#307 マジで死ぬかと思いました
「――――――」
気付かれたか。まぁ、なんの遮蔽物のない空を飛んでっからな。しゃーないっちゃしゃーないんで、このまま集団の5メートル手前位に着地する。
見たところ、全員頭からローブをかぶってやがるせいで男女の見分けはつかねぇが、身長のバラバラ加減を考えれば獣人だけじゃないみたいだんで、それだけでちょっと怪しい。
「こんな暑い中で随分と暑苦しい格好をしてんじゃねぇか。遭難か?」
「……」
「おい。こっちが質問してんだからさっさと答えろよ。それとも何か? 誰かに見られちゃまずい事でもしてんのか。例えばそうだなぁ……精霊を攫って獣人領滅亡t――」
まぁ、あっちもあっちで俺が普通の目的で話しかけてきたんじゃないのは十分に分かり切ってたんだろう。言い切る前に連中でも特別長身の奴が鋭い突きを見舞ってきたものの、避けようが避けなかろうが結果は変わらんので、あえてそのまま距離を詰めてこちらも負けじと剣を振りぬきその胴体を両断してやった。
「うん? ちょっと堅かったな」
金属的な感じでも革製品でもない妙な手ごたえに違和感を感じたが、その間にも魔法だったり炎が付与された矢が飛んできたりしてるけど、〈万能感知〉にかかればその程度の事を事前に察知する事は楽勝だし、そもそも直撃したところで即死なんてありえねぇからな。
「しゃらくさいねぇ。殺すかならさっさと殺しちまうよ!」
「ちょ――」
どいつが一番偉い奴だ? なんて思考を巡らせていると、イフリアが止める間もなくそこにいた全員を一瞬で炎で包み込み、跡形も残さずに消えてなくなった。
こうなっちまうとさすがにエリクサーでの尋問も出来なくなったから、イフリアの脳天に拳骨――はすり抜けて避けられる可能性があるんで、封魔剣の腹で後頭部をぶっ叩く。
「痛あっ!? いきなりなにすんだい!」
「そりゃこっちのセリフだ馬鹿たれ! いきなり全員殺す馬鹿が居るか!」
「そんな事かい。奴等から僅かなら精霊の気配を感じてたからね。こりゃ攫ってた犯人に間違いと思って殺してやっただけじゃないか。それの何がいけないってんだい!」
イフリアの言い分通り、連中の後ろにあった謎の箱からは人魂というよりは毬藻に近い球体10数個がのろのろとした動きでやかまし犬の方へと近づいていく。あんなんがこの異常気象の原因たぁな。
「いいか。連中の中でも一番立場の偉い奴を生かしておけば、いくらか情報を抜き取れかもしれねぇだろうが! 考えなしにもほどがあるぞ?」
「う、うるさいよ!」
「はぁ……。次にこんなことがあっても、こっちがいいというまで手を出すなよ」
運よく俺が両断した死体は残ってたけども、これが下っ端だった場合はロクな情報を得る事が無い。まぁ、いの一番に切り込んできたからその線が確実だろうと思いながら切断面をくっつけてエリクサーを1滴。そして両手足をオリハルコンワイヤーで縛り上げ、顔に口部分にだけ穴のあけられたマスクをかぶせて蹴り起こす。
「う……がふっ!?」
「さて質問だ。お前等は誰の指示でここに来た?」
相手は野郎だからな。何も遠慮する必要はないんで容赦なしに心臓辺りを踏み、骨が折れないギリギリの力で抑え込む。
「……」
さて、話してくれるかどうかを少し待ったが、どうやら口の中に毒が仕込んであったようですぐに死んでしまったが無問題。肉体の半分以上を再生不能にしない限りはエリクサーでどうとでもなるからな。
「無駄な事を」
もう1滴、エリクサーを垂らすだけで止まった呼吸が再起動。それと同時に〈万能感知〉で一瞬のうちに恐怖で染まる野郎の反応。最高だな。
「もう一度聞く。誰の指示でここに来た?」
「……」
「別に何度死んでも構わんぞ? その度に何度でも復活させるからな。毒殺・脱水症状・失血死・重度の火傷・窒息死などなど。それをループしてもいいな。助けが来るなんて甘い考えは捨てろ。いつまでも同じ場所で尋問を続ける訳がねぇだろ? 足跡がバレねぇように空飛んできたんだ。全部吐けば楽にしてやるよ」
2度死んでるだけあって嘘じゃないと理解したんだろう。ベラベラとこちらの欲しい情報を包み隠さず吐き出してもらったが、予想通り下っ端って事はなかったがロクな情報は持ってなかったな。お詫びとしてキッチリとどめを刺してやった。
今回分かった事と言えば、連中は誰かに頼まれて精霊を攫っていた事くらいだ。
「なかなか酷い娘じゃないか。きっと相当な恨みを持って地獄に落ちただろうね」
「俺はそういうのをまるっきり信じないたちでな。それに、今まで自分達がやって来た事がいっぺんに返ってきたと思えばいい。俺を恨むのはお門違いだ」
