#310 メインディッシュが待ってるぜ!
「ここまでか。終了とする」
都合3時間。ほとんどノンストップで魔物を借り続けた狂信者連中は、大の字に倒れたまま動く気配がない。ちゃんと生きているのは確認できるんで、疲労の極致にあって動けないだけだ。
まさにデスマーチと言わんばかりの所業のおかげで、〈万能感知〉で感じ取る事の出来る気配が若干ながら強くなったような気がする。これならさっきまでの無様な姿をさらすような事はないだろう。
「さて。それじゃあ最後にもう1回岩を斬ってもらうか」
「ま、まだ何かやるというのですか!? さすがに起き上がる事も出来ないので勘弁してほしいのですが」
「なーに。立てぬなら・立たせるだけよ・無理矢理に」
薄めたエリクサーを吹きかければあら不思議。指1本動かすのすら億劫だった肉体がストレッチを行った後みたいに万全の状態にまで回復するではありませんか。そこまで肉体的に疲れる前に寝るんで俺としては効果を実感する機会は全くないものの、狂信者共はすっくと立ちあがった。
「もはや何も言いますまい」
「さて。起き上がれるなら動ける証拠だ。さっさとやれ」
「では……」
大量のレベルアップでステータスが全体的に伸びたおかげか、全員時間がかかったものの単独で破壊できる程度には強くなった。これであれば十分に役立ってくれるだろうと言う事でお開き。デス・マーチに最後までついてきた褒美として防具一式をくれてやる事で今日の予定はすべて終わり!
後は明日また来るだろうイフリアにあいつらを紹介してやれば、全てがまぁるく収まるだろう。待ち構えてるローブの集団に殺される可能性もあるがそこら辺は冒険者なんだからで済ませてよう。
――――――――――
「起きな小娘! 朝だよ!」
「……」
うるせぇ声に目を覚ますと、まだ夜も明けきらない5時。日本であれば確かに日が昇ってなくもない時間帯だけど、この世界であればまっだまだ夜中な訳でまぁ暗い。おまけにせっかくの睡眠時間を邪魔されたからストレス解消のためにイフリアの頬を引っ張る。
「ひゃにひゅんぢゃい!?」
「人が寝てるところを起こしやがって……殺されないだけましだと思え」
「だから言ったじゃねぇですか。もう少し遅い時間に来た方がええと」
「うるさいねぇ。こっちだってのんびり待ってられるほどの余裕はないんだよ。それよりどうなったんだい? いい奴は居たのかい」
「2・30ってところだ。全員20分もあれば破壊できる程度には鍛えておいたから、飯食ったら案内してやるよ」
「じゃあ今すぐ喰いな!」
「腹減ってないから無理。次に起こそうとしたら女性でも殴ると思うんで、命が惜しくないならどうぞご自由に」
精霊母がそんな脅しに屈するのかどうか知らんが、痛い思いはしたくないようでぐっすりと二度寝を満喫する事が出来て、じっくり10時ほどまで惰眠を貪った後にエメラさんの食事を堪能。その間、説明が面倒だったんでイフリアにどっかいってろと言ったんだが、ものすごい数の人魂を食堂に飛ばしまくりやがって凄ぇウザかったし、アンリエットなんかはいくらか飯をかきこむと逃げるように庭に向かい、それらと戯れまくってるだろうきゃいきゃいとした楽しそうな声が聞こえてきてたからな。
結局、すべてが終わって重い腰を上げる気になったのは15時。
半ば引きずられるようにイルザ親子のもとへと訪れると、別に約束した覚えはなかったんだが昨日のデス・マーチを乗り越えた連中が小屋の前に並んでいた。
「お待ちしておりました。そちらが依頼主でございますか?」
「そうだけど、来るって言ってたか?」
「いいえ。しかし、突然に昨日のような事を行ったのには何か意味があると思いこうして待機しておりましたが余計な事でしたでしょうか?」
「いんや上出来だ。ほんじゃあさっそくだが、依頼の内容としてはこの異常気象の原因を取っ払うって単純なもんだ」
「ちょ、ちょっと待っていただきたい。この異常気象の原因はあの山にいる上半身だけの男の仕業であるはずなのをしかとこの目で――」
「それはきっと精霊王だね。あの馬鹿……迷惑かけんじゃないよって言っておいたのに、これは帰ったら引きずり回してぐちゃぐちゃに泣かせないといけないねぇ」
どうやらイフリアの声は狂信者共には理解できないようで、若干ヒヤッとする呟きに首をかしげる程度でオーバーリアクションはない。精霊母ってことは黙っておこう。
「ああ。それは関係ないって裏が取れたからもう気にせんでいい。とにかく今はこの地図に印をつけてある場所に行って石を破壊してこい。そうすれば1つにつき金貨5枚だ。頑張れよ」
「分かりました。ほかならぬ貴女様の頼みです。この命にかけて依頼を遂行させていただきますとも」
大して期待はしてないが、これだけ自信満々に宣言したせいかイフリアが満足そうに頷いたかと思ったら、小さな光の玉を生み出して狂信者共の頭上で弾けさせた。
(いったい何しやがった)
「なに。根性だけは据わってるようだったからね。下級精霊くらいの加護をくれてやったのさ」
(大丈夫なんだろうな?)
