#29 再会――そして衝撃
「グルアアアアアアアアア!!」
「こりゃまた随分と怒っている……のかな?」
「ええ。どうやら娘を人間に盗まれたようでしきりに名を叫んでます」
「分かるのか?」
「これでも魔獣なので」
つまりワイバーン達は、バカ貴族が誰かに命令して盗み出した娘を取り返しに来たという事か。
犯人は恐らく、あの時街道を外れて走っていた冒険者と思しき連中の事だろう。それについては同情する余地はあるかもしれないけど、こっちも既に何十人の犠牲と街の一部が破壊されているんで、娘を返してはい終わりって訳にはいかない。せめてギルマスが街の人間を納得させるだけの落としどころとして、ワイバーンの死体はいくつか欲しい。
「さて。あのデカいのがリーダーで間違いないよな?」
「ええ。群れの中で最も巨大で強大な個体です。娘の母であるらしいですが、ワタシに言わせればあの程度の羽トカゲなど足元にも及びませんがね」
という事は、最前線を飛んでいるあいつになるって訳か。他の奴と比べて一回りはデカいもんな。母親と言ってたから街がなくメスだろう。もしかしたらあれも〈特殊個体〉なのかもしれん。
「会話は可能か?」
「羽トカゲにも相互理解できる程度に知能はありますが、あれほど怒りを露にしていては現状では不可能でしょう」
「なら可能にする努力をするしかねぇか。あれは俺が相手をするから、お前は小物を潰せ」
「分かりました。羽トカゲ狩りなど久しぶりなので愉しませてもらいます」
「一応取引の材料として使うから、許可を出すまでワイバーンも人も殺すなよ」
「む、難しい事をいいますね。ですがまぁ、ワタシであれば可能ですとも」
俺は母ワイバーン。ユニはそれ以外。そんな感じで散開すると同時に降り注ぐ炎のブレスを横っ飛びに避けて〈火矢〉を撃ち出すが、それを読んでいたようで全身をひねる事で紙一重で回避されたおかげで外壁の一部を貫いてしまったので使用は控えるとしよう。
「さすがに避けるか」
一度見られた上に結構距離がある。それに本気で当てるつもりはなかったから好都合と言えば好都合。こんな街中で落下でもされたら討伐の武功より損害賠償の方が絶対にデカいだろうからな。支払えるとは言え野郎に借りを作るのは癪だからな。
「くらえ羽トカゲえええええ!!」
そんなやり取りから少し離れた場所では、ユニが矢のような跳躍でワイバーンに迫り、すれ違いざまに首に喰らい付いて引き千切って瞬く間に戦闘不能へと追い込んだ。しかし――
「馬鹿野郎! 死体が下に落ちたらどうするつもりだ!」
今戦っているのは街の外れだ。幸いな事に人はほとんど居ないし、落ちかけた場所にも人の反応はなかったとはいえ、一歩間違えば家主に莫大な賠償金を支払わなくちゃなんないので、慌てて〈収納宮殿〉で取り込んで事なきを得た。
「すみません。ついうっかり……」
「うっかりで済む問題じゃねぇ! 取りあえず牽制程度に留めて、あいつ等の所まで行ってから指示を聞け」
「むぅ……それが主の命であれば」
何で渋々なのか知らんが、ユニが大気も震えるような咆哮を上げると、母ワイバーンを除くすべてがそちらに首を向けて一斉に襲い掛かって行ってしまったので、母ワイバーンの視線を俺1人に向けることに成功した。
次に、ちょっと頭痛になるけど〈万能感知〉で住人全ての動きを確認し、避難が完了してるっぽい場所に向かって移動する。もちろん時々魔法を撃っては相手のヘイトを稼ぐことも忘れない。
「ゴアアアアアアアアア!!」
何度目かの〈火矢〉を避けた母ワイバーンは、ソニックブームが起こるほど翼を撃っての加速で俺に向かって突撃してきた。もちろん軌道上の建物はその風圧で全てなぎ倒してる。畜生最悪だ! 折角気を使っていたってのにすべて台無しになった。おかげでこの後に数十件の住人から損害賠償を請求されるじゃないか! 許せん……。
「ドラァ!」
戦闘狂との戦いで折れた剣の代わりに、かなり無理をして作ったアダマンタイトのバスタードソードを〈収納宮殿〉から取り出す。これだけの強度があれば龍の鱗=超硬ぇってテンプレを考えても通じるはずだろう。それを上に吹っ飛ばすように振り上げる。
「ガ……ッ!? 「ありゃ?」ゴアアアアアアア!!」
俺の放った一撃は見事にワイバーンの鱗を砕く事に成功したが、足場がスラム街のボロッボロの屋根だったせいもあってロクに力が伝わらずにその程度しか出来なかったというのが正しいか。
ワイバーンの方も一瞬だけ頭部が跳ね上がったけど、本当に一瞬な訳で次の瞬間には俺を鼻先に乗せたまま突進を続け、後頭部――と言うか後半身全体に衝撃があったと思ったらなんか薄暗い場所に埋め込まれたっぽいので〈万能感知〉で見てみると、どうやらここは外壁でその中ほどまで埋まったらしい。