と言っても、こいつらが殺人の類をしてきたのかどうかの確認は出来ないしするつもりもない。だた一言――真っ黒だからで済ませる。
「さて。ここだな」
死体の処理を終え、手首のスナップを利かせるとコンコンと金属っぽい音が聞こえる。
「あたいをもってしても何も感じないねぇ。人類はずいぶんと小癪な力を手に入れちまったようだね」
「だが神の前には無力って訳だ。堕落しきってるがな」
言葉で説明するより見せたほうが早いと神速の抜刀――天翔ける感じで振り抜き、鍔と鞘の触れる音を契機に何かが地面に落ち、大きな音と共に大量の砂ぼこりが舞い上がったので慌ててた退避する。
「おぉ! ここに居たのかい舎弟共!」
さすがに下級精霊ともなるとその姿は確認できないが、イフリアが喜んでるところを見ると、どうやら捕らえられていたってのは間違いがなさそうなのと同時に、俺の記した場所に問題がなかったという明らかな証拠となった訳だ。
これでこれのお役目は御免――といきたいところだが、一応確認しておかなきゃなんない。
「まずはその犬2匹。精霊って魔法が使えたよな?」
「当然じゃろうが。それが何だ言うんじゃ」
「ここに精霊を閉じ込めてるモンの残骸があるんだが、俺ごと全力でぶっ放してみろ」
「えっ!? それ……死んじゃ……」
「マジで? お前等ってウィンディアのお姉さんより強い訳? 凄いなー」
イフリアとの会話の中で、俺はウィンディアの魔法を真正面からくらってちょっと痛かった程度で済んでると話してた。
ウィンディアは精霊の中でも序列2位(対外的に)。中級精霊はそれより劣るのは当然なのに、まるで俺が死ぬみたいな言い方に、おちょくりを混ぜて挑発してみた。とりあえず最大火力でこれが破壊できるかどうか。その確認がどうしても必要なんでな。
「やったりぃ。あんだけの自信を持ってるんだ。まず死なんと思ってんだろうさ」
「分かりやした。ほんだら全力で行かしてもらいまさぁ」
「頑……て。撃つ」
程なく某テレビ局の球体サイズの火球が着弾。どうなるかとしばらく観察してみるものの、相当な火力に耐えられるように設計されてるのか。それとも単純に火力が低いのか。どっちにしろビクともしてない。
「全然駄目だな」
「おぉ……ホンマに生きとるんじゃな」
「全然……平気そう」
「この位へでもねぇよ。それよりも今のは全力か?」
「だったらどうだ言うんじゃい」
「全くと言っていいほど変化がねぇんだよ。つまり、お前ら程度の火力じゃ下級精霊を救えねぇんだ」
まいったなぁ。これだとこの状況を改善させるために俺が獣人領中を駆けずり回らなきゃなんなくなっちまう。それだけはマジで勘弁だ。こんな奇麗で可愛い女性のいない不毛な大地をいつ終わるとも知れず動き回るのは無間地獄に等しい。
「なら今度はあたいがやろうかい?」
「そうだな。全力で来い」
精霊母まで行けば何とかなるかもしれんと一縷の望みをかけてドンと待ち構える。若干嬉々としてたのが気になるが、目印としての役割を全うするために座ったままでいると、目の前に小さい光の玉がポッと現れたと思ったら久しぶりに〈万能感知〉が警告音が一瞬聞こえた時には視界が白一色に染まり、音が消え去った。
咄嗟に〈身体強化〉を全開にしてみるとすぐに視界が戻ってきたんで状況を確認してみると、全身くまなく炭化しており、ステータス画面を見るとHPがかなり際どい所まで減ってやがった。あと数秒遅かったら死んでたかもしれんと思うのと同時に、ウィンディアは相当加減してたんだろうと認識する事が出来た。
結果として、装置は見事に融解して使い物にならなくなってた。これだけの火力があればなんとかなるというのが分かって一安心――かと思いきや、あれをもう一発使うには年単位のチャージが必要らしい。
なんでそんなレベルのモンをここで撃ったのか聞いたら、全力で来いと言っていた事と、中級精霊のあの火力でどうにもならないならこのくらい必要だろうと思っての判断だったらしい。
「しかし……あの一撃を受けても生きてるなんて本当に人類かい?」
「当然だろう――と言いたいが、ちょっとスキルを使ったんだよ。じゃなかったら死んでたぞ」
改めて確認してみると、俺を中心に数キロ圏内に巨大なクレーターが出来てやがる。これはさすがに隠しきれるもんじゃねぇけど、証拠となりそうなもんも一切合切消えたんでトントンと自分を納得させよう。
「じゃ。とりあえず一回戻るか」
「賛成だよ。さすがにあんなの撃っちまったから疲れちまったよ」
って訳で1回撤退。勿論。真っすぐ帰るんじゃなくてぐるっと大回りしてだけどな。




