#331 はちみつたべたいなぁ
「んぁ?」
悠々とイフリアに歩み寄り、エリクサーをぶっかけようと蓋を開けた途端に中の液体が意思を持っているかの如く瓶の外へと飛び出し、魔法陣へと吸い込まれていった。
「んふふふふふふふふふ。素ぅ晴らしいほどのマナの奔流を感じますねぇ。どうやら本当にそぉの液体は、かの霊薬と称されるエリクサーに間違いないようでぇすねぇ」
どうしたもんかなぁと考えていると、そんな声が降って来たんで見上げてみるとそこにはクマのぬいぐるみ(めっちゃリアルタイプ)が浮いていた。
「可愛くないのなの」
「そうだな。やっぱ黄色で赤シャツを着てないと」
「あちしは白と黒で左右に分かれてるのが好きなの」
「随分と具体的じゃのぉ」
「俺の方は世界的に有名だからな」
「長い事生きとるがそんなクマは見た事も聞いた事もあらへんぞ」
「カサンドラったらおっくれてるぅ~」
「話を聞をききなっすわあああああああああああいいっ!!」
ぬいぐるみを無視して歓談したら、すぐに怒声が聞こえてきた。どうやら随分と沸点の低いクマらしい。
「うるせぇなぁ。聞いて欲しかったら土下座のひとつもせんと」
「ふん。何故このぼぉくがお前らごとき連中にそんな事をしぃなくちゃいけないのか分ぁかりませんねぇ。どうやらその頭のなかぁみは糞便が詰まっているようだぁねぇ」
「ほれ。これがさっき言ってたクマだ。世界一の人気クマなんだぞ」
「う~っ。おっちのクマの方がずっと可愛いのなの」
「なんじゃなんじゃ。どっちも随分と覇気のない顔をしとるのぉ。これじゃ威嚇も通じんじゃろう」
土下座する様子がないんでクマ談議に戻った訳だが、どうやら無視されることを極端に嫌うかまってちゃんらしく、〈万能感知〉が魔法の気配を感じ取ったんで仕方なく振り返ってみると、俺の顔面を滑るように何かが駆け抜けていった。
同時に、クマに向かってどす黒い感情全開のアンリエットの一撃が襲い掛かったが、見えない壁に阻まれはじき返された。
「うぅん? その腕……いぃやぁ。あれはぁ、たぁしかもっと……」
「えい」
「っ!? 馬ぁ鹿……な」
なんかボケっとしてたんで石を投げてみると、アンリエットの攻撃を防いだ壁があっさりと砕けてぬいぐるみの一部をえぐり取ったんで、ショットガンよろしく一つまみの小石をバラ撒く。
「ほれほれほ~れほれ」
「ちい……っ!? こぉれは少々まぁずいですねぇ」
どうやら、アンリエットの攻撃は防げても俺の攻撃は防げないようで、必死にバリアっぽい物を張ったりちょこまか動き回って何とか避けようとしてるみたいだけど、俺にいわせりゃ風船が風に揺れてる程度の速度にしか見えないんで、楽々当てる事が出来る。
なんで、1分も経たずにぬいぐるみは穴だらけになって飛行能力も無くなったのか地面に横たわったまま動く気配がない。
「おーい。聞こえてるか~?」
「……」
「駄目か」
どうやら死んだ――と言うには違うか。まぁとにかく動かなくなった以上は邪魔する事も出来んだろう。放っておいて、次はイフリアだな。
手っ取り早く引きはがせれば一番いいのかもしんないけど、精霊には基本的に触れないからなぁ。
「おい。何ぃする気じゃ」
「いや、魔法陣壊してみようかなって」
「止めとけ。ワレがエリクサーぶちまきよったせいで発動しそうな気配があるんじゃ」
「うん? だったら発動する前にぶっ壊した方がいんじゃね? イフリアは自由になりそうだし」
こんな怪しさ全開な場所にある魔法陣だ。もしかしなくても獣人領に災いをもたらすのは確実だろうからな。だったらそうなる前にぶっ壊した方が建設的と言うモノではないだろうか。
「馬鹿言ってんじゃないよ。魔法ってのは普通に発動させるより暴走させちまった方がより危険なのさ。おまけにこれはどんな魔法が発動するのかあたいにもさっぱりだからそんな危険は冒さないでほしいね」
「だが手をこまねいてればいつかは発動するだろう? だったら壊しちまった方がよくね?」
「アホ抜かせ。魔法は暴走させる方が何倍も危険じゃ言うたやろ!」
「その通りさ。こうなったらむしろ発動させちまった方がマシなくらいさ」
「じゃあそうするか」