「グギャアアアアア!!」
「ちょ!? マジかよ!」
そんな確認作業を終え、押し返してやろうかと思った矢先――ワイバーンの口の端から炎が揺らめき、目の前に魔法陣が展開した瞬間。目の前が紅蓮一色に染まり、全身を鋭く駆け抜ける痛みが同時に襲い掛かった。
時間にして1分。ワイバーン自身の重みで身動きが出来ない俺は、自滅覚悟のブレスと魔法の複合技を受け続けた結果。外壁はここを中心に7メートルは融解。大穴が開いて反対側が見えるし、下方向には地面に届くまで融解してる。
「あちちちち……やってくれたのぉ」
HPは〈万能耐性〉のおかげで3割くらいしか減ってないけど、至近距離で石壁が溶けるくらいの温度の中に居たから汗びっしょりだし、いつものように服も一糸すら残ってない。
しかしワイバーンもワイバーンで、自爆覚悟の攻撃をした余波として頭部の鱗は完全に焼け落ち。鮮血を噴き出す筋繊維がむき出しになっている。ちょっとグロいからポーションをいくつか投げつけて回復させてやる。
「ッ!?」
「どうやら落ち着いたようだな。こっちの言っている意味を理解できるか?」
「グルルルル……」
ユニと違って相手の言葉を微塵も理解する事は出来ないけど、血走ったように紅かった眼が深いブルーの色になってるので、回復してやった事を切っ掛けに少しは冷静さを取り戻してくれた。そう考えよう。俺の言葉に頷き返してくれたしな。
「まず初めに。お前はこの街に連れて来られた娘を取り返しに来たんだな?」
頷く。どうやらこっちの言葉は理解してくれてるようだ。この間に新しい着替えを用意する。もちろんその場でなんてやらない。一瞬で燃え尽きるからな。
「その娘の名前を俺が知れる方法はないか? 可能なら俺が連れて来てやるぞ。もちろん条件付きだがな」
いつものシャツにジーンズに、新しく追加された〈付与〉で強引に火耐性を刻み込む。少しクラっと来たからかなりMPを持っていかれたんだろう。まだまだ乱発するにはレベルが低すぎるって訳か。
手早く着替えを済ませると、このワイバーンもユニ同様文字を書けるみたいで地面にアンナって文字を書いてくれたんでさっそく〈万能感知〉で検索すると、きちんと反応があると教えてくれた。
「まだ生きているか……よし! 俺がお前の娘を救い出してやるから、そうなったら帰れ。ただし!こっちも被害が出てるから生かすのはお前だけだ。その条件が呑めるか?」
ワイバーンは頷く。これで交渉は成立だ。すぐにユニに〈念話〉でワイバーンの殺害許可を出すと嬉々とした返事が返って来たので、相当に鬱憤がたまっていたんだろう。
とはいえ、こんな場所で待っててもらうのも無茶な話なんで、上がれる限界まで上空に待機してもらい、俺は新しいカツラと鉄仮面を装着して目的地へと屋根伝いに急行する。素顔で足を踏み入れるのは身バレって意味でヤバイ場所だからだ。
全力だと屋根を踏み砕くんで、そうならないように1割程度でしか進めないから時間がかかる。とは言えこれ以上損害賠償なんて払いたくないから我慢するしかない。
ちなみにユニは、許可を出してからすぐに兵士達と徒党を組んであっという間に、2――今3匹目のワイバーンを討伐したところだ。随分なハイペースだから30分もしないうちに終わると考えると、街が混乱している今が強奪の最大のチャンス。犯罪者になりたくないから誰にも見つからないように成功させないとな。
――――――――――
到着したのは、分かり切ってるだろうけどバカ貴族であるレルゲン男爵の邸宅だ。
このギック市の約5パーセントを敷地として所有していて、その70パーセントを屋敷が占領しているからハッキリ言って滅茶苦茶デカい。男爵ごときが大層な家に住んでるもんだな。よく侯爵はこんな事を許してるもんだ。恐らくアホなんだろう。
ま。いくら広かろうと〈万能感知〉の前には間取りなんかは一瞬で丸裸。おまけに罠の有無や人の視界範囲までバッチリ。某スニーキングゲームみたいな感じで視界の端に表示されてるんで堂々と侵入。
さすが貴族であるだけあって豪華絢爛だけど、ハッキリ言って趣味が悪すぎるな。金目の物をあるだけ詰め込んでるって表現がしっくりくる非常に雑多な通路だ。
そんな廊下は非常時という事もあってほとんど人の気配はない。ゼロじゃないのは息のかかっている鉄狼騎士団や囲ってる冒険者達のものだと思う。
そのほとんどは1つの部屋で一塊になってるから、きっとその中央にバカ貴族がいるんだろう。気が小さいくせに金には汚い。本当に絵に描いたようなテンプレクソ貴族だな。
