#329 野郎<武器
「随分と騒がしくなってまいりましたな」
「そうだな」
あれから10数分。謎の存在が門前との間――およそ20メートルくらいを延々と往復しまくっている。普通であれば門番なり騎士なりが騒ぎの張本人をひっ捕らえんがために集まってくる事必至のはずなのに、今更になってようやく動き出したのが妙に引っかかるかな。
とはいえ、俺の知り合いって訳でもなければ王都に被害が及ぶわけでもない以上、わざわざ確認に向かう必要はない。歩くの面倒だしな。
「出てこんかあああああああい!!」
「うにゃ? この声はあの時の犬なの」
「おぉ……そう言われるとそうだな」
アンリエットが言う犬ってのは火の精霊の事だろう。とりあえずあたりをきょろきょろ見渡してみるもその姿は確認できないんで片手間に〈万能感知〉で調べてみると、どうやら門の辺りで右往左往してたのがそれらしい。結構な距離があたのに随分と声が通るんだな。
「どうなさるので?」
「聞こえとるじゃろうクソガキぃ! こっちこんかあああああい!」
「呼んでるのなの?」
「はぁ……しゃーない。任せていいか?」
「ご命令とあらば」
「アンは連れて行ってくださいね」
「わーってるよ」
本から目をそらさずそういうユニと、恭しく礼をした丸男を残して城を出て門に向かっていると、一定間隔で空に一筋の光が駆け抜けていくたびにアンリエットが綺麗だとはしゃぐのを宥めながら目的に到着してみると、そこにはすでに大量の獣人がひしめき合っており、全員がもれなく光の出所を見つめている。
「ようやく出てきおったな。緊急事態じゃさっさと来い」
俺の姿を発見するなりクソ犬がギャーギャー喚き始めたが、そのおかげでピタリと止んだ光の疾走に対して黒山の人だかりは辺りをきょろきょろ見渡す。どうやら精霊の姿が見えてないみたいなんで、興味が無くなったふりをしながらその場を離れ、人が居ない事と確認して門を飛び越えて王都から少し距離をとるとすぐさまクソ犬がやって来たんで、カウンターを叩きこむ。
「ぐふぅ……っ!? いきなりなにすんじゃオドレは! ぶち殺されたいんか!」
「うるせぇ。あんだけの騒ぎ起こしといて誰に物言ってんだクソ犬カサンドラ」
「サラマンド言うとるじゃろうが! かみ殺したろか!」
「はいはい。なんか用があって来たんだろ? さっさと話せ」
「ぐ……っ!? そうじゃった。姐さんに同行しとる連中の事なんじゃが、ちぃと不味い事になってしまっとるんじゃが手ぇ貸してくれへんやろうか」
「不味い事ってなんだよ。あれだけのモン与えてやってどう不味くなるってんだよ」
武器としてミスリル。
防具として一級品。
これらをそれぞれに在庫処ぶ――げほごほ。進呈してやったはずだ。おまけにアホ程レベル上げにも貢献してやったし回復薬もくれてやった。俺の予想では空を飛ばない10メートルサイズのドラゴンがやって来ても何とかなると踏んでいる。事実、丸男から何匹か呼び出させて戦わせたからな。
この魔物の居ない獣人領で過剰な戦力と言えんくもない装いで不味い事態か……嫌な予感がするな。
カサンドラの話によると、装置自体の破壊はすこぶる順調で、この数日で5基ほど破壊したらしい。まぁ、俺もアンリエットも環境の変化に鈍感だから涼しくなってんのかの答えは出せんが、随分と精霊が救出されてイフリアも随分とほくほく顔らしい。
そんな折に出会ったのが、十数人からなる黒ずくめの一団。
イフリアはすぐに俺が装置をぶっ壊した時に出くわした連中と同種であると確信したらしい。すぐに行動に移して連中をぶち殺そうとしたらしいが、精霊母の力をもってしても火傷一つ与える事も出来ず狂信者共が大勢切り伏せられたとの事。
「……弱くね?」
「アホ抜かせ。あん時装置ぶっ壊すために力ぁ使ってなかったら姐さんに殺せねぇ生物はいねぇわい」
「あー確かにあれは厳しかったなぁ」
ほぼ爆心地に居たって事もあったが、あの一撃は咄嗟に〈身体強化〉の割合を引き上げてなかったら木炭ならぬ人炭が出来るところだったからな。そりゃガス欠にもなるか。
とにかく。その集団によって狂信者共が大きく数を減らし、イフリアも舎弟共を逃がすために捕らえられてしまったとの事――ってなにぃ!!
