#30 任務完了
こうして、おっさん――もとい老け顔騎士との戦闘が始まった訳だけども、答えを出すならば非常にやりずらいと言わざるを得ない。
「ほ――」
「させるかぁ!」
「チッ」
弱い奴から気絶させようと襲い掛かっても、横合いから老け顔騎士が〈盾襲撃〉でこっちの邪魔をして、老け顔騎士を狙おうとすれば仕留めきれなかった部下連中が全力で襲い掛かって来る。
もちろん。そんなステータスの低い連中の攻撃を受けたところでせいぜい1ダメージくらいなんだろうけど、可能な限り手の内を晒したくない。何故か知らんが奴は俺を目の敵にしている節がある。もしそんな事が知られたら俺を魔族認定してきそうで非常に厄介な事になる未来が見えるぜ。
なので、無茶な特攻は『まだ』行わない。これも対人戦の訓練にもなるし、加減の仕方も覚えておきたかったからちょうどいいと気持ちを切り替えよう。
「どうした小僧。あの時ワタシに肉薄したのはやはり偶然だったのだな。所詮は子供。この時期騎士団長筆頭候補であるリリスク・ドリューの相手としては物足りぬわ!」
調子乗ってんなぁ。こう言う奴を見てると無性に地獄のズンドコに叩き落としてやりたくなってくる。何かいい材料はな・い・か・な~っと。
「だから誰と勘違いしてんだよ。俺はおっさんとは初対面だっての。どこかの娼館の男娼と勘違いしてんじゃねぇのか?」
「たわけた事をぬかすな! ワタシには妻と子が居るのだ! 部下達の前で変な誤解をされそうな発言をするな!」
「そんな焦った風な口調をすればするほどドツボだぞ? ほら。そこの可愛い顔した青年も、そっちの中性的な魔法使いも、よく見れば部下連中も整った顔の奴ばっかじゃねぇか」
勿論。中にはゴッツイ身体をした騎士やネズミみたいな顔をした魔法使いなんかもいるけど、そう言うのは目に入らないように顔を見せないようにしながら部屋の端の方に転がす。
まぁ、そう言った連中も男色じゃないって思わせる為の偽装工作じゃねぇの? と言えばさらに疑惑を深めさせる事が可能かもしんないけど、まぁそこまでせんでも十分だろ。
「「「っ!?」」」
俺の多分嘘であろう(1パーくらいはマジかもと思ってる)発言に、部下達の動きが明らかに鈍る。そうだろうそうだろう。自分達もよくよく見てみれば俺が殺意を抱く程度には整ってやがるんだからな。
「愚か者! 敵の妄言に惑わされるな! 奴はそうやって我等の連携を崩そうとしていると言うのが何故わからんのだ!」
老け顔騎士がそう檄を飛ばすものの、一度疑惑が芽生えてしまえばそれを取り除く事は容易ではない。
こうなってしまえば、あらゆる行動に対して他人が勝手に裏に意図があると勘違いする。そこまで行けばまず間違いなくこの老け顔騎士の人生は暗い物になるだろう。
……さすがにちょっとやりすぎたな。戦国時代の武将は性欲を見栄えのいい男で晴らしていたなんて聞いた事があっから、この世界もそなんじゃね? と思ったら予想以上に常識だったらしくこりゃビックリ。さすがに罪悪感が芽生えるが解決に手を貸すつもりはない。俺は野郎に甘い顔をするような人間ではないのだからな。
「……隙ありぃ!」
「うごはっ!?」
踏み砕かないように軽く床を蹴って騎士の1人を蹴り飛ばす。さらにもう1人蹴っ飛ばしてやろうとしたけど、それは老け顔騎士と部下連中の鋭い突きに邪魔をされた。
「チッ」
「分かったか。奴は言葉巧みにこちらの連携を崩そうとして来ている。一切耳を貸さず、無心で奴を殺す事だけを考えるのだ」
「「はいっ!」」
やーれやれ。とりあえず老け顔騎士が勘違い男色となって俺を地の果てまで追いかけて復讐を果たそうとする修羅にならずに済んだようだが、そのせいで一致団結されて全滅がより困難になってしまった。
「殺すねぇ。そう言うのは一発でも俺に当ててから言えよ」
今の攻撃だって、明らかに団員の眼は俺の速度についてこれていなかった。それなのに穂先は的確にこっちに襲い掛かって来ていた。これはどう考えたってスキルをつかった先読み。それをパーティーリンクで共有していると判断する以外に説明がつかない。
スキルの使用者は……まぁ確実に老け顔騎士だと思う。じゃなければ隊長なんて地位に居る事に対する説明がつかない。有用なスキル持ちを要職に就けないなんてどこの無能だよと思うその点で言えば騎士団長はそれなりに優秀な奴なんだと思うし、そんな奴をこんな場所に配置したクソ貴族は本当に救いようがないほどのカスなんだろうと思う。
「戯言を。貴様の〈速度上昇〉程度の踏み込みなど、来るのが分かっていれば対処するのに特別な技術など必要ないのだ」
「さて……それはどうかな」
