#3 転生完了
「うお……っ」
勇気を出してスキル一覧辞書を再び開いてみると、1ページ1ページにギッシリとって訳じゃないけど、スキル名とその説明がずらりと記されてる。
だからたった1ページだけでもうやる気が削がれるも、この先にパラダイスが待っているんだからと心を奮い立たせて何とか次々とページを捲って必要そうなものを探し続けるけど、やっぱ生まれ持った面倒くさがりな性根の前にはそう長く続かない。
「無理だああああ……こんなんやってたらいつまでたっても終わんねえって」
いくつか必要なスキルは選択したけど、それでもポイントにはまだまだ余裕はあるし、一覧の方にはそれ以上に未読部分がある。砂漠の中からうんたらってほど不可能じゃないけど、マジで無駄っぽく思える物が多すぎる。〈大道芸〉とか〈浮気隠蔽〉とか……こっちは使えそうだな。未来を見据えて是非とも習得したいところだけど、暴利か! ってくらい必要ポイントが高いから却下だ。
あぁ……何かいいアイディアはないかなぁなんて思いながらふと神に目を向けると、俺の肉体を再構築するために相当体力を使ったんだろう。どこから持って来たのか分からんが、皿の上に山のように盛られたニンニク風味の肉を絶食5日目くらいの勢いで白米と共に飲み込むようにかっ喰らってる。臭いが凄い。
それ自体は駄がつくとは言え神のなせる業なんだからと別に珍しいと思っていなかったけど、問題なのは睨み付けるように向ける視線の先にある平たい板。死ぬ前にも俺の手元にもあったいわゆるタブレットが野球中継を大音量で映し出していた。
「なにやっとんじゃバカタレェ! そこはいきなり勝負せんで一球二球外さんか! 今季入ったキャッチャーは無能で使いもんにならん。監督は何を考えとるんじゃか……」
どうやら相当に野球好き……と見ていいんだよな? どうやら東京の新聞社の球団を贔屓にしているようで、その一挙手一投足に怒声を張り上げたり歓喜の咆哮を上げたりと随分とやかましい。こっちはスキル選択でひぃこら言ってるっていうのに……なんて空気を読めないクソ神なんだ。
「おい。うるさくてイライラするから黙って応援しろ」
「あぁ!? ワシの応援無くしてどうして勝てるというんじゃ。ヌシさては……広島の味方か!?」
「違ぇよ! つーかそんな便利なモンがあんならこっちも機械とかになんないのか?こんなんじゃ一生かかっても終わんねぇよ」
「なんじゃい。それじゃったら最初から言わんかい」
こっちも見ずに杖を一振りするだけで、あんだけ分厚かった辞書がタブレットになった。
すぐに手に取って操作すると、辟易とするほどの確認作業が肉体系や頭脳系などといった一覧として画面に表示され、求める能力をあいまい検索すれば類似を含めて表示してくれるなんて、まさに痒い所に手が届く親切設計。これさえあれば千人力と言って申し分ない訳だけど……とりあえず言っておかなきゃいけない相手がいる。主に拳で語り合おうか。
「おい駄神。お前は俺がどんな世界で死んだのか分かってなかったのか?」
「誰が駄神じゃ! ワシは万物を生み出す至高の存在である――「そう言うの良いからさっさと答えろ。タブレット叩き壊すぞ」もちろん知っておるぞ。そうでなければここに呼び出したりできる訳がなかろう」
よし。これで殴るに十分な理由を獲得した。後はこの身体の試運転って事で、さっきと同じナックルアローを全力全開の力で、野球をかじりつくように観戦している駄神の後頭部に、一切の遠慮を排除しての一撃を叩き込んだ。
「は――」
拳を叩きつける一瞬前。何か聞こえたような気がしたけど、それは俺の気のせいだろうという事にしておく。どうせろくでもない事だろうからな。
それにしても随分と遠くまで吹っ飛んでいったな。ガキの肉体にしては随分と高性能で助かるし、そのおかげで俺のストレス値が大分削れてくれたから、後は帰ってくるまでにスキルの選定を終わらせてくとしますかね。
――――――――――
