#28 いざ! キャバクラのために
飛び込んで来た男はこのギルドの№2のアレットと言うらしい。金髪碧眼のイケメンで高身長に細マッチョで、女子受け完璧な青年だ。隣に座っていた2人もアレットの登場に頬を赤く染めて少しだけ黄色い声を上げた。クッ! やはり所詮は顔か! イケメン死すべし!
「何故ワイバーンがこの街を襲撃するのかを知っていますか?」
「それが……いつものバカ貴族が――」
「みなまで言わなくて結構。あいつがかかわっていると分かった時点で見当がつきます」
俺は事情が全く分からないが、何となく幼女を奴隷にして私腹を肥やしてる奴と同じ奴だろうと理解できた。
何でもこの街におわすアホ貴族――レルゲン男爵なる男が結構な頻度で己のわがままのためにこの街に被害をもたらすらしい。ちなみに前回は近くにあるダンジョンのスタンピードを引き起こして1000近い魔物がここに押し寄せたんだってさ。
だからこそ、バカ貴族との名称が陰ながらこの街全員に知れ渡ってるらしい。それを知らないのは本人だけというおめでたい状況。何故そんな生きる価値のない人間が侯爵領にとって重要度の高いこの街を任される事になったのか。よくこんな奴を置いてこの街は繁栄してるなぁ。
「上がクソだと下は大変だな」
「まったくですよ。本来であればマリュー侯爵に嘆願書を提出して奴を排斥してもらいたいのですが、それが知られると没落させられるのを理解しているため、奴は多くの冒険者と騎士団員を抱えているのです。中でも〈赤の一矢〉というBランクの冒険者パーティーが貴族側についておりまして、嘆願書の提出の邪魔をしてくるので非常に困っているのです」
「大変だな」
〈赤の一矢〉……何だか聞き覚えのある名前だけど、思い出せないし今はどうでもいいか。それを言ったところでこの状況では嘆願書なんて出している暇はないんだから何とかするしかない。
そして。街中に野球のプレイボールを知らせる時の様な音が鳴り響くとそこかしこで怒号が起こり始めるも、〈万能感知〉からはさほど慌ただしいと言った空気は伝わってこない。きっとまたバカ貴族が何かやったんだろうと住民達もあたりをつけてるんだろうね。これじゃただの避難訓練とそう変わらない。
「さて……悠長に話をしている場合じゃなくなったみたいだな」
「ええ。それでお願いなのですが、アスカさんもワイバーン退治の戦列に加わっていただけませんか? 報酬はキッチリお支払いいたしますので」
「ほぉ? 強制じゃないとはいい心掛けじゃないか」
ま。ここで強制してくるようだったら問答無用で帰るつもりだったからな。こいつは空気が読める人間だ。ギルドマスターを任されるだけあるじゃないか。
「聞いたところ。君は冒険者ギルドの一員ではないらしい。それでなければこちらに命令権はないですから。なのでお願いをしています。魔族を打倒したその実力で、この街を救ってもらえないでしょうか」
フム。てっきり頭ごなしに加われと言われると思っていたからこれは予想外だ。さすがにバカ貴族と罵るだけあってきちんと相手に対する礼儀がシッカリしている。おまけにイケメンではないから男ながら好感が持てる。もう一度言う。イケメンは我々共通の敵だ!
