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閑話 ~ユニとなるまで~

 ワタシはメスだ。それはもちろん理解している。

 そして、森角狼ユニコーン・ウルフの群れを従えるのは強者であるオスが務めるのが普通。ワタシの父も群れを率いて人間や他の魔物。時々羽トカゲといった餌を狩ってワタシ達を養ってくれていた。

 だけど、ワタシは他のメス達と違った。

 ワタシが軽くじゃれているつもりでも、大人のメスを簡単に組み伏せられてしまうし、父がいない時を狙って襲撃してきた魔物や武装した人間を撃退した事も数え切れないほどあった。

 最初の頃は強い父の血の濃く受け継いだんだろう程度にしか考えていなかったけど、成長するにつれてその考えは自然と薄くなり、遊び半分で羽トカゲ数体を狩った戻った父の顔を見て、ワタシの強さはそれとは違うとの確信に至った。

 体躯も他のメスよりはるかに巨大で、他の群れのオスより力が強い。ワタシの存在は森角狼の中でも特別異質に映った。それが特別個体ユニークモンスターであると知ったのはもっとずっと後の話だ。

 それからさらに数年がたったころ。父が死んだ。

 なんでも、相手は冒険者を生業とする人間共の中でも腕利きとして有名であったらしく、それを群れのオスとして十数人の部下等の連携に後れを取ったらしい。

 他のメス達は父も寄る年波には勝てなかったか……とか。たかが人間に負けるなんて……とか言い合っているが、人間というのは集団で狩りをする。そしてワタシ達より広い世界を知っていて多くの知識があって、弱さを補う道具を手に戦う非常に厄介な餌で、魔物と比べて味はいいのだがあまりに食べ過ぎると父の様に殺されてしまう危険で厄介な餌なのだ。

 こうして。父が率いていたワタシ達の群れは他のオスの群れに加わる為に多くが散っていったが、半分以上はなぜかワタシに群れの長になって欲しいと願い出てきた。

 群れを率いるのはオスの仕事。ワタシたちメスはその施しを受け、次代に命をつなげる為に遺伝子を受け入れるのが仕事だが、そう嘆願してくるのも納得できる。

 狩りをするのは問題ない。森に住まう同種のオスでもはやワタシに敵う個体は存在しない。しかしワタシはメスだ。それだけに集中してしまっては次代に命をつなぐ事が出来ない。

 それはつまり、緩やかな破滅を意味する。だからオスのいなくなった群れは他の群れに加わるか、まだ群れを作っていないオスの元に身を寄せるかしなければいけないと説明し、ワタシは単独で生き行く事を選んだ。

 何故なら、ワタシはどのオスの元にもつく気はさらさらなかったからだ。

 長い間オスに混じって狩りをしていたせいなのか、自分より弱いオスの遺伝子を受け入れるという事に強い拒否反応を示すようになっていた。

 これが絶対的強者だった父であれば喜んでこの身を差し出していたが、どの群れのオスもワタシが少し早く動くだけで簡単に勝ててしまう。それでは群れを任せて安心して子育てに励む事が出来ない。

 なのでワタシは、単独で生きて行く事を選んだのだ。幸いにもこの森は広大で、餌となる魔物は豊富に存在、同じ餌を狙って羽トカゲもやって来るので。ここで暮らしている限りは空腹に困る事はないのだから。

 朝に目を覚まし。

 必要な分だけ狩りをして。

 日がくれる頃に眠りにつく。

 そんな変化のない毎日を淡々と過ごしていくうちに、ワタシはスキルを手に入れた。


 ――レベルアップにより、〈人語理解〉〈識字〉を入手しました。


 始めはただただ驚いた。突然どこからともなく声が聞こえたので、慌てて周囲を窺うも何者の気配もない。そのせいでしばらく神経質になって寝不足が続いた。おかげで自慢の毛並みが少し悪くなった。声の主……殺す。

 そんなスキル習得から数か月。群れが次々に狩られているとの報せを聞いた。どうやら人間の味を覚えたいくつかの群れが自制もせずに襲い続けたらしい。自業自得と言う他ないので我関せずを貫いた。

 人の厄介さを知ったワタシは、父が殺されて以降。人に近づく事はあっても殺す事はしなかった。欲したのは餌ではなく知識だからだ。連中を制するにはまず連中の情報を入手するのが先決だと思ったためである。

