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閑話 ~ユニとなるまで2~

 ある日。ワタシは気分転換のために森をさまよっていた。

 近頃は皆も集団生活に慣れ始め、当初の頃より随分と諍いが起こる回数が減った。それ自体はとても喜ばしい事だけど、どうしてもオス連中が人間を食べたいと言い始めてきた。

 十分な餌を与え、種としての数も十分に増え続けたせいか、どうしても冒険者などの人間の襲来が減って来たのだ。

 もちろん。襲撃を受けた時の食事に関しては一切禁止しなかった。相手は死ぬ覚悟を持った連中で、これらを餌とする分にはそれほど危険を生み出す事はなかったからだ。

 しかし。今はこの森に近づくのは危険とされているようで、滅多に人が訪れなくなってしまっていたのも傲慢に拍車をかけているんだろう。

 ワタシとしては羽トカゲや他の魔物でも十分に満足しているのだが、血気盛んなオス連中が近頃図に乗り出し、中には庇護を離れて自分勝手に人間共を襲い始める迷惑な群れがぽつぽつと集団を去り始めた。

 それについては特に異論はない。ルールに従えないオスを無理に留めても他の迷惑になるだけ。それなら自主的に去って行ってもらった方がこちらとしては願ったりかなったりと言える。

 だから止めなかったし粛清を加えるような真似はしなかったが、たった一言。二度と敷居を跨げると思うなよ脅しをかけてはおいた。こうしなければ、万が一戻って来るような真似をする馬鹿がいるかも知れないし、残る者達に示しがつかない。実際に戻って来た馬鹿に対してもキッチリ命を刈り取って他の魔物の餌としてやった。

 特に何もしなくていいと言われて仕方なく引き受けた族長という役割。それに少しだけ嫌気がさした時。ワタシはこうして森の中をさまよう。何も考えず。ただ本を読んで必要最低限の生活を送っていたあの時みたいに自由になれてる気がしたから。

 そんな事を考えながら小腹がすいたなぁなんて考えていると、人の匂いを感じた。

 どうやら久しぶりに愚かな冒険者が富を目的にやって来たようだ。あまり人肉には興味はないけど、近頃妊娠したメスが居た事を思い出して、その祝いとしてくれてやろうと駆け出した。

 ほどなくして遠くの方にその姿を発見した。

 相手は幼い子供。それがたった1人で迷う事無くこちらに向かって歩いてきていた。

 しかも、魔物が蔓延る森の中で一切の武具を持たずに。微塵の恐れもなく。まるで己がこの森の統括者であると言わんばかりに堂々と。

 透き通るような銀髪に意志の強そうな大きな瞳。人間基準で言えばその少女は完璧と評されるほどの美貌を持ち合わせているのと同時に、周囲の魔物が逃げ出すほどの異常な気配を纏っていた。

 一瞬でワタシは理解した。たとえ全力を出そうとも決して敵わないと。それほどまでにあの少女の強さは次元が違いすぎる。

 昔だったら一目散に逃げだしていたであろうが、今はそれが出来ない。何故ならあの人間が進む先にはワタシの群れが暮らしている。族長として皆を守らなければいけないのだ。たとえ死ぬと分かっていても。

 本当は逃げたい。それでも戦わなければいけない。こんな時になってワタシは初めて、死んだ父や見下していたオスの勇敢さを知る事となった。彼等はいつもこんな気持ちで狩りを行っていたのかもしれない。そう考えただけで気持ちが少し楽になって、自然と全速の突撃からの爪撃を振り抜いていた。


「お? こりゃちょうどいいサイズじゃねぇか」


 何とも呑気な声でそう言った少女は、ワタシの全力の一撃に事もなげに反応し、平然と片手で受け止めていた。

 ちなみにワタシは4メートルを越えてるし、体重だって目の前の少女と比べれば数十倍以上ある。普通に考えれば押し潰すなり吹き飛ばしたりできるはずなのに、少女は一歩も動かないどころか距離を取ろうといくらもがいてもビクともしなかった。


「そんな暴れんなって。別に取って食ったりしねぇって。お前さんにちょっと馬車を引いてもらいたいだけなんだ――って言ってもわかんないか。とりあえず肉を食え」


 言わんとしている事は当然理解している。この少女はワタシに馬の真似事をしろと言っているのだ。羽トカゲすら凌駕するこのワタシを!

 ふざけた事を言う少女に、怒りに任せて咬みつこうと口を開けたまでは良かったが、次の瞬間に死をも覚悟していたはずのワタシの決心は粉微塵に砕け散った。


「……」


 少女は何も言葉を発さなかった。ただただじっと見ただけ。たったそれだけなのに、ワタシは動く事が出来ず、まるで動かされているように肉に喰らい付いた。


「よーしよしよし。どうだ? 美味いだろう」


 正直。恐怖のあまり味なんて理解できなかったが、それを服従か何かと取ったのは少女は満足そうな笑みを浮かべながらついてこいと言い。完全に心の折れたワタシは逃げても無駄だと早々に理解し、それに従う事しか出来なかった。