「ま。手伝うのはやぶさかではないけれど……その前にギルドマスター。ちょっとこっちに」
「? 分かりました」
さすがに2人っきりになる事は許されていないだろうから、部屋の端に移動して全員に背を向けるようにして顔を突き合わせる。我慢我慢……。
「つかぬ事を聞くが、この街に綺麗な女性とお酒を飲めるような施設ってないかね。そのワイバーンとやらを退治した暁には綺麗どころが集まっている一流店で楽しみたい」
「……この状況でよくそんな質問が出来ますね」
「俺にとっては最も大事なんでね。それで答えは?」
「もちろんありますよ。私が要人の接待などで訪れる場所でよければ、この窮地が終わればご案内いたしましょう。もちろん代金は全てギルドが負担に対します」
「では交渉成立という事で。お互いに良い仕事をしようではないか」
これで十分すぎる報酬を得たも同義。後はギルマスの願い通りワイバーンとやらの群れをぶっ潰せば晴れて綺麗なお姉さんとお酒が飲める。出来れば触れ合ったりもしたいけど、そこに至るにはまだまだ心臓にレベルアップをさせないといけない。童貞が何の理由もなく急に自ら女体に触れるとかハードル高すぎ。
という訳でギルドを飛び出すと、既に避難は始まっているようで、大量の人が1ヶ所に向かってぞろぞろと進む姿は、空から見ればまるで巨大な蛇みたいだなんて思うだろうな。こっちは〈万能感知〉でそういう風に見えるからそう表現したに過ぎない。
「主。外から羽トカゲの気配がするので。食べに行ってもいいですか?」
「なら俺を乗せていけ。奴等をぶっ殺せって依頼を受けてるから、俺は1匹だけ狩るから後はお前が好きにしていいぞ」
「分かりました。それでは参りましょう」
馬車は邪魔になるんで外してやると、嬉々として乗りやすいように地面に這ってくれたユニに跨り、今すぐにでも飛び出そうとするのを止めて、遅れてやって来た2人に視線を向ける。
「という訳でワイバーン退治に行って来るけど、2人は奴等と戦えるか?」
「無理に決まっとるやろ。魔族ほどやないにしろ龍族がどんだけ強い思うとんねん」
「せやね。レベルが上がて多少は強ぉなりましたけど、ワイバーンなんてあて等には無理どす」
「なら2人は別にやってほしい事がある」
「なんや?」
「あて等にできる事でしたらお手伝いさせてもらいます」
ワイバーンがどれだけ強いのか分かんないけど、警報を発するって事はそれなりにヤバい事態だと把握できる。たとえ逃げている住民達に危機感が感じられないとしてもだ。
俺のステータスからするとザコも同然だろうけど、2人もちゃんと自分の実力をキッチリ理解しているようで一安心だ。だから戦闘じゃない別の仕事をしてもらおうと、レベル上げの関係で作りまくったポーションを目一杯詰め込んだ肩掛けカバンを投げ渡す。
「この様子だと全員が避難しているようには思えねぇから、2人にはそういった住人の避難誘導と怪我人の治療を任せる。その中のは全部使ってもいいからケチったりするなよ? 特に綺麗で可愛い女性には遠慮しないで使い、俺の名前を宣伝しておいてくれ」
「ここにいたってもそれかい! まぁええ。それ位なら任せとき」
「心配いらん思いますけど、気ぃ付けて下さいね」
「分かってるって。行くぞユニ」
「ではしっかり掴まっててくださいね」
俺の合図でユニが大きく跳躍。周囲の人達が一瞬驚いたような気がしたけど、その時にはすでに建物の屋根伝いに移動を開始していたんで、真偽のほどは定かじゃない。
すぐに〈万能感知〉を最大限広げて魔物ののみを感知するように設定すると、ギック市の南。5キロあたりになかなか大きな敵の反応が10以上見つける事が出来た。
「もっと早く行けないか? この速度だと恐らく犠牲が出るんだが」
「足場が弱いので難しいです」
相手はかなり速く、俺達がギック市を飛び出すよりワイバーンがここを襲う方がはるかに早いが、ユニはこれが限界だと言い、俺が同じ事をすれば恐らくは一発で屋根がぶっ壊れるだろう。何せ手加減とかほっとんど出来ないからな。
かといって、地上を走ろうにも現在は避難民でごった返しているから、こればっかりはどうしようもない。せいぜいたどり着くまでに死人が出ないように祈るのが精いっぱい。まずありえないけど。
という訳で、接敵するまでの間に他がどうなっているのかの確認をしておこう。
まずは冒険者達。
その大半は街のあらゆる場所に散っており、警報を聞きつけたからだろう。そのほとんどがギルドに向けて移動しており、たまたまギルドホール内に居た連中はギルマスからワイバーン討伐の緊急依頼を聞いて現場に向かおうとしてるんだろうが、避難民に行く手を遮られて思うように動けていない。あの速度だと俺達がワイバーンを倒し終わってもたどり着かないだろう。こういう時に備えて緊急用の通路くらい作っておかないのかよ。嘆かわしい。