「問題ないさ。あの程度だったら少し力が上がって火に耐性を得るくらいだからね。世界のバランスを崩すほどじゃないのさ」
まぁ、加護を与えた本人が言うんだから間違いはないと思いたいんだが、連中の反応を見るととてもそうは見えねぇんだよなぁ。
……よし。無視しよう。万が一とんでもない集団になった場合は六神から天罰って形で何かしらのアクションがあるだろうけど俺がやれと指示した訳じゃあねぇ。大目玉を食らうのはイフリアだけだ。
「あぁそうそう。言い忘れてたんだがな。目的の石は本来透明なんで、目的地に着いたら適当に剣を振りまくって探し当てろよ」
「……そのような物を一体どのような手段でお探しになられたので?」
「企業秘密だ。とにかくこの地図をくれてやるから頑張れ」
ついでにそこそこ品質のいいポーション類と携帯食料を詰め込んだ〈魔法鞄〉を選別に、狂信者共は旅立って行き、それを見守るためなのかイフリア達もその後を追いかけて行った。
これでようやく肩の荷が下りたか。後はあの連中にすべてを任せ、ここにこれ以上居てもナンパが出来ないからすでに滞在する意味がないみたいだし、さっさと王都に向かうとしよう。そうすればここほど酷い状況じゃないだろうし何よりルナさんが居るからな。
「そんな訳なんで、明日にはここを発ちます」
「えらい急すぎひんか?」
「ここに居たってもう綺麗で可愛い女性とお近づきになれる気配がないからな。ならここにいつまで居ても意味がねぇ。だったらルナさんを目指す。王都には確実に居るんだろう?」
「ええ。そのはずですけど、会えるかどうかは分かれへんで?」
「まぁ、そこら辺は足で稼ぐつもりなんで気にすんな」
とりあえず反対意見は出ないみたいなんでこの線で予定を組むとして、後はイルザ親子だな。
帰り際に減り具合を確認したけど、やはり初日と比べて売り上げはずいぶんと落ち着いたようだが、それでも毎日驚異的な売り上げを記録している。安値に設定したとはいえ本当にどこにそんな金があるのか疑問が尽きない。
これについては今日一杯可能な限り詰め込み作業を行う予定だが、次にこの国を訪れるのがいつになるか未定なため、明日からは自分達で頑張れと励ましてはおいた。
ついでに久しぶりにコテージにこもり、〈万物創造〉を使うだけであれば問題ないんで、積み込み作業をアンリエットを一任してここ数日サボってた料理に専念する事にして1日が終わる。
――――――――――
翌日。宿には事前に出て行く事を伝えていたので大した問題にはならんかったが、イルザ親子に関しては完全に突然だったせいもあって娘のミルザちゃんがめそめそ泣いてしまったが、将来の美人より今の美人を優先したいんで、あまり気に留めないようにする。
「これで全部だ。無くなったら今度来た時にまた補充してやるから、稼いだ金で暮らす努力をしてくれると助かるね」
「あれほどの金額であれば3代ほどつつましく生きてゆけますので、ご心配なさらずとも大丈夫です」
「まぁ、長生きしてもらわんとこちも困るからな。次に会うのはいつになるか分からんが、それまで親娘共々達者で過ごしてくれると助かるよ」
「しかし……ここまでしていただいて本当に良かったのですか?」
「いいのいいの。これも俺のためだからね」
将来男に戻った際、夢見ていた母娘丼が実現できてしまうんだ。それを思えばこの程度の苦労なんて屁でもねぇっての。
これでここでできる用事は全て済んだっぽいからな。さっさと次の目的地――いや、本来の目的を果たすために王都に向かうとしましょうかね。




