#301 ミッション・悪事の証拠を手に入れろ
……まぁとにかくだ。エメラさんから美味いの一言が聞けて満足だが、もう1人の方はどうにも頑固でイカンな。
「で? 俺のスープはどうよ」
「ふ、ふん! まぁまぁやな。こん程度やったらおかんと変わらんわ」
そう言いながらも別の料理に手を伸ばしてる姿には全く説得力がないが、別にそこを追及するつもりはない。したって別の何かしらのいい訳が飛んでくるだけだからな。例えば――
「それだったら食べなければいいのなの。お前さっきからバクバク食べてるのなの」
「おかんに食べ物を残したらアカン言われてるだけや」
なんて言い訳だ。まぁ、だったらすべて仕舞ってしまえばいいんだけど、それだとアンリエットの腹が満たされない。ここの食事でもある程度満足はしてるんだろうけど、いかんせん普通の人を基準にしてるから量が圧倒的に少ないからな。
「まったく……旦那に似て頑固に育ってしもうて。困った娘やわぁ」
「そうなんですか~」
夫じゃなくて貴女でしょ。なんて言葉が喉まで出掛かったが、今まで大人しく食事をしていた顔面凶器がそんな空気を察したんだろう。エメラさんから見えない位置からもの凄い形相で「それを言うな!」みたいな念を送って来たんで、そう誤魔化す事にした。
朝っぱらからエメラさんと触れ合える絶好の機会だったけど、あの眼力を見る限りはその矛先が俺に向く絶対の可能性が無かったからな。
とにかくだ。十分に美味いと認めさせることが出来た以上、特にアクションを起こす気はない。エメラさんがあの顔面凶器に強固な愛を捧げている以上、NTRは難しい。なのであまり干渉する事に対するメリットがないから、別に何もしない。
「ご主人様~。もっと食べたいのなの。次はいつものがいいのなの」
「うーん。まぁいいか」
同程度の食材での勝負は引き分けって事で済んだんだ。今更どうこうする訳でもないし、別に構わんだろうと、いつも通りに大量の肉を与えてから、ユニが待っているであろう獣舎へと足を運ぶ。
「随分と遅かったではないですか。また女漁りですか?」
「それが俺の生きる意味だからな。それで? 今日は何が食いたい」
「ふぅむ……ここ数日は炎天下での食事だったので、久しぶりに鍋をいただきたいです」
「鍋か……」
どのくらい温度に差があるのか。俺には分からんちんだが鍋が食いたいと言える程度には涼しいらしい。
「お前確か……辛いのイケたよな?」
「まぁ、嫌いではありませんよ。ワサビでなければですけど」
「安心しろ。これから作るのにワサビは入ってねぇよ」
って訳で準備準備。
材料は、ユニが魚介系が好きなので鱈を使おう。後はえのき・ネギ・白菜・木綿豆腐。
先ずは白菜をざく切りに。しめじは石づきを切り離し、ねぎは斜め切りに。木綿豆腐は4分の1にカットして食材の下ごしらえは終了。
次はスープ。といっても、こっちはスープの素が創造可能なのでそれをどぼどぼと注いで具材をぼちゃんとぶち込めば、後は火が通るのを待つだけの簡単仕様。やはり企業努力って素晴らしいね。
「こんなんでいいな」
「ええ。問題ありません」
まぁ、ぐつぐつ煮立ってる鍋に手を付けられるほど舌が頑丈ではないからな。お代わりを作りつつ今日は何人に声をかけようかなぁとニヤニヤしていると、突然にマイクのハウリングみたいな雑音がキーンと響き渡る。
「なんだろうな」
「フム……マイクのような音と言う事は、何やら放送が始まるのではないでしょうか」
「放送ねぇ。こんな時分にラジオでもしてるってか?」
「さぁ? すべては始まればわかることだと思います。うん。やはり暖かい食べ物は美味しいですね」
『あーあー。町に住む全ての住民達よ。外壁に関する情報をこれから報告する。有難く聞くように』
……野郎か。それだけで一気に聞く気がなくなるが、後でアニー達になんか言われた場合に備えて意識を傾ける。
『昨日未明。とある場所にて獣人領の高温化を減衰させる装置から異常を検知。直ちに騎士を向かわせたところ、破壊されている事を発見した。我々としても非常に心苦しいが、更に税の値上げをする事にし、明日よりさらに1割の増税だ』
その瞬間。辺りからは怒りや悲しみといった感情が一気に沸き上がり、ざわざわし始めたかと思うとそこかしこで水や食料を奪い合うように買い漁っている光景が広がっている。
「おーおー。こりゃまた酷いな」
「皆主のように食材を無尽蔵に生み出せるわけではありませんからね。それよりもお代わりを」
「おう。ちょうどいい感じにぬるくなっただろ」
