#298 アスカ、神となる?
美人成分がたっぷりと詰め込まれた料理に舌鼓を打ち、ぐっすりと惰眠をむさぼった朝。いつもより目覚めがいいのはきっとそのおかげなんだろうと鼻歌混じりで一階へと降りて食堂に顔を出すと、そこではエメラさんが調理。シフィは食材の仕込みの真っ最中。
「おはよう」
「おはようさんです。まだ飯は出来とりませんよ」
「別に飯をねだりに来た訳じゃない。ちょっと行くところがあるんで飯の時間を聞きに来たんだよ」
「行くところ? こんな時間にやっとる店なんかあれへんで」
「なぁに問題ねぇよ」
行く所はこの街の外だからな。
とりあえず今から一時間後くらいに飯が出来上がると教えられたんで、その間に小走りで昨日のあばら家へと顔を出しに来た訳だけど、やはり神の穴と冠するだけあって大好評じゃないか。俺の予想通りだったけど期待以上の結果だ。
朝もはよからだと言うのに、イルザ母娘の小屋の周囲には汗とイカの匂いを身に纏った同じ空気を吸いたくない系獣人で密集しており、怒号を上げながら商品を求める熱は一向に止む気配がない。これだけの騒ぎに対して全く気付かんかったのは不思議だ。もしかしたら防音魔道具でも設置されてんのかね。
「やれやれ。面倒な事だ」
兎にも角にも母娘の元までたどり着けないと話も聞けないからな。野郎相手なら遠慮するつもりはないが、大切な金づるだからな。一度くらいは警告してやろうじゃないか。あまりのやさしさに全米が涙を流すだろう。
「あーあー。密集してる獣人共に告げる。痛い思いをしながらふっ飛ばされたく無けりゃ、大人しく道を開けろ。そうすれば無傷で済ませてやるぞ~」
……うん。自分で蒔いた種とは言え、やはり微塵も聞く耳を持っていないようで俺のメガホンでの宣言に対してもまるで無反応な訳ですよ。仕方ない……力づくで道を切り開いて突き進むしかあるまい。笑みが止まらんねぇ。
「せぇ……のっ!」
まぁ、気合を入れる程の事でもないんだが、やっぱ様式美って必要じゃん?
「「ギャアアアアアアア!!」」
死なないようにオリハル棍棒を握り、軽ぅく横薙ぎにするだけで10数人が吹っ飛んで隙間が出来るんで、それを何度も繰り返しながら突き進む。
「おらおらおらおらぁ! 痛い目に合いたく無けりゃ逃げ惑えクソ共がぁ! うわはははは!」
都合200人くらい吹っ飛ばしてようやく到着すると、あの母娘が暮らしているであろう扉の前に、昨日例の道具を売りつけてやった獣人が護衛よろしくと言わんばかりに立ちはだかっている。
「何してんだお前」
「おお! 待っていたぞ我等が神よ!!」
「はぁ? いきなりなんだよ気持ち悪いな。ヌき過ぎて頭おかしくなったか?」
「何を仰いますか! あれほど素晴らしき代物をあのような安価で提供していただきまして。御身の御言葉通り、あれはまさしく神の穴と評するに一切の躊躇いを必要といたしませんでした」
「そうだろうそうだろう。しかし……たった一晩でこの騒ぎがどう考えてもおかしい。一体何があった」
「実は――」
敬虔な信者? の説明によると、どうやら金を払った以上は使わんと勿体ないと言う事で早速試したらしいんだが、それはそれは言い表せないほどの極楽浄土だったらしく、その瞬間に俺と言う神への絶対の忠誠を誓ったらしい。
そうして神との会合を果たしたこいつは、他の連中に買われてなるものかと、狂信者ばりの行動力でここを訪れ、金の許す限り購入したんだがそれが悪手だったとの事。何でもここら辺のあばら家街では知らぬ者はいないほどの有名人らしく、この家にある何かを大量購入したと知れ渡るのにそう時間はかからなかった。
結果。次々に神との会合を果たした野郎連中が次々に入信を果たし、その噂を聞きつけた連中が……と言った感じで増え続けた結果。こうなったらしい。
「なるほど。事情は理解したが理屈に合わん。俺が用意した数は10000だぞ? それが売り切れるなんてありえないだろ。そんな額持ってるようには見えん」
ここに居る連中で総数500ほど。これで在庫をゼロにするには1人当たり20ほど買わなきゃいけない。合計で銅貨100枚。ギルドカードを持っていれば街への出入りがいくらかは出来るだけの財になるが、それだけの金を持っているようには到底見えない。
「商人共だ。どこから嗅ぎつけたのか分からんが、あのクソ野郎が我等が神を1つ残らず奪い去っていったのだ!」
「奪い去った? 金は?」
「もちろん支払われた」
「だったら問題ナシ。追加を補充すれば済む話だからな。少し待ってろ」
って事で、邪魔者をどかして屋内に。
