毎日毎日だと当たり前だけど慣れが出てくる訳で……誰が悪いって事もないのに自然と歓喜の度合いも少なくなるのは野郎として仕方のない事よ。初めての時は、それこそ兎かってくらいヤりまく――って、童貞だから知らんけどね!!


「なんじゃ? 急に苦い顔をしおって。腹でも痛くなったんか?」

「問題あれへん。こういう時は大抵変な事を考えとるだけやから」

「変な事とは失礼な。それで? 早速制圧に向かってもいいのか?」

「出来ればこちらの準備が整うまで待って欲しいかな」

「うむ。お主の実力は疑いようのない物じゃからな。警戒の強い場所を探らせる時が欲しいわい」


 もらえるモンはキッチリもらったんだ。このままはいさようならをして龍族領にでも向かってもいいんだけど、それをするとアニー達がとても言い表せないくらいのバチ切れをしてしまう未来は回避不可避なんで仕方なく仕事をする。そんな働き者な俺を褒めてほしいね。


「調子乗るんやない」

「なんも言ってないはずだけど?」

「顔見ればわかるんよ。褒めて欲しそうにしとるんがバレバレや」

「そりゃそうだろうよ。街の外に壁を作り。ダンジョンで変異種をぶっ殺し、今度は獣人領を救えってんだぞ? よくやったねぇとか。さすアス♪ とかの誉め言葉の100や1000述べてくれても良くね?」

「なに言うてますのん。せやからあてがこうしてアスカはんに抱き着いたりしとるんよ?」


 確かにそれはそれで喜ばしい。とはいえ、やっぱ野郎ってのは言葉でも褒めが欲しい訳よ。それがあるのとないのとではやっぱ入れ込み具合が違う。当たり前だが綺麗で可愛い女性限定だ。野郎なんかの誉め言葉はむしろゲボが出る。

 そうして、リリィさんの大きな母性の感触を上半身で感じながらおっさんズの話を聞くと、確実にその場所を制圧するための偵察をしたいと数日待たされる羽目になったんだが、こっちとしても例の店での豪遊をしたいんで、その位は問題ないと了承してやる事に。

 さて。意図せずのんびりできる時間が与えられた訳なんだが、そろそろ例のお店からの連絡が来てもいいころなはずなんだが全然こないな。まさか――


 ――――――


「お? ちょうどいい所に来たな。例の店からの連絡が来たぞ」


 てっきり門番のところで止まってんのかなぁと思い、洗いざらい吐かせるために締め上げようと城の入り口までやってきたら、なにやら可愛い女性と仲睦まじくお話し中。邪魔してやろうと喜び勇んで近づいたがあっさりバレてしまった。


「アスカはん? お店ってなんですのん?」

「うん? そんなの決まってんだろ。綺麗どころがお酌をして楽しむお店の事だよ」

「っちゅうかそれ以外にアスカが嬉々として向かう場所なんてあれへんやろ」

「その通~り! で? 店から来たって事は、準備が整ったって事でいいんだな?」

「はい。お客様のご要望通りに支度が整いましたので、今夜にでもお楽しみいただけます」

「なに言ってんのさ。楽しめるんだったら今すぐ楽しむに決まってんだろ」


 仕事は休む。だって綺麗で可愛い女性が俺を待ちわびてるんだぞ? だったらそれ以外の物は必要ないと断ずるのは、生活に余裕のある男として当然の思考だろう? 異論は認めん!