次に騎士団。
こちらは街を東西南北に分けた時。それぞれの中央辺りに多くの存在が確認できるんで、きっとあらゆる場所での脅威に対応できるように分散させているんだろう。
しかもギルドなんかと違って、こっちはすでに南側限定で外壁部にたどり着いている。クソ貴族の息がかかってる連中なのかとも思ったが、どうやらこいつ等はあの時の斥候さんやおっさん隊長なんかとおなじ抵抗勢力らしいな。結構優秀みたいで安心できる。あの戦闘狂を除けばだけどね。
ちなみにそいつは動く気配がないんで、まだ気絶中なんだろう。大して強く小突いたつもりはないんだけどな。もしかしたら疲労で動けないのかも。
そんな確認を終えた頃。ようやくワイバーンの姿が小さいけど見える距離にまで近づいてきた。
緑の鱗に大きな翼。ここからだと正確な体格を知る事は出来ないけど、少なくとも5メートル以上はあるだろうな。
それが10以上。しかも口からは炎を吐き出してるし魔法すら使いこなしてる。
〈万能感知〉で見る限り、戦況はワイバーン有利に事が進んでる。騎士団も必死に抵抗しているみたいだけど、炎が吐かれれば少なくとも数人が命を落とし、魔法が放たれればその倍以上が負傷する。正直勝負と表現するのすらおこがましい。銃などがない世界で飛行出来ると言うだけでも相当なアドバンテージらしい。あれじゃあただの虐殺だ。
「見てらんないな」
かといって俺にできる事はそう多くはない。やり慣れて来た投石攻撃か新しく覚えた魔法を撃つかの二択くらいなんで、折角覚えた訳だから今回は魔法の試射をするとしよう。届くかどうかわからなんが、さすがに投石攻撃をするには足場が心もとないんで、その辺も実験って事で。
すぐに魔法一覧を開いてみると、今回は新しく各属性の魔法が1つづつ。2種の属性を掛け合わせた複合魔法が4つの計8つの魔法が新しく使用可能になっていた。
一つ一つに当然ながら一長一短があって、主に射程・威力・消費MPが違う。
今回使えるようになったLv1の魔法は、消費MPが少ないけど威力と射程も小さいらしく。複合魔法はその逆。詠唱時間は〈詠唱簡略〉や〈詠唱短縮〉などのスキルがない限りは決して変わらないらしい。全て〈魔導〉からの受け売りです。
とりあえず最初って事もあるんで、今回は〈火矢〉を使ってみようと思う。〈種火〉と比べて威力とかの違いが分かりやすいからね。
「これから魔法を使う。狙いを正確にしたいから滞空を長くとれないか?」
「分かりました」
俺の指示に即座に答えたユニは、屋根を多少破壊しつつも大きく飛び上がった。
「さて……〈火矢〉」
上昇が止まりかける所から落ち始めるまでのわずかな時間に狙いを定め、中指と人差し指をワイバーンに向けてそう唱えると、〈種火〉の時同様に指先に魔法陣が現れ、そこから1本の矢――ではなくレーザーが一瞬でギック市を駆け抜けると、それが1匹のワイバーンの頭部を撃ち貫き爆散。一撃で死んだであろうそれは外壁をその自重で破壊しながら〈万能感知〉の反応から消えた。随分とあっけない幕切れだな。
「わーお。何て威力だい」
「さすが主。今のはLv3火属性魔法の〈光子矢〉ですね。それにしては詠唱がなかったような……」
おかしいな。俺はLv1の魔法を放ったはずなのに、ユニにはそう見えてないみたいだ。実際の威力も明らかに最初に覚える魔法にしては威力が強すぎる。あれがLv1の魔法なんだとしたら、あそこにいるのは兵士じゃなくて魔法使いになってないとおかしいからな。
〈身体強化〉の影響か? と一瞬考えるも、そうだとしたら〈種火〉のあのショボさは納得できないから違うという事にする。
しかもあんな馬鹿げた威力の一撃を放っておきながら、消費MPはまさかの1。これなら現状、ハズレスキルとして君臨している〈回復〉でもマシンガンみたく撃たなければ無限に使える超絶怒涛の省エネ設計は嬉しい。
と言っても、ワイバーンの頭を一撃で貫く威力の魔法を何度もぶっ放すのは、この状況を考えれば喜ばしい事じゃないんで、これ以上は手を出すつもりはない。っていうかマジで人に当たんなくてよかった……。
「主。ワイバーンがこちらに来ます」
「分かってる」
どうやらさっきの一撃が俺のモンだと気付いたんだろう。ワイバーンの中でも特別デカい一頭が数頭のワイバーンを引き連れてこっちにやって来るようだ。
さて……綺麗なお姉さんとの酒盛りのために一肌脱ぐとしますかね。