別に直線的な動きだけがすべてじゃない。生憎とここは室内だ。壁や天井など足の踏み場として利用できる場所はある。それと同時に、やはり看破系のスキルを持っているのは老け顔騎士で、こっちのスキルの正体を正確に把握していないのも知る事が出来た。腹の内を探る為にわざと別のスキルを口にした可能性も捨てきれないけど、あんまり考えすぎると自滅するからもう止めよう。これ一つくらいならバレてもいいくらいの大きな気持ちで挑もう。
「チッ! だがしかし!」
「ぐああっ!?」
「残念。こっちなんだなぁ」
どうやら一定の速度を超えるかこういった変幻自在の攻撃には弱いようで、誰にも邪魔される事なく騎士の1人を蹴っ飛ばす事が出来た。これなら簡単に全員をぶっ飛ばせるかとも思ったんだけど、同じ場所を2回3回と踏み抜くと、いくら贅を凝らした頑丈そうな貴族屋敷と言えど不安を覚えるので、そう何度も使えない。まぁ……それが変幻自在さに拍車をかけてるからいいんだけどな。
「ありゃ?」
そんな訳で、3人くらいをぶっ飛ばして気絶させたところで、壁が完全にぶっ壊れて隣の部屋に飛び込む羽目になった。ちなみに食糧庫だったみたいで色々な食べ物が所狭しと押し込められている。空気がひんやりと感じるのは異世界テンプレの1つである魔道具っぽい。
「どうやらタネ切れのようだな。天井も壁もこうなっては使えまい」
「確かにそうかもしれんけど、そっちも数を減らした以上は同じ手法が使いづらくなっただろ」
老け顔騎士の言う通り、まだ力加減が甘かったせいでどこもかしこもボロボロだから四次元殺法は使えなくなったが、あっちも数が減ったせいでスキルを前提にした集団戦闘に穴が開いた。
傷の深さで言えば、まだまだ隠し玉のある俺はかすり傷程度。
逆に、あの戦法しかなかった致命傷の騎士団連中って感じか。
「それがどうした。貴様の突撃などこの程度の数でも十分に対処出来るに決まっているではないか」
「なら試してみようかね」
挑発を受けた以上。乗ってやるのが男ってモンだ。それに、そろそろマジで終わらせないと母ワイバーンがしびれを切らしそうだし、ユニの方に至ってはあと1匹。主人としての威厳を守る為にはもう時間がないんだ。
だから対人訓練は終了。成果はほとんどないけど、さっさと無力化させる方向へとシフトチェンジしますかねっと。
「く……っ!?」
「はい終了っと」
ここで振るうはアダマンタイトで作ったバスタードソードはデカすぎる。だから急遽拵えた〈鋭利化〉を〈付与〉した鉄短剣で一瞬の内に相手の槍を手元ギリギリまで斬り裂いて無力化する。こうなってしまえば、いくらこっちの動きを先読みしたところで抵抗らしい抵抗が出来るはずがない。
「さて。まだ突っかかって来るって言うなら相手をしてもいいけど、もう加減はしてやんないからそのつもりでな」
淡々と事実を告げてやるだけで、騎士団員達は悔しそうな表情を浮かべるも圧倒的な実力差の前にただうなだれる事しか出来ない。何故なら、今まで対等に渡り歩いていると思っていた相手が、実は全然全くと言っていいほど実力を発揮していなかったんだと分かってしまったからだ。
こうなってしまえば、いくら屈強な騎士団員だろうと戦意を奮い立たせるのは難しい。一度下がった士気というのはそれほどまでにもう一度上げるのが難しいのだ。って言っても、俺の情報源は某無双ゲームなんで実際はどうか知る訳がないだろう!
「まだだ。まだ負けた訳ではない!」
「うっはぁ……やっぱあんただけは向かってくると思ったよ」
部下を持つ者であれば、どうしたって信頼が必要になる。
金で得るには出費が多すぎる。色々と誤魔化せば出来ない事はないだろうけど、これほどに強欲な馬鹿貴族相手にそんな事が出来るのかどうか――いや、この老け顔騎士は曲がった事が嫌いそうだからそう言う手段はとらないっぽい。
であれば知勇・武勇を誇る事しか出来ない。俺が去った後も隊長としての地位を確保したいのであれば立ち向かうしかない。
加減しないと宣言している。ならば今までの連中と同じように殺されない確証なんてどこにも無いのにもかかわらず、老け顔騎士はそれを選択するしかない。大した勇気に免じで両手足の粉砕骨折くらいで済ませてやろうじゃないか。
「ワタシはこいつ等の隊長だ。そのワタシが折れてしまっては部下に示しがつかんのだ!」
「立派な心意気だけど……俺には関係ねぇ」
怒声を張り上げる老け顔騎士を蹴りつける。もちろん両手足を集中的にやり、戻って来にくいように部屋の奥の方へとな。
「さーってと。それじゃあいただいて行きますかね」
これで邪魔する者は誰1人いなくなった。正確に言うなら邪魔できなくなったと言った方がいいのかな?