「綺麗で可愛い女性……あてもお供させてもらいます」

「なに言うてんねん。これから商談がいくつか入っとるんやから行ける訳ないやろ」

「そんなぁ!? 後生やでアニーちゃん」

「やかましい。今回の商談はリリィが望んだ奴やぞ」

「それは仕方おまへんなぁ。アスカはん、すんまへんけど行けのぅまりましたわ」

「そうか。まぁ、問題が解決したらまた貸し切りにすっから、そん時に楽しもうや」


 笑顔でリリィさんを送り出したわけだが、心のどこかであれほどまでの手のひら返Cに嫌な予感がするだろう? って語り掛けてくるものの、俺にできる事なんて何もないので深い深い闇の中に強引に押し込める。


 ――――――――――


「……」


 すぐに店に突撃ぃ! といきたかったんだが、俺は何故か城の中に連れ戻されたうえにユニ達を侍らせておっさんズと面ぁ突き合わせてる。


「全く。この非常時に酒場で騒ぎを起こそうなんてなにを考えてるんだい」

「んだよ。言いたい事ってそれか? 別に俺の金でどうしようが俺の勝手だろうが」

「その通りです。主の成す事に文句を言った所でどうにかなるようなものではない」

「そーなのそーなの。ご主人様は自由な人なの」

「はっはっは。このお方を止められるのは共の獣人2人だけでしょうね。諦めるのが精神衛生上にも良いと提案して差し上げますよ」


 すでに1日の売り上げに匹敵するって額――白金貨2枚を渡してんだ。誰に何か文句を言われたところで、じゃあお前も同じ事をすりゃいいだろうがと反論してやるつもりなんで意にも介さないつもりだったのに、タイミング悪くあの場にやって来た元・チビおっさんにその目論見がバレて捕まっちまった次第だよ。


「そういう訳にもいかんに決まっとるじゃろうが。この非常時に酒場が――それも最上級の店が開いとると知られれば間違いなくその批判が王宮に殺到するわい!」

「俺の知った事じゃねぇ」

「まったくですね。一軒の店を貸し切る程度、主からすれば露店で商品を1つ買うのとそう変わらない行いです」

「ご主人様は何も悪くないのなの」

「そもそもこの程度の問題も解決できないのが悪いのでは?」

「って訳なんで、こっちは勝手にやらせてもらう。邪魔するってんなら王都ごと潰すかんな」


 もちろん綺麗で可愛い獣人は除く。

 どうやら用事も終わりみたいだし、さっさと向かうとしますかね。1秒でも早く訪れないと今か今かと店内で待ちわびてるってのに悲しませてしまう。綺麗で可愛い女性好きと公言している俺としては見過ごせんわな。


「ならば仕方ない。強引にでもその豪遊を止めさせるしかないようだね」

「ほぉ? お前等ごときがこの俺を相手に強引にねぇ……一体なにが出来るってんだ?」


 実力もさることながら、俺の側には配下的な存在が勢ぞろいしてんだ。この状況であれば、さすがに魔神を出されっと邪魔にしかならんけど、魔族くらいであれば十分に渡り合えるはずだ。

 連中もそんな空気をアンリエット以外察したのか、わずかに戦闘態勢に入る。


「簡単な事じゃて。アニー達にお主の店行きを邪魔せいと指示すれば事足りるのじゃろう?」

「なるほど。確かにそれをされると厳しいな」


 ちらっと丸男に目を向けると、表面上こそ平静を装ってはいるが〈万能感知〉だと後悔の感情がはっきりと確認できる。ユニは気付ているがアンリエットは首をかしげてる。

 現状、アニー達も俺が偵察に行かずに夜の蝶達とどんちゃん騒ぎをすると思っているだろう。それを戦力が足りずに必要になったから説得してくれなんて連絡が行けば、たちまち確保されて有無を言わさず連行されるだろう。

 だからと言って、素直にハイそうですかと従うつもりは毛頭ない。


「そうか。だったら残念だが薬の販売は無かった事にさせてもらう事にするよ。まぁ、別に薬が無くなっても3日くらいはその状態が維持されると思うから、せいぜい残り少ない毛髪と高身長を楽しんでおけ」


 実験の結果としてどのくらい維持されるのか全く知らんが、そう言っておけばおっさんズも無報酬で俺をメンドウの渦中にぶち込むような真似をしにくくなるだろう。

 事実。おっさんズは二度と薬が手に入らないと聞いて内心で滅茶苦茶動揺しまくってやがる。一度上がったルックスを元のレベルに戻すのは相当に抵抗があるだろう。ふっはっはっはっは! さぁさぁどうするよ。

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