計3杯ほど平らげたユニは、どうやら徹夜をしていたんだろう。すぐに寝てしまったんで俺は俺でいきなり予定を狂わされてしまった感が否めない。
本当であれば、これから昨日と同じように薄着な奇麗で可愛い女性に声をかけては未来への幸せを手に入れるために歩き回ろうと思ってたのに、先の増税宣言のせいで誰も彼もが醜く争ってるからな。さすがに声をかけても無視されるか罵られること必至。
「寝るか」
起きて1時間ちょいで目的を失ってしまった。ほかにやる事と言えば飯を作るかくらいか……ちょいと気分じゃないんだよなぁ。なーんて事を考えながら食堂の横を通り過ぎると、エメラさん達とアニー達が随分と真剣な顔を突き合わせてる光景に。
「アスカ。ちょぉ来てや。どうせ暇やろ」
「まぁ、暇っちゃ暇だけど……」
「さっきの放送でアスカはんの目的が出来へんようになるやろう思うてましたから」
嫌な納得のされ方だ。まぁ、それだけ俺という人物像が2人の頭に刻み込まれていると言う事だ。
「で? 雁首揃えて一体何してたんだ」
「アホなんか? さっきの放送きいとったやろ! また値上げすんねん!」
「まぁ、宿賃上げるなら追加分は支払うぞ?」
「そら助かるが……さすがにずっという訳にはいかんやろ?」
「当然だ。俺はここにルナという銀狼族の京美人に会いに来たんだからな。そう言えば王族御用達商人の店があるそうじゃないか。場所教えてくれないか?」
「あ? 場所教えるんは構へんけど、あそこに――むぐっ!?」
「シフィ。ちょーっとあっちで話そか」
何かを言いかけたシフィの口を塞ぎ、アニーは食堂を後にした。ほんのわずかな奇跡――実は養子か何かで働いてるんじゃないかって線への期待が残っていたが、あの反応を見れば狂信者共の話は真実と言う事で間違いないようだ。
「なんだ?」
「ええですやん。それよりも今聞いたんやけど、この町の納税額が昨年と比べて3倍に膨れ上がっとるそうなんよ」
「随分とデカいな。そんなにその装置は高額なのか」
恐らくあれの事を言ってるんだろうなぁ。まぁ、視力では全くと言っていいほど捉えられないものだったからなぁ。そりゃ高額にもなるか。それが真実であるならな。
「詳しいことはわかりまへん。せやけど、ここの領主は前の街に居った豚の親なんやけど、覚えとります?」
「全くだが、クソ貴族が悪いってことはよく分かった」
これでハッキリした。ここにルナさんは居ねぇ! そして、超高額な納税の裏にはクソ貴族が私腹を肥やすためだけのものだと言う事がな。いつも通りの展開に飽きすら覚える。
「あてもそう思うとるんやけど、さすがに証拠もなしに突っ込むんはいろいろと問題があるんよ。せやからアスカはん。ちょっと潜入してきてくれへん?」
「面倒くさい。真正面から領主邸を粉々にするでいいだろ」
正直言って、野郎の調査をするなんてかなりの報酬を貰わにゃ精神的に割に合わん。それだったら領主もろとも瓦礫に埋もれて肉の塊となってもらった方が逆に精神的にウキウキするんで逆に報酬を払いたいくらいなんだよな。
「腐っとっても貴族なんよ。あて等一般人がそないな事してもうたら、当たり前やけど処刑されてまう」
「俺だったらそいつら全員蹴散らせるけどダメなのか?」
「アホ抜かせ。そないな事してもうたらここにも迷惑が掛かってまうやろうが」
ようやく口裏合わせが終わったんだろう。アニーとシフィが戻ってきていきなりそんな事を言われた。
「なるほど。じゃあ報酬はどうする? 言っとくが野郎相手って時点で高いからな」
金が要らないのは言わずもがな。既に追加分の宿代として金貨3枚を顔色一つ変えずに支払っている。そんな相手が高いといった金を、貧乏冒険者連中に商売やってる顔面凶器家族に払えるとは到底思えんからな。さぁさぁさぁ! 何をしてくれるんだい!
「ほんならエメラになんかしてもらいたい事してもらえる権利っちゅうのはどうや?」
「引き受けた」
「ええっ!? べ、別に構いまへんけど……何する気なん?」
「アカンでおかん! 奴はきっとおかんに変な事をするつもりや。あいつは変態なんやからな!」
「変態なのは認めよう。だかしかし! 万が一増税のすべてが奴の私服肥やしだった場合、お前らにどうにか出来る術はあるのかぁ~?」
「ぐ……っ! なんっちゅうむかつく笑みを浮かべるんや」
「ふっはっはっは。何と言われようと痛くも痒くも気持ちよくもないわ。どうするどうする。依頼するのか否かを決めるのは……君達だぁ」
俺はどっちだっていい。エメラさんをもふもふ出来ないのは非常に残念ではあるが、アニーもリリィさんももふるには十分すぎるご立派な毛並みを持ち合わせているのだからぁ~。




