#327 あすかさんといっしょ
「それそれ」
「うわっ!?」
「ぶわっ!?」
ちょっと駆けだせばすぐにおっさん共が手の届く距離に。そのままエリクサーの瓶でぶっ叩いて中身をぶちまける。予想通りであれば少なからず変化が現れるはずなんだがね。そのためには優雅に振り返って勇者の反応を見るのが絶対条件。
「……アンタ一体なにしたのよ」
「見ただろ? 瓶でぶん殴ったんだよ」
さすが猫被ってるだけはあるね。と言っても、表情・態度・声色をメンタリズムクソ雑魚の俺が変化を感じ取れるとは思わんが、こっちには〈万能感知〉がある。それにもかかわらず揺らぎは一切感じられない。駄神のスキルを前にそれを察知させないって時点でとんでもねぇ奴なのか。それとも六神からとんでもないレベルの偽装系のスキルでも貰ってんのか。
今のところ判断は難しいとはいえ、何をしたのかを聞いてきたのは迂闊だったな。それだけで何かしらの変化――この場合はおっさん共に対して勇者がしていた何かが綺麗さっぱり消えたんだろう。エリクサーってのはそういう効果のあるこの世界では伝説級の代物(俺的には飲み水レベル)だからな。
この場合、何をしたのか聞くんじゃなくて何してんだよと言うべきだった。こうであれば、俺の突然の奇行に対してのツッコミとして処理してたと思う。
「いたたた……いきなりなにするんだい」
「まったくじゃ。というかなぜここに居るんじゃ。外壁工事はどうなっておるんじゃ」
「さてこれから始めようって時にお前等が呼びつけたんだろうが」
「なんだって?」
「全然覚えておらんのぉ。む? 何故お主もいるんじゃ勇者よ」
「本当だね。君には確か……ダンジョンでのレベル上げを命じたはずだけど、帰って来たと言う事はその役割を十全に果たしたと判断していいのかな?」
おっさん共の反応が明らかに別人になってんな。さっきまでの柔和な表情と違って随分と射貫くような鋭い目つきになってやがる。
さて……俺を呼びつけたのは勇者の策略だったようなんでこのまま放っておいてもいいんだが、またデバフを駆けられると面倒だ。ここは俺がルナさんに会うという目的を果たすまでこの勇者には退場しといてもらうかね。
「その前にいくつか問いたい事がある。おっさん共はこの国の現状についてどの程度把握してんだ」
「どの程度って……部下から定期的に報告書が上がって来てるからキッチリ把握してるさ」
「それが虚偽だと欠片も疑わないのか?」
「当然だろう? この異常気象を解決しなければ、獣人領はいずれ滅んでしまうんだ。その報告を偽るなんてそれは国家に対する反逆行為だ」
「まぁそうだよな」
ここで勇者に目を向けると、さすがにヤバくなってきたと理解し始めたんだろう。ようやく〈万能感知〉でも感情の変化を捉えられるようになった。現状、この女は非常に焦っている。って事はだ。虚偽の報告について加担していると判断していいかもしれんね。
「もういい? 用事がないならあたしは帰らせてもらうわね」
「なにを言うておるか。ここに来たと言う事は教会で能力値の確認を行ったのじゃろう? その報告書を渡さぬか」
「そうだね。前にもらった報告によると12階層まで攻略してきてるそうじゃないか」
おやおや。どうやら正常に戻る前の記憶では、この勇者はダンジョン攻略をしている体だったらしい。それにしても他人のステータスを見るのに教会が必要あったなんて全く知らんかったな。
そんな事よりも勇者の対応だ。まさかデバフを解除させられるとは思ってもなかったんだろうし、こんな事態に対する切り抜け方なんて果たして持ってるのかね。万が一逃亡を図るようなら実力でもってひっ捕らえてやるがな。
「なに言ってんのよ。アタシもそうしようとしてたけど、ダンジョンから帰ってきたらすぐにアンタ達にここに来いって呼ばれたんだからわざわざ顔を出してるんじゃない。覚えてないなんて言わないでしょうね」
「そうだったかの?」
「すまないね。ここ最近色々な事が一気に積み重なって忘れてしまっていたのかもしれない」
どうやらスキルの影響で記憶の祖語は起こるみたいだが、あっさりと勇者の言い分を受け入れたな。それにしても忙しいと言いながらこっちを見つめてくるのは何故だろうか。
「ったく……だったら今から調べに行くから帰っていいかしら?」
「ああ。別に急ぐ物でもないし、ゆっくり疲れを癒してからでも構わないよ」