もう1本エリクサーを取り出して蓋を開けると、吸い込まれるように液体が魔法陣に飛び込んでいったが、どうやら満タンになったようで3分の1ほど吸い取った辺りでピタリと止まり、それが閃光弾みたいな視界が塗りつぶされるほどの光を発したかと思えばすぐにさっきと変わらない光景が戻り、魔法陣の上にはイフリアの代わりに『第3回路充填完了。発動まで残り28%』と記された墓石みたいなやつが鎮座していた。
「うにゅ? なんか変なのがあるのなの」
「だな。充填完了って書いてあっから魔力の補充が目的だったっぽいな」
第3回路ねぇ。そうなると最低でも1と2がある訳で、この世界のどっかに似たような場所があるって事なんだろう。魔王の出現以外にも世界は随分ときな臭くできてやがるなぁ。それもこれもあの駄神がきっちり仕事してやがらねぇせいだな。
まぁ、そっちはそっちで後回しにするとしてだ。今問題なのは残りのパーセントが補充された時にどうなるのかだろう。
さすがにあっさりと惑星崩壊なんて事にはならんだろう。そうなるレベルの物だったら間違いなく六神連中が出張ってきて跡形もなく消し去るだろうから、最低でも魔王以上の脅威とならないって線は濃いと思う。
「姐さん! 大丈夫ですかい!?」
カサンドラの声で、そういえばイフリアってどうなったんだと声の方に目を向けてみると、どうやら無事に魔法陣から脱出できたみたいで部屋の端の方からふらふらとこちらに近づいてきた。
「随分と力を失ったけどね。それよりもあんただよ。この文字が読めるってのかい?」
「あ? 読めないのか?」
「分かんないのなの」
「長く生きとるワシでも読めねぇのぉ。姐さんは読めるんですかい?」
「当たり前だろう。と言っても、こいつは精霊言語だけど随分と古いモンでね。精霊母か精霊王くらいじゃないと解読できないはずなんだけどねぇ」
「そんな古い言語を使うにしては随分と新しくねぇか?」
使われてる言語が精霊母クラスじゃないと判別できないってのに、ここに来るまでの道中もこの部屋自体もそこまで新しい訳じゃないが、それでも言語が廃れるほどの古さはねぇ。
現状で精霊言語を使う連中がこの世に居るのか聞いてみると、そもそも精霊の声を聞いたりその言語を理解できる奴は数百年に1人程度なうえに、俺ほど流暢に喋ったり十全に理解するのはイフリアでも1人しか知らないらしい。
「ってなると、こいつらはこれが何か知らずに魔力を注いでたって訳か? それはあり得ねぇだろ」
「じゃあ連中はこんなところで何してたっていうんだい?」
「そうだなぁ……こういうのは当事者に聞くのが一番だろ」
再び登場エリクサー。後はこれを誰にぶっかけるのかってのが運によるところなんだが、今回ばかりは一番上が分かり切ってるようなもんなんで、物は試しと転がったまま放置プレイに興じていたぬいぐるみに一滴たらしてみると、さすがに無理だろうと思っていたのに外見すら完全に元に戻ってしまった。
エリクサー……恐ろしい薬っ。
「……ふぅむふぅむ。エリクサーとは無機物にすら効力が及ぶ代物なぁのですねぇ。大変に興味ぶかぁい結果でぇすねぇ」
元に戻った事で本来の機能を取り戻したらしい。妙に芝居がかった野郎の声が聞こえて来たんですぐに首が千切れない程度の強さでもって鷲掴む。
「まったくだ。俺も興味本位でやってみただけだからな。単刀直入に聞く。お前はこの文字が理解できたうえでここに魔力を充填してたんか?」
「その通りですねぇ。あぁなたも読めぇるんですかぁ。いぃったい誰かぁら学んだのでぇすかぁ」
「そういうのはいいんだよ。魔力が満タンになったらどうなるんだ?」
「さぁてねぇ。ぼぉくは古代精霊語を読めるけぇどもぉ、どぉなぁるかまでは興味あぁりませんよぉ」
「つまり、知識欲を満たすためだけにこんな事をしてるって訳か?」
「当然でぇすねぇ。ぼぉくは世界中の事象を遍く知るたぁめに魂をこぉの人形に固着さぁせたのでぇすからねぇ。こぉれでもそぉこの精霊母でぇすかねぇ? と同ぁじくらいの長生きなぁのでぇすよぉ」
どうやら相当なマッド野郎だったみたいだ。草木になって生涯にわたってぼーっとしていたい俺には、知識欲を満たすためだけに長生きするとか考えられん。
まぁ……嘘はついてないみたいだし、この情報だけで何が起きるのかを理解できる奴はいないだろう。もしかしたらこの異常気象を何とかする装置かもしれんしね。なんで、用は済んだと言わんばかりにポイっと入口の方に放り投げてやった。




