#303 証拠隠滅? 違う違う。正しい情報を誰にでも分かるように整えただけだ
「とおっ」
「むうっ!?」
方針が決まれば後は行動あるのみ。幸いにも首だけでも残っていればここの領主だってわかる人間もいるだろうから、後はこいつと一緒に横領の証拠足りえる書類を置いておけば、兵士連中が勝手にやってくれるだろう。
そうと決まればサクッと殺してそうなるように仕事をするだけだ。
「ほらほらほらほら」
「むぅ……やるではないか小娘」
「お前こそ無駄に耐えるな。さっさと諦めて楽んなったらどうだ?」
「抜かせ。この程度でやられるほど儂は弱くないわい!」
息巻いてハンマーを振り回しまくるが、まぁ遅い。アニー達なら避けるのにも難儀しそうな速度であるものの、あまり攻めに回らず防御主体な動きが少し気になるな。挑発しても口先だけはいっちょ前に返ってくるのに何か仕掛けてくる様子もなければ逃げるような素振りもない。何も行動に現れないのは違和感しかねぇ。
「はぁ……いつまでそうやって殻に閉じこもってるつもりだ? いい加減攻めてこいや」
「そうじゃの。そろそろええ頃合いじゃろ。貴様が死ぬにはな」
「あ? 何を言って――おぉ?」
突然に切り裂かれるような痛みが全身を駆け抜ける。〈万能耐性〉や〈回復〉のおかげで痛み自体はすぐに引いたんだが、特に攻撃をされた感覚はない。
「呆れたわい。それだけの傷を与えられながら泣き言一つ言わんとはな」
「このくらいは声を上げるほどじゃねぇよ。驚きはしたが動けないほどじゃねぇ」
「そうかそうか。では動けなくなるまで痛めつけてやろうではないか」
そして始まる痛みの連続。
うーむ……若干ながら〈回復〉の力を上回る速度でダメージが蓄積されているようだから、このまま手をこまねいてれば、多分2日くらいで死ぬな。
「はいどーん!」
「うぬっ!?」
まぁ、痛いには痛いが動けないほどじゃない。だが武器が通じない以上は可愛いおててでぶん殴るしかない。ちゃんと半分以上消えてなくならないように位置と角度をキッチリ調節してから放ってみると、頑丈にできていたハンマーにヒビが入り、その余波で屋根が派手に吹き飛んでけたたましい警告音が響き渡る。
「あ。やりすぎた」
「信じられん……マギアダンジョンの最深部より持ち帰ったSクラス魔道具が素手で破壊されるなど」
「お? そういえば痛みがなくなってる。どうやらそれが痛みの正体だったって訳か」
どんな効力があったのかは若干気になるが、まぁハンマーって形状が分かってりゃあ後は〈品質改竄〉で品質を上げていけばいつか正解にぶつかるだろう。趣味じゃないんでやるとしても相当後だろうけどな。
とりあえず。逃げようとしたドワーフの背中から貫き手を打ち込んで心臓ごと胴体を貫通。徐々に動きの悪くなる体に鞭を打って何かを取り出そうとしていたが、失血死する方がはるかに早く志半ばでダウンしたので代わりに取り出してみると、長方形の紙に薄くなっていく文字。
「転……移。ピー……ダメか」
たった数秒で完全に白紙になっちまった。出来る事ならこいつを締め上げて色々と情報を吐かせたかったが時間切れだ。
屋敷の周りを多くの人間――この場合は兵士連中だろうが詰めかけてて、一部は早くも突撃してきているんで、結界が意味をなさない以上は5分もかからずここにたどり着くから、手早く済まさネバダ。
――――――――――
「ただいま――へぶぅっ!?」
「お前は調査1つもまともに出来へんねんのか!」
帰ってくるなり、アニーの全体重が乗っかったフルスイングのハリセンスマッシュが顔面に叩きつけられ、思わず後ろに1歩。さっきのドワーフよりはるかに重い一撃……ごちそうさまです!