だが、そのおかげでこうして何の障害もなく目的地までの道のりのほとんどを堂々とした足取りで突き進めるんだからな。その辺りは一応感謝しておこう。
てな感じで地下2階までたどり着き、ようやくワイバーンの娘が安置されているであろう階層に到着した訳だけども、やっぱ命の危機だと言ってもさすがバカ貴族。財産は惜しいらしい。目的地に10人くらいの人の気配があって、その中の1人がこっちの存在に気付いたようで明らかに隊列を組む動きがみられる。
「厄介だな」
実力的には当然負けるはずがない。そもそも俺より強かったら今頃ワイバーン退治に向かってただろうし、そうでなくともバカ貴族の護衛をするだろう。
そんな事から実力は大した事はないと想像出来るけど、俺の現在位置から目的地までは直線距離で200メートルは離れてる。
〈万能感知〉なら余裕の距離。だけど普通の人間には難しいはずだ。感覚が鋭い獣人のアニー達ですら100メートルの気配すら気付けないんだから。その異常さは推して知るべしと言えるが答えは簡単に出て来る。スキルでしょ? の一言で片が付くんだから、異世界って便利だ。
問題なのはそのスキルがどれほどの物なのかという事。
さすがに俺レベルのチートスキルじゃないとは思いたいけど、万が一にも正体がバレる訳にはいかないからな。折角美人と酒が飲めるチャンスを自分で棒に振るなど愚の骨頂っ!
とはいえ……既にワイバーンも7体目が討伐されて時間がない。
意を決して勢い良く扉をあけ放つと同時に魔法が飛んできたけど、〈火耐性〉の付いた服の前にはそんな攻撃など無駄なのだよ! まぁ他の属性もあるんでそっちは避けるけどな。
「こんにちは~」
そんな事を口走りながら次々に敵をなぎ倒していく。基本1人につき一撃で意識を刈り取っていけば簡単に事が済むだろうし、相手が放った魔法のおかげでいい感じに煙が生成されて、全体像をうまく隠してくれていたので、それが消える前に終わらせるのが一番。
そうやって何人目かの魔法使いを倒し、次は接近職だと意気込んで振り抜いた拳は、巨大な盾に防がれた。痛くはないけどその衝撃で煙があっという間に吹き飛ばされて正体があらわになった訳だけど、そいつは何とあの時のおっさん隊長だった。
「貴様は……あの時の小僧か!」
「うん? 誰かと勘違いしてるようだな。俺はお前みたいなおっさんの事など知らんぞ」
何故か分からんが、このおっさんは俺を俺と認識しているらしい。だからと言って素直に認めるほど馬鹿じゃないんで無視する。
「その程度の偽装でワタシの目をごまかせるとでも思っているのか馬鹿め! それと、ワタシはまだ25だからお兄さんだ!」
「マジかよ!? どう見たっておっさんじゃねぇか!!」
いやいやいや。あの顔はどう見たって40代以上だろ。張る必要のない見栄を張ってるとしか思えんが、少なくともこの世界に来て一番ビックリした。一体どんな生活を送ればあんな顔になるんだか。女性とはまた違った神秘だ。
「クッ! そんな事はどうでもいい。小僧っ! こんな場所に何をしに来た!」
「ワイバーンの娘の回収だが……あれか?」
きょろきょろとあたりを見回してみると、おっさん達の奥の方にダチョウの卵より二回りほどデカい。某ハンターゲームサイズの卵がデンと鎮座していた。〈万能感知〉ではあれが母ワイバーンが言っていた娘か。あの状態で雄雌が分かるとはな。
「回収してどうするつもりだ?」
「知ってるかどうか知らんが、今この上空にその卵の母親が来ててな。そいつに返す。そうすれば大人しく退いてくれるし、部下として連れて来たワイバーンを殺しても報復しないと契約したんでな。素材と肉を全てくれてやるから大人しくその卵を渡せ。そうすりゃ命は助けてやる」
「そんな事は知っている! だから我々がこうしてこの場に詰めているのだ。それと魔物と契約だと? 魔物如きにこちらの言葉が通じる訳がないだろう。馬鹿も休み休み言え」
「おいおい。この街に災厄を齎すゴミを守るってのかよ。正気か?」
「それが騎士団たる我々の務めだ」
どうやら連中も退く気はないらしい。多少なりとも侵入者に対して抵抗したところを見せなければ咎められるんだろうな。こういう事があるから誰かの下について働くのは嫌なんだよなぁ。ご愁傷様と言わせてもらおう。
「あんま面倒なのは嫌なんだが、どかないってんなら力づくで回収させてもらうだけだ」
「フン! 賊ごときに後れを取るワタシではない! その仮面を剥ぎ取り、一連の犯人としてひっ捕らえてくれる!」
やれやれ。やっぱこうなる訳か。