「貴様ぁ!! いきなり殴るとか何を考えとるんじゃ! 折角のホームランを見逃してしもうたじゃろうが! どうしてくれるんじゃい!!」
「……」
「おい! 聞いておるのか!?」
「……」
「お、おい……」
「……」
「もうええわい!」
帰って来るなりそんな戯言をぬかす駄神が結構力強く畳を殴りながら怒鳴り続けてるけど、生来の受け流しスキルで完全無視を決め込んで淡々とタブレットを操作し、ポイントと相談しながら次々に必要になるだろう物を選んでいく。
10個くらい選んだところで、そう言えば希望していたスキルを手に入れるのを忘れてたんですぐに検索をかけると1つだけ引っかかった。
名前は〈万物創造〉と言って、文字通り所有者が暮らしている世界に存在するあるあらゆる物を魔力で創造出来るスキルらしい。まさに喉から手が出るほど欲しがっていたスキルに間違いはないんだけど、その必要ポイントは驚愕の250!? ほぼすべてを吐き出さないと俺は快適生活が送れない訳だが、かと言って素直にはいそうですかと定価のまま支払うなんて愚の骨頂。
「おい駄神。このスキルのポイント減額を要求する」
「何を言うておるんじゃ!? そんな事が出来る訳がないじゃろ。と言うかそんな馬鹿げた提案をして来たのはヌシが初めてじゃが、誰であろうとそのルールを曲げる訳にはいかんのじゃよ。欲しいなら必要ポイントをキッチリ支払ってもらうぞい」
ま。いくつか考えていた反応でも一番そうなるだろうと考えていた可能性の通りの結果だ。
これをまともな方法で説き伏せるのは難しいだろうけど、正道が駄目なら邪道で攻めていけばいいだけだ。幸いにも勝算はそれなりにある。
「そうか。だったらこれだけでいいや。これさえあれば、あっちに行ったら速攻で核ミサイルを造りまくって世界中にぶっ放して滅茶苦茶にしてやるから楽しみしてろ。そうなれば六神達もすぐにぎゃふん(死語)と言うこと間違いなしだろうから、お前の目的にも合致するし俺もさっさと目的を果たせて草木への転生が叶うからな」
実行すればあっという間に核の冬が訪れ、気候は極寒に。太陽なんてまず拝めないから作物が育つのは絶望的。おまけに着弾点から放たれる放射能が生物全てを汚染して平等な死を与える。
この世界で生き残れるのは防護服と核シェルターに無限の食料を創造できる俺1人だけ。いくら魔法だなんだって言っても、放射能の概念すらない世界じゃこれを防いで食材を調達なんて不可能に近いだろう。
これで間違いなく六神達はぎゃふん(死語)と言うだろうから、注文通りにこの駄神の願いが完遂され、俺は元々なかったけど何の憂いもなく草木へと転生できる。なんて素晴らしいショートカットだ。まぁ、そんな事は絶対にやらないけどな。
この転生はキモデブだった俺の女性との触れ合いも目的の1つなんだ。それをせずして死ぬなど愚の骨頂。言い方は悪いが、死ぬのはせめて一発くらいヤってからだろう。
「という事でスキルも決まったし、さっさと転生を――」
「ちょーっと待ったぁ! そんな事をされればワシの造った世界に誰も住めなくなってしまうじゃろうが! 絶対に駄目じゃ!」
「何言ってんだよ。これをすれば速攻で六神達も間違いなくぎゃふん(死語)って言うって。安心して俺にすべてを任せろって。何の問題もなくお前の望みを叶えてやるんだからギャーギャー文句を言うんじゃなくてもっと喜んで崇めろや」
「その前にワシがぎゃふん(死語)と言ってしまうわ! 後生じゃからそれだけは勘弁してくれぇい!!」
「じゃあすべてのスキル取得に必要なポイントを割り引け。全部を半額にするんだったら、地球あった俺が知る殺傷能力の高い兵器の類は創造しないように制限をかけさせてやるし、生命創造による数万数億規模の人海戦術とかも制限させてやるぞ。嫌だろう? 肉人形がこの世界の住人になるのは」