「いつつ……あれは俺じゃねぇって」
「いやいやアスカはん。それはいくら何でも無茶言いすぎや思います」
「せやで。大方力の加減間違ぅてやってしもうたんやろ。ウチは書類を回収してこい言うたはずやよな? それやのにあないな事をして一体全体どういうつもりや!」
さすが少なくない時間を共に過ごしているだけあって非常に鋭い。まぁ、正解だったとしてもその通りと言わんけどね。
「落ち着けアニーよ。あれは俺がやったんじゃなくて先に来ていた謎の侵入者がやったことであって、俺も反撃として多少屋敷をボロボロにしちまったけど、先に来て領主をぶっ殺した馬鹿ドワーフに比べれば微々たるもんだ」
「領主は死んどったんですか?」
「ああ。俺が接敵した時にはすでに死んで首だけになってた」
「アスカがやったん違うやろうな?」
「俺だったら生き死にを繰り返して従順にするに決まってんだろ」
その方がこっちにとって都合のいい事が自由にできるからな。
「せやな。それで? そのドワーフはどないしてん」
「領主殺しの罪が明るみになるように細工しておいたぞ。一応書類を持ってきたんだがどうする?」
「今更調べたところで訴える奴が死んどるんやもんなぁ……」
「使い道がありまへんもんなぁ」
とりあえず〈収納宮殿〉に放り投げておいて、いつかまた日の目を見るような時が訪れれば喜んで表舞台を歩かせてやろうという方針で決まった。
「さて。これでこの町の生活が少しでも良くなればいいな」
「難しいんと違う? 確かに死んでもうたんやろうけど、居るやん。跡継ぎ」
「へぇ……居たのか」
「相変わらずやね。ここに来る前の街でもめた騎士覚えとらんのん?」
「…………はて?」
デッカイ熊獣人と戦った記憶はおぼろげながらあるんだが、騎士の事は……門番が馬鹿共だったことくらいか。どいつもうっすらと印象に残ってるが似てるなぁと思えるほどじゃない。
「もうええわ。とにかくここの領主には息子が居るんや」
「これも父親に似てまぁ使いモンにならんアホなんですわ。なんで、きっと変わらん思いますよ」
「ふーん。だったらその時にこいつが日の目を見るかもしれんな」
さて。本来の過程とはちょっと違うが、結果としては解決したと思っていいだろう。それよりもあのドワーフの存在の方が気になるな。
少なくとも昨日より前からあの場所にいたのは確実で、あの飲んだくれが騒ぎを起こしてないってことは奴もグルだったと見る方が自然。記憶にある限り、豚の顔面は思ったほど腐ったりしてなかった。そう考えると死んでさほど時間がたってない決定的な証拠と地球でなら言えるが、こっちは何でもありの魔法があっからなぁ。
「そうだ。アニー、ちょっとこいつを鑑定してくれないか」
「構へんけど……なんなんこれ?」
「件の馬鹿ドワーフが持ってたもんで、もう消えちまったが転移の文字が記されてあったんだよ。それが敵の本拠地だったら一瞬で壊滅させられて楽勝になるからちょっと〈鑑定〉してみてくれよ」
「ふーん。どれ……」
アニーがじっと長方形の紙を見つめること数秒。不思議そうに首をかしげる姿を見れば、ロクな情報が入手できなかったのがよくわかる。
「駄目だったか」
「せやな。何の変哲もない紙って結果しか出ぇへんかったわ」
「そうか」
エルフのトコに居た3流鑑定スキル持ちと比べて優秀だからもしかしたらと思っていたけど、敵さんもそのくらいの対策は施してるって訳か。他人の実力を把握する力はゴミクズのクセに案外危機意識が高かったようだ。
「ところで……エメラさんとシフィは?」
「さっき買いモンに出たばっかやから、あと1時間は戻らん思うで」
「そうかぁ……」
となると、それまでの間がべらぼうに暇になってしまった訳だ。ナンパをしようにも、増税の影響のせいで誰も彼もが声をかけても食料の調達に必死すぎて無視されるんで、心のダメージが半端ない。あんなの続けてたらいつか泣く。
後はボケっとしてるくらいしかする事はないかなぁと思った矢先、俺の目の前でふよふよ浮いている人魂みたいなのがある事に気が付いた。
「……」
はて。コレは一体何なんだろうな。〈万能感知〉を見る限り、悪意や敵意の類はさして感じらんないけど、味方って訳でもない云わばNPC的な位置づけのこれをどうしたらいい物かね。