「どうしてそれを真っ先に言わん! すぐに助けに行くぞ!」
綺麗で可愛い女性の窮地+颯爽と現れたヒーロー×救出=好感度爆上がりの公式が成り立つ。まぁ、あのイフリアの好感度ってなると若干ながら二の足を踏みたくなる気持ちはあるものの、他の綺麗で可愛い女性精霊を紹介してもらうためと思えば自ずと足が動くってもんよ。
「お、おう。案内するけぇついてこいや」
「全力で行けよ」
俺の宣言通り、カサンドラは結構なスピードでどこかに向かって飛び続ける。結構と表現するのは、俺は楽勝だがアンリエットが厳しいためだ。俺の桃色な異世界ライフのためにはその遅れすら惜しいので肩に担いで走る。
「おー。凄い早いのなの~」
「ワレはホンマ人族なんけ? ワシの全力に平然とついて来る奴なんざ龍族でも一握りくらいじゃぞ」
「鍛え方が違うんだよ」
さて。イフリアは別として、行方が気になるのは狂信者共にくれてやった装備一式だろう。一応ミスリルを使ったりしてっから、悪の組織的な集団っぽい連中の手に渡って綺麗で可愛い女性にそれが向くのはちぃと見過ごせないからな。
それらについてカサンドラに尋ねてみると、何故かサラマンドとか訳の分からん単語を喚き散らしたが無視して話を進めると、どうやら狂信者共の内5人ほどが殺されたらしいが逃げる事に必死でそこまでの確認は出来ていないとの事。
ちなみに相手の実力だが、どうやら狂信者共の方が若干強かったらしいが多勢に無勢なうえに精霊母レベルの魔法を無力化したという動揺が重なり被害者が出たとの事。まぁ、その辺りはエリクサーがあるんで心配はしてねぇ。問題なのはやっぱ装備だよ。
「連中の手に渡ってなければいいんだがな」
「どうじゃろうのぉ。ミスリル言うたら人種共にとっては貴重な鉱石。逃すとは思えんぞ」
「だよなぁ……だったら綺麗で可愛い女性が襲われる前に取り返すしかねぇか」
イフリアの魔法を防ぐ手札がちぃと怪しいが、俺の基本はステゴロで暴れるのがデフォ。所により時々剣って感じなんで、最悪〈身体強化〉を全開にすればまず耐えられんだろう。何せ駄神の用意したスキルだからな。
「ここじゃ」
カサンドラ先導でたどり着いた場所は、一見すると何にもない――元は湖だっただろう場所。そこの下には少なくとも100人近い好感度稼ぎの贄になってくれる親切な連中の他に、確かにイフリアっぽい反応があるが随分と弱々しいな。
「入り口は……あそこか」
〈万能感知〉で探れば、すぐ近くに地下に通じる隠し扉があったがやっぱ侵入者に対する罠的なモンはキッチリ設置されている。どうしようかねぇ。
方法1――ごり押し。
これのやり方は至極単純。〈身体強化〉をフル活用してあらゆる障害を直進する脳筋プレイ。俺が調べた中でも最上クラスの強化系スキルを前に、この世界に存在するあらゆる存在は意味をなさない。少なくとも魔神とか宣う連中が出てこない限りは問題ない。
デメリットをあげるとすれば、全員ぶっ殺す必要がある事と、イフリアにエリクサーが通じるかどうかの2点くらいか。
前者はさして問題じゃない。恐らくだがフル解放状態なら相手に触るだけでも十分に殺せる。問題なのは後者だ。
確か……アホのシルフが精霊が消えるとヤバい事になると言ってたな。どうヤバいのかは全く分からんが、上の奴が出張ってくるくらいだそこそこ世界に影響が及ぶんだろうって考えると、二の足を踏むが時間を駆けたくない。明日になったら夜の蝶達を侍らせての酒盛りが出来るかもしれんからね。そうなるとやっぱ実験だよな。
「おいカサンドラ。舎弟にこれを飲ませてみろ」
差し出したのはエリクサー(原液)だ。近頃は使う機会もめっきり減って、在庫がいっぱい。それを人体――じゃなくて精霊体実験として使う事にためらいはない。万が一ヤバい事が起きた時用に影響力の低そうな下級に白羽の矢を立てておくとも忘れない。
「ワシぁサラマンドじゃ!! ってかなんじゃその液体は」
「エリクサーだ」
「ぶっ!? な、なんちゅうモン出しとんじゃ! ってかどうやって手に入れたんじゃワレ!」
「企業秘密だ。それよりもさっさと舎弟を呼んで来い。こいつが精霊に通じるのかどうかの実験だ」
「……ええじゃろう。ワレに何か言うんは無駄やと思う事にしたわ。ちぃと待っとれ」
何故か不満そうな顔をしてるカサンドラの目の前に人魂みたいな炎がポッと現れた。きっとこれが今回の実験の人柱――じゃなくて精霊柱になってくれるんだろうと判断し、間を置かずにぶっかける。勿論エリクサーをだぞ?