「おねーちゃん」
「はいおはようさん。で? 売り上げはどうだったんだ。イルザさん」
「銅貨50000枚ありますが、一応そちらでも確認して下さい」
渡しておいた〈魔法鞄〉に手を突っ込んでみると、確かにアレの販売益として銅貨50000枚分の金銭が納められている。商人が商機を見出して買って行ったと聞いたからてっきり値引きでもされたんかと多少の損は目をつむろうと思っていたが、想像以上に肝が据わってるな。
「問題ない。それじゃあこれが労働対価な」
いちいち小分けにして渡すのは面倒なんで、とりあえず今ある分の利益丸々が母娘の取り分だ。
「お金がいっぱいだー。すごいすごーい」
「こ、これって……」
「言っただろ? 取り分だよ」
「し、しかしこれは売り上げの全てなのでは!?」
「そうだよ」
「う、受け取れません! それは貴女の商品があったからこそ生まれた利益です。その全てをこちらが頂くなど獣人としての誇りに反します」
「何言ってんの? 金はくれてやると言ったけど、利益を受け取らないと言った覚えはないぞ?」
俺の場合は金が利益とならないだけであって、これを押し付ける事である程度の無理難題を気持ちよく引き受けてもらおうって魂胆しかない。まぁ、何を頼むかは大体わかっているだろう? 未亡人……ぐへへ。
「まぁ、そいつはおいおい話していくから、今は販売が先だ。さっさと始めた始めた」
「は、はい!」
回答をうやむやにしたまま販売が再開。キッチリ2列に並べとの指示を飛ばし、時間的にはまだまだ余裕があるんで、さっき衛兵ばりに立ちはだかった狂信者の腕を掴んで少し距離を置く。
「何用でございましょう。我等が神よ」
「まぁ、色々と話す事があるんだがまずはそれについてだ。お前の信奉している神は誰だ」
「貴女様でございます」
「そう言うのって簡単に鞍替えして大丈夫なのか? 天罰とか落とされたりすんじゃねぇの」
基本的に神だの悪魔だのを全く信用してない俺だが、とりあえず姿を確認して会話を交わしたあの役立たずは神だと認識している。こんな便利なスキルを寄越したんだからな。そう思ってやるくらいの度量はあるさ。
とはいえ、この世界の人間は神が存在すると確信して信仰をしてる。それを17歳じゃなくなったから別れるなんて軽い気持ちで鞍替えするのって如何なもんだろうかと思った今日この頃。
「仰られる通り、本来であれば信仰を変える事はあまり良い顔をされませぬが……この獣人領の現状に何ら救済をしない神などへ祈りを捧げても無駄だとの考えに至り、無信心となって好き勝手に生きていたのですよ」
つまり、信仰する神を変えた程度で天罰は落ちないって訳か。まぁ、山賊・海賊なんかが蔓延ってる時点でかなりの放任主義なのは推して知るべき。これであの母娘に何かしらの被害が被る事はなくなったので一安心。
「なるほど。お前はこの異常気象を神の仕業ではないと思ってるんだな」
「はい。実はワタクシは以前に冒険者をしていたのですが、一月ほど前にこうなったであろう原因を目にしているのですよ」
「ほぉ? だったらそれをギルドに報告すりゃいいだろうが。なんでこんな場所でダンマリ決め込んでんだよ。綺麗で可愛い女性を愛でるが使命の俺に対する背信行為だぞ?」
この原因が解消すれば今よりもずっと住みやすくなるだろうし、綺麗で可愛い獣人女性がどこでも薄着になってくれる。これ程までにいい事ずくめの情報をギルドにも王宮にも提出しないとは、どうやらこの狂信者は命が惜しくない愚か者だったらしいな。
「……ある日突然、怒り狂った上半身だけの男が、木々を枯らすほどの熱波を吐き出し続けている光景を目の当たりにした。こう告げて、御身はどう思われますかな?」
「まぁ、この暑さだし頭おかしいと思うわな」
獣人領がどれだけ広いのか知らんけど、そんな程度で気候がおかしくなるなんてのは考え難いからな。
「ギルドでも同じ事を言われました。なので、その存在を討伐してワタクシの正当性を証明しようと思い、仲間を連れて向かいました。道中もそれはもう困難の連続で――」
「長ったらしい話は良い。なんで駄目だったんだ。そこを言え」
「申し訳ございません。その距離2キロという距離までは詰められたのですが……」
「暑すぎてそれ以上は無理だったって訳か」
「ええ」
ふむ……こいつの言葉が真実なんだとしたら、いくつか疑問がある。
何故怒り狂っているのか。
何故その場から動こうとしないのか。
何故こんな事をしているのか。
まぁ、問いただしたい事は多々あれど、今のところ積極的に介入するつもりはない。




