#305 おまんら……覚悟しいや!
イヌコロ2匹を町の外に投げ捨て、再び戻ってサンドウィッチをパクリ。うむ! やはり美人さんが作った料理ってのはそれだけで何倍にも美味さが跳ね上がるな。
そんなウキウキ気分で昼飯を食っていると、アニーが口を開いた。
「……さっきからおかしいで? 女漁りが出来んくなって頭がやられてもうたんか?」
「失礼な。そのくらいの事で病むほど軟弱じゃねぇわ。それに、ここに綺麗どころがそろってるじゃねぇか。まぁ、一部乱暴なのが居るけどな」
「喧嘩売っとるんなら買ったるで?」
「別に誰とは言ってないだろ。自覚があるならもう少ししおらしくしたらどうだ? そうすれば口説いてやらんこともないぞ?」
「誰が言うとんねんアホ。せやけど確かに変やったな。何か放り投げとったような動きしとったけどなんやったん?」
「幽霊。とか言ったらどうするぅ?」
俺としては冗談のつもりだったんだが、告げた瞬間にシフィとアニーの尻尾が一瞬で逆立ち、〈万能感知〉でかなり強い恐怖の感情を捉えた。
「ななな、なに言うてんのや。ゆ、幽霊なんて居るわけないやろ」
「せ、せやせや。アホな事言っとったらここから叩き出すで!」
「へいへい。ただの冗談にそこまで過敏に反応すんなって」
とりあえず戻ってくるようなんで、少し席を外すと告げて裏庭に。ユニに飯を作りながらボケーっとしてると、ようやく2匹のイヌコロが戻ってきた。
「おいゴラァ! いきなり投げ飛ばすたぁええ度胸しとるのぉ。死ぬ準備できとるな?」
「主。この犬は精霊ですか?」
「おう。名前は……地獄のカサンドラ」
「サラマンドじゃボケェ! ド突きまわして顔面ぐちゃぐちゃにして引きずり回したろかい!」
「ってかお前の名前よりそれだよそれ」
半眼でやかまし犬の後ろにいる犬に目を向けると、体格差をものともせずにその背後に隠れようとしてやがる。気が弱いうえにアホなのか?
「可愛えじゃろう? ワシが世話んなっとる集落で一番の美人じゃ」
「お前さぁ、俺がなんだかわかるか?」
「人種じゃろうが」
「だったら、奇麗で可愛い女性と言ったなら少なくとも人型なのは当たり前だと思わねぇのか?」
「……」
「分かったらそういうのをさっさと連れてこい!」
状況を理解したようなんで、再び首根っこを掴んではるか彼方まで放り投げる。さーて。後はユニの飯を作り終えれば再びエメラさんの美人成分豊富な食事が楽しめ――
「……」
じっと鍋を見つめる犬が1匹。こいつはさっきのやかまし犬に連れられて来た雌犬。それが何を言うでもなく、ただじっと煮込まれている水炊きを眺めているだけ。
「そこの精霊。主の邪魔をするな」
「っ!? ご、ごめ……さい」
「お前も災難だな。あんなギャンギャン吠えまくる馬鹿犬に連れてこられて」
「いい。わたし……役……ず。出来る……ない」
「ふーん。まぁとりあえず食ってけ。迷惑かけた詫び料だと思って」
ずいっと水炊きを突き出すと、雌犬はどうしていいのか分からないのかそわそわとしていたが、ユニがギロリと睨みを利かせるだけであわてたようにそれを食い始めた。
「おいしい! あ……ご、ごめ……」
「気にすんな。犬だろうが女性に美味いと思って貰えりゃそれだけで満足だ。もっと食うか?」
「い……の?」
「言ったろ? 女性の美味いの言葉が大好きだって」
「じゃ……も……少し」
「あいよ」
って訳で、特に制限を設けずに望むままに水炊きを食わせていたら、気づけば鍋一つ分をぺろりと平らげた。そういえばあの馬鹿シルフも人のサラダを魔力が濃いとか何とか言って貪るように食ってたっけな。
「あ、あの……ごめ……」
「気にすんな。それよりもあの駄犬……全然戻ってこねぇな」
ゆっくりまったりと飯を食わせてたら1時間くらい経過してた。さっきは20分くらいで顔を出しやがったのに全然戻ってくる気配がねぇ。
「人型……少ない。あと……よく分か……い」
「なるほど」
「どういうこっちゃ」
「我々のような獣型には、人種の美醜がよく分からないのですよ。だからあのサラマンドという精霊も誰を連れてきてよいのか分からないのだと思われます」
「ふーん。そういえば俺もお前らが綺麗なのかどうかよく分からんな」
なんて生物としての違いにちょっと賢さの上がるような話をしているとようやく駄犬が戻ってきたんだが、随分と怖がってるのが〈万能感知〉で確認できるし、何よりその近くにいるであろう精霊の圧倒的な魔力よ。
「こ、これは……」
「精……さま」
ユニと雌犬がすぐにその魔力に気付いてかなりビビッてるな。とりあえず主として威厳のある姿を見せてやるかと仁王立ちで近づいてくる方を睨みつけていると、ようやく目で捉えられる距離に――と思った時には鼻先が触れ合うようなクロスレンジにまで踏み込まれていた。
……ちなみに駄犬だが、喉輪を決めるように捕まえられてるんでさっきから返事がない。ただのしかばね――になるには随分と余裕があるっぽいからほっとこう。
「ふぅん。おまえさんだね? このあたいに渉りつけてぇってガキは」
「どうもです姐さん。アスカっています」
ぺこりと素直に頭を下げるだけで、相手がどんなお方かわかるだろぉ?