とにかく。後はワイバーンの卵を母親の元に返せば任務完了。心置きなく綺麗なお姉さんとお酒を飲みながらムフフな会話を――
「何者だ貴様! そこで何をしている」
「あ?」
変な声に振り返ってみると、そこには豪奢な服を着た二足歩行の豚――じゃなくてギリギリ人間に分類されるであろう存在。恐らくバカ貴族と陰口をたたかれているであろう男爵が、大勢の冒険者風の連中に囲われながらこっちを睨んでいた。
「何やら下が騒がしいと聞いて駆けつけてみれば……それは余が大金を支払って手に入れた物だ。貴様ごとき下民如きが触れていい物ではない!」
「なら取り返してみろよ」
「行けぃ冒険者共! 奴を殺した者には――」
「ほいっと」
レルゲン男爵が叫び終わるより先に、俺の斬撃が天井までを一瞬で切り崩した。
その威力に、今まさに襲い掛かろうとした冒険者連中が息をのみ。まだ意識がある騎士団員達は顔面蒼白で明らかに怯えている。
そして本命のクソ貴族はと言えば、全員が恐怖を露わにしている中にあって1人だけ、顔を真っ赤にしている。あれは多分怒っているんだろうね。この状況でよくそんな顔が出来るモンだ。危機管理ってモンがないのかね。
「こここ……殺せぇ! 余の屋敷に傷をつけたあの小娘に、女として生まれた事を後悔するほど滅茶苦茶にした後に打ち首にしろ! 出来た奴には金貨をくれてやる!」
真っ赤な顔で唾を吐きながらそう怒鳴り散らすも、誰も彼も動く気配はない。まぁ、建物を軽々両断するような相手を打ち首に出来る程の実力があれば、そいつはとうの昔に冒険者として大成してるっての。
ここに居るのは良くて上位冒険者になりそこなった中位か。実力はあるが素行などに問題があるような連中が関の山。後は弱いくせに自己評価が高いザコだったりそもそもタダのザコだったりくらいだろう。ならば――
「こっちとしては全然かまわんが、やるか?」
俺が少し殺気を纏いながら近づくだけで逃げるように道を開けてくれるんで、卵を抱えながら悠々とクソブタ貴族の眼前にまで簡単に迫る。
「な……っ!? 貴様等何をしている! さっさとこの小娘を――」
「邪魔だ豚人間」
デカい図体で入り口に陣取られると通り抜けが出来ないからな。胸倉を掴んで横に放り投げる。その際に少し力が強かったのかな。壁がぶっ壊れて隣の部屋まで吹っ飛んでいった。まぁ死んでないから問題なしって事で、さっさとお暇させてもらう事にした。
――――――――――
「おおーい。約束通り持って来たぞ」
屋敷を出てすぐ。俺はワイバーンの姿を確認して空へと飛んだ。その際にちゃんと銀貨面は外し、この街に来た時と同じ出で立ちにしてある。こうしないと、こっちはあっちを確認できるけど、あっちはこっちを確認できないと思ったからだ。
その距離が200メートルくらいまで迫ったところでようやく、あっちが気付いて猛スピードで迫って来るんで卵を見せつけると、嬉しそうな鳴き声を上げながら俺を背に乗せてくれた。まぁそうしなきゃ落っこちるんで助かった。
「じゃ。約束通りこの街から出て行けよ。後は、あの部下か何か知らんが死体は全てこっちが貰うし、それに対する報復はしてくるなよ。そんな事をすればどうなるか分かってるな?」
「グルルゥ」
なにを言ってんのか分かんないけど、ワイバーンの首が襲撃してきた方向を向き始めたんでちゃんと約束を果たしてくれるようだ。
そんなタイミングに合わせて、母ワイバーンを除くすべてのワイバーンがユニたちの手によって見事に退治されたので、ちゃんと帰れよと言い残して城壁へと落下。派手に城壁をぶっ壊したけど既に壊れてるから別にいいだろ。
「よぉ。お疲れさん」
そこには精も根も尽き果てたと言った感じの冒険者や騎士団員が多数おり、その中にあってユニは大量の返り血を浴びて真っ赤になっていたが、疲労の色は見られない。
「主。ご無事でしたか」
「当然だろうが。悪いけがあいつだけは逃がすって約束なんで何かしたりすんなよ」
「こちらとしても久しぶりにトカゲ肉を堪能したのでもう興味はありません。しかし……改めて主の料理の素晴らしさを認識するだけでした。昔はこの羽トカゲの肉でも満足できていたんですがね」
「そっか。ほいじゃあギルドに報告した後にでもこの肉を使って調理でもしてみるか」
「本当ですか!? それではさっさと戻ろうではありませんか。お乗りください」
「……さすがに汚れを落としてからじゃないと無理」
俺の言葉にひどくガッカリした様子のユニだったけど、そんな姿を完全に無視して比較的無事そうな1人にポーション満載のカバンを押し付け、ご自由にどうぞと言い残してその場を立ち去る。
こうしてワイバーンの襲撃事件は終わった。後はギルマスにこの事を報告し、約束通りのお店に案内してもらうだけだ。一体どれほどの美人さんが待ってるんだろう。楽しみで仕方ないぜ!