 そうして向かった先には、引き手のいない馬車と獣の血の混ざった獣人に分類する餌が2人。


「お待たせ~。やっぱ探せばいるもんだ。こんな立派なのが居たぞ」

「はぁ……。こりゃまたえらいデカいモン連れて来おったなぁ」

「ホンマですねぇ。こないに大きい鱗狼スケイル・ウルフは初めて見ますわぁ」

「そうなのか? まぁ、大は小を兼ねるともいうし別にいいだろ。馬具つけんの手伝ってくれ」

「いやいや。何言うとんねん! ウチらがそないにデカい魔物に近づける訳あれへんやろ!」

「ホンマですよ。そん魔物がえらい睨み付けてき取りますから、食べられてしまいそうですわ」


 ワタシは魔物ではなく魔獣だ! よりにもよってあんな下級の魔物と同じと思われていたのは少なからず怒りを覚えるが、自分がAランク魔獣の森角狼であると伝えたらワタシを捕まえている少女に殺されてしまうかもしれない事を考えると、ここは――


「ちょ!? アスカあれ!」


 3人の中で一際声量の大きい食いでのないうるさい獣人が、少し腹立たしく感じる音量で叫びながらワタシの背後を指さすので振り返ってみると、そこには部下らしきオス数頭の姿がある。恐らくこのアスカなる少女のただならぬ気配の調査にやって来たのだろう。


「ん? 似たようなのが結構いるな。同じ奴か?」

「もしれへんし、もしかしたらそいつを取り返しに来たのかもしれへんで」

「どないしますのん?」

「別に放っておいていいんじゃないか? 連中からあんま敵意感じないし。何より牽き手はもう手に入れたから、襲って来なけりゃ無視! んな事より混浴が重要だからな。サクッと報告済ませてサクッと戻りたいんだよ」


 あっけらかんとそう言い放った少女は、本当に無視を決め込んで淡々とワタシと馬車を繋ぎ始めた。肝が据わっているというかなんというか……。

 普通、これだけの魔獣に囲まれたら獣人2人のように身を寄せ合って恐怖に振るえるものに。そう言った感情が一切見られないどころか逆に苛立っているようにも見える。きっとさっき言っていた混浴とやらが関係しているんだろう。

 そして、無視をされている部下達の目には人間の――しかも生まれて間もないような少女にされるがままに馬の真似事をさせられそうになっているワタシに対しての軽蔑の色が濃かった。

 この瞬間。ワタシは群れのボスとしての信頼を一気に失った。万が一にも彼等が現場を目の当たりにしていてくれたら、この光景にも納得してあそこまで軽蔑の濃いまなざしを向けなかっただろうが、ワタシは誰にも行き先を告げずに単独で散策していた。


「よーっし完成。どうだ?」

「ええんと違いますか?」

「魔物に馬車引かせたら馬より力あるやろうなぁ考えても誰も実行出来へんからな。走らしてアカンかったら調整する感じでええんちゃうか? って言うかホンマに大丈夫なんやろうな?」

「大丈夫だろ。別に割れ物や危険な荷物を積んでる訳でもないし、中は安全設計にしてあっから、横転したって大した怪我をしないはずだし、そもそもポーションが大量にあるんだからそれで治せばいいだろって訳だから、さっさとギック市に行きますかね」


 着々と準備を進める人間達をよそに、偵察のオス達は森の奥へと消えていった。ワタシはそれを追いかける事は出来なかった。それをすれば間違いなく命がなくなるだろうし、再び馬の真似事をさせる同胞を手に入れるために足を踏み入れる。そうすれば、統制を失った群れ達は確実に一頭を残して全滅する。それだけは避けないといけないから、銀髪少女の指示に従って走り出すしかない。


 ――――――――――


「ほれ。お前も食っとけ」


 街まであと少しと言ったところでの休憩で、銀髪少女はワタシの前に不思議な物を置いた。とてもいい匂いがするし、獣人の2人も同じ物を食べているからこれは食べ物――人の世界で言う料理というやつなんだろう。

 恐る恐る少しだけ口に入れた後は、もう止まらなかった。今まで食べてきたのは何だったのかと思えるほどの圧倒的な美味しさ。こんな物を食べてしまってはもう羽トカゲの肉なんかではもう満足出来ない。あれはあれで美味しいがこっちには敵わない。

 あっという間に食べ終わり、もっと食べたかったなぁとじっと銀髪少女見ていると、不意に拘束具を外し、人が10人は乗れそうな馬車をどこかに消し去るとさっさと歩き出してしまった。どうやらワタシはここでお役御免という事なんだろうが、既に帰る場所なんて存在しない。なので隣を歩く。


「おい。こりゃ一体どういう事だ?」

「懐いたんと違うか? こないになった魔物は初めてやからウチにはよぉ分からん」

「あてもです。というかホンマに鱗狼スケイル・ウルフなんやろか?」


 来た! 再びワタシという存在に疑問を持ってくれた。このタイミングであるならば、正体を明かしても殺されたりすることはないだろう。何せ馬車を引けるという優位性と生半可な魔物を寄せ付けない実力――は銀髪少女がいるだけで何の問題もないか。

 とにかく自分の存在の有用性を示す唯一の好機だ。

 この好機にワタシが森角狼で、貴女の従魔となりたいと告げたのだけど……


「迷惑」


 この一言で片づけられ、さっさと街へと行こうとする始末。ここでこの人を逃がしたらワタシは一生あの美味しいご飯を食べられなくなってしまう。それだけは何としても阻止しないといけない。もちろん負けたワタシの居場所がどこにもないっていうのもあるけど、そっちよりご飯だ!

 必死に必死に懇願した結果。半獣2人の同情を買う事に成功し、何とか従魔契約を結ぶ事が出来。名づけの才能がまるでない残念な主にユニというギリギリ我慢できる名を付けられた。


 従魔契約によってスキル〈念話〉〈人類言語〉を覚えました。


 また声が聞こえた。けれどその主はいない。また毛並みが悪くなると考えると少し憂鬱になった。

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