真紅の光の波が根元から毛先に絶え間なく動く不思議なロングヘア―を右側でまとめ、マグマみたいに輝く赤の瞳は滅茶苦茶鋭いし、なんか睨み付けるように眉間にしわが寄ってる。
上下ともに和服っぽい物を身に着けてるけど、上の左半分は桜吹雪を露にした奉行さんみたいに大胆露出。まぁ、しっかりと胸にはさらしが巻かれてるんで拝めないが、少し筋肉質な健康的な小麦色のお肌が……ぐふ。
「な、なんだいこいつぁ。いきなり変な顔をして」
「申し訳ありません。主は種別問わず整った顔立ちの女性を見るとああなるのです」
「フン。そう聞かされると悪い気はしないねぇ」
ユニの説明に、謎の美人さんは笑みを深める。うん。迫力がある事を加味すると生半可な男では骨も残さず食い殺されそうだな。
「で? お姉さんはいったい何者なんですかな?」
「あたいは炎の精霊母・イフリアさ。なんでも下のモンをクソ連中から助け出してくれたそうじゃないか。感謝するよ」
「そりゃあ貴女のためであれば火の中水の中毒沼の中どこへだって向かいますとも」
「だったら話は早い。今すぐ舎弟共を助けに向かうよ」
そう告げるが早いか、イフリアさんは俺の胸倉を掴むんでどこかに飛び出そうとするので軽く踏ん張ってそれを阻止する。
「はいはいちょっと待った。さすがに当てもなく突っ走るのは駄目でしょう」
「おまえさん……面白いねぇ」
「そう? 俺としては貴女を楽しませる事が出来て大変に満足ですよ」
「だったら、もっと楽しませちゃくれないかい?」
「さすがに無理ですね。それに、自分の欲求より優先しなくちゃいけないことがあるでしょう? 精霊母としてちゃんと下の面倒見ないと示しがつかんでしょう」
「……確かにそうだね。旦那にも少しは考えて行動しろっていつも言われるんだが、どうにもあたいは口より先に手が出ちまう性分でね」
まぁ、分からないではない。見た目は気風のいい姉御って感じで部下――と呼んでいいか分からんが下の精霊共から慕われてんだろう。荒っぽいだろうけど面倒見もよさそうだし。
「とにかく。状況を説明してもらおうか」
「うーん。あたいは説明が苦手でねぇ……そこの中級精霊。説明しな」
「ひうっ! ぼ、ぼく……はぅ」
イフリアからの指名が入っただけで、雌犬はビクンッ! と電気ショックを受けたように反応し、逃げるようにユニの陰へ。
「何だいだらしないねぇ。じゃああたいがするけど、分かりにくいのは勘弁だよ」
「その辺は気にせんでください。美人さんの言葉であれば脳内補完できるんで」
「……大丈夫なのかい? 随分とおかしなことを言ってるじゃないか」
「それが主ですのでお気になさらず」
「そうかい」
よく分からんが納得してくれた。
さて――そんな訳でイフリアさんの獣人領の異常気象に関する精霊側の意見を説明してくれたんだけど、自ら説明下手だというだけあってそれはそれはひどい物だったよ。