 覚えた2つのスキルは、人の言葉を理解し、それを書ける事であったため、ワタシは人を知る為に書物を求めた。

 最初の頃はどうすればいいか分からずに、人の前に姿を現して地面に書物を寄越せと記したが駄目だったので、近くにあった人間の村を観察する事にした。

 それから数日。どうやら人間は欲しい物を手に入れる時には別の物と交換するらしいという事を学んだので実行に移す。

 用意したのは、人の身では狩るのが難しい羽トカゲの鱗。食べられない事はないが非常に硬く、肉があると言うのにわざわざ口に運ぶ必要性を感じないが、人間共には他の用途があるらしく、時折それを運ぶ姿を何度か確認していたので交換するには十分だろうと思う。

 なのでそれを手に人の前に現れ、逃げないようにしてから交渉をした結果。顔を引きつらせてはいたけどちゃんと書物を手に入れる事が出来た。

 おかげで様々な知識を手に入れ、人という生き物の知識の多さを知った。

 中でも、魔法なる羽トカゲが使う邪魔臭い物を人間も使いこなすという事を知れたのは大きい。恐らく父が人間にやられたのもこの魔法のせいであろう。

 そうやって色々な知識を経て成長したワタシの元に、ある日数匹のオスとその群れがやって来た。

 まぁ……それ自体はさして珍しい事じゃない。新たに群れを成したオスがその報告と共にワタシを妻としたいと挑んでくる事が時折あるため、それを完膚なきまでに叩きのめすのが恒例行事のようになっているからだ。

 しかし。複数の群れがいっぺんにやって来るというのは珍しかった。

 何事かと問うてみれば、どうやら保護をしてほしいという事だった。

 あれからワタシを除いた群達は、冒険者から執拗に狙われ続けてその数を激減させているとの事であり、幼かった頃の半分以下にまでなっていると聞いた時にはさすがに驚きを隠しきれなかった。

 こちらとしては保護をする事を断る理由はない。事ここにいたって自業自得だと言っていては本当に森角狼の種が途絶えてしまうからだ。

 しかし。保護を求める以上はルールを作らなければけない。集団生活を送るにはこういった取り決めは必ず必要になるらしいというのを書物で得たため、試験的に取り入れることにした。


 1.人を襲わない。

 2.他の群れのメスに手を出してはいけない。

 3.ワタシの指示には絶対従う事。


 あまり難しいルールを組み込むのは早すぎるし、ワタシも知識を得たばかりでそこまで格式ばった物を作るのはどうかとも思ったから、最初はこのくらい。それで何か不都合が起きた時に適宜増やしていけばいいだろう。

 この3つのルールを守るのであれば、ワタシ下に居てもいい。そう告げるといくつかの大きな群れは人間を味わえなくなるのは嫌だと去っていったが、種族全体を見て弱者に部類する小さな群れのいくつかはそれでもいいと条件を受け入れた。

 こうして。森角狼で初めてのメスのリーダーが誕生した訳だけども、役割としては特にする事はない。

 狩りはそれぞれの群れのオスが担当しているし、20を超える数の群れにメスだけだろうとちょっかいをかけて来る冒険者もいないため、ワタシはいつも通り本を読みながら日々を過ごした。

 さらに数年。ワタシは最強だった父を超える体格になり、森の女王となって刃向かう魔物はほとんどいなくなっていた。

 相も変わらず羽トカゲだけは自分達を絶対強者のドラゴンと同義という勘違いをしているので襲撃してきたが、その度に餌として大量に狩り取ってやる。根絶やしにすると食糧事情が悪化するのでほどほどでとどめておく。

 そして。いつの間にか私の下には多くの同種の群れが身を寄せるようになった。ここまでくるともはや人の定義で言う村のようになってしまっており、ワタシはこの森の長の様な地位に祭り上げられてしまった。

 しかし。いくら強いと言ってもワタシはまだ大人ではない。当然断りを入れたのだが、形だけでもいいし、やってもらう事は自分達で対処できないほどに強い敵との戦いだけだと言われ、仕方なしにその話を受け入れることにした。

 こうしてワタシ達には平和が訪れた。

 何も変わらな日常。

 飢える事のない十分な食事。

 オスを頂点とした小さな群れであまり関わり合いにならないように生きてきた昔と違って、毎日がとても充実しているが、相も変わらず頭の悪い羽トカゲ共はワタシ達に牙をむき続けた。

 そんな面白くない毎日に皆が飽き始めた頃。生涯の主となる人間がワタシの前に現れる事となった。

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