「あらそう? だったらゆっくりさせてもらうわ」
「じゃあ俺も仕事を始めるとしますかね」
「まだ始めておらんかったのか」
「別に急ぐ仕事でもねぇだろ」
とりあえず、勇者相手に俺という存在が脅威であると思わせる事くらいは出来ただろ。何せ操った相手を一瞬で元通りにしちまうんだからな。多少知恵が回るんだったら、俺の手の内を探ろうとするだろうが、それはそれで構わん。勇者ごときに知られたところで脅威になるようなことはほぼあり得ないからな。
「ご主人様お仕事なの?」
「そうだぞ。アンリエットはどうする? 俺について来ても大してかまってやれないから暇になる。前みたく大勢のガキ連中と遊びまわってるか?」
「ご主人様と一緒に居たいのなの」
「いいのか?」
「いいのなの」
ここで遊ばせるのを無理強いする訳にもいかんしね。どうしても暇になった場合は丸男を復活させて呼び出した魔物を相手に運動させればいいだろうって訳で街の外へ出て昨日終わった辺りまで追いかけっこをしながら十数分で到着。さっさと続きを始める。
「よ……っと」
「ふわぁ……凄くおっきいのなの。やっぱりご主人様は凄いのなの」
「そうだろうそうだろう」
とまぁ。始めはそんな感じで和気藹々としていたんだが、時間が経つにつれてやっぱりアンリエットの方が暇そうにし始めた。
会話位なら問題ないんだが、外壁を設置する都合上〈身体強化〉は4割程度を維持しているからじゃれて来てもいつも以上に軽くあしらえる。最初こそ楽しんでいたものの、あまりにも一方的すぎる展開にすぐに飽き、今では穴を掘ったりゴロゴロと転がったりしてるんで、丸男を投入する事にした。
「おや? 随分と日の高いうちのお呼び出しでございますな」
「ああ。そこのアンリエットが滅茶苦茶暇そうにしててな。悪いが遊び相手を出しといてくれんか?」
「かしこまりました。それが主である貴方様の願いであれば」
よし。これであればいくらか仕事に集中できるな。
――――――
「……飽きた」
数時間淡々と外壁を創造しては埋めるなんて単純作業は猛烈に飽きる。ちょっと前まではアンリエットとの会話なんかがあったが、今は遠くに聞こえる遊んでいるだろう音が聞こえてるって事はまだ動けてるって確認になる。と言う事で今日の仕事はこれでおしまい。時間的にはまっだまだ自由になる時間が有り余ってるんで、減った飯の補充でもすっか。
ま、その前に軽く腹に何か入れておくとすっか。
「おーおーやってるやってる」
音のする方に戻ってみると、何故か魔物じゃなくて丸男とアンリエットがじゃれあってる。
一応魔物の死体らしき肉片がいくらか転がってるけど、この猛暑が原因だろう。どれもがカッピカピに渇いてて干し肉状態になってる。まぁ、そこら辺はそうなるだろうと思ってたから放置の方向で行く予定だが、問題なのは遠巻きに見学してる連中だな。とりあえず話を聞いてみるか。
「おいっすおいっす――って、あの時の冒険者か。こんなとこで何してんの?」
近づいて改めて判明したのは、あのダンジョンですれ違った金髪縦ロール嬢に御付きのメイド2名。
「なにって……見て分からないのですか? あれほどの存在が王都のすぐそばで暴れているのです。排除せねばいつ矛先がこちらに向けられるか分かったものではございませんわ」
後ろの2人もうんうん頷いてる。おっかしいなぁ……あれってそんなに危ないのか? 2人にはキッチリ王都に迷惑かけんなよと言ってあるから、そっちに悪影響が出る可能性は低い。まぁ、土埃くらいなら飛んでいくかもしれんけどそんなのは風が吹くだけで常時発生する物だから候補から除外。
「……そんなに危ないのか?」
「あれを危険と感じないとは、貴女に危機感知能力はございませんの?」
あぁ……そういえばいつもだったらアニーかリリィさんが止めてくれてたから何となく駄目な事の線引きをしてもらってたから完全におんぶにだっこでその辺の感覚が馬鹿になってたな。もう遅いかもしれんが、2人を止めるか。
「おーい。あんま暴れるとだめらしいからそろそろ終われ~」
「む? そうなのですか。命拾いをしましたねアンリエット」
「むか。それはこっちのセリフなの。お前こそ加減してもらって感謝するのなの」
賑やかな口喧嘩は続いてるが、とりあえずのじゃれあいは沈静化した。これであれば問題はないだろ。