魔法相手に、作り物の兵士に持たせた銃火器がどこまで通用するのか分かんないけど、他にも弾道ミサイルや戦闘機からの絨毯爆撃。バイオテロや衛星からの超長距離狙撃なんかは詠唱させる前に殺せるだろうから、それはさすがにイージーモード過ぎて面白みがなくなる。こっちとしてもある程度制限をかけておかないとついつい使ってしまいそうになる衝動に駆られそうだからな。
「ううむ……1割では駄目か?」
「駄目」
「なら2割じゃ! さすがにそれ以上はワシの権限でも無理じゃ」
「3割で手を打ってやる。お前の言い方にはまだ余裕が見えたからな。これでも滅茶苦茶譲歩してやってんだぞ? 納得できねぇってんなら別の奴に頼むんだな。まぁ? この俺を超える逸材がそう簡単に見つかるんならだけどなぁ!」
「ぐぬぬ……分かった。三割減らしてやるわい」
「あ? 減らしてやるだぁ?」
「減らさせていただきますわい!」
よし。交渉成立だ。後は料理に関しても制限かけさせてやった。理由はレシピサイトなんかを見るのが趣味でもあったから自分で大抵の物は作れるってのもあるけど、一番はその料理その料理の味付けの趣味の違いだ。
〈万物創造〉の料理の欄に例題として目玉焼きが載ってる訳だけど、なんとその焼き方が驚愕のターンオーバーに塩コショウ。半熟片面焼に醤油派の俺としてはむしろポイントを支払ってでも制限をかけたくらいだ。もちろんそれは黙ってたから更に〈万物創造〉取得に必要なポイントをマイナス10でやらせてやった。
目的のスキルも手に入ったし、後は細々としたものをいくつか選択して、時にはあえて枷になるマイナススキルを取得したりしてポイントを増加させたりなんかして、最後に使い道があるような無いような遊びのスキルも加えて1ポイントも残さずに使い切った。
「では最終確認じゃ。貴様が選んだのは〈万物創造〉〈身体強化〉〈異世界全語〉〈恐怖無効〉〈回復〉〈品質改竄〉〈万能耐性〉〈無尽成長〉〈獲得経験値半減〉〈成長遅滞〉〈万能感知〉〈料理〉〈剣技〉〈収納宮殿〉〈体内時計〉〈値切り〉〈魔導〉〈性技〉〈写真〉〈遺失言語〉の全部で20のスキルじゃが、これに異論なしか?」
「問題ない。さっさとやってくれ」
俺が決定を下すと、駄神がさっきみたいにくるりと杖を振り回すだけで頭と体がなかなかの激痛に襲われた。
何でも、遺伝子に無理矢理スキルの情報を刻み込む代償として、その数が多ければ多いほど強い痛みになるとの説明は全てが終わった後に教えてくれたが遅すぎる。説明不足に怒りを覚え、殴ってやろうと睨みを効かせ、一歩を踏み出す――
「それじゃあこれですべての準備が完了した訳じゃが、くれぐれも世界を破壊し尽くすような真似をせずに六神達をぎゃふん(死後)と言わせるような事――そうじゃのぉ……勇者や魔王のやる事の邪魔でもしてやれ。ではの~」
「ちょっと待――」
クソ駄神め。この状況に俺が怒っていると感じ取ったんだろう。一息で言い切った後すぐに杖を振り上げて、駄神がいた謎空間から一瞬にして小高い丘の上に転移させられていた。あと1秒でも言い切るのが遅かったのなら全力でぶん殴れたんだがな。間に合わなかった。
「チッ……逃げ足だけは速いな。しかしこれは……確かに別世界だな」
青い空に白い雲。近くに見える森は地平線の彼方までを埋め尽くして、そのさらに奥には山がいくつも列をなしているし、振り返った反対方向には3割陸・7割海の景色が広がって見える。
たったこれだけじゃあまだ異世界って実感がないけど、20歳ぐらいから家からほとんど出ないうえに都会のコンクリートジャングルで育った俺としては、これでも十分すぎるくらい異世界なんだなぁって実感する事が出来た。
「さて……と」
とりあえずもう1回周囲の確認をしてみる。
見える範囲に人の姿はないけど、丘を下りた先には草をむしっただけのいかにも中世って感じの土むき出しの未舗装の道路っぽい轍が森に沿うように続いてるから、とりあえず誰かが通るまでここでじっとしてよう。そしてあわよくば乗せてもらおう。動くのがメンドイからな。
俺の異世界転生最初の行動は――待機だ。